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第十四話【レベル上げ】

 正門の目の前くらいの場所に二人の男性が立っていて、ずっとこちらを見てきているのだ。


 そのうちの一人はなんか見覚えがある。

 そう俺達が外へ出る前に話し掛けてきた、全身鉄の装備で腰に剣を差していたあの優しそうな男性だ。


 もう一人の方は知らんが、似た様な格好している。

 まあ大方、俺が本当に敏捷が一万以上あるのかどうかを確認しに来たんだろう。


 そう考え、ダンゴムシ君から距離をとる事だけに集中し、あめと一緒に次々と討伐数を重ねて行った。


 約二十匹くらい倒した辺りで、あめのMPが残り少なくなって来たので、一度街へ戻る事にした。

 安全が一番だしな。


 正門を通る時に気付いたが、俺達を観察していたあの二人は、もうどこにもいなかった。

 結局何だったんだろうな。

 まあ、優しそうな男性はレベルが13あるとか言ってたし、かなり腕が立つ人なのだろう。

 そんな人達に見守ってて貰えてた俺達は幸せものだぜ!


 そういえばずっと戦っていて確信したのだが、あのダンゴムシ君、普通に遠距離の攻撃はして来ないみたいだ。

 早めのスピードでプレーヤーに近づき、噛みついたり、体当たりをしたりしてダメージを与えてくるという感じかな。

 つまり、俺達の敵じゃねぇ。


 スタッスタッ


「てかさ、宿屋ってどこにあると思う?」


 正門を抜け、人通りの多い道に入り掛かった所で、俺は後ろを振り向き質問した。

 未だにこの街の仕組みを全て把握できてない為、一度行った場所くらいしか分からないのだ。


「‥‥‥少し前に地図を見た限りだと、ちょっと向こうにある武器屋の横の曲がり角を右に曲がって‥‥‥しばらく歩いた所にあったと思う」


 あめは若干自信無さそうな表情をしながらそう言った。


「そっか、さんきゅー」


 俺はそう返事をすると、街中を歩き出す。


 あ、因みに今の俺達のレベルは、それぞれ9となりました。

 これって、まあまあ成長早い方なのかな?

 他の人の戦い方を覗いてみた感じ、防御力の高いやつが壁役をして、その間に他のアタッカーが剣で切り付けるっていう様な戦法がやたら多い。

 どうやらおんぶ戦法は全く使われていない様だ。

 特にダメージも受けないし、かなり効率が良いのにな。


 てかダメージで思い出したけど、そもそも布の服で外に出ているやつ、一人もいねぇ。

 みんなえぇ装備しとるやんけ!

 じゃあさ、布の服でここら辺の魔物とやりあっているのって結構すごい事なのかな?

 俺つえーなのかね?


「‥‥‥そういえば」


 宿屋を目指して人混みの中を歩いていると、あめがふと呟いた。

 俺は振り向くと質問する。


「ん? どうした?」


 おしっこにでも行きたくなったのかな?

 それとも、もう聖水が漏れちゃったとか?

 それとも、生理かね?

 正直に言いたまえ。


「‥‥‥私達ってお金が1ゴールドもないから、宿屋に泊まれないよね?」


 ‥‥‥。


「確かに」


 お金が全く無い事を完全に忘れてたわ。


「‥‥‥どうする?」


 俺は足を止めると一度考えた。

 必死こいて考えた。


「う~ん。アルバイトをする。もしくは、小さいサーバーの洞窟で手に入れた薬を使い、もう少し魔物を狩ってレベル上げをし、長距離走大会で必ず優勝する。くらいかな?」


 俺の提案を聞いたあめは、少し悩みながらも答える。


「‥‥‥後者の方が良いかも」

「そうか。じゃあ外へ出よっか」

「‥‥‥ん」


 という事でもう一度来た道を戻り、正門をくぐって外に出た。


 俺達は何の為に街の中へ入ったのだろう。

 それは誰にも分からないのであった。


 外に出て草原を見渡して見ると、先程よりもプレイヤーの人数が増えている。


 やっぱりパッと見、おんぶ戦法はいない。

 どうしてだろうな。


 やっぱりパッと見、初期装備はいない。

 どうしてだろうな。


 やっぱりパッと見、必ず壁役が存在している。

 どうしてだろうな。


「あめー」


 俺は草原の上を歩きながら話し掛けた。

 横に並んで歩いているあめは、俺に可愛い視線を向け、「‥‥‥ん?」といつもの反応をする。


「一旦この辺りで、お互いステータスを割り振っとこうか」


 そう、レベルが9になってから、まだ振っていないのだ。

 最後に使ったのが7レベルの時なので、残り2060ポイントある。


「‥‥‥あ、うん」

「それでさ、今回は残りのポイントを全部MPに振らないかね?」

「‥‥‥どうして?」

「いつ回復出来るか分からないし、なるべく増やしておいた方が良いと思う。その方がたくさん魔物を狩れるしな」

「‥‥‥なるほど」

「まあ。洞窟で手に入れた薬が全然回復しなかったら意味無いんだけどな」

「‥‥‥うん。でもそれが良いと思う」

「おう」


 俺達はそう会話をし、それぞれステータス画面を開いて、割り振った。


 俺は必死こいて悩んだ。

 長距離走大会が17:00から始まるし、攻撃力にも振っておいた方が良いかもしれんな。

 いや、防御力も必要かもしれんぜよ。


 俺は必死こいたと見せかけて、屁をこいて悩んだ。

 案外2060ポイントって色んな使い道があるんだよな。


「おし、俺は終わったぜ?」

「‥‥‥私も」

「あれ? 結構早いな」

「‥‥‥うん。MPに振るだけだったから。‥‥‥ひろとくんも相変わらず早いね」

「まあ、俺は攻撃力がどのくらい必要かとか色々試行錯誤しながら割り振ったからな」


 俺は親指を立てて、キメ顔をした。


「‥‥‥じゃあ薬を飲んでみるね」


 おーい。流しやがったぞ。

 何でだよ!

 まるで俺が嘘をついてるみたいじゃないか。


 あめは俺の返事を待たずにスカートのポケットから薬を取り出すと、蓋を開けて一気飲みした。

 ほう、中々ワイルドじゃねぇか。


「味の方はどうかね?」


 俺は飲み終わった直後くらいに聞いてみる。

 単純に感想が聞きたい。

 だってゲーム世界のポーションとかを飲むのって夢だったんだもん。

 今回は食リポで我慢してやるけどさ。


「‥‥‥なんか、青りんご? みたいな感じ。案外美味しいよ」


 あめは首を傾げながらも答える。


 青りんごか。

 なるほど、予想では不味く作ってあるのかと思ってたけど、普通だな。


 そこで気付いたが、あめのMPは満タンになっている。

 という事はこの薬にはMP全回復の効果があったのだろう。


「俺も飲んでみたいな~。で、MPなんだけど、全部回復してるよ!」


 それを聞いたあめはステータス画面を開く。


「ほんとだ。8160/8160になってる」

「めちゃくちゃ多いな。大体さっきの二倍か」

「‥‥‥ん」


 という事は、適正(大)が手に入ったのだろう。

 あれはそのステータスが+2000されるからな。


「これだけあったら結構レベル上げができるし、じゃあ行こっか」


 俺はあめをおんぶすると、再びフィールドを駆け回りダンゴムシ君を探し始めた。


 なんか、ほとんどのプレーヤーが俺達の事を見てくるのだが‥‥‥。

 ‥‥‥まあ、ほっとこう。

 大方、格好良くてハンサムでイケメンの俺が、まるでエベレストの頂上から眺める雲の海みたいに真っすぐで綺麗なJK(女子高生)をおんぶしている事が珍しいんだろう。

 どっちも布の服を着ていて、普通なら防御力が足りなさすぎてまともに戦えないらしいしな。


 あと、気づいた事がある。

 俺の移動速度、かなり上がってるんだが。

 まだ振り分けてから一度もステータス画面を見ていないから確信は持てないけど、【敏捷適正(大)】の更に上が手に入っている? 可能性がある。


 おかしいな、HPと攻撃力とかにもバランス良く振り分けているのにな。

 敏捷だけが上がっていると思ってしまうのは気のせいかしら?

 うん、恐らく気のせいだよね?


 俺は自分を正当化させていったのであった。


 その後、俺達はダンゴムシ君を約十匹ほど殺害した。


 俺のスピードが速すぎて無双状態だったぜ!

 そう、確かに楽に倒せるんだよ。

 だがな、レベルが上がらねぇ。

 もうダンゴ虫を倒すだけじゃだめなのか?


「あめさんや」


 俺は正門辺りの草原を走りながら、背中にいるJKあめに話しかけた。


「‥‥‥どうしたの?」

「もう少し遠くに行ってみる? ここら辺のダンゴムシちゃんを倒しても全然レベルが上がらないし」


 正直ダンゴムシ殿を倒すのは飽きた。

 そろそろ別のをくれ。

 俺は元々虫が嫌いなんだよ。

 多分普通の魔物だったらもっと行けると思う。

  

「‥‥‥確かに、今のひろとくんのスピードだったら大丈夫そうだね」


 そう会話をし、俺は始まりの町周辺から少し離れた所へと向かった。


 すると、かなり遠くにだんだんと森が見えてきて、その横には大きな川が流れている。


 草原が永遠と続いているんだと思ったけど、ちゃんと別の場所もあるんだなー。

 てっきりこの草原を十那由多キロメートルくらい歩かないといけないのかと思ってたぜ!


 まあ、この辺の地形もかなり分かって来た。

 正門から出てすぐは草原しかないが、約五分くらい俺の現在の速度で走ると森が見えてくる。


 真面目な俺は、まだ森に入らない方が良いだろうと考え、とりあえずこの辺りで魔物を狩る事にした。


 もう流石にダンゴムシ君は生息しておらず、ゴブリンのオレンジ色バージョンと、狼の二種類が不規則にうろついている。


「まずはそこにいる狼を倒してみよー?」


 俺は、草原を無警戒に歩いている白色の狼を指さして言った。

 あめは「‥‥‥ん」と頷き、魔法の詠唱に取り掛かる。


 と、そこで狼は俺達の存在に気付いたらしく、「ガルルルゥ」っと声を上げて走ってきた。

 いや、思ったより敏感だな!

 なんで気付いたんだよ!

 だが、遅いな。


 俺は横ステップで距離を取ると、他の魔物に近づかない様に十分気をつけながら走り回る。


 とそこであめの詠唱が終わりそうだったので、少しスピードを落としてあげたぜ。


「──火炎放射ファイアービーム!」


 ゴォォォォ!!


「ギャルルゥぅ」


 狼は、あめの炎を正面からまともにくらい、痛がった表情をしたが見た感じHPバーは五分の一程度しか減っていない。

 やっぱり街から遠くに来るほど敵は強くなるよな。

 だが勝てない相手じゃない。

 むしろ余裕があるくらいだ。


 結局俺達は、何の危機も迎えないまま、あめのMPがなくなるまで魔物を借り続けた。


 結果、今なら金利手数料込みで何と22レベル、そこから更に更に半額で、何と何とレベル11になります。

 つまり、今の俺達のレベルは11です。


 そして現在正門を通り、始まりの街に入っているなうです。


 タッタッタッ


「なんか疲れたな〜」


 俺はあめを地面に降ろしながらそう呟いた。

 あめはアスファルトに足をつけると、背筋を伸ばしてリラックスしながら答える。


「‥‥‥体力的には全然大丈夫だけど、精神的に疲れた」

「だな」


 このゲームの仕様により体力面では全く疲れないが、色々と思考するから結構辛いんだよな。


 やがて正門をくぐり抜けると、そこには数人のプレーヤーが集まっていた。


 良く見てみると、誰一人として金属の装備を身につけている者はいない。

 という事は、長距離走大会に出場する人達だろう。


「17:00になるまではあと二十分くらいあるのに、結構集まってるな」

「‥‥‥うん。‥‥‥みんなお金目当てで来ているのかな?」

「まあ、そうだろうな」


 一人一人を観察して行くと、ほとんどのプレイヤーのHPバーやMPバーが減っている。

 そこから推測できるのは、アルバイトでお金を稼ぐのが嫌だという事。

 俺もその一人だぜ。

 街中に貼ってあったアルバイトの求人票を見た限りだと、時給は大体400円くらい。

 でもそんなのに時間を使うくらいなら、レベル上げ等をして大会での勝率を上げる。

 そして優勝する事によって、一発でどんと手に入るというのを狙う方が効率が良いに決まっているからな。

 でも、確実に稼ぎたいならアルバイトの方が良いだろうが。


「‥‥‥もうここで待つ?」


 あめが上目づかいでこちらを見て来ながら聞いてきた。

 身長差により、必然的にそうなるのだ。

 ‥‥‥可愛い。


「そうだな。ステータスポイントも割り振っておきたいし、会話でもしながら待とう」

「‥‥‥ん」


 俺達は壁際に向かい適当に床へ座ると、それぞれステータスポイントを割り振っていく。


 まじで悩む。

 この大会はあくまでスピードが大事だし、攻撃力とか、HPに振っておいた方が良いよなぁ~。

 でも魔法防御力も捨てがたいんだよなぁ~。

 俺は2レベル分の2060ポイントに、人生の90パーセントを費やすくらいの勢いで悩み、必死で割り振って行った。


 やがて全てのポイントを降り終わると、一目散にステータス画面を開く。


────────────────────────────────────

Name ひろってぃー 男

Lv 11

称号 スピード馬鹿


H P 10/10

M P 10/10


攻 撃 10

防 御 10

魔 攻 10

魔 防 10

敏 捷 21870


スキル 【敏捷適性(小)】【敏捷適正(中)】【加速】【敏捷適正(大)】【緊急回避】【索敵(小)】【敏捷適正(超)】【超加速】【空中移動(Ⅰ)】


残りステータスポイント 0

────────────────────────────────────


 流石俺様!

 地球上に存在している、ヒッグス粒子の間合いレベルにバランスが良いぜ!


 てか、スキルがぼっけぇ~増えとるがな。

 でぇれぇ~、凄まじいのぉ~。

 この増え方はきょうていわ。


 ‥‥‥ん? 【空中移動(Ⅰ)】?

 超加速はまだ意味が分かるけど、なんだ空中移動って!?

 まあ、考えても分からないし試してみるか。

 百聞は一見にしかず。


 俺は早速効果を試す為にその場に立つと、頭の中で【空中移動(Ⅰ)】と思い浮かべてみた。

 しかし、何も起こらない。


「あれ?」

「‥‥‥ひろとくん。どうしたの?」


 あめが不思議そうな顔をして、こちらを見ている。


「いや、なんか空中移動っていうスキルを覚えてたんだけど、発動しようとしても何も起こらないんだよ」


 普通なら声が聞こえてくるはずなのに。


 これは始まりの街周辺でレベル上げ中に【緊急回避】というスキルを使ってみた時の例なんだけど、頭の中で思い浮かべたら、『MPが足りないため使用できません』って言われたんだよ。

 それはあめにも話しているから、知っているはずだ。

 あめは顎に手をあて、冷静に考えを述べていく。


「‥‥‥何も起こらないって事は、使用スキルじゃなくてステータスの適正みたいに‥‥‥潜在能力なのかな?」


 あーなるほどね。

 流石あめさんです。


「でもさ、仮にそうだとしてどんな感じで使うんだろう」

「‥‥‥分からない」

「うーん。‥‥‥まあ、ちょっとジャンプしてみるわ。もしかしたら空中で歩けるのかもしれないしな」

「‥‥‥ん」


 俺は心を無にしてその場でジャンプした。

 そして最高地点に到達し、重力により下へ落ちる瞬間、何かを踏みつける様な感覚を思い浮かべながら宙を踏んだ。

 するとそこには何かがあった。

 そう、宙にある謎の物体を踏みつける事によって、もう一段階上行けたのだ。


「おぉ!」

「‥‥‥わ、凄い」


 あめもそれに気付き、思わず声を出してしまった。

 俺は若干バランスを崩しながらも着地する。


 スタッ


「出来たな」


 案外あっさりと成功したぜ。


「‥‥‥うん。凄かった。‥‥‥それにMPバーが全く減ってない」

「え? マジか。じゃあこれが扱えたらかなり便利そうだな」

「‥‥‥だね」


 何回でも使用できるって良いな。

 これからはちょくちょく練習しておこっと。


 その後、俺達は適当に会話をして時間を潰した。

 開始時刻が迫ってくるごとに、だんだんとプレイヤーが集まってくる。

 そのどれもが軽量してある様な服装だ。

 何人かは俺達と同じの布の服を身に着けている。


 ‥‥‥大会開始時刻まで残り十分前。


「そういえばさ」


 俺は突然良い事を思いつき、隣に座っているあめに話しかけた。

 あめは視線を、格好良い俺に向ける。


「‥‥‥ん?」

「もし良かったらなんだけど。‥‥‥軽の指輪を貸してくれない?」


 体重が20キロ減ってくれたら、俺の総重量は30キロになる。

 そしたらかなりスピードが上がるだろう。

 このゲームは意外と体重がものを言うからな。


 あめもその事に気付いた様で、「‥‥‥うん。良いよ」と素直に呟き、薬指に付けていた軽の指輪を外す。


「ありがとう」

「‥‥‥ん。ひろとくんのお役に立てるなら」


 あめは指輪を俺の方に近づけてくる。

 俺は薬指を立てて待つ。


 あめは指輪を俺に近づけてくる。

 俺は薬指をあめに近づける。


 あめは何かに気付き、近づくスピードを遅くする。

 それに合わせて俺も薬指を近づける行為を止める。


 もう少しではめられる距離である。


「‥‥‥何してるの?」


 あめが目を細くして呟いた。

 俺は手を顔にあて、ふっ! と言う吐息を吐いた後、語り始める。


「我が妃よ。私は運命の相手に誓いの証をはめてもらうのを待っているのだ。いや、日本というこの国で互いを認め合い、結ばれ、そして交じり合うのは、この歳では早いと言う事実は理解し、心得ているのだ。しかし、我が妃が誓いの証をくださるのであれば、私は一切の否定をしない。むしろ歓迎だ。たった今、墓まででは無く、来世、いやその先の未来でもずっと一緒にいる覚悟が出来た。私は我が妃の勇気を振り絞り、不安に押し負けながらも伝えてくれたその想い、すべてを使ってしてでも受け止めてみせよう。だから、聖なる愛の証を私の指にはめておくれ」

「‥‥‥やっぱり貸さない」


 我が妃は指輪を私から遠ざけて行く。


「な、なぜだ?」

「‥‥‥そうやってふざけるから」

「わ、私はふざけてなんか─」


 私がそう反論すると、我が妃は下を向いてそれを遮るように喋る。


「─‥‥‥だ、大事な事は、普通のひろとくんで‥‥‥言って欲しい」


 ん?

 普通の俺で?


「つまりそれは、自分の世界に入らずに、指輪を受け取ってという事か」

「‥‥‥」


 あめは無言だ。

 何でだろう?

 ‥‥‥まあ、とりあえず謝っとくか。

 俺があめの機嫌を損ねたのは確かみたいだし。


「あ、ごめん」

「‥‥‥あのさ」


 俺が頭を下げて素直に謝ると、小さい声だが妙に圧力のある声が聞こえてきた。

 何故だか頭を上げられない。

 その為、俺は下を向いたまま答える。


「はい」

「‥‥‥私が言いたいのは、素直にひろとくんの‥‥‥き、気持ちを伝えて欲しいの」

「えっ?」


 どういう事だ?


「‥‥‥ひろとくんって‥‥‥いつも私の事がどうのこうのって、言ってるでしょ?」

「あ、うん」


 私は我が妃の事を──みたいな感じのは良く言ってるな。

 それが気に食わなかったのか?


「‥‥‥そ、そういう感情表現を言う時は、素の‥‥‥ままで言って欲しい‥‥‥かなって」


 その言葉に俺は顔を上げ、あめの方を見てみる。

 するとそこには過去最大級に顔を真っ赤に染め、震えているあめがいた。

 俺はかなりの罪悪感を感じながらも答える。


「素の‥‥‥俺で?」

「‥‥‥ん。‥‥‥べ、別にそういう表現は嫌じゃない‥‥‥から」


 なるほど。

 大体分かって来た。

 あめは、すぐにふざける俺の事が気に食わないんだな?

 つまり真面目に言えば良いと?


 途中、あめが俺に好意を寄せてくれてるのかと思ったりもしたけどさ。


 ‥‥‥冷静になって考えたらそんな訳無いよな。

 そもそも一緒に遊びだしたのは一日前だし。

 それに、こんな低身長で、太陽みたいにイケメンでもない俺の事なんか好きになる訳が無い。

 考えれば普通に分かる事なのに、あめの話し方や表情からして、少しだけ勘違いしました。

 でもそういう表現は嫌じゃないって事は、素の俺でそんな感じの事を伝えたら、一応は聞いてくれるって感じか。


 まあとにかく、あめもかなり困っている様だし、今後は一切我が妃とか言うのは止めとこう。


「あの、ほんとに申し訳ないです」

「‥‥‥ん」

「次からは、ちゃんと俺自身で伝えに行きます」


 ちゃっかり、また弄るアピールはしておく。

 本人も気持ちを伝えられるのは嫌じゃないらしいしな。


 結論としては、俺が自分の世界に入り込むのを止めれば良い。


 俺の発言に、あめは「‥‥‥うん」と呟く。


「あめ、じゃあ早速だが、俺に軽の指輪を貸して欲しい」

「‥‥‥」


 俺が改めてそう伝えると、あめは無言で指輪を再び俺の方に近づけてくれた。

 今度はちゃんと手のひらで受け取る。


「ありがとな!」


 軽の指輪を自分で薬指にはめながらお礼を言うと、あめは下を向いたまま少し微笑む。

 だが、俺にはその笑顔が少しだけ悲しそうに見えた。

 まあ、気のせいかもしれないがな。


『長距離走大会の参加を希望する方は、今からゼッケンを配りますので、なるべくお早めに正門前にお集まりください!』


 丁度指輪をはめ終わったところで、ふとそんな声が聞こえてきた。

読んでくださりありがとうございます。

次からは書き終わった後で投稿していくので、不定期更新となります。

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