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「一欠片の夏」~海辺の記憶~  作者: 凡 徹也
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『奇跡の海』

今から30年ほど前、確かに僕は海辺の町で青春を過ごしていたんだ。今でもハッキリとした輪郭も残る数々の出来事。その記憶は僕にとっては永遠なのさ…

 その時は、ずっとその愉しい時間が永遠に続くと思っていたんだ。何の疑問も不安も抱くこともなく…


『奇跡の海』

 三浦半島は、三方を海に囲まれている半島で、東側は、ほぼ東京湾に面していて(厳密には観音崎が南端)南、西側は相模湾に面している。都心に近く、小さな半島なのに、エリアによって微妙に気候も雰囲気も異なっている。

 又、辺りは天然の良い漁場でも有るが、それぞれの海域で揚がる魚介の種類は異なっている。東京湾では「江戸前」のものが獲れ、相模湾側では深海の「手長赤座エビ」なんてのも捕れるのだ。

 又、一口に海とは言っても海岸線には「港」「砂浜」「磯場」と、あらゆる形態の場所が各所にあり表情も異なっている。なので子供の頃は遊びに事欠くことはなかったが、出掛ける場所は自分の足で歩いて行ける所だけだった。それが、自転車に乗れるようになると、そのエリアは拡がり、その日の気分で出掛ける場所を変えていた。

 更に大人になり車を手に入れると行動範囲が拡大して、三浦の高台を越えて自由にあちこちの海へと移動出来るようになった。サーフィンであったりダイビングであったり、或いは深夜のドライブで様々な海へと出掛けられるようになったのである。葉山の一色、長者が崎や三浦の城ヶ島、大浦海岸等のバラエティ豊かな海を廻って愉しんだ。その中で1番気に入りホームビーチとなったのが「和田長浜海岸」だったのだ。

 「和田長浜海岸」は、三浦半島の西側の丁度横須賀市と三浦市の境に在るとても小さくて静かな砂浜で、その真ん中を両市の境界線が貫いて居るため、横須賀市側を「長浜(なはま)海岸」、三浦市側を「和田浜海岸」と名付けられてはいたが、便宜上僕等は「長浜海岸」と読んでいた。

 その海はとても奇跡的な海だった。三浦半島の中でも数少ない松林に囲まれた静かな雰囲気で、綺麗で白い砂浜の両サイドには、岩場も拡がっていた。そして、海水は良く透き通り、海の中は濃い魚影と、トコブシ、アワビ、サザエといった貝も豊富だった。

 東京湾側にある下浦海岸のように海の際を通る国道から長い砂浜がよく見えるロケーションとは真逆で、「長浜海岸」は車で国道を通り過ぎる者には全く見えないシークレットなビーチだった。その事に加え、昭和の大戦後は近くに有った高台の小さな飛行場と共にGHQに接収され、「長井ハイツ」という米兵の居住地とされた住宅地と伴に住民の専用ビーチとなって占有された為、戦後の十数年間日本人はそこには立ち入れなかったのである。その事により荒らされる事無く自然の景観が残ったのである。

 その後「長井ハイツ」は使われなくなり廃墟と化したが、その違和感のある非日常の街並み風景が、映画、ドラマや、ファッション雑誌のロケ地として長年利用され、その後残念ながら取り壊されてしまった。(→今では「ソレイユの丘」として自然と融合した農業テーマパークとなっている。)

 その海岸は、ひっそりとした小さな存在ながらも美しく清楚な海だった。その表情は三浦半島にある他のどの海とも違っていてそこだけは別世界に感じる程綺麗だった。海水は透き通り、色々な魚が棲息していたが、とりわけ夏になると熱帯性の回遊魚が黒潮に乗ってやって来て、海中は水族館の水槽のようでもあった。砂浜では投げ釣り、磯場の沖ではサザエ漁をする小舟が数隻浮かび、漁師は身体を船から乗り出して海中を覗き見ていた。松林は吹く風に枝を揺られ、水平線は大きな曲線を描いて天気の良い日は遠い沖に伊豆大島や、富士山が姿を見せていた。

 そんな小さな普段は静かで地味な海岸でも、真夏が近付くと砂浜には海の家の建設が始まった。約4ヶ月間は風光明媚な風景に建造物が添える事になる。その砂浜と繋がるように境界の無い場所に広い駐車場が有るので、ここには車で来る人が多かった。しかも、基本無料で、どの時間にも好きに駐められた。なので、オフシーズンでも週末ともなると前夜のうちからやって来て、泊まり込みでオートキャンプを気取る人も多く居て、中には簡易テントを張り夜中のバーベキュー愉しむ者も居たのだ。夜中は辺りに照明も少ないので天に瞬く数々の星や天の川もよく見えた。

 最も、この浜辺に徒歩で来るには駅からとても遠く、真夏以外はバスも運行してなかったので、車で来るしか無い場所ではあったのだが。

 僕は専らその海へは車で出掛けた。時折、ロードレーサーの自転車でも立ち寄ったのだが、砂浜が近づくと海へと向かう道には風で飛ばされてきた砂が沢山舞って道に降り積もり、自転車は滑ってしまいまともに走れないので、数度で辞めてしまった。

 その海へと向かう道は通常はR134を南下し、角に解体屋のある「和田長浜海岸入口」の交差点から右へと入って更に先を右に曲がり、農業高校の校門を過ぎ、三浦臨海学校前を抜けて行くのが一般なのだが、僕は車を敢えて手前の長井の畑の中の農道へと向けて抜けるか、更に手前の長井交差点から荒崎方面へと向かい、途中から高台のフェンスに囲まれた長井ハイツの廃墟を横に見て横断していく。その辺りで車を停めると、眼下に相模湾の紺碧の海が眺められ、その先には江ノ島や大島富士山も見渡せた。

 途中水色の大きな貯水タンクが見えてその下を抜けると間もなく、高台の道はどんつきで止まり、そこを左へと折れると細い急坂を下っていく。下った場所には小さな集落が集まり、その中に大学のヨット部の合宿所が点々と存在した。その下った場所にこのエリア唯一の商店「中川商店」が有ったのだ。そんな静かな海は、次第に綺麗なビーチと、名前が知られると、大挙車が押し掛けるようになっていき、有る時期からはウインドサーフィン、ジェットスキー愛用者が占拠し賑わしてしまった。


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