06.美女と野獣
新たに現れた愛怨――鬼獣。
今までの筋肉が膨れ上がった鬼とは違い、見た感じは人とは変わらないように見た。
ただ、その頭部の形状が人とは異なる。
額から伸びた2本の角はディフォルトだが、口元が獣を思わせる咢と化していた。
そして顔には隈取りの模様が散りばめられどこかの部族のようにも見えた。
「ガァァァァァァァッ!」
襲い掛かる鬼獣にわたしは目の前の蟹座愛怨・獅子座愛怨・牡牛座愛怨の3体を相手しながら身構えたが、鬼獣が向かった先は牡牛座愛怨だった。
鬼獣の掌打が牡牛座愛怨の顔を捉え、そのままわたしから引き離し近くの壁に叩きつける。
そのまま壁に張り付けたまま拳の乱打をお見舞いした。
「オラオラオラオラオオラオラオラ!」
ドゴン! ドゴドゴッ! ドドドドゴンッ!
1発1発が重い一撃だと分かるように芯に響くような重低音が響き渡る。
と言うか、え? 敵じゃないの?
状況がよく分からないけど、十二星座愛怨の1体を引き受けてくれているのなら今の内に!
周囲を駆け巡りながら矢を射る射手座愛怨の攻撃を躱しながら瀕死の蟹座愛怨に止めの一撃を放つ。
「ウインドランス! サンダージャベリン!
剣舞風雷閃牙!!」
左右から放たれる二刀の突きが蟹座愛怨の硬い甲殻を貫く。
蟹座愛怨はそのまま倒れ愛怨の力が抜けていき人の姿へと戻る。
私はそのまま踵を返し獅子座愛怨に迫るが、猫科特有のしなやかな動きと筋肉と毛皮に斬撃は軽い一撃に止まる。
わたしは3体の十二星座愛怨を凌ぎ、距離を取り一息を入れる。
相変わらず射手座愛怨が周囲を駆け矢を射ってくるが、だがまぁ、目の前の十二星座愛怨は残り1体だ。
牡牛座愛怨は鬼獣が完全に屠っていた。
「貴方、味方と見ていいの?」
「おう、あんたが当代のソードダンサーか。
俺の事はビーストとでも呼んでくれ。対覚醒者対策課の外部協力員だ。まぁ、バイトみたいなものだと思ってくれればいい」
……は? え? 外部協力員?
「外部協力員ってそんなの居たの!?」
「ああ、緊急時や今回のような覚醒者と愛怨の大量発生とかに協力してるな」
「や、外部協力員にしておくよりもスカウトした方がいいと思うけど」
「まぁ、こっちにも色々都合があるんだよ。
おっと、因みに今の俺の姿は愛怨じゃないからな。これは……まぁ俺の特殊能力だと思ってくれればいい」
あー……愛怨じゃなかったのか。見た目は完全の悪者っぽいけど。
「なんだよ!? なんだよ!? 折角上手くいきかけていたのにお前は何なんだよ!?」
突然襲来した鬼獣に再びZodiacが冷静さを失い癇癪を起こし始めた。
この辺は子供を感じさせるね。
「何なんだって……お前みたいなガキにお仕置きをする大人だよ」
「うるさい! お前ら大人はよってたかって僕を馬鹿にするんだ! 僕はお前ら大人なんかよりも偉いんだぞ!」
地団太を踏み始めたZodiacは再び新たな魔法陣を展開し新たな十二星座愛怨を呼び出し始めた。
その数6。
「お前ら大人なんか僕の力で一捻りだ! 出ろ! 僕の十二星座愛怨!」
この期に及んでの悪足掻きね。
どう見てもわたしとビーストの力は十二星座愛怨を上回っている。
1対1ならまず間違いなく負けない。
だけど流石に複数体同時はキツイ。
「流石にこれはちょっとヤバい…かな?」
「あー、大丈夫大丈夫。もう1人助っ人が来るから……ほら来た」
わたしの心配を余所にビーストはのんびりした声を上げると、その言葉通り新たな乱入者が現れた。
それもまた空から。
「ちょっと、鈴……じゃなかった。ビースト、あたしを置いて一人で先行しないでよ」
「悪い悪い。けど、まぁ結構ピンチっぽかったから先行して成果だったと思うよ、ウインド」
ウインドと呼ばれたのは女性だ。
見た目は女子高生くらい若く、その容姿も整っていて美少女と言えた。
ただ、その顔は印象に残るかと言えば頭の中に霞がかったかのようにはっきりと思い出すことが出来ないでいた。
「ああ、認識疎外の魔法を掛けているからあたしの顔は覚えられない様になっているわよ」
わたしの視線に気が付いた女性――ウインドはそう言いながら空から降りてくる。
あー……わたしの変身に掛かっている魔法と同じ奴ね。
「で、彼女も外部協力員でいいのね? 戦力として当てにしてもOK?」
「ああ、ウインドは下手をすれば俺よりもべらぼうに強いぜ。なぁ?」
「甚だ不本意ながらね。あたしとしてもこんな力、身に付くとは思わなかったし」
そう言いながらウインドは両腕を翳すと手首のところに小さな魔法陣が3つ。左右合わせて6つが展開してた。
よく見れば足下の踝の所にも左右3つずつ計6個展開している。
「……なんかわたし必要かな? ウインドとビーストの2人だけで十分なような気がしてきた」
「おいおい、俺達はただの外部協力員だぜ。サポート係。主役はソードダンサーあんただ」
「え~~、主役って柄じゃないんだけど……」
「あたし達はその方が都合がいいのよ。あ、ほら、向こうが痺れを切らしたわよ」
ウインドの登場に驚きつつも癇癪を起こし続けたZodiacは自分の優位性有用性をくどくどと説きながら悦に浸っていたが、わたし達が全然聞いてないのに気が付き怒り心頭に十二星座愛怨をけしかけてきた。
「僕の話を聞け―――! もういい! やってしまえお前たち!」
新たに呼び出されたのは上半身が羊の姿をした牡羊座愛怨、2体で左右対称になる双子座愛怨、甲殻に身を包み鋭い針の尾を持つ蠍座愛怨、山羊の上半身の山羊座愛怨、大きな水瓶を持つ美女の水瓶座愛怨、魚の上半身の魚座愛怨の6体。
数にしても能力にしても凄んだろうけど、まぁ、わたし達なら負けはしないでしょう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
わたしの予想通り新たに呼び出された十二星座愛怨はほぼ一蹴された。
Zodiacの護衛に付いていた乙女座愛怨も今や瀕死状態だ。
と言うか、ビーストもだけどウインドも目茶苦茶ヤバい。
ビーストの言う通り、ウインドの戦闘力は桁外れと言っていいほど強かった。
……わたしの代わりに魔法少女やってくれないかなぁ。
「そんな……馬鹿な……」
まぁ、後発に出された十二星座愛怨が強ければ最初から出していたんだと思う。
それが出来なかったって事は、まだ調整中とか未完成だったのかもしれない。
わたしが最初の2体を翻弄した時に「く、こうなったら」と言っていたので、追加の3体はまだ出せる状態じゃなかったんでしょう。
おそらく質を数で誤魔化そうとしたとか。
「さて、大人しく裁きを受けてくれるとこっちとしても助かるのだけど?」
「いやだ……いやだ……僕はこんなところで終わるような凡人じゃないんだ……!」
「凡人か天才かは分からないけど、人様に迷惑をかけるような事をして責任を取らないのはいかがと思うけど?」
「いやだ……いやだ……」
あー……こっちの話を全然聞いてないわ。
完全にパニックになっちゃってる。
「ソードダンサー、遠慮なくやってしまえ。それがこのガキの為にもなる」
「そうね。早いうちに目を覚まさせてあげないと」
まぁ2人もこう言っているしチャッチャと片しちゃいますか。
……そう言えばこの後の後始末はわたしがやらなきゃならないのかな?
未だに現場に駆けつけないフェルを思いだし、わたしは後始末の面倒くささにうんざりする。
「おっと、そこまでにしてもらえませんかね。彼はこう見えても貴重な人材でして」
わたしが剣を構えZodiacの中の魔力を斬ろうとするが、そこで三度乱入者が現れた。
ってか、今日は乱入者闖入者が多くないっ!?
「Start!」
わたし達の目の前に現れたのはついこの間屈辱を味あわせられた26の幹部の1人、Startだった。
「先日ぶりですね、ソードダンサー。
お二方もお久しぶりです。まさかまだ政府に協力してるとは」
「ああ、久しぶりだな。Start」
「まぁ、こっちにも色々都合があるからね。貴方を止める為にも協力するのはその内の1つでもあるの」
って、え? お知り合い?
まぁ、ビーストとウインドはこれまでも外部協力員として助っ人に来てくれて多っぽいから互いに面識はあるんでしょう。
「えーっと、3人ともお知り合いっぽいけど、それよりもZodiacを見逃せってはいそうですかって言えるわけないでしょう」
「おや、前回私が貴女を見逃したのに?」
「ぐっ……」
それを言われるとちょっと弱いわね。
「まぁ、ただとは言いませんよ。ソードダンサー、貴女にとって全部をひっくり返すチャンスを上げましょう。
それを見返りにZodiacを見逃してもらいます」
そう言ってStartはその場を横にずれ、場を明け渡す。
Startの後ろから小さな人影が現れる。
「我が名はA.I.。魔法結社Accessの26の幹部の頂点にして支配者。魔王A.I.その人ぞ。ひれ伏すがよい」
わたし達の前に現れたのは以前公園で無邪気に遊んでいた小さな女の子のあいちゃんだった。