01.ある男のついてない日常
「はぁ~~~~~~~、ついてねぇ。何で今日に限って……」
俺の名は剣崎舞人。しがないサラリーマンだ。
因みに42歳、独身。
何故か今日に限ってついてないことだらけだった。
まぁ、今日に限ってって言うか、日常的についてないんだが。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
まず最初についてないのは朝一で部長に呼び出された事だ。
何故か上司のミスが俺の所為になっていた。
上司である課長が発注ミスをしていたのだが、その発注を俺が行ったことになっておりその責任を取らされることになったのだ。
発注ミスはクソ上司の所為なのは間違いない。
何故ならそのプロジェクトには俺は関わって無いからだ。
なのに何故俺のせいになる……?
どうやら後で同じプロジェクトに関わっている同僚に聞いたら昨日のうちにクソ上司が書類を改竄してまで俺に責任を擦り付けたのだと言う。
そんな下らない事に手腕を振るうんじゃねぇよ。
当然俺はプロジェクトに関わってない事も発注すらしてない事も部長に説明したのだが聞いてもらえずに発注ミスは俺の所為になった。
幸いにも普段の業務態度が良かったのか、初見と言う事で処分なしの厳重注意で済んだ。
だが確実に部長の覚えが悪くなったのは言うまでもない。
ついてなさすぎる。
次についてないのが2人の部下による仕事の押し付けだ。
1人目の部下はとにかく仕事が出来ない。
何処をどうやったらあそこまで仕事を混雑させれるのだろうか。
「先輩、助けて下さい! もう期日まで日が無いんです!」
「お前なぁ……それはもっと早くやっておけって言っておいただろう。俺まで巻き込むなよ」
「え、でもこれが出来ないと先輩の明後日の会議の資料の報告出来ませんよ?」
「は? 何だと……」
俺は部下の言葉に慌てて会議の資料を確認する。
……マジか。
「クソッ! おい、何処まで出来てるんだ!? 場合によっちゃ今日は残業だぞ!?」
「えっと、これとこれとあれとそれと……あ、これもだ」
「おぃぃぃぃぃぃ! ほとんど出来てないじゃんか!!」
「が、頑張りましょう!」
こんな部下だがこいつは悪気が無いからまだマシな方だ。
だが、もう1人の部下(女)はこいつに輪をかけて腐ってやがる。
俺が部下(男)の仕事を一緒に処理し始めたのを見計らって部下(女)はスッと資料を差し出してくる。
「あ、先輩。こっちの資料も一緒にお願いします。私、具合が悪くて……」
「おい、お前2日前も具合が悪いって仕事をさぼってたよな?」
「さぼってたなんて酷い……あの、女性特有のあれの所為でここ数日具合が悪いんです」
「あれって、生理痛か? お前1週間前も同じこと言ってたじゃねぇか」
「先輩、それセクハラですよ」
「生理痛ぐらいでセクハラかよ。ああ、だったらセクハラで訴えてもいいからさっさと自分の仕事しろ。
ま、どうせ嘘の生理痛だろ」
「そんな、酷い……本当に生理痛なのに……」
そう言って部下(女)は嘘泣きを始める。
こいつは性根は腐っているが見た目はゆるふわの守ってあげたくなるような可愛い系の女だ。
そんな部下(女)が嘘泣きを始めて周囲の男共がよってたかって俺に詰め寄ってくる。
「おいおい、何可哀相なことしてんだよ。具合が悪いって言ってんだから上司のお前が助けてやるのが当たり前だろ」
「女性の体はデリケートなんだよ。上司のお前が労わってやらなきゃダメだろ」
「こいつが上司じゃなきゃ俺が助けてやるのに」
こいつ等好き勝手言いやがって。
「言っておくがこいつの生理痛ってのは嘘っぱちだからな。何せ化粧室でネイルする余裕すらあるんだからな」
「な、何を根拠に……」
俺の指摘に部下(女)は慌て始める。
「朝とネイルの模様が違うぞ。具合悪いのによくそんなことそする余裕があるよなぁ・・・」
「わ、分かりましたよ。やればいいでしょ。やれば」
不満げに文句を言いながらも資料を手に自分の机へと戻っていく部下(女)。
それをやれ「可哀相だ」やれ「厳しすぎる」など言いながら言い寄る男共。
「せんぱーい、このままじゃ終わりませーん。どうしよう!?」
「あー、分かった分かった、分かったから落ち着け」
部下(女)をあしらいながらも部下(男)の仕事の手伝い。しかも残業決定。
ついてなさすぎる。
そして最後についてないのが同僚の嫌味だ。
何とか残業してまで部下(男)の仕事を片付け明後日の会議の資料の準備をしてようやく一息ついて居酒屋で遅めの夕食を摂っている時だ。
同僚の男が総務課の若手女性社員と一緒に居酒屋に入ってくるところにばったり出くわした。
「おい、いいのかよ」
「あん? 何の事だ?」
そう言いながら同僚は若手女性社員と一緒に俺の隣の席に座る。
俺がカウンターに座ってたから俺、同僚、若手女性社員の順に座る形になる。
同僚は俺と同じ40代。普通であれば結婚して子供が居る年齢だ。
つまり隣の若手女性社員は浮気相手不倫相手と言う事になる。
まぁ、ただ一緒に食事をしてるだけと言う言い訳も立つのだが、手を繋いでいる事と言い若手女性社員の雰囲気自体がもう既にそれだ。
「お前がそれでいいなら俺は何も言わねぇよ。ただ、お前の奥さんが不憫すぎるよ」
「あ? 結婚もしてないお前がそれを言うのかよ。そう言う事は結婚してから言えよ」
「結婚してないから言えるんだよ。ちゃんとした相手が居る癖に何やってんだか。自分が幸せだって事に胡坐かいてないか?」
「けっ、説教かよ。大体な、お前が結婚してないのは……」
「あ、あの止めてください。私の為に争わないで……!」
……この若手女性社員どっかずれてんな。
今ここで言うセリフじゃないだろ、それ。
運ばれてきたビールに飲んで段々と饒舌になって逆説教を始める同僚とずれた事を口にする若手女性社員。
やっと残業が終わり一息ついて落ち着く事が出来たと思ったらこれだ。
ついてなさすぎる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そして極め付けについてないのがこれだ。
今帰宅途中の俺の目の前に一匹の真っ白な子犬が居る。
見方によっては真っ白というより白銀と言った方が合ってるんだろうな。
正確にはこいつは子犬じゃなく子狼……子狼ですらないのだが。
「わふ」
「あ~~~、今日はパスって、おい、俺はもう今日は帰りたいんだよ! ってこら、引っ張るな!」
「わふわふ!」
子犬モドキは俺のズボンに噛み付きこっちへ来いと引っ張る。
あーー! そんなに引っ張るな! ズボンに穴が開くだろうが!
「分かった分かった! 行くからもう引っ張るな!」
「わふ!」
俺がそう言うとついて来いと言わんばかりに走り出す子犬モドキ。
「クソッ、本当についてねぇ……!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
子犬モドキが先導して着いた場所は月明かりが僅かに届く薄暗い袋小路。
その袋小路の行き止まりに2人の人影があった。
1人は女性だ。壁を背に迫りくるもう1人の人影に怯えている。
そして女性に襲い掛かろうとしているもう1人の人影は一言で言えば――異形。
膨れ上がった筋肉は浅黒さを通り越して緑の肌へと変質していた。
手足も丸太の如く太く、人であった頭部も髪は全身を覆うほど乱れ伸び、角や牙を生やしたまるでファンタジーものに出てくる鬼と化していた。
「グルアァ……」
内側から破れたであろう服を僅かばかりに身に纏いながら一歩一歩女性に向かって歩を進める。
俺はその異形に見覚えがあった。
否、正確にはその異形へ至った過程にだ。
「今日の相手は愛怨かよ……」
最近どこかしこでも噂されている魔法――その魔法を悪用して己の利益を、欲望を叶えようと集まった狂人共の集団が魔術結社悪世栖だ。
ただでさえ魔法という存在が眉唾物な上に、魔術結社など馬鹿馬鹿しく信じられないだろうが……マジだったりする。
その魔術結社悪世栖が手ごろな手先として生み出したのが愛怨。
愛怨は魔法の力を強制的に埋め込まれ憎愛を糧に異形化する。
つまり愛怨は元人間と言う事になる。
と言っても、まぁ知能は殆んど獣と変わらないくらい落ちるから厄介なのはその強靭と化した肉体だけだが。
「わふ!」
そんな俺の思考を余所に、犬モドキは早く退治しろとばかりに吠えてくる。
「分かった分かった。人払いの結界の方を頼むぞ」
そう言いながら俺は懐から剣型のペンダントを取り出し頭上へと掲げる。
……あぁ、嫌だなぁ。
これから起こる出来事に俺は内心うんざりしながらも変身の言葉を唱える。
「ステップアップ」
変身の言葉と共にペンダントから光が俺を包み込み、アラフォーのおっさんの肉体からピチピチの10代の少女への体へと変化する。
そして手にリボンが巻き付き弾けるとピンク色のグローブが現れる。脚にも同様にピンクのブーツが。
体にもリボンが巻き付き弾けるとピンクのフリルの衣装とフレアスカートが現れる。
最後にストレートの黒髪にリボンが巻き付きツインテールのヘアスタイルに変化する。
変身を完了したわたしは決めポーズで手にした剣を愛怨に向け、高らかに叫ぶ。
「魔法少女ソードダンサー! 貴方の歪んだ愛を踊り斬ります!」
ここまでが自動操縦だ。
つまり決めポーズや決め台詞はわたしの意思じゃない。
何時もは誰も居ない状態での決めポーズ決め台詞なのだが、今日に限ってわざわざ愛怨の前に出ての登場となっていた。
まぁおそらく襲わられそうになっている女性への配慮だろうけど。
「グルァ……!? グルゥァァァァッ!!!」
案の定愛怨は意識をこちらへ向けて邪魔するなとばかりに吠えてきた。
そしてそのまま丸太のような腕を振り上げわたしへ襲い掛かってきた。
わたしは愛怨の攻撃を華麗なステップで避け、そのまま引き付けながら女性から離れさせる。
「今の内に逃げて」
「は、はい!」
女性もここに来てようやく助けが来たことを理解し、慌ててその場から離れ裏路地から脱出する。
まぁ化け物に襲われるは、魔法少女が現れるわで混乱していたのだろうから無理もないが。
脱出先には子犬モドキ――フェルが居て、半円の結界で包み女性を守る。
実際は愛怨や魔法少女の姿を見られてそのまま逃がすわけにもいかないので守るふりをしての記憶障害の魔法と眠りの魔法を掛けているのだが。
兎も角、保護対象の確保は出来たので、後は目の前の愛怨を倒すだけだ。
「ストーンブラスト! アイシクルランス!」
わたしは呪文を唱え石飛礫の魔法と氷の槍の魔法を放つ。
石飛礫で愛怨の鋼の肉体を穿ち、怯んだところで脚を氷の槍で貫き地面と氷結させて動きを縫いとめる。
鋼と化した愛怨の肉体にはただの斬撃は致命傷にはならず、愛怨の中の魔法の力を斬るまでには届かない。
なので普通に魔法の力を斬る剣舞烈斬を放っただけではだめなので、更なる魔法を合わせた魔法剣が必要となる。
その準備のための動きを封じた訳で、愛怨が強引に氷で縫い付けられた脚を引っこ抜いている間に当然わたしはその一瞬の隙に準備を終えていた。
「ファイヤージャベリン! サンダージャベリン!
剣舞雷炎十字閃!!」
「グギャァァァァアァッァ――――!!」
炎と雷を纏った十字斬りが愛怨を斬り裂く。
愛怨は青白い炎に身を包み、焼け跡から出て来たのは無傷の男だ。
「ふぅ……」
分かってはいても『人』を斬るのは心情よろしくないわね。
こうして無事(?)を確認出来たからわたしの仕事はもう終わりね。
「フェル、後の始末は任せたわよ」
「わふ!」
任せろとばかりに得意げに吠えるフェル。
憎たらしい事にこの犬モドキ――子狼はわたしのサポートの為の使い魔だ。
第三者による介入を防ぐための人払いの結界。倒した魔法犯罪者への処置。救助した者へのアフターケア。外部への事件や魔法の情報の流出の阻止などなど。
魔法少女にはマスコットキャラが付きものだが、最早これはマスコットを超えているんだろうなぁ……
まぁ、役に立っているから文句は無いけど。って言うか、こっちは使われている身なんだから面倒な事はそっちで全部やって当たり前だって言いたい。
フェルが事件現場の痕跡を消し去り加害者と被害者を魔法で運び、誰も居なくなったところを確認してわたしは変身を解く。
「はぁ……本当についてねぇ……」
何でこんなことになってしまったのか。
何で俺が魔法少女をやらなきゃならないのか。
考えるだけで己のついてなさを嘆きため息が出る。
「本当に何でこんなことになったんだろうなぁ……」
俺は魔法少女になってしまった時の事を思い出す。