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水面に落ちた小石  作者: 此道一歩
第二章  母の思い
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エリカの結婚

 四月も後半に入ると、綾に会いに行くチャンスが無くなり、気落ちしている玲子に

「私、結婚するから……」エリカが突然切り出したが

「そうなの……」母親の気の抜けたような返事に

「何なのよ、たった一人の娘が結婚したいって言っているのよ、何か聞きたいでしょ、どんな人なのとか、何している人なのとか……」エリカが突っかかっていくが

「あなたが結婚する人なんて、だいたいわかるわよ」玲子は軽くあしらった。

「えっ、何それ、どうしてわかるのよ」

「だいたい、口数が少なくて、少しぽっーとしているような感じで、何か一つのことに夢中になっている人、世間知らずで、自分が没頭していることしか興味がない。だけどその部分では相当な人物、服装はだらしなくて、黒縁の眼鏡をかけていて、髪はぼさぼさ、周りの人からはどうしてあんな人がいいのって言われるような人。だけど母性本能をくすぐられてどうにもならない。あなたの言うことには絶対に逆らわない…… まあ、こんなところね!」


 玲子があっさり言うと、


「ママ、調べたのね!」

「何言っているの、調べなくてもわかるって……」

「本当に調べたわけじゃないの?」

「そこまで言うってことは大正解みたいね」

「信じられない! どうしてなの……」エリカはこの母親が少し怖くなった。

「だって、ママの血を継いで、ママの背中を見て育ったんでしょ、あなたの行き先なんてすぐわかるわよ!」

「参ったなー」

「ママは何も言うことはないけど、ただこの家には住んでね」

「ちょっと待ってよ……」

「あなたねー、和也が出て行って、あなたまでいなくなったら、あの親父とふたりきりになるのよ、残った者として責任があるでしょ!」

「もう、無茶苦茶じゃないの……」

「大丈夫、あなたの夫になる人は了解するわ……」彼女は微笑みながら言った。

「何でもわかるのねっ」

「でも、父さんには了解取りなさいよ」


 その翌日、一人で夕食をとっていた父親は、前に座ったたエリカを見て、

「どうしたんだ? 結婚でもするのか?」尋ねたが

「ママから何か聞いたの?」不思議そうにエリカが尋ね返した。

「いいや、何も聞いていないけど、お前が改まって私の前に座るなんて、何かあるだろう……」

「そうなの、結婚しようって思っているの…… 」

「でも、もう少し遊んでからでもいいんじゃないのか?」

「遊ぶって言っても何して遊ぶのよ、たいした男もいないし!」


「母さんが了解したのならいいけどね、私はそろそろ会長職に退こうって思っている。だからもし結婚するのならその人に社長になってもらってくれ、二人で暮らしたいのならそれでもいいが、母さんの機嫌が悪くなったら来てくれよ!」

父親の話しにエリカは耳を疑った。


「ちょっと待ってよ、薬の研究をしている人なのよ、社長なんてできる訳ないでしょ!」

「大丈夫だよ、座っていればいいだけだ……」

「バカなこと言わないで、絶対にいやだからね!」

 彼女は吐き捨てるように言うと、部屋を出て母親の所へ向かった。

 

 エリカの話を聞いた母親は

「やっぱりね、何かそんな予感がしていたのよ」何かを思いだすように呟いた。

「えっー、わかっていたの、信じられない、もういい、私も出て行く!」

「まあ待ちなさい、短期は損気よ」

「私が言いたいわよ!」

「とりあえず、彼にはどんなことを言われても『はい』って言わないように言い含めて、その上で父さんに紹介したら……」

「でも、父さんが言うわよ、『社長になれ』って! 」

「そこであなたが反論すればいいじゃない、あなたはわかってくれないのなら出て行くって言えばいいじゃない、そこまで言えば父さんだって折れるわよ」

「ほんとに?」

「うん、もし折れなかったら出て行っても仕方ないわね」

「了解!」


 その二日後、藤原隆が、エリカの両親に挨拶にやって来た。

「エリカから聞いているかもしれないが、この子の兄が訳あって家を出ている。将来的にはその長男が会社の後を継ぐことになると思うのだが、私も体調がすぐれず、息子が帰ってくるまでは待てない。そこで申し訳ないのだが、私は会長職に退くので、エリカの結婚相手には、息子が帰ってくるまで社長の座についてもらわなければならない。このことを了解してくれるのであれば、二人の結婚には何の問題もない、どうだろう?」


「父さん、それは駄目だって言ったでしょっ!」

「あの、すいません、私のような者に社長が務まるとは思えないのですが……」

 隆が口を挟んだ。

 黙っているようにと念を押していたにも拘わらず、口を開いた彼を心配そうにエリカは見つめていた。

「いや、全く問題はない。企業自体はしっかりしているので、座るべきものが(かなめ)の位置に座れば何も問題は起きない。君は秘書の言うとおりにしていれば会社はちゃんと回っていく」


「そういうものなんですか…… では、私のようなものが社長になっても社内で異をとなえるような人はいないのですか?」

「絶対にいない、息子が家を出ている以上、娘婿が第一候補であることは間違いない、ゆっくり勉強すればいい、勉強が嫌なら、毎日静かに過ごせばいい、社長なんてそんなものだよ……」

「わかりました。それをお受けすれば結婚は許していただけるのですね」

「許すとも、何も問題はない」

「隆さん、なんてことを言うの、だめよ!」

「いや大丈夫、お許しいただくため条件なら仕方ない、お受けします」

「そうか、良かった、うん、良かった」

「何が良かったのよ、私は認めないわよ、隆さん、いいのよ、許してくれなければ出て行けばいいんだから!」

「それは駄目だよ、ご両親に許していただけない結婚を君にさせる訳にはいかない、君と一緒になれるのであれば、研究は一時休止する」

「何言っているの、兄が帰ってくる保証はないのよ、そうなったらいつまでも社長よ、それでもいいの?」

「私の人生がそう流れて行くのであれば、それも仕方ない。私みたいなものが君みたいな女性と結婚できるんだ、命以外の代償なら払うよ」

「隆さん……」

「盛り上がっているところ悪いんだけど、私はこの家に住んでくれないと許可できないわよ」

「ママ、いい加減にして、そこまでしないわよ」エリカは一人でバタバタしていた。

「いや、いいです。ここに住ませていただきます。それは当然です。お兄さんが出ていかれて、エリカさんまで……という訳にはいきませんのでわかっています」


「ありがとう、エリカ、いい人に巡り会ったわねー」

「もういい加減にして、マンションだって決めているのに、信じられない!」

「だけどね、あなた、会長職に退くって言っていたけど、代表は続けるんでしょうね、隆さん一人に代表を押し付けてのんびりしようなんて考えていないわよね」

 妻の突き刺すような言葉に、

( くそー、ばれたか )

 そう思った夫は

「だめかな?」軽く尋ねてみたが


「当たり前でしょ、娘婿にそこまで甘えるつもりなの?」

「母さんに気付かれたら仕方ないか……」


 その夜、玲子の部屋で

「もう信じられない、あれほど言っていたのに……」

「こんな予想もしていたけど、きれいにストライクね!」

「どういうこと? まさか仕組んだんじゃないでしょうねっ」

「そんなことはしないわよ、だけど、隆さんがあなたの思っている以上の人だったら、こんなこともあるかなって予想はしていたのよ」

「どういうことなの? 私は隆さんをわかっていないってこと?」

「そりゃそうでしょ、こんな結末になったんだから!」

「……」エリカには返す言葉がなかった。

「でも、表向きはママが言った通りの人だったわね……」玲子が微笑みながら言うと

「悪かったわね、ぼっーとした人で!」エリカは少しすねていた。

「だけどあなた、あの人のこと全然わかっていない! あの人は刑事コロンボみたいな人だって思っておきなさい」

「えっ、何それ?」

「一度DVDでも見て見なさい」

「えっ、映画なの?」

「いずれにしてもあなたは幸せになれるってこと!」

「そうなの……」

  

 六月で二六歳になるエリカは誕生日までには籍を入れたいと考えていたが、隆の父は平凡なサラリーマンだった人で彼はその家庭の三男坊であった。

 今、両親は年金暮らしで、静かに余生をおくっていたため、派手な結婚式は望んでいなかったことに加え、エリカの両親も長男である和也が家を出ている状況ではあまり目立ったことはしたくないという思いもあって、彼らは二人だけでハワイへ出向き、そこで静かに挙式を上げ夫婦となった。


 ハワイへ向かう前に電話を受けた和也は

『ほんとにそれでいいのか? 私のせいで申し訳ない……』と詫びたが

『大丈夫よ、私も派手なのは嫌だし、あちらのご両親だってもとサラリーマンだったから……』

『あちらのご両親は、結婚については快く納得してくれたのか?』

『何か参っていたけどね、薬の研究をしているって思っていたのに、突然斎藤グループの社長だなんて、びっくりしていたわよ』

『そうだろうな、ほんとに申し訳ない』

『お父さんなんか、なんじゃそりゃって、めまいがして横になったのよ、お母さんもすわったまま動かなくなってしまって……』

『俺がこんなこと、言えた義理じゃないけど、こちらのわがままを聞いてもらっているんだから、ちゃんと尽くさないとだめだよ!』

『わかっているって! 週に一度は必ず一人で顔出して、一緒にお昼を食べに行ってるのよ』

『そうか、そりゃご両親も喜んでいるだろう』

『それがそうでもないのよ、私といると肩が凝るみたい……』

『はははっ、お前が猫被っているからだよ…… その内にエリカの良さを分かってくれるよ』


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