03.魔法少女の裏側
「あああ……なんと平穏な時間の素晴らしきことか」
俺は陽気な日だまりの中、公園のベンチでのんびりと寛いでいた。
公園には無邪気にはしゃぐ子供たちとそれを見守る母親が歓談している。
こうしていると普段のついてない日常が癒されていく。
「わふ!」
そんな平穏な日常をぶち壊す悪魔の声が聞こえてくる。
声の方を見れば案の定白い子犬モドキがそこに居た。
いや、子犬モドキならまだマシな方か?
中身が入っている方が厄介だったりするからだ。
「わふ!(最近は頑張っているようですね、5代目)」
ぐおぅ……中身が入りやがった……
「ああ、どっかの誰かさんのお蔭で頑張らざるを得なくなってな!」
「わふ(それは素晴らしきことです。貴方に5代目を押し付…ゲフンゲフン、推した甲斐があります)」
「おい、今押し付けたって言おうとしなかったか?」
「わふ…(キノセイデス)」
「はぁ……俺としてはとっとと次の誰かに譲りたいんだがな。そもそも男が魔法少女をやってる時点で可笑しいんだよ」
「わふわふ!(それは無理ですね! 只でさえ歴代のソードダンサーの中で1番の魔力を持っている上に、これまでにない実績を残しているのですから)」
何でも今俺がやっている魔法少女は代々受け継がれて来たらしく、魔法少女ソードダンサーは俺で5代目だとか。
俺の時のような戦闘時に代を譲渡するのは稀らしく、普通は選び抜かれた魔力持ちの少女に説得をして魔法少女を授けるらしい。
まぁ、どんな説得と言う名の裏取引があったのかは知らないが。
そして俺は今までのどのソードダンサーよりも多い魔力持ちだったらしく、そこの子犬モドキの中身に目を付けられ半ば無理やり魔法少女をやる羽目になったのだ。
俺も直ぐにあの時の事件を解決した後に魔法少女を返上しようとしたのだが、魔法少女の力を受け取ることが出来るのは一度きりで二度と手にすることが出来ないのだとか。
これを【魔法少女の卒業】と呼んでいるらしい。
……どうでもいい情報だな。
「わふ(仮に後継者がいたとして、貴方はか弱い女性に魔法少女の押し付けるのですか?)」
「はっ! 何処がか弱い女性だ。魔力持ちは殆んどが勇敢な女性だろう」
世間に知られていない極秘調査になるが、魔力を持つ女性は勇敢な者が多いらしい。
魔力があるから勇敢なのか、勇敢だから魔力があるのかは分からないが。
「わふ(勇敢なのと強いのとは別ですよ?)」
「勇敢なのには越したことはねぇだろうよ。
……それよりもそんな世間話をしに来たのか?」
まぁ、俺としても見ず知らずの女性、或いは少女にこんな危険かつ羞恥な役を押し付けるのはどうかと思ってしまうから強くは言えんが。
そんな気持ちを誤魔化しながら俺はこの子犬モドキの中身に今日来た用件を聞く。
「わふわふわふ(私としては貴方とは仲良くなりたいので、こうして会話を楽しむのも一つの目的なのですが……まぁ良いでしょう。今日来た目的は月一の定期診断の日が近づいてますのでちゃんと出頭するようにと念を押しに来たのですよ)」
「……俺にまたあれをやれと言うのか……?」
「わふ(ええ、それはもう、念入りに。只でさえ男性が魔法少女をやる例を見たことが無いのですから。体に異変が起きてからは遅いのです)」
月一の定期診断……要は健康診断だ。
男の方の体と魔法少女の体な!
検査員の見てる前で変身したり体を触られたりするんだぞ。
診断の対象が魔法少女と言う事で、検査員は全員女性なのだが、この場合俺にとっては羞恥に悶えることになる。
只でさえ女――少女の体に戸惑いながら戦っているのに、それを今度は見世物にしろと言っているようなものだ。
拒否の1つや2つはしてもしょうがないだろ!
「わふ!(貴方の為でもあるのですから。では予定日に来るのをお待ちしてます)」
そう言って中身は子犬モドキの通信を切る。
「わふ?」
通信が切れた子犬モドキは落ち込んでいる俺を不思議に思いながらも元気だしなよと言わんばかりに尻尾を振って俺にすり寄ってくる。
「お前は狼だろ。そんなに人懐っこくていいのかよ……」
この子犬モドキの正体は狼だ。
名前はフェンリルで愛称がフェル。
今は子犬サイズだが、本来は人が乗れるほどの大きさらしい。
一度も見たことが無いが。
曰く、マスコットは可愛くなければならないのだとか。
「にしても検査か……はぁ、憂鬱だ……」
折角の平穏な休日が憂鬱な休日に早変わりだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
これまでの会話でも分かる通り、魔法少女も単独で戦っているわけではない。
魔法少女も組織化しており、俺はその組織に属していると言える。
その組織の名は、環境省魔法総合局対覚醒者対策課。
近年噂にある魔法。
それは噂でもなんでもなく、事実だと言う事だ。
俺も詳しい話は聞かされていないが(と言うより機密事項らしいが)、ある事件を切っ掛けに日本を中心に世界中で魔法が溢れかえっている事態が起きたのだとか。
魔法は今はまだ公に出来るものではなく、極秘裏に管理しながら法整備を進めているとの事だ。
それに対応する為日本政府は環境省に魔法による環境変化の対処する組織――魔法環境課を非公式に設立した。
だが魔法に目覚めた者の中に私利私欲に走る者は必ずと言っていいほどいる。
そんな魔法に目覚めた者の犯罪を防ぐために設立したのが対覚醒者対策課だ。
魔法少女の俺はその対覚醒者対策課に所属し、管理されていると言う訳だ。
先程のフェルに通信を繋げた中身はその対覚醒者対策課の課長になる。
どうも2代目ソードダンサーらしいのだが、5代目になった当初や健康診断等で合った時は見た目はどっからどう見てもキャリアウーマンにしか見えなかった。
あんな出来そうな女性が魔法少女…?と胡乱げな目で見ていたのだが睨み返されてしまった。
やっぱりあの格好は恥ずかしかったのだろうか。
魔法事件は年々多発してきているらしく、対処が追いついていない状況にあるらしい。
中でも厄介なのが、魔法結社Accessとか言うふざけた組織があったりする。
最初俺も聞いた時、は?と思ったのだが、真面目な話だった。
魔法の力を悪用して世界征服を望む秘密結社だとか。
その先兵があの緑色の鬼――愛怨と言う化け物だ。
まぁ化け物とは言うが、元は人間だ。
尊大な欲望を持つ者に魔力を与え、欲望を肥大させ欲望を糧に愛怨へと変質させ意のままに操る。
つーか、化け物を操って世界征服って一昔前のヒーローものかっての。
魔法総合局もそれはカモフラージュで、真の目的は別にあるのではと疑っているのだが今のところは不明だ。
まぁ色々ごちゃごちゃはしているが、俺のやることは魔法少女に変身して化け物、又は魔法覚醒者を退治する事だ。
そう、魔法少女に変身してな……ああ、考えるだけ気が滅入る。
更に気が落ち込んだ俺の前にてんてんとボールが転がってくる。
見ればボール遊びをしていた子供たちが誤って俺の方へと飛ばしてしまったらしい。
「おじちゃーん、ぼーるとってー」
小さな女の子がボールを追いかけて駆け寄ってくる。
俺はボールを拾い女の子へ渡すと、女の子は不思議な顔をして俺を見ていた。
「おじちゃん、げんきないね。びょうき、なの?」
「あー……おじちゃんが元気ないのはお仕事で疲れているからなんだ。だから今日は公園でこうしてのんびりして元気を充電してるんだよ」
「そっか! あいもね、みんなとあそんでげんきをじゅうでんしてるんだよ!」
おいおい、幼女に励まされるほど今の俺は疲れて見えるのかよ。
苦笑しながらもこのままではいかんなと思いつつ、取り敢えず今は前を向こう。
その内にいいこともあるだろう。多分……
「ねぇ、そのわんちゃん、おじちゃんの?」
「ああ、おじちゃんのワンちゃんだよ。触ってみるか?」
「いいの!? やったー!」
相変わらず俺の傍ですり寄っていたフェルを見つけたあいちゃんは、好奇心旺盛の目を向けていたので触れるように促すと歓喜の笑顔を見せる。
「わふ!」
フェルも触って触ってと言わんばかりに尻尾を振りながらあいちゃんの元へと駆け寄る。
「わぁーかわいいー! ふかふかしてるー」
「わふぅ~~~」
撫でられてるフェルもご満悦のようだ。
と言うか、何度も言うが、お前狼だろう。それでいいのかよ。
「おーい、あいちゃーん、ぼーるまだー?」
「あ、ごめーん、いまいくー。おじちゃん、わんちゃんありがとね」
あいちゃんはお礼を言ってボールを持て友達の方へと走って行った。
うーん、ほんのちょっとの些細な事だが癒されるなぁ。
ま、不本意ながら後継者が見つかるまでの暫くは魔法少女を続けますか。
「で、お前は何時までその腑抜けた顔を晒しているんだ?」
「わふぅ?」
撫でられた余韻を楽しむかのようにだらしない顔を晒しているフェルを見ては俺は呆れていた。
こんなんでも魔法少女の相棒なんだよなぁ。