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「一欠片の夏」~海辺の記憶~  作者: 凡 徹也
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 『海の家ハワイの婆ちゃま』

 お盆が近付いたある夏の日、ウインドサーフィンしにきた僕は、車を長浜海岸の三浦市側にある広い駐車場の最奥部の公衆トイレの際に駐めた。そこには建ち並んだ海の家との間に浜辺へと出られる通路がありそこが浜辺へとボードを出しやすい最適な場所だったからである。

 その建ち並んだ海の家の1番端に「ハワイ」はあった。小ぶりの建物で、臨時の海水浴場バス停からは最も遠いのでとても地味な感じが漂う海の家だった。車を停めると直ぐにそこの勝手口から独りの婆さんが出て来た。日本手拭いの頬被りをした中から覗ける顔は真っ黒に日焼けし皺くちゃだった。その婆さんが、僕が車から降りていくと「海の家ご利用ですか?」と尋ねてきた。なんだ、海の家の客引きかと思い、僕は

「いや、ウインドサーフィンをやりにきただけです」と、応えると、その婆さまは、

「そこには車を駐め無いでちょうだい」と言ってきた。その口調はべらんめー口調にも聞こえ、客でなければ追い払おうとしているのか。なんて五月蠅いババアだと最初は思った。何でそんなことあんたに言われなきゃいけないのかとも思い、「ここは海の家専用の駐車場なのか?」と聞くと「そうじゃない。そこに駐めると後で大変な事になるから、後ろの臨海学校の塀沿いに駐めてくれ」と言うので、愉しい休日を台無しな気分で過ごしたくない僕は、ボードを降ろしたあと仕方なく言われた場所へと車を移動した。

 するとその後直ぐに来た大きな四輪駆動車がやはりそこに駐めてしまった。確かに見た目にはその場所はベストに便利な場所に見えるのである。婆さんは僕と同じように注意を始めたが今度は運転手とその婆さんとが口論になり、運転手はその婆さんの警告を振り切って車を駐めたままさっさと浜辺に行ってしまった。

その婆さんは「あ~あ。後でどうなっても知らないから」と、淋しそうに呟いて海の家の中に戻っていった。

 僕はその言葉の意味をやがて知ることとなった。その場所は、後から次々とやって来た車が周りを囲んでしまい、全く身動き出来なくなってしまったのである。午後になりドライバーが車に戻ってきて大声で叫んでいた。その車は帰りたくても出庫したくても他の車が帰る夕方になるまで数時間動かせなくなったのである。その婆さんは海の家から出て来て運転手に言い放った。「だから、さっきそこには駐めないようにって注意したじゃない。私の話し聞かないから」と言うと

 「何とかしろ!」と、運転手は言い寄ったが、婆さんは涼しい顔で「今更どうしようも無いでしょう。周りの車が全部出ていくまで動かせないから。私のせいじゃないし」と言い放つと、運転手は車の側に座り込んだままずっとぼやき続けていた。

 僕はそのおばちゃんの忠告に感謝をして海の家の少し割高の飲み物を買った。「さっきは有難うございました」御礼を言うとそのお婆さんは口元の銀歯をキラリと輝かせながらニッコリと笑った。

 (本当に田舎に来たみたいだ)と、僕はほくそ笑んでジュースを飲んだ。とても良く冷えた飲み物は凄く美味しかった。

 僅かなお金をケチって中川商店まで灼熱の太陽の元、砂浜の上をサンダルで歩くには往復10分以上掛かる。対価としては安いものだと充分納得していた

 その婆さんは話してみるととても温厚で優しい表情であり、その婆さんとは真夏の間、仲良くして貰うようになった。海に来ると必ず声を掛けて飲み物を買ったり、時たまシャワーを借りて利用もさせて貰った。海の家は、座間市から来ていた少し太めの大学生位の青年が一緒に働いていた。彼はその婆さんの親戚だと言っていた。

 その後、真夏のシーズンは終わり、まだ、海の家の解体が進んでいた9月のある日、僕はこの海に遊びに来た朝、何時ものように「中川商店」に立ち寄ると、なんとレジの席にそのお婆さんはちょこんと座っていたのだった。そしてその婆さんは海の家ハワイの主人であると伴に、この中川商店の「女将」であると知ったのだった。

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