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ハロウ・ウィンの灯

作者: 矢宵羽鷺

「青色には、近づいたらいけないよ」

 ハロウ・ウィンの夜は、オレンジ色のランタンを持って街を歩く。

 今年は、パパが腕によりをかけて作ってくれた特別なランタン、かぼちゃ大王のランタンがわたしの持ち物だ。

「トリック・オア・トリート!」

 本当に悪戯をするわけじゃないけれど、この魔法の言葉は、お菓子を呼び寄せる力がある。

 だから、わたしはハロウ・ウィンの夜が大好き。

 黄昏が闇に変わる頃、ランタンに火を入れて、大きな魔女の帽子をかぶれば、準備は万端。

行ってきます、とドアノブを掴んだ手をパパがすくい上げた。

「いいかい、どんなに綺麗でも、おいでと呼ばれても、青い灯に近づいたらいけないよ」

 心配顔のパパを安心させるために、わたしはお手本のような物分かりの良い笑顔で「わかっていてよ」と答えた。

「楽しんでおいで、エルシー」

 丘の上にある、わたしの家。

 開いた玄関から漏れる光に、パパの顔が影になる。でも、わたしには、ちゃんとパパの笑顔が見える。

良い夜を! と、大人びた返事をして、かぼちゃ大王のランタンを高く掲げた。

 わたしは丘の上から、街に向かって弾むように急いだ。


 早くしないとハロウ・ウィンに遅れちゃう。

 少しでも近道をと、教会の小道を抜けようと決めた。

 夜の教会は人の気配がまるで無い。微かな物音さえも、墓地で眠る人を起こしてしまいそうだ。

 まさに今宵はハロウ・ウィン。朽ち果てたご先祖様に挨拶なんて、ちょっと嫌だ。

 わたしは、なるべく静かに、教会の小道を進んでいく。かぼちゃ大王をお供にね!

 心強い味方のかぼちゃ大王の灯は、小道の先の林まで明るく照らした。

ゆうら、ゆり、ゆうり、ゆら……

 わたしの歩くリズムに合わせて、かぼちゃ大王の灯も揺れる。

 不気味だった教会も、ハロウ・ウィンのオレンジに染まり、まるで仮装をしているみたい。

ゆら、ゆり、ゆらり。

 わざとランタンを揺らして、かぼちゃ大王の灯と、その影を踊りに誘う。

「おどれ、おどれ、かげぼうし!」

 楽しくなって、わたしも踊りの輪に連なる。くりくるくるりと三回転をしてレヴァランス。

 かぼちゃ大王に、教会の天使に、そしてハロウ・ウィンに!

 浮かれた足につまづいて、ランタンを落としそうになった。するとオレンジの灯が、弱く消えそうになってしまった。

「あら、大変!」

 わたしはかぼちゃ大王を、そっと地面に下ろすと炎の様子を確かめた。少しばかり、かぼちゃ大王を踊らせすぎたのかもしれない。

 炎の勢いが戻るまで、ランタンを静かに休ませた。

 わたしは逸る心を静めて、大きく深呼吸をした。するとその時、ちらりと白い灯が動いた。

 目を凝らすと、ほんの小さな灯だけれど、確かに林の向こうをチラチラと動いている。

(ハロウ・ウィンの仲間が迎えにきた!)

 わたしは森の奥、灯が見えた方へ走った。ハロウ・ウィンの日にしか会えない仲間。みんな元気だったかしら? わたしを覚えているかしら?

 新しい仲間には「ごきげんよう」、そしてみんなで「トリック・オア・トリート」って叫ぶの。

(ああ、なんて楽しいフェスティバル!)


 林を抜けると、そこは墓地だった。

 そんなことは気にせず、どんどん灯に近づくと、わたしは「あれっ?」って思った。

 白かった炎は、たくさんの白を重ねて青く青く見えてきた。そして、細く長い外炎は尻尾のようにゆらゆらと、ランタンの持ち主を照らしていた。

 目深にかぶったフードを、煩わしそうに跳ねのけた。するとサラサラと銀色の髪が、背中に流れる。顔の右半分は、その銀糸に隠れ。伏せ目がちの瞼にも、銀色の睫が揺れている。

 まるで一等星のような少年だ。

 わたしの視線を感じたように、こちらに顔を向ける。

「あなた、炎の色が違っていてよ」

 年長の子がするように、大人ぶって少年に注意した。

 少年は初めてわたしに気づいたように、瞳を見開き驚きの表情を浮かべた。その瞳は彼の持つランタンの炎と同じ青い青い色だった。

「…… きみは、だぁれ?」

 小鳥のさえずりのような声で、わたしに問いかけた。

「わたしはエルシー、丘の上のエルシーよ」

「ぼくはウィル、墓守のウィル」

「うそつき! 子供の墓守なんていないわ! 」

「信じなくていいよ、君には関係ないからね。さあ、街はあちらだ、さっさとハロウ・ウィンの祭りにお行き」

少年は邪険にあしらった。わたしは自分より年下の少年に、軽く戒められてムッとした。

すっかり興味を失った少年は、もう終いとばかりに墓地へ向かって歩き出した。わたしは遠ざかる少年の背中を追いかけ「お待ちなさいよ」と、腕を捕まえた。

「ランタンを持ってるなら、あんたもハロウ・ウィンへ行くのよ」

 少年は呆れたように、溜息を漏らした。

「愚かな娘だ、せっかく見逃したのに」

 少年は腕を掴んでいるわたしの手首をギュッと握って、強引に引っ張った。

「ぼくが連れて行ってあげよう」

 そう言って、持っていた青い炎のランタンで、地面にくるりと円を描いた。するとボッと地面に青い炎がついた。等間隔に立ち昇る青い炎は、長い尾を揺らしながら、段々と繋がって炎の輪になった。

 辺りがすっかり青く青く染まると、円の中心に石の扉が現れた。


「ほら、ごらん。パーティ会場への入り口だよ」

 小鳥の声の少年は、まるで千年を生きた老人のように、しわがれて乾いた声で囁いた。

 そして、その声に囚われたわたしは、少年の手に導かれ、扉の中に足を踏み入れた。

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