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第三十話【海周辺の洞窟・参】

 見てみると、通路の奥にツボが置いてある。


「確かに落ちる寸前の場所だな」

「ねぇ五月雨くん? ちょっともう一度ツボの近くまで行ってみてくれない?」

「よし、分かった‥‥‥って行かねぇよ!? また床が抜けてあの地獄に落ちるだろうが!」


 もう毒沼を超えたり、謎解きをしたりするのは嫌だわ。


「良いじゃない。五月雨くんなんだから」

「どう言う理屈だよ!?」

「‥‥‥でも、ツボの中身が知りたいよね?」


 あめ、そういう事を言うの止めようか。

 気になって来たわ。


「うん、知りたいな。‥‥‥でも鉄さんとかで良いだろ」

「私は小回りが利かないから無理よ」

「‥‥‥ひろとくんなら、空中移動を使えば何とかなりそう」

「あー、確かに。あめって頭良いな」


 それなら行けるかもしれん。


「‥‥‥多分頭はひろとくんの方が良いと思う」

「いや、あめの方が優秀だと思う」

「‥‥‥それは無い。だってシグマがどうのこうのとか、私知らないもん」

「いや、最初の二問が解けてたんだから、十分頭が良いはずだぞ?」

「この人、まだ言っているわ」


 俺とあめの会話に鉄さんが横で呆れて笑いながら言った。

 おう、俺はいつまでも言うぞ?

 一億年と二千年以上言い続けるぞ?


 あ、突然だけど良い事思いついたわ。


「あめ、ちょっと魔法であのツボを破壊してくれる?」

「‥‥‥あ、うん。良いけど」


 あめはそう答えると、少し向こうにあるツボに向かって比較的MPの使わない氷弾アイスボールを放つ。


 氷の弾は、小さいサーバーの頃撃っていたサイズとは大きくかけ離れたもので、かなりでかい。

 そしてスピードも変わっている。


 

 ここでひろってぃー講座第三を開きます。


 どうやら攻撃魔法は、魔法攻撃力が増えるごとに威力だけでなく、サイズや速度も変わって来るらしい。

 そしてMPの消費量も増えて来る。


 はい、終わりです。


 

 最近覚えた強い魔法の威力には到底及ばないが、始まりの街周辺の魔物レベルなら瞬殺だろう。


 そんな氷がツボへと向かって進んで行く。


 ガシャァァン!!


「おぉ、綺麗に割れたな」

「‥‥‥ん」


 ツボが割れた事によって消え、中身が露わになった。


 あれは、何だ?


 まず最初に鉄さんが口を開く。


「指輪みたいだね」


 そう言われれば確かに‥‥‥小さくてはっきりとは見えんが。


「だな。‥‥‥で、俺が取ってくれば良いんだろ?」

「‥‥‥うん。お願い」

「任せたわ」


 ふっ、この程度余裕だぜ!


 まずはさっき床が抜けた場所の近くまで歩いて行く。

 確かこの辺りだよな?

 一応足でトントンしながら進んで行く。


 トントン!!


 トントントントンヒノノニトン!!


 トントントントンヒノ─。


 パカッッッ!!


「おわっっっ!」


 いきなり床が抜けたので、俺は落ちていく床を踏みしめながら急いで後ろへと飛んだ。


 あぶねぇ、何とか間に合ったわ。

 また落ちるかと思ったぁ。

 俺はとりあえず後ろを向いてみた。


 二人の女子が笑っている。

 どちらも手を抑えて、「調子に乗り過ぎよっっ、フフッ」とか「‥‥‥プフフッッ」みたいな感じで必死に堪えている様だ。

 失礼な奴らだな。


 にしても調子に乗っていたのは事実だ。

 リズムに乗りすぎてたわ。


 俺は笑っている二人を無視して、再びツボの方を向く。


「よし、気を取り直して行くぞ!」


 床が落ちてくれたお陰で穴がはっきりと見えるわ。

 まあ、どこからが穴なのかを区別する為に、わざと落としたんだけどな。

 つまりすべて計算通りだ!


 因みにアスファルトは、指輪の転がっている部分しか無い。

 うん、人が一人立てるかどうかだ。


 ここからあそこまでは、大体3メートルくらいだろう。

 俺の敏捷と空中移動を使えば余裕だ。


 俺は狙いを定めると、少し後ろに下がって助走を付け、勢いよく走りだす。

 そして穴の直前で、ジャンプをした。


 地味男、飛んだぁー!!


 地味男、飛んだぁー!!


 地味男、飛ん─‥‥‥おい、何が地味男だよ!? てか、どっから沸いたんだよ。


 そんな事を考えながら、空中ジャンプを二回ほど使い、無事に狭い場所へ着地する事が出来た。


「ふぅ、上手くいったぜ」


 あまり足元に余裕が無い為、その場でしゃがみ、足元にある指輪を手に取る。

 なんか形が速の指輪に似ているけど、ちょっと違うな。

 細かい部分の色が異なっている。


 で、後は戻るだけだ。

 俺は指輪を握り締めると、来た時の様にジャンプして戻り、あめと鉄さんのいる場所まで戻った。


「‥‥‥おかえり」

「おう、ただいま! でさ、向こうにあったのは指輪で間違いないけど、効果が分からない」


 そう言って、手のひらにある指輪を二人に見せる。


「綺麗ね。てか効果を見るのは、五月雨くんが装備してみるっていうのが一番早いと思うわ。敏捷以外の数値が10しか無いんだし」


 鉄さん‥‥‥ナイス提案です。


「それもそうだな」


 俺はそう答えると、指輪をはめてみた。

 そして青色のステータス画面を開き、自分のステータスを確認する。


 ふむふむ、なるほど。


「‥‥‥どう?」


 あめが首を傾げて聞いてくる。


「うん、数値が1000上がっている」

「‥‥‥何の?」

「うん、小さいサーバーで貰えるやつよりかは上がらないけど、普通に使えると思うぞ?」

「‥‥‥どの数値が?」

「あー、うん。俺の数値が」

「五月雨くん? 雪奈さんの質問に答える気ある?」


 俺とあめが会話をしていると、目を細くした鉄さんが割り込んで来た。


「ん? 答えているんだが?」

「よくその言葉が出て来たわね。明らかに無視してるじゃない」

「そうか?」

「そうよ! だって雪奈さんが、どの数値が上がったの? って聞いているんだから、ちゃんと答えなさいよ」

「えっ、そうだったの? ごめん」


 俺はあめの方を向いて、素直に謝った。


「‥‥‥大丈夫、いつもの事だから」


 そうかそうか。

 っておーーん?

 いつもの事かしら?

 ‥‥‥まあなんでも良いか。


「で、何の数値が上がっているの?」

「それなんだが、俺のステータスを見た感じどうやら防御力が1000上がるみたい」

「そうなんだ」


 鉄さんが少し目を光らせて頷いた。

 まるで、この指輪が欲しそうな顔をしてやがる。


「まあ防御力が上がるみたいだし、俺が貰っても良いよな?」


 すると、あめと鉄さんの表情が真顔に変わった。

 こちらをじっと見て来てやがるぞ?


「‥‥‥」

「ん? 何その反応?」


 俺、何かおかしい事言ったか?


「いや、五月雨くんに防御力があっても意味ないでしょ?」

「‥‥‥私もそう思う」


 おーーん?


「なんでだ? HPの低い人が付けた方が生存率を増やせる事が出来ると思うんだが」

「確かにそうだけど、あんたは別よ!? HPが10しかないんだから、変わらないわよ?」

「‥‥‥魔物の攻撃が当たったら一回で死ぬから、防御力が1000上がっても無理」


 なるほどね。


「じゃあ、あめ‥‥‥あげよっか?」


 改めて考えると必要無いので、あめに託そうと思い聞いてみた。


「‥‥‥私‥‥‥防御力はいらない」

「そっか。となると、使い道も無いし‥‥‥町に戻ったら売ろうか?」

「はい!?」


 突然鉄さんが大きめの声をあげた。

 ビックリするから止めてくれよ。

 心臓に悪いわ。


「どうした?」

「なんで私に渡すっていう発想が無いのよ?」

「えっ、いるのか?」

「欲しいに決まっているでしょ!? だってタンクなんだから」

「あ、そっか。完全に忘れてたわ」


 そういえば鉄さんって壁役だったな。


「うん、わざとよね?」

「いや、違うぞ」

「確実に悪意を感じるもの」

「まあ、気のせいだって。‥‥‥それよりさ、この指輪をあげるから薬指を出しなさい」


 俺がそう言うと、鉄さんがかなり驚いた様な表情をする。


「えっ!? な、なんで五月雨くんにつけて貰わないといけないのよ!?」

「嫌なのか?」

「う、え、い‥‥‥いや。やっぱり、つけたいならつければ良いわよ?」


 なんだその曖昧な反応?


「そうか、なら遠慮なく」

「あまり奥まで入れないでよ?」


 何を言っているのだね?

 卑猥なやつだな。

 まあ、俺も奥まで入れる気は無い。


「先っぽまでって事?」

「そうよ‥‥‥ってなんか変な事考えていないわよね?」


 何故か鉄さんに睨まれた。

 まさか、俺の思考が読めるって事無いよな?


「変な事って?」

「分からないなら良いわよ」

「そうか。じゃあ入れるぞ? 痛くない様にするから安心してくれ」


 俺は指輪を親指と人差し指で挟み、鉄さんの薬指に近づけていく。


「言葉の選び方が気になって仕方ないんだけど」

「うん、気にしなくても良いぞ?」


 そう答えてゆっくりと近づけていく。


「早く入れてくれる?」


 君の言葉選びも誤解を招きかねないと思うんだが。


「でも、いきなりは痛いだろ?」

「変わらないわよ!? てか急いでくれる? ここ一応魔物が出て来る所なんだから」

「あ、分かった。じゃあ行くぞ? ‥‥‥我が親王妃よ。これを受けとって余生を謳歌してくれれば私は幸せだ。だからせめてものの気持ちを受け止めてください」


 そう喋りながら、鉄さんの薬指にはめてあげた。

 それに対し、鉄さんの反応は‥‥‥。


「雪奈さん? この人は何を言っているの?」

「‥‥‥多分だけど、新王妃って言うのは、ひろとくんの婚約者のお母さん。つまり鉄さんの事をお義母さんと思っていて、残りの人生を謳歌してくれたら幸せなんだって」


 あめさんや、よく分かっているじゃないか。


 因みに妃があめだから、新王妃である鉄さんはあめのお母さんになるな。


 あめの解説を最後まで聞いた鉄さんは、しかめっ面をしながらもこちらを睨んでくる。


「張り回しても良いかしら?」

「えっ、なんでだよ!?」

「つまり、私の事をおばさんって遠回しに言ったんでしょ?」

「いや、そんな事無いぞ!?」

「まあ、良いわ。明日の学校が楽しみね」


 鉄さんが笑いながら指をポキポキと鳴らしている。

 ちょっと待ってくれよ。

 怖すぎるだろ。


「弁解しとくぞ? 俺はそんなつもり無かったからな? それだけは伝えておく。うん、じゃあそろそろ先に急ごう」


 俺はそう言い残すと、魔物がいないのを確認した後、指輪のあった方と反対側を向き、分かれ道のある元の場所に向かって歩き出す。


 よく考えたらさ、俺達三人ってこの洞窟に入ってまだ全然進んでなくね?

 えーっと、入り口を抜けてまず最初に階段を下りた。

 次に一直線の通路を歩き、三方向の分かれ道に出くわす。

 そこで右に行き、見事に下へと落ちた。

 上へ戻る為に、毒沼や謎解きを超え、戻って来た。

 で、現在さっきの分かれ道に戻っているなう。


 つまり、俺達は全く進んでいない。


 これから大丈夫か?

 回復薬とかは大量に用意してあるけどさ、これ、一番奥まで行こうと思ったらかなり時間が掛かるぞ?


 そんな事を考えながら広い通路を歩いて行き、やっと分かれ道へと戻って来た。


「さてと、次は正面か左‥‥‥どっちにする?」


 分かれ道の中央に立ち、後ろを歩いて来ていた二人に聞いてみると、最初にあめが答える。


「‥‥‥宝箱とかが気になるんなら、‥‥‥左の方が良いと思うけど」

「私は左で良いわよ?」


 あめに続いて鉄さんも頷きながら呟いた。


「じゃあ左にするか」


 と言う事で、俺達は左の通路を進んで行く。


 結果。


 何も無かった。

 うん、行き止まり。


 途中ですれ違ったプレイヤー共め、教えてくれれば良いのに。

 冷たいのぉ。


 で、結局何の収穫も無いまま、再び分かれ道に戻って来ました。


「よし、となるとあとは正面しか無いな」

「そうね。じゃあ行きましょ」


 俺達は、松明が多めの明るい通路を歩いて行く。


「あ、あそこの曲がり角を抜けたら、何かいるぞ?」


 少し歩いて行った所で、索敵スキルに何かが引っ掛かった為そう呟くと、先頭を歩いている鉄さんの足が止まった。

 俺も反射的に足を止める。


「ねぇ、先に行って貰っても良いかしら?」

「はい!? いや、俺は無理だわ。HPが少ないんだから」


 一度でもダメージを食らったら死ぬって言うのに、先頭を歩かせようとするとは、中々趣味の悪い野郎だな。


「本当にお願い」

「因みにどうしてだ?」


 お化けが怖いからかね?


 俺の質問に対し、鉄さんは視線を上にずらし何かを誤魔化す様に答える。


「な、何となくよ! 私はゾンビが怖いとかじゃ無いんだから」

「そうか、じゃあ大丈夫だろ?」

「わ、わ、分かったわよ! 行けば良いんでしょ?」

「うん」

「なんか腹が立つけど、まあ良いわ」


 鉄さんは腰に差していた剣を手に持つと、曲がり角周辺に向かう。

 そしてそのまま曲がるかと思いきや──。


「おーい、何してるんだ?」


 俺の言葉に鉄さんはこちらを向かずに答える。


「見れば分かるでしょ?」


 うん、分かるよ。

 たださ、かなり風変わりだぜ?

 だってさ、曲がり角に剣を持っている方の腕だけを入れて、ブンブンと振っているんだぜ?

 見ない様に魔物を倒そうという作戦だろう。


「多分、倒せないと思うぞ? 丁度当たらない様な距離だし」

「うるさいわね」


 ‥‥‥、聞く耳を持っていないらしい。


「あめ、魔法で倒して来てくれないか? この様子だと永遠に進めそうにないわ」

「‥‥‥分かった」


 俺はしっかり了承を取ると、あめを地面に降ろし曲がり角の向こうにいる魔物を任せる事にした。

 あめは自身の軽い体重を動かして裸足のまま歩いて行く。


「あ、雪奈さん」

「‥‥‥私がやるから、安心して?」

「えっ、本当? あ、ありがとう」

「‥‥‥良いよ」


 鉄さんはめちゃくちゃ嬉しそうにこちらへ戻って来る。

 そんなに嫌だったのかよ。

 てか、あめって結構度胸あるよな?

 曲がり角のすぐ近くにいるって分かっているから、俺でも普通に怖いわ。


 あめは曲がり角のすぐそばで止まり、少しの間何かを詠唱していく。

 言っているセリフからして、最近覚えた強めの魔法だろう。


 しばらくして。


 あめは魔法を数発撃って、無事に倒せたらしい。


「雪奈さん、もう終わった?」


 鉄さんが構えていた剣を腰に戻しながら呟いた。

 それに対しあめはこちらを振り向き、少し微笑む。


「‥‥‥ん。結構簡単に倒せた」

「本当にありがとね」

「‥‥‥大丈夫」


 なんかあめが格好良く見えるな。


 まあ無事に敵も倒せたという事で、俺達は曲がり角を曲がって先に進んで行く。


 不規則に動いている魔物を倒しながら広めの通路を歩き続ける事、約一分。


 また分かれ道かよ。


 今度は正面を進んで行くか、右に曲がるか。


 鉄さん、あめと共に悩んだ結果、最初に右へ行く事にした。


 結果。


 少し狭い通路をある程度進んで行くと、行き止まり地点に赤色の宝箱があり、喜んで開けたら1500Gが入っていた。

 うん、めっちゃ微妙。

 宝箱にお金を入れるなよ。

 あんまり嬉しくねぇんだよ。

 だが一応貰っておくぜ。


 その後来た道を戻り、分かれ道に着くと、そのまま正面の方向に向かって進んで行く。


 で、なんか床に変化がみられるんだけど。

 最初の所には毒なんて無かったのに、今は不規則に散りばめられてやがる。

 趣味が悪いのぉ。

 踏んだらグジュっていくやろが。


 うん、絶対踏まないからな?

 これはフラグじゃ無いからな?


 いや、本当に踏みたくない。

 現に鉄さんが靴を一ペア駄目にしているし。


 絶対にフラグと言う運命さだめには負けん。

 あくまで抗うぞ?


 俺達は床の毒に注意しながら更に奥へと進んで行くと、やがてガラクタまみれの部屋に出た。


 うわぁ、めっちゃ汚いやん。

 もんげぇしばいぃがな。


 右には壊れたベッド。


 左には、穴の開いて倒れているタンスと毒が付いた掛布団。


 そして正面にはかなり大きな毒沼があり、幅いっぱいに広がってやがる。

 その毒沼の中には色んな家具が落ちていて、踏んで行けば何とか渡れそうだ。


 毒沼を超えた先には、大きな灰色の扉がある為そろそろ終わりだろう。


「にしても不衛生ね」


 鉄さんが手で鼻を抑えながら呟いた。


「だな、かなり気分が悪いわ」

「‥‥‥なんか怖いね」


 あめさんや、その気持ち‥‥‥よく分かるわ。

 なんかめちゃくちゃ雰囲気があるんだよ。

 そう、まるでそんな感じの所。

 ゾンビとか、亡霊類が生息している所だな。


「私、とても帰りたい」

「鉄さん? 帰るのは構わんが‥‥‥一人で戻るのも怖いと思うぜ?」


 実際俺も怖い。

 こんな情景を見せられたら、帰り道に背後から何かが迫っている様な気がしそう。


「そ、それもそうね。じゃあ早めに行きましょ」

「‥‥‥そうだね」

「俺達は空中移動スキルを使って渡れるけど‥‥‥鉄さんは毒沼に沈んでいる家具を踏んで行かないと無理だよな?」


 そこで鉄さんの表情が更に強張る。


「本当に嫌だわ‥‥‥と言うか、その空中移動って色々とチートよね? 狡猾過ぎるわよ?」

「それは自覚ある。だって大抵のとこを何の苦も無く行けるしな」


 そう言い残すと、いつも通り助走をつけ、いつも通り大ジャンプを決めた。

 そしていつも通り空中でジャンプをし、いつも通りの着地をして後ろを振り向く。


「‥‥‥ほんとに凄い」


 背中に乗っているあめが感心した様に言った。


「だろ? ‥‥‥で、鉄さん、頑張れよ?」

「言われなくても頑張るわよ!!」


 鉄さんは大きめの声でそう言うと、険しい顔で、近くにあった壊れている食器棚に乗る。


 おっと、鉄さんが食器棚の上をバランス良く渡って行くぞ!


 次はドアノブの無いズタズタのドアと、木の板、どっちに渡るのか!?


 おぉ、木の板に行ったぁ。


 体重で少し沈んだが、何とか大丈夫そうだ。


 鉄さんは両手を広げて幅の狭い板を黙々と渡って行く。


 あぁっと、ここで木製の机に移ったぁ。


 この机は良い感じに立っていて安定している様だ。


 そこで鉄さんがスピードを上げた。


 そして机の端っこまで来ると、飛んだぁ!!


 飛距離は無いが、胸はある。


 そんな鉄さんが、無事にこちら側に到着する事が出来ました。


「‥‥‥鉄さん、お疲れ様」


 こちらに向かって歩いてくる鉄さんに、あめが話しかけた。


「えぇ、なんか精神的に疲れたわ」


 そんな事を言っている鉄さんに、俺が頷きながら呟く。


「まあ普通これは辛いだろ。落ちたら靴が死ぬしな」

「そうなのよ。てか、帰り道も通らないと行けないから、普通にしんどいわ」

「それは、うん、頑張ってくれ!」


 という事で、俺達は灰色の扉へと近づく。


 鉄さんの表情が明らかに辛そうだが、まあほっとけば良いだろう。

 あくまでゲーム内だから肉体的な疲労は無いんだし、死にはせん。

 それに、俺がなにか言ったところで、向こうの気が悪くなるだろうしな。


「‥‥‥ねぇ、この扉の向こうって‥‥‥ボスがいたりするのかな?」


 ふとあめがそんな事を呟いた。

 俺は扉に優しく触れると、質問に答える。


「可能性は十分にあるだろうな。と言うかこういう感じの場所って、100パーセントの確率でいると思うぞ?」

「‥‥‥じゃあ、MPを回復させておくね」


 あめはそう言って鉄さんから回復薬を受け取ると、数本を飲み干した。

 うん、それが妥当な判断だろう。


「で、鉄さんはHPを回復させなくて大丈夫か?」

「私はほとんど減っていないし、良いわ」

「そっか、じゃあ開けるぞ?」

「‥‥‥ん」

「おっけー!」


 俺は片手を前に差し出すと、ゆっくりと押していく。


 ゴゴゴゴゴゴッッ


 やがて、人が一人入れるほどの隙間が開いたので通り抜ける。


 すると全員が通り終わった後すぐ、他のプレイヤーの為なのか、勝手にしまっていく。

 ちょっとビックリするから、勝手にしまるのも止めて欲しいわ。

 おばけでもいるのかと思ったぜ。


「あれ? ボスがいるとか言ったのって‥‥‥誰だっけ?」


 奥の部屋に入ってすぐ、鉄さんが正面を見つめたまま呟いた。


「ん? ああ、多分あめじゃないか?」

「そのパターンはもう良いわ。素直に認めなさい」

「はい、俺です。‥‥‥でもさ、これって普通に製作者のせいだよな? 最初からずっと、明らかにゲームあるあるを壊して来ていると思うんだが」


 俺が真面目な顔でそう言ってみると、鉄さんが何か納得した様に口を開く。


「確かに‥‥‥それは分かるわ」


 なるほど、鉄さんはゲームあるあるが分かるらしい。


「‥‥‥でも、ボスがいないに越した事は無いよね? 後はあそこに落ちてある真珠を元の台座に戻せば良いだけだし」

「まあ、そうだな。じゃああそこに落ちている真珠を奥の台座にはめようぜ」

「‥‥‥ん」


 という事で俺達は落ちていた青色の真珠を拾い台座の中心に戻すと、来た道を歩いて海岸の町へと向かった。


 にしても遠いわ。

 洞窟を出て、森を抜け、岩場を下り、海岸を歩く。

 この地形を作った製作者‥‥‥かなり性格悪いぞ。


 特に岩場。

 下りの方が辛かった。

 いつ岩の隙間から下に落ちてもおかしく無かったからな。

 海にどぼーん! とかなったら嫌だぜ?


 まあ何事も無く町に戻れて良かったわ。


「よし、これで船を使う事が出来る様になったはずだよな?」


 海岸の町に戻り大通りを歩きながら、二人に話し掛けた。


「ええ、そうだと思う」

「‥‥‥どうする? もう行ってみる?」


 う~ん、悩むなぁ。


「鉄さんはどうしたい?」

「私はもう船に乗ってもいいと思うけど」

「‥‥‥私もそれでいいよ? とりあえず新しい靴だけは欲しいけど」

「あ、そっか。じゃあ靴を買った後で、船の所に行こうぜ?」


 俺達はそう会話をすると大通りにある建物であめの足のサイズにあった靴を買い、大きな船のある海岸へ移動した。


 よし、もうこの町で買っておかないといけない物も無いし、離れても大丈夫だろう。


 やがて海岸の木の足場に到着すると、船の隣にいる海賊のNPCに話し掛ける。


「すみません。この船ってもう乗せて貰えるんですか?」


 すると海賊さんは顎に手を当て、とても不思議そうな表情をしている。


「ああ、最近ずっと海で魔物が荒れていたんだが、ついさっき親分から連絡があってな、海の魔物が急に大人しくなったらしいぜ? 恐らくどこかの誰かが神水の真珠を台座に戻してくれたんだろうな。‥‥‥と言う訳で乗れるぜ? ああ、勿論1000Gばかし頂くがな」


 おいおい、無料じゃ無いのかよ?

 真珠を台座に戻したの‥‥‥俺達なんだが。


 まあ1000Gくらい別に構わないけどさ。


「はい、それでお願いします」


 若干納得がいかないけど、袋からお金を取り出し海賊に渡した。

 大方NPCに事情を説明しても理解してくれないだろうしな。


「見た感じ他のたくさんのプレイヤーが木の橋を歩いて、船に入って行っているけど、一緒に乗る感じかな?」


 そう呟きながら船に乗り込む。


「誰も‥‥‥いないわね」


 タルを足場にして船の中に入りながら、鉄さんが言った。

 俺は木の床に足をおろして答える。


「つまりここもパーティー同士によって船A、B、Cと分けられるっぽいな」

「‥‥‥見て‥‥‥外にもプレイヤーがいないよ?」

「えっ?」


 あめがそう言ったのと同時に、船の側面部に手を置いて確認してみると、‥‥‥あの海賊以外の人がいない。


「本当に微塵もいないわね」

「まるでオフラインゲームだな」


 自分達の世界って感じだ。


「まるでドラ〇エ11の船に乗っているみたいだわ。この船の側面部の色だったり、帆の赤色だったり」


 鉄さんが頷きながらふとそう言った。


 あらあら、ゲームの情報がお早い事で。

 確か最近発売されたばかりのはずだ。

 つまり、かなりゲームが好きなのだろう。

 でも本人曰く、ゲーム好きではないのだろう。


「‥‥‥もう買ったの?」


 おぅ。あめさんや。

 かなり聞きづらい事をサラッと質問したな。

 かなり勇気があると思うぞ。

 鉄さん相手にかなり凄いと思うぞ。


 あめの言葉に鉄さんは微笑みながら答える。


「そうなの。発売日当日には買えなかったけど、二日前に手に入れたわ」

「ほぉう、そうなんだ」


 俺は目を細くしてニヤッとしながらそう呟いた。

 そこで鉄さんは何かに気付いたのか、急に慌て出す。


「何よ? ‥‥‥って違うのよ!? た、確かに買ったけどたまたまなんだから! てかまだプレイして無いからね? 船の色は‥‥‥そうよ、ネットで知っただけよ! 勘違いしないでよね?」


 この反応からして、誤魔化す為に嘘をついている様だ。

 てか、船の色を知っているって‥‥‥つまりあの町までたどり着いていて、あの仲間がいるという事だよな?

 その時点で最低でも6、7時間はプレイしているはずだ。

 二日で7時間‥‥‥。


 うん、この【デスティア・オンライン】を攻略して行きながら、リアルの友達とも話を合わせて、更に新発売のゲームもスピード攻略しているという事だろ?

 かなり頑張り屋さんなんだな。

 ただ単にゲームが好きなだけなのかもしれないがな。


 まあ詮索はしないでおいてやろう。


「そっか‥‥‥にしてもさ、あの最初に仲間になる男‥‥‥格好良いよな?」

「あー分かる! 私ちょっと惚れちゃったわ」


 俺が鉄さんを指さしてそう言ってみると、目を輝かせて乗って来た。


 プフッ。


 俺は込み上げてくる笑いを必死に堪えながら、後ろを向いて誤魔化す。


 おぉ、そうかそうか。

 まだプレイしていないのに、最初に仲間になるキャラクターが分かるのか。

 そうかそうか。


 ふとあめの方を向いてみると、下を向いて笑いを堪えている様に見えた。

 流石に可笑しかったのだろう。


 その後船が進み始めると、俺達はタルに座ってたわいも無い会話をしながら、新しい大陸に着くのを待った。


 あー、にしても楽しみだぜ。


 新しい大陸にはどんな謎があるのだろう。


 俺達を乗せた船は不規則に上下に揺れながら、何も見えない水平線に向かって進んで行く。


 まだ見ぬ場所を目指して!

読んでくださりありがとうございます。


第三章 〜 終 〜

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