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リリのスープ  作者: 愛摘姫
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リリのスープ 第八章

朝がやってきて、陽が窓から差し込んでくると、リリもナディンもだれかれとも無く、起きだして、朝の支度を始めた。


自分たちで食べるものは、自分たちで、つくり、家の掃除や、片付けも、自分たちでする。

いままで、自由であることが、どんなことかわからなかったが、今こうして、自分たちの生活を省みると、何もないただの質素で、満ち足りていることが、自由だと感じられた。

決して、寝心地のいいベッドではないし、飾り気もないというのに、自分たちで工夫して生活を送るということが、これほど自由な気持ちにさせてくれるということを、二人は感じ始めていた。

足りないものなど、物質的なものくらいしかない。

ありあまる自由が、いま二人には、あった。


昼間の日差しには、初夏の陽気に、海で泳いだりした。

磯の香りと、魚のにおい、ウミネコの飛び回る声に、日常の味を感じていた。


海では、漁師の妻たちが、海草をとる仕事をしていた。


ナディンもリリも混ぜてもらうと、自分たちでとった海草が、少しばかりとれた。

女性たちは、よく笑い、彼女たちがとった海草の幾分かを、二人に分けてくれたりした。


夕方になると、マスターの店にいたほかのお客さんが、わざわざ小屋に魚をわけに来てくれた。

自分たちでさばいて、調理して、夕暮れにそまる海と空を眺めながら、たそがれ時を過ごした。


夜は、自由な時間であって、二人で過ごすこともあれば、マスターのお店に飲みにでかけたりもした。

そこで会った人たちと、たわいない会話をしたり、笑ったり、何にもしばられない自由な生活があった。


二人は、感じていた。

このまま、自分たちはこの町にいることができるだろうし、町の人たちも受け入れてくれるだろう。

このまま、ここで生活することに、何の不自由も感じない。

けれど、自分たちには、元の生活があって、そこで感じていた大きな波に、また飛び込まなければいけない日がやってくる。

その日は、けっして、遠くない未来だ。

それを、自分たちは、そのまま受け入れられるのだろうか。


いまの生活が、二人にとって満ち足りたものであるとすると、自分たちがいままで生活していたもの、そのものが、嘘のような偽りのような気持ちがしてしまう。

満ち足りた気持ちや、不自由さを感じないすべての生活が、自分たちにはこの先手に入るのだろうかという、不確定な気持ちが窓から入る日没の夕闇から漏れてだした。



リリもナディンも何も言わなかったけれど、いずれ帰る場所に戻らなければいけない。

自分たちの自由があくまでの、ここでの期日限定の生活であることは、十二分に承知していることだった。

だからこそ、夕暮れの空のように、すべてが刹那的であり、その嬉しさや感情も、すぐにすぎてゆくかけがえの無い、一瞬に浮かぶ色だった。


リリは、星をみて、子供たちのことを思った。

母である前に、一人の女性として、いまここで生活している。

彼らのことを思ったとき、不思議と、満ち足りた生活の中で、彼らもまた同じように満ち足りた生活を送っているような気がした。

遠くはなれて、自分には見えない遠い場所で、彼らは、母のいない生活でも、満ち足りて自由に過ごしているような気がした。

そして、もしこのまま離れてしまう生活になったとしても、きっと彼らは、自分がいないことを受け入れて、彼らは彼らで充足して生きてゆくだろうということも思った。

母がいなくても、大丈夫であるとか、負けない子たちというのでもない。


星をみていると、母がいないことであるとか、子供と離れているということも、すべて取り払われ、自分たちが生き充実した生き方の前には、それらのことが差しさわりにならないほど、小さなことのように思えた。


自分の充足感が、時間を越えて、子供たちと常に、共にあるように思ったのだった。

ここにいる自分も、離れて暮らす子供たちとも、一ミリも何も変わらない、そこにすべての自由があるように感じた。


お茶を飲みながら、ランプの明かりですごしているうちに、だんだんと眠くなってきた。

ここにきてからというもの、夜が早い。


二人は、戸締りをし、消灯することにした。



夜中、おかしな物音で、目がさめた。

自分たちの小屋のまわりに何かいるような気配がする。

それが、人間の足音か、動物のものかもわからなかった。


リリは、ナディンを起こすと、自分たちを守る武器を探した。

キッチンにはナイフがあったが、窓の近くであり、外にいる何かと接近することになる。

二人は、壁にかかっていた持ち運べる小さめのノコギリを手にとって、じっと息をころして暗闇を見つめた。


遠くでなる海の音の中に、がさごそと、音が混じっている。

すぐ小屋の外にいるのが、わかる。


リリは、いくら古くても木のドアを破ってはこないと思ったが、それも半ば祈るような気持ちだった。

ナディンは、かかんにも、ノコギリを構えていつでも応戦しようとしている。

女一人暮らしの長いナディンには、当たり前のことだった。


リリは、じっと入り口の方をにみつめていた。

鼓動が大きくなって、恐ろしさで、小屋の中が、鋭利なくもの糸でピンと張り巡らされているような空気だった。


外の、戸口のところで、がさごそとなっていた音は、人間のようだった。


自分たちが、ここに住んでいるのを知っててやってきているのだろうか。

いよいよ、戸口のドアのところを何か引っかくような音がした。


動物だろうか。猪でもいるのだろうか。


ドアのところをゴツゴツとひっかくような音がやんだかと思うと、ガチャとドアが開いた。



ナディンとリリは、寝床の上で飛びあがってビックリし、のこぎりを落としそうになった。

ドアは、ギーっとあいて、ゆっくりと、中に、誰かが入ってきた。

大きな丸い背中は、レインコートのようなもので覆われている。

帽子を深めにかぶった、その人はゆっくり中に入ってきて、二人をみつけると入り口の前でとまった。


向こうも驚いたような顔をして、



「お~、お前さんたちは、誰じゃ?」


といった。しわがれた声の男の人だった。


二人は、その一連のできごとに驚いたが、向こうも驚いたのをみて、悪気があるように思えなかったので、小屋の明かりをつけた。



大きなレインコートと、萱で編んだ魚籠を腰にさげて、だぼだぼのズボンと古い頑丈そうな履きこんだブーツ、つばの広い古そうな帽子をかぶり、白いひげを生やしたおじいさんが立っていた。


片手には、酒のビンを持っている。



「お前さんたちは、ここに住んでいるのかい?」


二人とも、おずおずと、うなづくと、おじいさんは、頭をぽりぽりと掻いて困ったという顔をした。



「そうでしたが、すんませんのお。わしは、しばらくここを留守にしてたもんで、あんたらのこと知らんかったんだ」


二人は、ホッとして、言った。



「おじいさんは、ここに住んでた人なの?」


すると、おじいさんは、大きな手を身体の前で大きく振り



「いんや、わしゃ、他に家はあるんじゃが、ここが、妙に落ち着くもんでの。ときどきここに来ては、夜やっかいになったりしておったんじゃ」



そういうと、申し訳なさそうに笑った。

二人は、おじいさんが悪気もなさそうな感じだったので、お茶をすすめると、



「いいや、お嬢さんたちがおるのを知らずに、来てしまって、ずいぶんと厄介してしまったの。わしは、このまま、この辺りを一巡りして寝床を探すとするよ」


と出ていった。二人は、申し訳ないような気がしたが、このままここにいられてもどうにもできなかったので、別れを告げて家の戸締りをした。


おじいさんがいなくなると、夜の闇が、また静かに戻ってきた。


二人は、自分たち以外にもここの小屋を使っていた人がいたことに、驚いたが、何も無かったことの方に大きく感謝した。


リリは、心臓がまだドキドキしていた。

眠れない夜になりそうだと思ったが、風の音を聞いているうちに、いつのまにか、寝入ってしまっていた。




※※※※※※※

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