第十六話【長距離走大会・弐】
俺は、自身の足に何かが当たった様な感覚がした。
と、その時、足が強制的に前へと押し出されてしまい、地面に転倒してしまう。
「おわっ!!」
ドサッ!
はっ?
何で倒れたんだ?
俺は全く状況が掴めないまま、仰向けになって空を見つめている。
だがすぐに理由が分かった。
「へっ、じゃあな」
という声が聞こえたのと同時に、ギルツさんが俺の真上を通り過ぎて行く。
その横にはスキンヘッドのやつもいて、ニタニタと笑っている顔が見えた。
あいつら、攻撃スキルを俺の足に当てやがったな。
くそ、完全に油断してたわ。
俺は急いで立ち上がると、猛スピードで赤い閃光共を追う。
タッタッタッタッ
因みに、もう二人のプレイヤーは、まだここまで来れていない様だ。
ほんの数秒とはいえ、レース中に無抵抗で倒れていたんだ。
なのに追い抜けない所をみると、実力は大した事無いだろう。
俺は振り向かないまま、進んで行く。
タッタッタッタッ
てかさ、やっぱり思うんだけど。
あの赤い閃光さん達‥‥‥遅くね?
普通に追いつけそうだわ。
攻略組のスピードってこんなもんなの?
だとしたら俺ってかなり速い部類に入るよな?
確かにあいつらの攻撃は凄かった。
あの赤い竜巻なんて、見た瞬間おしっこが漏れるかと思ったぜ。
でも赤い閃光って呼ばれている割にはな。
うん、全然速く無い。
あ、そういえばあの二人ってめちゃくちゃ重そうな鎧を着けているんだ。
だからそのせいで俺より遅くなっているんじゃねぇのか?
その可能性も無い事は無い。
まあもしそうだとしても、すぐに鎧を外す事なんて出来ないだろう。
つまり、防御力に特化した装備品を身に着けてこの大会に出場した瞬間、あいつらの負けは決まっていた。
自分達は攻略組である。
敏捷も平均以上ある。
ここは始まりの街である。
死んだらデータが削除されるというルールの中で、ステータスポイントのほとんどを敏捷に振っているやつなんている訳が無い。
五月雨弘人みたいなやつなんている訳が無い。
そんな自身の驕りが敗北を呼んでしまったのだ。
素直に認めたまえ。
てか、最後の五月雨弘人みたいなやつってなんだよ。
いい意味だと思えないのは俺だけかね?
タッタッタッ
俺は十割のスピードで、瞬く間に赤い閃光達の後ろに到着した。
それと同時に、同じ速度になるくらいまでスピードを落とす。
「ちょっとギルツさん! ひどいじゃないですか!」
そんな言葉にギルツさんは振り向く。
そしてすぐ後ろに俺がいると分かった途端、笑顔が消えた。
「はっ? いつ追いついたんだよ!?」
「てめぇ、ゾンビか」
スキンヘッドさんも驚いている様子である。
「いつって‥‥‥ついさっきですよ?」
「そんな訳ねぇだろ。お前ガリックの魔法をくらって倒れてたじゃねぇか!」
「でたらめ言ってんじゃねぇぞ、おい!」
あ、スキンヘッドの名前、ガリックって言うんだ。
なんかにんにくみたいだな。
てか、やっぱり攻撃して来てたんだな、てめぇ。
狡猾な野郎達だな!
正々堂々戦えよ、馬鹿野郎!
太陽系じゃないと判断された冥王星みたいに綺麗な頭しやがって、馬鹿野郎!
お前の髪、全部そぎ落とすぞ、馬鹿野郎!
あ、もう無かったわ、馬鹿野郎!
〇の耳に念仏
〇の中身は~、馬野郎!
ダッダッダッダッ
俺はとりあえず赤い閃光達を横から追い抜き、ガリックさんの真正面辺りの位置に行くと、後ろを向いて話し掛ける。
「これで信じて貰えましたか? 俺、敏捷には少しだけ自信があるので」
「は? お前今何レべだよ」
ギルツさんは眉間にしわを寄せ、俺の方を向いて言った。
一応正直に答えてやるか。
嘘をついたら泥棒の始まりだってよく言うしな。
「11です!」
「嘘つけ、こら!」
「真実を言えよ!」
‥‥‥何故だ!
何故信じてくれん。
「いや、本当ですけど。少し前に試練をクリアしてこの街に来たばっかりなんで」
「は? じゃあなんで27レベルの俺達に、余裕そうな顔してついて来れてんだよ!」
「まあ、敏捷が17000以上あるので」
俺とギルツさんの会話を隣で聞いていたガリックさんは、話に参加して来ないまま、口を動かし始めた。
喋っている事柄からして、何かの詠唱の様だ。
また攻撃魔法か?
俺はいつでも躱せるように、走りながら身構えておく。
「──鑑定!」
あくせす?
ガリックは何やら浮かび上がってきている文字を見て、思わず目を見開く。
「‥‥‥おい、ギルツ。こいつほんとにレベル11らしいぜ」
「おいおい、マジか?」
「ああ、俺の鑑定スキルには、ひろってぃー。男。レベル11。って表示されていやがる」
そんな便利なスキルがあるんだ。
でも、細かいステータスとかは見えないのかな?
鑑定というスキルについて考えて行こうとしていたその時、ギルツが質問してくる。
「おい、ひろってぃーとか言う奴」
「はい?」
「なんでそんなに速いんだよ!」
「さっきも言いましたけど、敏捷が17000以上あるので」
「は? もっとあるだろ」
もちろんさぁ~。
相手に真実を教える訳ねぇだろ。
「いえ、あなた方と同じくらいしか無いと思います。ただ、俺の方が装備が軽いんでそのせいじゃないですか?」
タッタッタッタッ
この二人の真っ赤な鎧やら、武器類は、明らかに重そうだ。
そんな物を身に着けて、敏捷が同レベルのやつについて行ける訳無い。
「ふーん。なるほどな。じゃあこの指輪を着ければ、俺の方が速くなるという事か」
そう言って鎧の内ポケットから取り出したのは、見た事のある物だ。
うん、速の指輪で間違いない。
現に俺が今着けているやつだからな。
ギルツさんは自身の指に指輪をはめると、走る速度を上げた。
タッタッタッタッ
そして後ろを振り向くと、口を開く。
「ガリック、わりぃな。手加減してたらこいつには勝てそうにねぇわ」
あら、認めるんだ。
俺、そういう素直な人、好きだぜ?
ガリックは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに理解した様子で、少し微笑む。
「ああ、俺の事は気にすんな。三位は俺が取るから、安心して一位を狙ってこい」
「おう、任せろ!」
なんか、良い人たちに見えて来るな。
何この男同士の熱い友情。
ちぃとばかし焼けるぜ。
ギルツさんは親指を立ててそう言い残すと、全速力で走り始める。
タッタッタッタッ
俺は無表情でついて行く。
うん、無表情で。
だってさ、指輪を一個付けたからって、敏捷が2000上がるだけだし。
装備している鎧の重さを考えると、最低でも二つは無いと厳しいだろう。
「やっぱりついてくるよな~」
「勿論です。初期装備のおかげでかなり軽量化してますから」
「じゃあこれでどうだ?」
ギルツさんは、乳首を触ると見せかけて、鎧の内ポケットからもう一つ指輪を取り出す。
そう、速の指輪だ。
まだ持ってたのかよ!
「なんで二つも‥‥‥」
俺は思わず質問してしまった。
「これを手に入れるの、苦労したんだぜ? この種類の指輪は小さいサーバーの中でしか手に入らねぇからな。‥‥‥簡単に言うと、別のプレイヤーから高額で買った」
マジか~。
「いいな~。ください」
もしかしたらくれるかもな。
「あほか、そんなの答えなんて最初から決まっとるわ!」
「え? 良いんですか。‥‥‥じゃあ条件はこの大会の優勝を譲るって事でOKっすか?」
お互いwin winの関係で行きましょう。
この取引ならどちらも良い思いをするはずだ。
「馬鹿野郎! 売る訳ねぇだろ!」
「えっ!?」
「えっ‥‥‥じゃねぇよ。逆によくその反応が出来るな、おい!」
長距離走大会の優勝と速の指輪。
同じ価値だと思うが‥‥‥。
‥‥‥まあ、もし逆の立場なら、絶対引き受けないがな!
だって優勝なんてどっちでもいいだろ。
じゃあなんで同じ価値って言ったんだよって話になる。
安心しろ、俺はほんの少しだけ頭がおかしいだけだ。
ギルツさんは俺にツッコミを入れながら別の指に二つ目の速の指輪を付けると、更に速い速度で走る。
当然の事、後ろについて行っているなう。
タッタッタッタッ
もう少しなら上げられそうだ。
相手が指輪で4000も敏捷を底上げしているとは言っても、まだ俺の方が速いのだろう。
だってまだ本気じゃ無いんだもん!
「‥‥‥お前、やっぱり敏捷の数値、偽ってるだろ!」
「ええぇ。い、い、い偽ってなんか無いですって。多分あなたが着用している鎧が重たいせいで同じくらいになっているんですよ」
「じゃあ、もう余裕が無いんだな?」
「はい。こう見えて大分必死です」
それを聞いたギルツさんは、更に更に鎧の内側から指輪を取り出す。
おいおいおい。
流石に多すぎだって!
何個持ってんだよ!
そろそろおかしいって
えぇーっと指輪が一つでステータスが2000上がる。
現在それが三つなので、合計で6000も上がってやがる。
狡猾じゃのぉ~。
民事裁判で訴えるぞ、こら!
ギルツさんは笑いながら再び指輪を別の指にはめると、更にスピードアップした。
タッタッタッ
俺はそれについて行く。
確かに速いのだが、本音を言うともう少しだけ余裕がある。
普通に計算してみると、仮にギルツさんの敏捷が17000丁度だと仮定し、そこに6000を足す。
すると最低でも23000はあるはずだ。
この時点で俺の敏捷を上回っているのだが、こちらの方が若干余裕がある所を見ると、やはり総重量がかなり関わってくるのだと判断出来る。
「ギルツさん‥‥‥もう持ってないですよね?」
俺は相手の横に並ぶとそう質問した。
流石にもう一つ使われたら勝ち目は無いだろう。
「!? お前、やっぱり数値偽ってやがったな! 17000でこのスピードについてこられる訳無いだろ!」
君は何を言っているんだ?
「偽ってないですよ。俺言いましたよね? 敏捷は17000以上あるって。‥‥‥つまり二万あろうが、三万あろうが嘘は言ってないと言う事です」
「こいつ、やたら口が回りやがる‥‥‥あ、やっぱりええわ」
「何が良いんですか?」
俺が不思議そうな顔をして聞いてみると、ギルツさんは無表情だ。
まるで台風の後に訪れる静寂みたいな顔だな。
「教えねぇ」
えぇぇぇぇ。
「気になるじゃないですか」
絶対押すなよ、って書かれてあるボタンを押したくなるレベルで気になるわ。
タッタッタッ
そんな会話をしながら壁に沿って曲がっていると、再び大声で実況が聞こえてくる。
『おぉっと!! トップのプレーヤー達が、最後の長い一直線に差し掛かりました。先に正門の前にあるアスファルトの地面を踏んだ方の勝利となります。今日はどうやら同レベルの二人がお互いを意識しながら競い合っている様子です! 他のプレイヤーを一切寄せ付けないその速度は、過去トップレベルかもしれません。
トップの一人は、やはり赤い閃光だ! そして驚きのもう一人、それは‥‥‥今日1番私をびっくりさせている人物、その名も地味男だぁぁ! 相変わらずの存在感! 街中で傍観している人々も「赤い閃光について行っているあの子‥‥‥誰?」や「‥‥‥誰もいないのかと思った」等呟いているぞ! 流石地味男だ!』
なんかこの実況‥‥‥悪意しか感じないわ。
気のせいかしら?
「お前、えらい人気じゃねーか」
まだかなり遠くにあるゴールを見ながら走っていると、横にいるギルツさんが笑いながら言った。
俺はにっこりと微笑んで答える。
「はい、てかギルツさんもかなり名が知れているみたいですし、人気者同士お互い頑張りましょう!」
相手は、その思考はどこから来るんだ? という感じの意味が込められていそうな表情をしてきたが、すぐに下品な笑いを浮かべ始める。
「へっ、悪いな。俺とお前じゃ相手にならねーんだわ」
「え? どういうこ‥‥‥まさか」
俺は疑問に思い、聞き返そうとした瞬間、相手が更に指輪を取り出している事に気付いた。
おいおいマジかよ!
「そのまさかだ。俺はまだ一つ隠し持ってたんだよ。じゃあな!」
相手は軽くそう言い残すと指輪を別の指にはめる。
そして体全身に赤い色のオーラを纏うと、一直線にゴールへと向かって行く。
物凄いスピードで、今の俺が全速力を出しても100パーセント追いつけないだろう。
それにあの赤いオーラ。あれは、加速した時の色だ。
くそー、加速まで使ってきやがるのかよ!
「‥‥‥じゃあ、つまり俺の‥‥‥勝ちだな」
俺はそう確信し小さく呟くと、とあるスキルを使用する。
その瞬間自分の体全身に青色のオーラが纏いだし、今まで感じた事のないくらいに周りの風、魔物の行動等が遅く見えた。
そう、新しく覚えていたスキルの一つ、【超加速】を使ったのだ。
使用するのは初めてなのでHPやMPの減り具合を確かめてみたい気持ちがあるが、生憎そんな暇はない。
俺は多少あるかないかくらいの焦りを感じながら、一目散に相手を追う。
まだそんなに距離は開いていないが、決して油断しない方が良いだろう。
タッタッタッタッ
自分でもびっくりするほど速い。
「うおぉぉぉらぁ!」
必死で目の前のやつを追う。
確かに物凄く速いのだが、相手も遅くはない。
だがこちらの方がある程度上回っているらしく、どんどんと距離が縮まっていく。
それと同時にゴールまでの距離も縮まっていく。
俺のあそこの長さも縮まっていく。
って、そんな事を言ってる場合じゃねぇんだよ!
マジで今、時間が足りねぇかもしれないのに。
「ちぃとばかし、まずいかもな」
下手したら負けるかもしれん。
『凄い、本当に凄いぞ!! トップの二人はどちらも色のついた何かを纏っていて、信じられないくらい速い! とても近距離での争いをしている為、どちらが勝ってもおかしくありません。赤い閃光が逃げ切るか、地味男が追いつくのか。
ゴールまでは残り僅かです! さあ、どうなる!!」
タッタッタッタッ
「おりゃー、もう少し、もう少しで追いつく!」
タッタッタッ
「!? しつこい奴だな‥‥‥おい、なんだその色!?」
ギルツさんが、少し後ろを走っている俺を見て驚いた表情をする。
この反応からして、超加速の事はまだ知らないのだろう。
俺は追いつこうと必死で走りながら答える。
タッタッタッタッ
「なんだその色って‥‥‥青色だよ!?」
「そんな事聞いてねーよ。あほか!」
タッタッ
「俺はあほじゃなくて馬鹿なんだよ! 考えたら分かるだろ」
タッタッタッ
「おぉそうか‥‥‥って同じじゃねぇか! やっぱりてめぇきちがいだわ」
「違う!! 精神状態が正常じゃないだけだ!! よく見ろよ」
タッタッタッタッ
「それをきちがいって言うんだよ、餓鬼が!」
「うるせぇ! 俺は悪いことをやって餓鬼道に落とされてなんかねぇよ! 常に枯渇に苦しんで無い事くらい、この体型を見れば分かるだろ!」
タッタッ
「お前‥‥‥やたら知識を持ってやがるな」
ギルツさんはゴールを見すえながらも、呆れたような表情をしている。
『ゴールまでは残り100メートルを切りました! 他のプレーヤーは今現在、最後の長い直線に取り掛かった所です。つまり優勝、準優勝はこの二人で確定でしょう。
二人はもうゴール寸前だぁぁ! どちらが先に入る?』
俺は自身のうるさい思考を黙らせ集中した。
正直横にいるギルツさんも、ほとんど視界に入ってこない。
ゴールしか見ていないのだ。
ダッダッダッダッ
『どっちだぁぁ!!』
タッタッタッ
「うりゃぁぁぁ」
「おるぁぁぁぁ」
ダッダッスタッ!!
アスファルトを踏んだ瞬間、草原とは違う音が響いた。
『ゴォォォル!! ほぼ同時にアスファルトへと足が付いたぁぁ!! 赤い閃光に地味男。どちらが速かったのか、私の肉眼では判断出来ませんでした。その為現在モニターでスロー再生をして確認をしております。結果の方は少々お待ちください』
見えなかったという事はかなりの僅差だったのだろう。
ゲームの仕様により疲労感は全くないのだが、俺はアスファルトの地面に座り込んでしまった。
隣にいるギルツさんも同じらしい。
なんでだろう、精神的に疲れたのかな?
にしても、どちらが勝ったんだろう。
僅差って言うより、全く同じタイミングでアスファルトを踏まなかったか?
俺は座ったままギルツさんの方を向くと話しかける。
「どうやら俺の勝ちみたいですね?」
すると何故か分からないけど睨まれた。
「あ? どう見ても俺の勝ちだっただろ! お前の目は節穴か?」
何言ってんだてめぇ。
「いやいや、俺の方が速かったですって」
「俺の方が速かったつってんだろ」
「いや、俺だ」
「俺だ」
「俺だ」
「俺だ」
「タカア〇ドトシかて!」
俺が思わずそうツッコミを入れると、ギルツさんは一瞬「ふっ‥‥‥」と笑った。
「あらっ。今笑いました」
「‥‥‥わ、笑ってねぇよ」
認めないスタイルらしい。
いや、普通に笑ってたから。
誤魔化しても無駄だぞー。
と、そこで実況の声が聞こえてくる。
『只今結果の方が出ました、それでは優勝者の発表を致します!』
お、来たな。
絶対俺の勝ちだったはずだ。
一瞬だが、リードしていた様な気がするからな。
読んでくださりありがとうございます。




