クリスマスの香り
オーブンからの完璧な香りが僕の鼻腔をくすぐる。
この香りを嗅ぐと君の笑顔が自動的に脳裏に浮かんでくる。
今日はクリスマス。香りの正体はローストチキンだ。
脳裏に浮かぶ君の笑顔は少し強張っている。
丸焼きなだけあって少しグロテスクなのが苦手なんだとか。
気合いを入れるように小さく拳を握ってから、恐る恐るこんがり焼けたローストチキンを見る君。
切り分けてあげると、ほっとしたようにやっと柔らかい笑顔になる君。
あの笑顔を見るために僕は毎年これを焼くのだ。
きっとこれからもこれは僕の仕事だろう。
そろそろ焼き上がる頃かなと思った時、ガチャリと玄関のドアが開く音が聞こえた。
「クリスマスのいー匂いーっ」
愛らしい声が聞こえてきた。
そうだろうとも。うん。
昨夜から仕込んでおいたんだし、なんてったって君が生まれる前から毎年焼いてるんだからね?
そんな事を考えながらクスリと笑うと、オーブンから焼き上がりの歌が聞こえてきた。
既にテーブルには取り分けたサラダとトーストしたバゲットが並んでいる。
実にタイミングのいい帰宅だ。
まあ、これも全て計算してのことだけどね?
赤ワインをグラスに注ぐ。
飲めない彼女の為にシャンメリーも。
それにしても完璧な香りだ。
この香りだけでグラスをあけられそうだよ。
「ねえ、今年は切らせてくれる?」
「ダメ。この儀式は譲れないな?」
昔、君はあんなに苦手だったのにね?
僕はクスリと笑いながら湯気の立ち上るローストチキンにナイフを入れる。
肉汁がじゅわっとにじみ出る。
視覚も手伝って更に嗅覚を刺激する。
完璧ないつものあの香り。
完璧なクリスマスの香りだ。
「また泣いてるーっ」
「泣いてないよ……」
こんな問答も毎年のことだ。
どうもこの瞬間、僕の涙腺は緩んでしまうようだ。
「パパ、ママを思い出して辛かったら、来年から焼かなくっていいんだよ?」
まいったな。
聞こえたかい?
君の分身はこんな事まで言うようになったよ?
8歳にもなると言うことが違うね?
「ダメ。これはパパの楽しみでもあるんだからね?」
僕は来年も再来年も、ずっとずっとローストチキンを焼くだろう。
君の笑顔を見る為に。
そして、君とこの子の成長を見る為に。
だから、決して失敗は許されないのだ。
お読みいただきありがとうございました。
良いクリスマスをお過ごしください!