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水面に落ちた小石  作者: 此道一歩
第一章  さまよい続ける思いの果て
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怪しいセレブ

 一方、斎藤の家では和也が出て行ったあと、母親の玲子はその苦しい思いをあるがままに夫である和也の父、真一に吐き出していた。


 妻に頭の上がらない彼は、一週間もすると参ってしまい

「勘当なんて、売り言葉に買い言葉じゃないか! 本心じゃないよ」

そう言い訳したが


「じゃあ、和也を探して、家に連れて帰って来てよ!」

 それでも玲子は出ていってしまった最愛の息子が愛しくて厳しい言葉を夫に浴びせ続けていた。

「だから、今エリカが探しているよ……」

「何よ、ふん」玲子の機嫌は治らない。


 エリカは、(居場所だけは聞いておかないと……)

 そう思い、兄が出て行った日の夕方に電話を入れたのだが


『しばらく一人で考えてみたい。落ち着いたら電話するからそれまではそっとしておいてほしい。母さんのことをよろしく頼む』


 メールで返信してきた兄をこれ以上、探索することはできなかった。


 だが、ゴールデンウイークが明けると和也からエリカに電話が入った。

「ママ、兄さんのいるところ、わかったわよ!」慌てて母親に連絡したエリカに

「えっ、どこにいるの? 何しているの?」

 驚いた玲子はうれしさのあまり矢継ぎ早に質問を繰り出す。

「本社近くのお好み焼屋で住み込みしているらしいの!」

「何それ!」玲子はしばらく考えていた。

「よくわからないけど……」

「好きな()でもいたのかしら……」玲子には想像がつかなかった。

「とりあえず、今日、会って来るから……」

「そう……」

「ママは行かないの?」

「行かない、私が行って泣き出すとあの子も辛いから…… 私のことで悲しい顔するあの子は見たくないの……」

 気の強いこの母も、和也のことになると切ない表情を見せる。

「やっぱりね、そうだと思った」

「何よっ!」

「私も同じあなたの娘なんですけど……」

 少し突っかかるような感じであったが、決して責めてはいない。

「いいじゃない、あなたは放っておいても大丈夫よ、でも和也は……」

 やはり和也を思うこの母は切なそうであった。

「はい、はい、わかっていますよ、だからこうして動き回っているんでしょ」

 この娘は、和也を思う母の切なさを痛いほど知っていた。

「ありがとう、あなたには感謝している!」


 理穂が、美しい女性に車で送ってもらった和也を目にしたのはこの日であった。


 エリカから状況を聞いた玲子は安心して、しばらくは静かに生活していたが…… 

 一ヶ月も過ぎた頃には、そのお好み焼屋の女性のことが気になって仕方なかった。

 一度店の様子を見に行ったエリカから、いくらかの話は聞いていたが、和也は腰を据えてしまった感じがするし、何よりも玲子は二人が同棲をしているような錯覚に陥ってしまい、とりあえず、その女性を一目見ておきたいと思っていた。


 再びイライラし始めた玲子は、夫の真一にあたり始めた。

「エリカ、何とかしてくれよ、頼むよ」

 父親に泣きつかれた彼女は、この両親だけは、いかげんにして欲しいわ! そう思いながらも母親の部屋へ行くと

「ママ、一度、様子を見に行ったら……」と勧めたが

「でも和也が……」悲しい顔を彼に見せたくない玲子は踏み切れない。

「大丈夫よ、兄さんは毎日二時を過ぎると買い出しに出かけるから店にはいないのよ」

「えっ、そうなの!」

 喜んだ玲子はその翌日三時前に出かけた。


「よろしいですか?」

 軽装にまとめてはいるが、どこかのセレブに違いない、そんな女性の訪問に理穂は唖然としていた。

「はい、どうぞ……」と答えたものの、何故か不可解であった。

 以前にも和也の彼女ではないのかと思える女性がやって来て、そして今日、またこんな訳のわかんない女性が……


「お一人でなさっているの?」何とも上品な話し方に理穂は少しあわてたが

「いえ、従兄が手伝ってくれています」懸命に平静を装って答えた。

「そうなの、その方かしら…… イケメンの店員さんの焼きそばが評判ですよね」

「ありがとうございます」

「今日はそのイケメンさんはいないのかしら?」


( 和也さんのことを探っている…… )

「はい、今買い出しに出ていまして、すいません」微笑もうとするが顔がひきつってしまった。

「いえ、とんでもないですよ、お薦めは何ですか?」

今までに接したことのないような品の良さに理穂は少し頭がくらくらし始めていた。

「タコ玉がいいかと思いますが……」

「じゃあ、それをお願いします」

「はい……」


( 明らかに和也さん目当てにやって来たんだ、誰なんだろう…… パトロンか? この人は逃げた燕を追いかけてきたのか? うー、わからない…… )


 思いがけないことが起こるたびに、理穂の心は迷路をさまよい続けた。



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