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第六話【洞窟奥底】

 中は先程までの通路の青色とは全く違い、壁や天井、地面のすべてが真っ赤だ。

 正直不気味。

 なんか今までずっと青色ばっかりだったから、どこを見ても紫に見えるわ。


「ここは大部屋だな」

「‥‥‥そうみたい」


 中に入り少し歩くと、今自分たちは円状の大きな部屋にいる事に気づいた。

 ここってあれだな。

 なんか強敵と戦う時の場所みたいだな。

 決戦場っていうのか?

 まあ、どうせそんなのは出てこないと思うけど!

 これがフラグではないと思うけど!


「見た感じ何もいないな」

「‥‥‥中央の所に何かある」


 雪菜さんが指差した方確認してみると、部屋の中心に物凄く小さい水色のクリスタルが存在している。

 よく見ると、それは常に回転していて、近づくと何かが起こりそうな雰囲気だ。


「一応警戒しながら近づいてみよう」

「‥‥‥うん」


 いきなりどこからともなく、巨大生物が襲ってきてもおかしくはない。

 結構ありがちなパターンだからな。

 明らかに決戦場の様な所だし。

 俺達は、それぞれ別方向を確認しながら中央へと進む。


 スタッスタッ


 やがて手の届きそうな所まで近づくと、突然そのクリスタルが輝き始めた。


 キュィィィン


「なんだ!?」

「‥‥‥綺麗」


 雪奈さん、なんか余裕そうだな。

 どんどん光が強くなっていく。

 まるで閃光弾みたいだな。と思っていたその時、その光達が一点に集まりだした。

 何かの形を作っている様だ。

 人間? ‥‥‥いや、女神様のようなイメージか。


 20秒くらい待っていると、全ての光が集結し、翼の生えた金髪の女性が映し出された。


 一言で言うと神々しい。

 全体的に金色で光っており、とても美しいお方だ。

 そんな姿に見とれていると、その女性の口が開いた。


『よくぞここまでたどり着きましたね。色々と聞きたい事があるかもしれませんが、少しだけ私から説明をさせて頂きます』


 あー、この声‥‥‥あれだ!

 キャラメイキングの時に聞こえてきたやつだ。

 雪菜さんもそれに気づいた様で、あっという表情をしている。

 おい、お前だったのか!


 ‥‥‥正直に言うと、俺はお前が嫌いだ。

 なあ、何故か分かるよな?

 どんなに美しい容姿をしてても、やっていい事と悪い事くらいあるだろ。

 何でも許されると思ったら大間違いだぜ?

 なあ、名付けの親さんよ。


 何がひろってぃーだ!

 絶対馬鹿にしてるだろ。

 俺の身長を聞いた時も笑いやがって。

 もう一度言う、俺はお前が嫌いだ。


『まず一つ目ですが、プレイヤーのあなた方は、どうしてオンラインゲームなのに、他の人が全然いないんだろうと疑問に思っていませんか? 自分以外に一人または二人のプレイヤーが存在している。だからオフラインだという可能性は無い』

「こいつ、俺たちの思っている事を的確に当ててきやがるな」

「‥‥‥」


 全くその通りなんだよ。

 他の人が全然いないからオフラインなのかなとは思ってたけども、雪菜さんと出会ってその可能性は消えた。

 てか一人または二人って言った?


『そうです。このゲームにフルダイブした時点で、たくさんあるうちの一つのサーバーに入れられます。そのサーバーによって二人や三人など人数の上限が異なる為、ここまでの攻略が楽になるかどうかは運です。

 で、プレイヤーの分け方なのですが、自分の近くにいる人達同士が一緒になりやすく、またほぼ同時に始めたとしても、そのプレイヤーの近くで始めた人となる可能性が高いので、遠くの友人同士と同じサーバーになれる可能性は極めて低いです。

 また一定時間以上自分以外の誰も集まらなかった場合、その人は個人で攻略しなくてはいけません。その場合は運が悪かったと言いましょう』


 なるほど。つまり海外にいる人たちと同じになる可能性は、ほぼ0パーセントという事か。

 じゃあ俺と雪菜さんが同じサーバーになれたのは、家が近いからなのかな?

 ‥‥‥近いのか?

 確かに同じ高校には通っているけど、雪奈さんは電車で来ている様だから、まあまあ距離があると思うぞ。

 という事は俺と同じような時間帯に始めたプレイヤーは、俺の家の近くにはいなかったという事になるのか。


 ‥‥‥私と我が妃が同じになったのは必然なんかじゃない、偶然だったのか。

 この世には人間が約60億人存在している。

 だから私と我が妃が同じになれた確率は、60億分の1に相当する。

 やはり運命だったのだな。


 ‥‥‥ん?

 なんだって?

 海外の人と一緒になる確率はほとんどないから、59億は除外しろって?


 なに?

 小さい子供、老人はこんなゲームしないだろうから、約3000万人は除外しろって?


 は?

 そもそも確率を、俺の住んでいる市だけにしろって?

 さらにそこから老人と12歳未満の子達を除外するんだろう?

 じゃあよく見積もっても4000分の1とかじゃねえか。


 まあ、物は試しだ。

 ちょっとやってみよう。


 私と我が妃が同じになれた確率は、4000分の1に相当する。


 ‥‥‥いや、ださいって!

 文句言わずに60億分の1にさせてくれよ。


 てかさ、この女神みたいなやつ、さっき喋りだした時そうですって言った?

 えっ? 知能あんの?

 それともプレイヤーが色々と思考するから、それを想定して『そうです』という音声が入れられてあるのか?

 だとしたらそのプログラマー、かなり性格悪いぞ。


『そして、この森のとあるイベントをクリアする事によって色んな人たちの集まる、巨大なサーバーへと行ける仕組みになっているのです。

 つまりそのサーバーにいる人達は、全て試練を二人または三人、運が悪ければ一人で乗り切った強者という事です。そこにはたくさんの謎、そして娯楽施設などが豊富に揃っています』


 うわー、楽しそうだな。

 でもさ、その試練とやらはここじゃないのかな?


『あなたが思っている通り、ここは試練の場所ではありません。寄らなくてもいい場所だったのです』


 なんじゃそりゃ。

 ここ寒いし、結構苦労したんだが。

 じゃあ試験はここよりもはるかに厳しいんだろうな。

 てかあなたがたの思っている通りって‥‥‥やっぱりこいつ知能あるだろ。

 俺の思考に合わせてきやがって。


『来なければ良かったと思っているあなた。そんな事はありません。むしろラッキーでしたね。

 何故なら、色々と疑問に思っていた事が解消されたでありましょうし、それに今から二つずつアイテムを授けます』


 アイテム?

 すると、俺と雪奈さんの目の前にそれぞれ画面が現れた。

 その画面には色んな項目がある。


 ここから二つ選べばいいのかな?


『はい。この中から二つを選択し、決定を押してください。そうすればその二つはあなたの物になります』


 俺は上から項目を確認していく。




 力の指輪・装備時、攻撃+2000

 守の指輪・装備時、防御+2000

 体の指輪・装備時、HP+2000

 魔の指輪・装備時、MP+2000

 魔力の指輪・装備時、魔攻+2000

 魔守の指輪・装備時、魔防+2000

 速の指輪・装備時、敏捷+2000

 重の指輪・装備時、体重+20キロ

 軽の指輪・装備時、体重-20キロ

 高の指輪・装備時、身長+20センチ

 低の指輪・装備時、身長-20センチ

 生の指輪・装備時、死亡してもHP1の状態で蘇る事が出来るが、その後は壊れてしまう。




 なかなか良いのがあるじゃん。


「雪奈さん、もう決まった?」

「‥‥‥まだ、だけど。‥‥‥五月雨くんは?」

「俺は決まったよ。もちろん速の指輪と、生の指輪」


 何も迷う事は無かったぜ。

 生の指輪なんて絶対貰うに決まってるだろ。

 特に俺は死ぬ確率が多いんだからな。

 後はスピードだ。

 これでステータスがバランス良くなるだろう。


「‥‥‥う~ん。私は魔の指輪と‥‥‥生の指輪にしようかな」


 まじかー。


「それについてなんだけど、魔の指輪を選ぶのはやめにしない?」

「‥‥‥どうゆうこ‥‥‥まさか」


 どうやら雪菜さんは俺の言いたい事に気づいたようだ。


「そのまさか‥‥‥軽の指輪にしようよ」

「‥‥‥これからもおんぶする事前提なの?」

「そう」

「‥‥‥うーん」

「お願い。この通りだから」


 ここで雪奈さんの体重が20キロ減ってくれたら、合計で3キロになる。

 そうするとおんぶや抱っこがものすごく楽になり、更に俺の敏捷が活かせることだろう。


「‥‥‥良いよ。‥‥‥五月雨くんの役に立てる‥‥‥なら」

「本当? ありがとう」


 やった! これで敵はいないぜ。

 俺が蝶のように舞い、雪菜さんが蜂のように刺す。

 無事に試練を乗り越え、巨大なみんなの集まるサーバーに行けたなら、そこで俺たちは伝説となるだろう。

 俺と雪菜さんはそれぞれ、速の指輪と生の指輪。軽の指輪と生の指輪を受け取り、早速指にはめた。

 それと同時に女神さんが喋りだす。


『喜んで頂けたようで何よりです。残念な事に私は試練の場所をお教えする事はできないので、あなた方自身で見つけ、そして死に物狂いで頑張って下さい。そうすればおのずと道は開けるでしょう。

 あなたがたに神のご加護があらんことを』


 そして再び閃光玉のように眩しい光を放つと、女神さんのグラフィックは消えていった。


「‥‥‥良い女神さん‥‥‥だったね」

「そうだな」


 女神さんよ。

 俺は少し勘違いをしていたらしい。

 どうやらあなたは良い人の様だ。

 先程は嫌いだとか言ってしまい申し訳なかった。

 不徳の致すところでした。

 俺はとある歌舞伎役者の様な表情をして、女神さんに謝った。


「‥‥‥じゃあ‥‥‥行こっ」


 雪奈さんが俺の方を向くと呟く。

 俺は「ああ」と返事をし、雪奈さんをおんぶして洞窟の外へと向かって走り出した。


 帰り道の速度は来る時に比べて二倍近い速度だったと思う。

 まずコウモリが俺たちに追いつけていなかったのだ。

 雪奈さんはずっと何も言えねぇ、といった表情をしていた。

 ‥‥‥おんぶをしていたから分からないけど。


 でも自分でも違いが明確に分かったぜ。

 まず雪菜さんが軽の指輪をつけている事によって、体重が3キロになっている。

 なのでほとんど一人で走っているのと変わらない。

 それに加えて俺は速の指輪をつけているので、敏捷が2000アップしている。

 だから今俺の敏捷は6600あるんだぜ?

 この数値は、かなり強い冒険者レベルだろう。

 あと、生の指輪をつけているこの安心感、半端ねぇぜ。

 しかし油断は禁物だ。

 一度使用してしまうと壊れてしまうからな。


 やがて俺達は無事に洞窟から脱出すると、改めて太陽のありがたみを実感した。


「いやー、暖かいなぁ」

「‥‥‥ずっと寒かったから‥‥‥お腹が冷えるかと思った」

「だな」


 腹が冷えすぎてピーがピーゴロゴロシャーって出てくるかと思ったわ。

 ‥‥‥。

 はい、冗談です。

 聞かなかった事にしてください。


「‥‥‥明るいって‥‥‥良いね」

「まあ、さっきまでは最小限の光しかなかったしな。やっぱり見やすい」


 俺達はしばらく太陽に向かって背筋を伸ばし、リラックスをした。

 今更だけどさ、本当にこのゲーム‥‥‥リアルだよな。

 空に昇っている太陽なんて、直視すると目が痛くなるし、本物にしか見えない。

 それに時間によって落ちていくんだと思う。

 俺がこのゲームを始めた時よりも少しだけ落ちてきている様な気がする。


 ちなみに今は14時32分らしい。

 ステータス画面を開くと右下辺りに、この世界での時間が表示されているのだ。

 尚、現実世界での時刻は、フルダイブする前に設定した地域を元に、メニュー画面に表示されている様だ。


「‥‥‥でこれからどうする?」


 そうだなー。


「試練の場所とかを探すのも良いんだけど、今の俺たちにその試練をクリア出来る様な余裕なんて無いよな?」


 俺の言葉に雪奈さんは頷く。


「‥‥‥うん。私のMPはあと80しかない。‥‥‥一応宝箱から手に入れた回復役が一つあるけど‥‥‥」

「いざという時の為に取っておいた方が良いだろうな。何が起こるか分からないし」

「‥‥‥ん」


 それにしてもMPがあと80か。

 ちょうど火弾ファイアーボール4発分ってとこか。

 ゴブリン2匹程度なら倒せるけど、倒したからといって何かが変わる訳でもない。

 レベルが2に上がった時に気づいたけど、レベルアップしてもMPやHPは回復しないようだ。

 現に雪奈さんのHP残量が、最大HP400に対し、今はレベル1の時からあった310しかない。

 せこいことせずに回復してくれれば良いのにな。


「まあ、とりあえず休めそうな所でも探そっか。レベルアップでHPとかMPが回復しない事からして、この森のどこかにはあると思う」

「‥‥‥分かった」


 という事で俺達は、回復地点を目指して再び森の探索を開始した。


「で、雪菜さん」

「‥‥‥どうしたの?」

「徒歩とおんぶどっちが良い?」


 俺としてはおんぶの方が良いな。

 どうしてかって?

 だってさー、こんなに可愛い子と常に密着できるんだぜ?

 テンション上がるだろう~?


 俺の出した究極クエスチョンに、雪菜さんは顔を赤くして考えている。

 その様子から見て、答えはもう決まっているみたいだ。


「‥‥‥言いたくない」

「徒歩ってこと?」


 へへ、ちょっと意地悪をしてやるぜ。

 雪菜さんはほとんど見えないくらい小さく首を振る。

 この時点でおんぶが良いのは確定だ。


「‥‥‥効率の良い方にする」

「じゃあ徒歩だな。一人が人間を背負って歩くより、二人でそれぞれ歩いた方が楽だと思う」

「‥‥‥速い方が良い。‥‥‥その為に体重を軽くする指輪貰ったんだし」


 おんぶが良い。とは言いたくないらしいな。


「ごめん。俺、頭が悪いからどっちが良いのか分からないよ」

「‥‥‥いじわる。‥‥‥お、おんぶ」


 雪奈さんは下を向き、物凄く恥ずかしそうに呟いた。

 だが俺は小さい声が聞こえないんだ。

 申し訳ねぇなぁ。


「ん? なんて?」

「‥‥‥速くて、効率が良いから‥‥‥おんぶして」


 うひょー。

 やっぱり相手から言われるって良いな。


 でもさ、雪奈さんって自分からおんぶをしてって言う様な子だったかな?

 最初の方は抱っこされるのが恥ずかしいとか言ってたのに。

 おんぶだからといって良い訳でもなかろう。


 もし、されるのが嫌だったら、体重を軽くする指輪なんて貰ったりしないだろう。

 ‥‥‥まさか、やっぱり俺におんぶをされる事に喜びを感じているのか?

 まあ何にせよ、雪奈さんが勇気を出して自分から言ってくれてるんだ。ちゃんとそれに答えないとな。


「喜んで」


 俺は紳士的にそう答えて、雪奈さんを背中に乗せた。

 やっぱ軽いな。

 普通に1キロのダンベルを三つ背負っている感じだ。

 だって雪奈さんの体重は3キロだからな。


「じゃあ、最初に俺達がこの洞窟を見つける前に、向かっていた方向に行ってみるよ?」

「‥‥‥ん」


 そう会話をし、進みだす。


 ダッ


 正直、ちょっとスピードを抑えて走らないと、木にぶつかりそうなので、約六割くらいのスピードで走る事にする。


 タッタッタッタッ


 皆さん見て下さい。

 右側に緑色の魔物、ゴブリンが見えます。

 なんとそのゴブリンは、走っている俺達に気づいた様です。

 追いかけようと身構えた時には、ふふっ、もう遅いですね。

 だってもう俺たちはその場にいませんから。


 タッタッタッタッ


 皆さん見てください。

 左側にゴブリンがいます。

 先程と同じ様に俺達に気づきはしますが、動こうとさえしません。

 愉快で、とても平和な森ですね。


「そういえば雪奈さん」


 俺は神経の九割ほどを使って、木などの障害物を避けながら、残りの1割を使用し雪奈さんに話しかけた。


「‥‥‥どうしたの?」

「突然なんだけどさ、名前で呼んだらダメ?」

「ふぇ!?」


 俺のいきなりの言葉に、雪奈さんは思わず変な声を出してしまう。

 ふぇ、って可愛いな。


「やっぱり宜しくないで御座いますか?」

「‥‥‥い、いや。‥‥‥宜しくない事は無いで御座います‥‥‥ですけど‥‥‥なんで?」


 なんか言葉が変だぞー。


「雪奈さんって呼ぶより、名前の方が楽かなと思って」

「‥‥‥そっか」


 雪奈さんは俺の返答に少しばかり残念そうな声で答えた。

 なんで残念そうなのかは良く分からんが。


「それにさ、なんかそっちの方が仲間って感じがしない?」


 俺は思っている事を素直に話す。


「‥‥‥確かに。‥‥‥でも恥ずかしい‥‥‥から」


 やっぱり突然すぎたかな?


「嫌か?」

「‥‥‥ううん。嫌じゃない‥‥‥けど‥‥‥まだはやい」


 はやい?


「と言うと?」


 雪奈さんは少しの間考えると、やがて答えを出した。


「‥‥‥試練を無事にクリアした後から‥‥‥なら良いよ‥‥‥」


 おおー。やった!


「そうか。了解!」


 ご褒美があると死にもの狂いで頑張れるぜ!

 俺は試練を絶対にクリアしようと、強く決意した。

 雪奈さんを、あめと呼ぶ為に。


 いやー、そこまで行くともう恋人みたいじゃねぇか。

 だってあめだろ?

 男女同士の友人が呼ぶ名前じゃ無いと思うぜ?


 そして、その後にひろとくんって呼んで貰えるか聞いてみたいな。


 そういえば、あめ!

 どうしたの、ひろとくん!


 ‥‥‥みたいな感じか。

 ‥‥‥ふっ、中々良いじゃねぇか。


 ん?

 お前なんてひろってぃーで十分だろ。だって?

 うるせぇ。

 てか誰だよ。

 ことあるごとに俺をいじって来やがって。


「‥‥‥五月雨くん‥‥‥前‥‥‥」


 俺が色んな妄想を膨らませて走っていると、いきなり雪奈さんの声が聞こえた。


「ん?」


──その刹那。


 スカッ


 今まで地面を蹴って進んでいた足の感覚が無くなった。

 つまり、地面が無くなったのだ。


 えっ!?


 気付いた時には手遅れである。


 バシャァァァァァン!!


 俺と雪奈さんは、凄いスピードで湖に落ちた。

 激しい水音が響く。


 うわっ、冷たっ!?

 おい、ちょっと待てよ。

 足付かないじゃん。


「ゴホッ‥‥‥」


 バシャバシャ


 俺は急いで泳ぎ、水から出て陸に上がると、すぐに雪奈さんがいないかどうか探す。

 だが心配には及ばず、自力で俺の近くまで泳いできた。


 バシャバシャ


「‥‥‥けほっ」

「雪奈さん、大丈夫!?」


 急いで駆け寄ると、彼女は寒そうに身を震わせる。

 寒いのだろう。


「‥‥‥大丈夫‥‥‥ではない」

「‥‥‥ごめん。全然気が付かなかった」

「‥‥‥私も」


 俺が変な考え事をしていたせいで落ちたのだが、雪奈さんまで気付かなかったんだ。

 俺と一緒で妄想でもしてたのか?


「ふぁ、‥‥‥はくしょん!」

「‥‥‥くしゅん」


 俺と雪奈さんは同時にくしゃみをする。

 見事にタイミングが揃ったぜ。


「寒いな。たき火でもしよっか」

「‥‥‥ん」


 ここでお互い服を脱ぐ訳にもいかないしな。

 とりあえず着ているものごと乾かそう。

 俺達は協力してそこら辺から木材を集めてくると、雪奈さんの火弾ファイアーボールで着火する。


「‥‥‥なんじわれもとむるほのおまりょくいまこのはなて、火弾ファイアーボール!」


 ボウッッッ


 パチッパチッ


 どうやら上手く火が付いたらしい。

 だが、貴重なMPを消費してしまったな。

 それにここは安全地帯ではない。

 いつ魔物に襲われてもおかしくないのだ。


「あー、暖かいな」

「‥‥‥うん。‥‥‥でも服が気持ち悪い」


 それは俺も思った。

 びちょびちょで、服が肌に引っ付いてくる。


「俺の事は気にしなくても良いから、脱いでも良いよ?」


 あくまで親切心でそう言った。

 下心なんて一切ありません。

 そんな俺の紳士的な提案に対し、雪奈さんは顔を真っ赤にした。

 りんごみたい。


「‥‥‥やだ」


 あら、可愛い。


「なんで? 肌に引っ付くでしょ?」

「‥‥‥逆になんでそんな事が‥‥‥平然と言えるの?」

「雪奈さんが寒そうだからな」

「‥‥‥本心は?」

「裸が見た‥‥‥いや、違うって! ほんとに親切心だって」


 まずい、思わず本心が出てしまった。

 雪奈さんは、そんな俺を、細い目で睨んでくる。

 ‥‥‥前髪で見えない‥‥‥とみせかけて、今は水に濡れているから、地味に見えるんだな。


「‥‥‥見損なった」

「いや、ほんとなんだよ。俺ってすぐにふざける癖があるから」

「‥‥‥まあ、確かに」


 納得するのね。


「じゃあ、俺が脱ぐから、それで許して?」

「‥‥‥誰も求めてない‥‥‥」


 俺が感情に任せて喋ると、すぐに冷静な答えが返ってきた。

 誰もって‥‥‥。

 誰か一人くらいはいるだろ。


「雪奈さん?」

「‥‥‥ん?」

「おふざけとかじゃなくて、上だけ脱いでも良い?」

「‥‥‥」


 雪奈さんはまた顔を赤くした。

 りんごちゃんみたい。


「このままだと風邪ひきそう」

「‥‥‥勝手にして」

「あ、はい」


 俺はちゃんと許可を得たので、上半身だけ脱ぐことにした。

読んでくださりありがとうございます。

次の投稿は明日の夕方辺りになると思います。

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