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保守党〜娘の反抗期は、父のメンタルを削っていく〜

作者: ペティ

「拝啓、今は亡きお母様。


私、源三郎は、今、激昂したい気分なのであります。

いいえ、お母様は安らかにお休みください。

申し訳ありません。

取り乱していますのは重々承知なのではありますが、この感情、暴れ馬のように言うことを聞いてくれないのです。


ええ、お話させてください。


いま手紙をしたためておりますのも、家系に係る重大な出来事を、安らかに眠るお母様にも、お伝えしなくてはならないと思ったからです。


躊躇いはありますが、いまは私の独白を、静かに、あの時の朗らかな笑顔のままで、聞いていただければ幸いです。


お母様の孫娘、そして私の娘でもある、えみ。

どうやら、彼女は、リベラリズムの流行に乗りかけております。


先日の晩、彼女が緊急家族会議を提案しまして、私たちは固唾を飲んで、彼女の発する言葉を待っていたのです。


嗚呼、今でも思い出すとハラワタが煮えくり返りそうです。


ええ、話しますとも。



彼女はね、カラオケのオールを女友達としたいと言ってきたのです。



私たちが静かでいられたのは、そこまででした。


私はね、台風の中、ライブ中継してるリポーターの気分がやっとわかりましたよ。

そんな大声出さなくてもマイクがあるんだから落ち着いて話しなさいよ、って思うでしょう。


無理なんですよ。


ええ、あの晩、あのリビングで吹き荒れたのは、リベラリズムの嵐でした。



その時のことははっきりと思い出せないのですが、私は、必死になって彼女に叫んでいた気がします。


嵐の中だったので、叫ばなければ声が届かないと思ったからです。



今まで守り続けてきた伝統を破るつもり云々。

親不孝をして何が一体楽しいの云々。



確か、そんな主義主張を、私は言っていたはずです。

よく覚えていませんが。



しばらくして、正気を取り戻したら、娘はすでにおらず、家内は泣きじゃくり、双子の息子たちは呆然としておりました。


いや、次男の方は、ガタガタと震えておりましたな。


かわいそうに。次男はリベラリズムと私の育毛剤の匂いにはとても敏感なのです。



お母様。

私たちは代々コンサーバティブの伝統を正当に引き継いできた、血統一族であります。


いまさらくだらぬことを、と申したい気持ちは推し測るに容易ではございますが、言わせてくださいね。



『おしとやか、規律、コンサーバティブ』



これが家系に伝わるモットーで間違いありませんよね。


ええ、私は何をしてでも、何を賭しても護り切りますとも。



敬具、

源三郎」




〜正義は僕らにある。必ず悪を討ち滅ぼすんだ〜


このフレーズを無意識に口ずさんでいたのは、多分、息子と毎週観ている戦隊ヒーローのオープニングを覚えてしまったからだろう。



台風一過。本日の多磨霊園は快晴なり。



私は、先日認めた手紙を携えて、お母様の眠る霊園に、お墓参りにきていた。


家内には「いやそこまでしなくても」なんて言われたけど、ここはけじめをつけるべきだ、と私は思っている。


それに、万年中間管理職の私は、報告義務を怠ったことが、一度もない。


誇るところちゃうか。


まあでも、先祖の人に対する手紙って、決意表明文みたいで、なんかクールだよね、って勝手に思ってる。



あの後、えみとは結局一度も話せていない。


どうしよ、本当に遅めの反抗期だったら、私は立ち直れないかもしれない。


「育毛剤臭いんだよ、ハゲジジイ!」


とかって言われるようになるんでしょ。メンタル保たないって、普通に。



そんなことを考えながら、私はお母様のお墓の前に立った。


お墓を掃除して、花瓶に花を活け、買って来た線香に火をつけた。



そして、手紙を取り出す。



別に燃やしてもいいんだけど、せっかく書いたんだから、形に残しておきたい。


そう思った私は、納骨室の中に入れておくことにした。



「お母様、お久しぶりです。」

そんなことを言いながら、厳かに扉を開ける。


よかった。そこにはしっかり骨壷の入った桐箱があった。


私は、隅に手紙を置いた。


「よかったら後で読んでくださいね。」

と言いながら、扉を閉めようとした時、何か違和感を感じた。



桐箱の上に、紙切れがある。



いやいや、納骨した当時は桐箱以外何も入れなかったはず。



なのにどうして。



嫌な悪寒が背筋を走る。



これは。これは。私にはわかる。この悪寒がこの紙切れの意味するところを教えてくれる。


震えて右腕がまともに機能しないので、左手を添えてその紙切れをつまむ。



紙切れは2枚あった。


いつから置いてあったのかわからないその2枚の紙切れは、とても古いチケットだった。



「でぃずに…らんど。」



言葉に出しても理解が追いつかない。


なんだこれ。

1983年のディズニーランドのチケット。


いやでもなんでこんなところに。

私は、もちろん、買った覚えなどない。


家内が買った可能性もほぼない。

てかまだ私たち出会ってもないもの。



動悸が激しくなってくる。


では一体誰がこんなものを。


1983年のディズニーランドのチケットなんて、まるでリベラリズムの象徴ではないか。


なぜよりにもよってお母様の桐箱の上に。


パンクしそうな心臓と脳みそが皮膚を突き破って出てきてしまいそうだ。



「まさか…お父様…?」



ここで私は三半規管が狂ったのを覚えている。


そして、その後の記憶は曖昧だ。



誰かの声が聞こえて、砂利を踏みながら近づいてくる気がした。


だけど、その声と音はだんだん遠ざかっていった。



いや、遠ざかったのは私の意識か。


うん、キャパオーバーだよ、普通に。


ご閲覧ありがとうございました。これ、もともと短編の予定でしたが、いつの間にかシリーズ化しております。これはこのシリーズの第3編です。そのうち、編集させていただきますね。


第1編

保守党〜女子大生にもなって一度もカラオケに行ってないことに違和感を覚えたので、家族会議を開きます〜

リンク:https://ncode.syosetu.com/n0012er/

第2編

保守党〜僕たちのお姉様が、遅めの反抗期に入りました〜

リンク:https://ncode.syosetu.com/n1148er/


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