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リリのスープ  作者: 愛摘姫
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リリのスープ 第六章

部屋に戻ると、ナディンは、ベッドの上にいた。



「おはよう。どこへ行っていたの?」


と聞かれて、りりは、



「ちょっと浜辺へ散歩よ」


とうつむいた。ナディンは、目をそらしたリリをみて、ふ~んとだけ言った。


二人で、ホテルにあるレストランに朝食を取りに行くことにした。

バターのたっぷりきいたパンケーキとフレンチトーストを頼み、コーヒーを飲んで、窓越しに海を見渡せる椅子でくつろいでいると、ナディンがいった。


「これから、どうしましょっか。いつまでこの町にいる?」


そういうと、リリは、少し考えてから、


「もうしばらく居たいわ」


と言った。ナディンは、その申し出を受けたかったが、どうしても言い出せないような女の勘というものが、このままいてはいけないと言っているのを感じていた。



「ねえ、いったん町を離れて、次の町へいってみましょうよ。旅の帰りにもこの町を通ればいいじゃない」


と言うと、りりは、押し黙って、海をみて、名残惜しそうにした。


ナディンは、ゴタゴタや、いらぬ徒労は嫌だった。

リリは、結婚してからはじめて味わう開放感に、浮かれているがわかる。

だからこそ、その足元のふらつきが、心配でもあったし、いちいち彼女を気にかけてしまう自分も面倒になっていた。

早く、この町を去りたいような気持ちがしていた。



「せめて、午後に出発しましょうよ。もう少し、海をみてたいわ」


と、リリの申し出に、ナディンは、オーケーした。

ホテルに荷物を置き、砂浜へと繰り出したのは、お昼前だった。


海風に当たると、いろんな憂さも消えてゆく、その開放感をナディンも感じていた。


リリは、太陽が当たる砂浜を裸足で、走ってゆく。

大人の身体をした、子供だった。



ナディンが、ぼんやりと海の方をみていると、海沿いにあったお店が開店作業をしていた。

その中にいた、昨日の男性が、こちらをみて、やあ!と手をふった。


ナディンは、もうこの町を離れるからという安心感からか、

彼に、手をあげて、あいさつを返した。


彼は、にっこり微笑んで、一杯サービスするよと言ってくれた。

形だけ、ありがとうを返して、そのまま、海を眺めていた。


リリは、砂浜と海に夢中になって、遊んでいるようだった。

貝殻をあつめたり、何かを発見して、しゃがみこんだりしていた。


そして、ふっと我にかえったようにして、こちらに走ってやってきた。



「ナディン、ほら!こんなに」


と大きな貝殻を見せてくれた。



「あなた、遊ばないの?」


というので、砂浜に腰をかけていたナディンは、



「ここに、いるわ」


と言った。リリは、つまんなそうにしたが、貝殻をおいて、また、海へと走っていった。



ナディンは、その姿に、子供を見守る母の気持ちを想像していた。

太陽も、砂浜も、海も、自分の想像を以上に心地よく、このままこの町を離れるのも寂しいかもと思い出していた。

あたしが、あんまりリリに厳しくしているのかしら。

彼女だって、一人の大人だもの。あたしがどうこういったって、分別もあるだろうし、別に保護者みたいに、ずっと見守っていなきゃ行けないってこともないものね。


そんな風にぼんやりと考えていると、後ろから足音がしていた。

みると、昨日の男性が、グラスを持って近づいてきていた。



みると、冷えたビールを持っている。


「やあ、店のおごり。観光客には、優しいんだ」


と言って、ウィンクしたが、本当は、オーナーには、内緒だといったので、ナディンは笑った。

ビールを受け取ると、男性は、ナディンの隣にきて、海で遊ぶ、リリをみて、くすっと笑った。


「きみは、まるで彼女の保護者みたいだな」



といったので、ナディンは苦笑した。ビールをのみながら、心配そうにリリをみている自分が本当に母親のように思えたからだ。


リリが、こちらをみて、笑顔で大きく手を振った。

ナディンは、手を振りかえした。

彼をみると、遠くにいるりりをみながら、微笑んでいる。


彼が、店に戻ろうとしたとき、りりが走りよってきていた。


まっすぐこちらに走ってきたりりは、彼の姿をみて、一瞬驚き、その後、無視して、ナディンに話しかけた。


「まあ、あなた、ビール飲んでいるの?」


ナディンは、どうしてリリが彼を無視したのか気になった。

そして、ええ、とだけ答えて、彼を振り返った。



すると、彼は、



「やあ、また会ったね。今朝のことまだ怒ってるの?」



と聞いた。ナディンは、なんてこと!と稲妻がこころに響いたかのように、衝撃を受けた。

朝、この二人は会っていたの?

そんなこと、何も言わなかったじゃない、とりりをみると、


彼女は、そんなナディンの心境に気づくどころか、



「あら、あなたが意地悪なことを言うからよ。まったくレディに対して失礼だわ」


とツンとして、彼にいった。

彼は、親しげに、笑い



「一杯サービスするから、機嫌なおしてくれないかい」


と言うと、


「結構よ!」


と言った。

彼はなおも、何かを言おうとしたけれど、遠くで店の人が彼を呼ぶ声をきいて、しぶしぶそっちへかけていった。

ナディンは、何か裏切られたような気持ちがしていた。

まるで、可愛がっていた飼い猫が、自分に隠れて他の家で、寵愛を受けていたような気持ちだ。


りりは、腹が立ってきた。


「ねえ、彼と知り合いになったの?朝会ったって、なに?」



とナディンは、聞きたかったが、何からどう聞いて良いのかわからず、唇がむずむずするようだった。

そんな心配をよそに、


「朝、散歩にいったときに、彼と偶然あったのよ」


それだけいうと、りりは、少し嬉しそうな顔で、海をみながら、すわっていた。


腹立たしくなってきた。

こんなに、りりのことを心配してるというのに、なんてことだろう、とナディンは思った。



もう、こんな気持ちになるなら、勝手にすればいいわ。


次から次へと、心の中で、毒づいた。

しかし、その怒りが、本当はどこからくるのかまでは、ナディン自身もわからなかった。


リリは、ナディンの怒りには気づいているようだったが、自分のことをそれ以上はなすことはしなかった。

彼女自身にも、自分の気持ちがわからなかったからだ。

ガイに惹かれているというのでもないようだった。ただ、数ある中の好意と呼ばれる種類の中には、彼が存在するような気がしていた。

朝、ほの暗い時刻に、あんな特別な場所で出会ったから、もしかして、彼を好きになってしまったのだろうかと少し思ったが、今こうして太陽が出る時刻に、温かい砂浜で海風をうけていると、そうじゃない気持ちがした。

もっと大きくて、開放的な気持ちだった。

いままで、男性はデイだけと思っていた小さな枠が、太陽の光に取り払われていくようだった。

そして、自分が、家の中にいて、家族や彼を支えるだけの存在と思いこんでいた自分の小さな思い込みもはずされて

一人の女性として、この世界に居ることに、大きな開放感を得ていた。

母でもなく、妻でもない自分でいたかったのだ。

そして、ガイからの好意を感じたとき、すべての男性から愛される、自分は一人の自由な精神の女性であると思った。



それは、人には、伝えづらい感覚だった。

無二の親友である、ナディンには、なおさらのことのように、近すぎて、いえない気持ちがした。

リリから、言った。



「じゃあ、そろそろ、出発の準備をしましょうか」



ナディンは、少し驚いたが、ホッとして立ち上がった。

彼女の心をしめていたのは、リリへの独占欲のようなものだった。

自分がいなければ、この人はダメだという想いから、知らない間に、彼女への過度な心配や干渉になっていった。

そんなところも、まるで母親のそれであるということを、ナディンは知らない。


車にのってから、ナディンは聞いた。



「あなた、バーの彼のことを好きになったのかと思ったわ」


すると、リリは、言った。



「そうね。どうかしら。けれど、運命の相手ではないわね」


「彼の方は、あなたに好意をもってそうだったけれど」


そういわれて、リリは、笑った。

おかしくてではなく、YESの意味だった。



バックミラーには、店先で、こちらをみつめている、ガイの姿が見えた。

たぶんに、彼は、自分に好意をもってくれたのだと思った。


ビールグラスを返しに行ったとき、これから町を出発することをいうと、ガイは、


「また、この町にきたときは、ぜひ寄ってね。待ってるよ」


とリリを見つめて言った。

リリは、にこっと笑ってうなづいた。

ナディンは、その様子をみながら、心が穏やかでいる自分がいることに気づいた。


いつも、彼女のことを心配しすぎていたかもしれないと、思った。

いままで、自分が何でもかんでも、彼女の悩みや相談を聞く役だったから、自分がいないと彼女はダメだと思い込んでいたけれど、こうして彼女の何かもを自分が肩代わり、親代わりすることはできない。

そして、彼女も自分の知らないところで、日々何かを感じて、生きているのだ。


こうして旅にでて、一緒にいるのが初めてだから、いままでと同じようにどうしても彼女中心になってしまっていたけれど、

これからは、自分もこの旅の主役となって、楽しまないとと思った。


彼女の言うような、運命の人というものが、あるかどうかは、まだわからなかった。

けれど、もしかしたら、自分にも、好きな人というのが現れるかもしれないと思った。


リリは、いつも悩みを聞いたり親身になってくれるナディンが、こうして旅に出て四六時中自分と一緒にいるのは初めてだったので、最初はお互いしんどいときもあったが、海の町を出るときには、それも違った形になってきていた。


お互いが、お互いに心地よい関係でいようと変化してきていたのかもしれなかった。



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