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「一欠片の夏」~海辺の記憶~  作者: 凡 徹也
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  『台風バーベキュー』

 長浜海岸は夏には海水浴場となってしまうので、6月に入ると直ぐ海の家の建設が始まり、普段静かな砂浜には大工が釘を打ち付ける音が響き渡り、駐車場からの雄大な大平洋や相模湾の景色は暫くの間遮断されて見られなくなってしまう。そして7,8月は海水浴客がこのローカルな浜辺にもそれなりに押し掛けて賑わいを見せ、旧盆の頃には土用波にクラゲも多くなり人出は急速に減り、9月に入ると海の家の解体が始まるため、一時の慌ただしさを感じるが、9月の末にもなると本当に静寂な時が訪れるんだ。

 そして秋の長浜の海には、真夏の灼熱の陽射しとは違った優しい陽光が注ぎ、ウエットスーツでビーチを過ごすのにも快適となる。また、車からボードを降ろすのにもビーチのどの場所からでもエントリー出来るようになる。ただ、それも11月を過ぎ冬の西寄りの風が吹きまくるようになると、クロスのオンショアとなるのでボードを沖に出しづらくなってしまう。なので、僕は冬のシーズンは仕方なく東海岸の津久井浜へと通うようになり、春まで長浜とは縁が浅くなる。なので僕にとって長浜海岸の思い出は暖かなビーチシーズンの事ばかりなのである。

 よって長浜海岸のベストシーズンはズバリ5月と10月なのだ。気温は暖かく、晴天に恵まれる。海上から戻るとウエットスーツを脱ぎ捨てて海パン一枚でピーチベッドに寝転ぶ。陽射しは強く寒くもない。そして海にはかつおのえぼしやアンドンクラゲといった毒クラゲも居ない。そんな5月のゴールデンウィーク明けの穏やかな日には、プライベートなバーベキューも数人の仲間で愉しんだものだった。

 しかし、都会に住む友人達にとっては、海辺のバーベキューとは真夏の行事で有るようで、友人達はしきりに真夏の浜辺バーベキューに来たがった。なので友人を招いてのバーベキューを仕方なく8月に開催するようにしたのだった。でも8月は、確かに海の季節なのだが、浜には灼熱の太陽が照りつけただでさえ熱い砂浜の上で、更に火器を使用して加熱調理を行う事などいくらタープを張って、潮風が吹き抜けたとしても地獄のように暑く、イメージのように爽やかな愉しいパーティーとは行かなかった。

 それでもそのバーベキューへの参加人数は当初こそ五、六人程度だったものが、年々多くなっていつしかエスカレートしていき30,40人と巨大化していった。なので、途中からはパソコンでフライヤーまで創る恒例行事のようになると、準備や手間は結構負担の大きな事となってはいった。

 参加メンバーは、仕事の関係者家族からウインドサーフィンの友人、大学生にまで至った。自分でもある程度の食材と飲み物は用意するが、後はそれぞれの持ち寄り。それでも鶏肉のハーブ詰めの丸焼きやら、鱸の塩竃焼き等持ってきてくれ、用意されるスペアリブ等はキロ単位。不本意ながら大掛かりとなった。前日からの準備や片付けは大変で、翌日は物凄く疲れを感じるようになった。

毎年「やれやれ今年も無事に終わったよ」とホッと安堵の気持ちになるくらい心理的には負担にもなっていたのだが、それでも何年も続いたのは、揃うメンバー達は皆個性豊かで有り、普段の生活で余り見せることの無い屈託のない無邪気な大人達の笑顔がとても素敵だったからである。その恒例のバーベキューは、収拾がつかない位自由奔放の展開で盛り上がりそれはそれで楽しいものであったからだった。

 東京からバーベキューにやって来るメンバー達に依ると、この海は夏でも水は透き通り、海の中を覗けば夢のような世界が拡がっていると言っていた。実際に潜ってみると、砂地にはカレイもいたりアオリイカが泳いだり、岩場ではたまに黒鯛も姿を見せ、モリでアイナメやタコを突いたり、引き潮にもなると、干上がった岩の隙間にトコブシが並び、腰ほどの深さでアワビ、サザエも沢山見えていた。都心近くに有ってこんなに豊かな海が有るのかと、友人達も「奇跡的だね」と、この海を讃えていた。

 面白いのは皆で時間の合間にシュノーケリングをやるのだがそれに慣れていない友人達は、例え目の前にサザエがあっても全く気が付いていない。そこで僕が一緒に潜って2,3個その場所を示すとビックリしてそれを持ち上げていた。スーパーや魚屋で売っているものと違って、周りに小さな貝も沢山付着したりして汚れが有り、それが保護色となっているので海中では岩と区別がつきづらいのだった。又、サザエには(つの)の有るものと無いものが混在することに驚きを覚えていたようだ。

 又、僕が素手でタコを捕まえると近付いてきて、吐き出すスミが友人に掛かったりして皆で大笑いしあったりした。


 →注意!(但し、決して獲ったりはしなかったと付記する)


 そのようにバーベキュー大会は恒例の行事だったのだが、ある年の夏はその予定日に正に台風が近付くという最悪の天気予報だった。開催を中止しようかと皆で相談したのだが、各自は材料を調達済みであり、「海の家ハワイ」が、雨天ならお客は来ないから、軒下を無料で貸してくれるという事で、台風近付く中でその年のバーベキュー大会は決行されたのである。

 朝8時に到着したときはどんよりと天を覆った低い雲だけで、風も無く雨も降っていなかったのであったが、その後遠くから出掛けてきた車がやって来る10時頃になると台風の1番外側の雲が掛かって土砂降りとなってしまった。僕達は「海の家ハワイ」の屋内に集まり、鉄板と炭火を用意し軒下にセットして、台所を借りて下ごしらえを済ませ「台風バーベキュー」は始まった。

 参加メンバーは40人ほど。この日は中川商店の子供達も参加した。外は時たま激しく雨が降り、トタンの屋根を打ち付けていて轟音を立てていた。真夏なのに少し涼しさを覚えたこの日、他の海の家は皆休業したので、浜辺は僕達だけの貸し切り状態であり、ハワイの中だけが賑やかだった。誰かが、雨の音に負けないくらいの、普段は絶対に出せない音量でカセットプレーヤーから陽気なミュージックをかけた。料理を焼く煙が屋内を立ち籠める中、バーベキューは進み、皆はビールやワインを片手に肉にかぶりついた。バーベキューは下品に食べるのが1番!そして料理が一段落すると、誰かがダンスミュージックナンバーをかけると、1部のダンス好きな連中は踊り出していた。そして陽気に歌い始める。皆遊び方が上手なメンバー達揃いだった。その悪天候が、かえってどんな時のバーベキューよりも記憶に残るバーベキュー大会となったのだった。

 翌年の夏そのバーベキュー大会は打って変わって快晴だった。この年は参加者は皆、海を満喫して愉しんでいたようだったが…

 その数年後、このバーベキュー大会は自然に消滅していった。僕自身ウインドサーフィンを辞めてしまったり、執着心というか情熱を失ってしまったのかなと思う。僕も含めて皆が年齢を重ねて行ったこともある。参加メンバーの中には後にニューヨークに渡りホームレス直前までなった後、ブロードウェイ舞台で活躍したり、公務員となったりと色んな分野にそれぞれの道を進んでいった。

 時がだいぶ過ぎ去って今でも時折、何かの機会には長浜海岸でのバーベキューの話が出て盛り上がる時がある。それは決まってあの「台風下の土砂降り雨で決行されたバーベキュー」の事なのだ。思い出とは摩訶不思議なものである。

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