第92話 甘えるのはそう、二人きりの時だけ
「う、ん......」
窓から射す暖かな陽の光と小鳥のさえずりで目が覚め......
「「「おおおおおおおおー!!!!!」」」
「っ!?」
......るわけもなく、
半寝半起の微睡みを吹き飛ばすような轟音が外から耳に飛び込んで来て、思わず飛び起きてしまう。
何事か!? と辺りを見回すと、そこは見知らぬ部屋の中だった。横を見ればステラとレヴィが穏やかな寝顔を見せて眠っている。あの轟音でも起きる気配は無い。相当疲れていたのだろう、今はそっとしておこう。
何の音だったのか気になり、ふかふかのベッドの横にある窓を開くと音の正体が分かった。
『此度、最もたる戦果を挙げた宮廷魔法使い、アステルを讃えよ!!』
「「「おおおおおおおおー!!!!!」」」
窓から少し身を乗り出すと、障害無くいくつかの人影が見えた。聞き覚えのある拡声された声に続いて紹介されたアステルと言う女性が前に出ると、先と同じかそれ以上の歓声と絶え間ない拍手が贈られていた。
どうやら先程の轟音は観衆達の歓声だったらしい。
あー、確か次の日に祝杯を上げるとかなんとか......え? 違う? 細かいことはいいんだよ。大体合ってるから。
昼過ぎまで寝ていたお陰か、体調は頗る良好である。窓をそっと閉じると、その反動のように部屋の扉が開かれた。開かれた先には、人数分のカップを乗せたトレイを器用に片手で持ち、可愛らしいフリフリが付いたエプロンをしたいつものラ・ビールがいた。
───人妻か? 後で聞いたところによると、アルテリアさんの私物らしい。破廉恥な。
「アスカ様! お目覚めですか? 温かい飲み物ですよ」
「ん、ありがとう、ラ・ビール」
顔に近付けると蜂蜜の甘い香りがし、躊躇わず飲むと、普通に舌を火傷した。
「あ゛っつ゛!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫、大丈夫......っ、すぐ治るか......ん?」
その時、ふと違和感を感じた。いつもならばこんな火傷など意識する間もなく癒えるのだが今日はどうだろうか。まだヒリヒリしている。焦った様子のラ・ビールに改めて問題ないことを伝えると、ホッとした様子でまだ眠る二人を起こしに行った。
普段の私ならば、火傷なんて気に留める間もなく治る、いや、そもそもこの程度の火傷なんてするはずもないのだ。だって毎朝今のようにラ・ビールが寝起きと共に湯気の立つ飲み物を作ってくれているから。熱いものを口に入れた時は、温かいと感じる温度しか感じていなかったのが現実だったのかと、今になって思った。
そしてこの状況はなんなのか、と考える。恐らくこれは「万能耐性スキル」が発動していないのが原因と思える。自然回復スキルも発動していないようで、すぐさま治る気配はない。
分からないことを考えていても始まらないので、ステータスを直に確認することにした。
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アスカ・ニシミヤ 女性 18歳
魔女
レベル148
状態:疲労「深刻」
HP73800/73800
MP64/126000
STR96100
VIT89710
《スキル》
火炎魔法Lv.10、氷結魔法Lv.10、旋風魔法Lv.10、地烈魔法Lv.10、聖光魔法Lv.10、暗黒魔法Lv.10、空間魔法Lv.10、破滅魔法Lv.10、結界Lv.10、万能耐性、回復魔法Lv.10、治療魔法Lv.10、鑑定Lv.10、魔力操作、魔力感知、気配察知、詠唱省略、縮地、剣術(短剣)Lv.2、体術Lv.4、幸運Lv.8、魔力急速回復Lv.2、自己再生、痛覚軽減、詐称、情報操作、身体強化Lv.10、調理Lv.6、手加減、思考加速Lv.8
《称号》
転生者、魔物の殺戮者、勇気ある者、魔王、旧魔王の友、リサーナの嫁、フラグ回収のプロ、天然の人たらし、脳筋、ドライアドの友、反逆者、残虐者、ドライな人、幼き竜鱗族の保護者兼愛人、酒豪、約束を護りし者、喰われし者、トラブルメーカー、竜王の友、破壊者、むっつりスケベ、無慈悲なる者、慈悲深き者、探索者、救世主、殺戮者、呪われし身、奪われし者、殲滅者、影の功労者、聖人、勝負師、憎まれし者、博愛主義者、極みを覗きし者
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久しぶりに見たステータスを前に、言葉を失う。まず何より変な称号が多数。特に「むっつりスケベ」ってなんだ! 不名誉すぎるでしょ!? いくつか重複してるようなのもあるし......。
だが緊急事態の今は称号なんかを気にしている暇はないので、称号については一旦置いておく。
問題は......現在の状態についてだ。疲労「深刻」とあるが、身体に怠さは無い。しかし、魔力の低さがその深刻さを表している上に、スキルの殆どが灰色に潰されていて、使用不可の状態にあった。
「うっ、魔法系は全滅か......。使えるのは、鑑定と気配察知、剣術に体術、幸運に調理に......思考加速? なんで思考加速は使えるんだろう?」
魔力を消費して発動するようなスキルは全滅であったが、何故か魔力を使いそうな思考加速は使える状態だった。
その他、魔導の極等の転生者特典についても同じく灰色になっていた。unknownすらもだ。
この事態をについて何か知っていそうなパンデミアさんを呼んでみようと異界を開こうと宙に手を伸ばしたところ、何の反応も起こらずに何も無い宙を空振りした。
「あっ、空間魔法も魔法だったっけ......。あー、もう、どうしたらいいのさ〜......」
こうなってしまってはこちらから呼び出すことは不可能なので、向こうから出てくるのを待つしか無かった。
私が自分のことなのに何も手出し出来ない八方塞がりの状態に悲観していると、ステラとレヴィが二人揃って大きな欠伸をしながらこちらへ寄ってきた。
「アスカ〜、眠い〜」
「......後、少しだけ寝させて」
そう言いながら、ラ・ビールから逃れるようにレヴィは私の肩に、ステラは私の膝上にしなだれかかってくる。
やれやれ、と思いながらカップに残る少し冷めた蜂蜜湯を吐息で冷まして飲む。
「アスカ様は優しすぎます。もうお昼なんですから起こしてあげてください。ご飯が冷めてしまいますよ?」
「それは大変だな! ステラ、起きろ! ご飯だぞ!」
「ご飯」の一言でレヴィが飛び起きる。その流れのまま、ステラを海老反りにさせながら無理やり起こそうとする。下手すれば痛いじゃ済まされない反り方をしているため、注意しようとしたところ、ステラはいつも通りの表情で眠たそうに答えた。
「......んむぅ、食欲、ないから......レヴィに、あげる」
うぉっ、ステラってば身体柔らかいな......。軽くホラーな感じで途切れながらも意思を伝えると、レヴィはすぐさまラ・ビールの方へと駆けて行った。
後で行く、と告げて膝上で干された布団のような格好をしているステラの腰付近を撫でる。
すると、くるっと身体が反転して腹筋だけの力でぬぅっと上体が起き上がり細い腕が私の背中に回され、ステラの顔が近付く。
いつもならばここでステラの唇が近付くのだが、今回は違った。ただ肩に顎を乗せて怠そうに「う〜」と唸るのだった。
風邪か何かと心配して背中を優しく擦りながら訊ねる。
「どうしたの?」
「......魔力が、回復しなくて本調子が出ない......あと、あの日」
どうやらステラも私と同じ状態らしい。そしてそれに加えて生理か......。今までの道中では、私の治療魔法や購入した薬等で症状を軽減していたが今回はそうはいかない。だって今はその肝心な魔法が使えなくなっているのだから。
ん? 薬ならあるじゃないか! そうだ、アイテムボックスは魔力を必要としないから問題無いかもしれない!
それに気付き、アイテムボックスを開くと目の前の空間に黒い穴が開く。アイテムボックスは無事だったみたいだ、良かった。
薬を渡して蜂蜜湯で飲ませる。ステラの分の蜂蜜湯を取りに行こうとしたら、私が飲んでいたのでいい、と言うので渡した。その際私がどこに口を付けて飲んでいたかを執拗に聞いてきたのはなんでだろう。もう何度もしてるって言うのにね。
「少し、楽になった、ありがとう」
以前と同様に次のステップ、治療魔法を待っている様子のステラに、謝りつつ私も魔法が使えない事を伝えると、
「それは、仕方ない。なら、我慢すればいいの」
「ごめんね」
「謝らなくていい。普通は、これくらいだから。......それに、今はまおーと状態まで一緒。お揃い、ふふふ......」
何やら不気味な笑い方をするステラ。
穏やかになるまで待っていると、突然部屋の扉が大きく開かれ礼服を着込んだ一人の女性が愚痴を零しながら入ってきた。
「ったぁ〜、つっかれたぁー! 全く、グレースのやつは話が長すぎる! ギラオスなんて必要最低限だったじゃん! それもそれで皇帝としてどうなのか不思議だけどさ......お腹空いたし早く着替えて──」
「あっ、アルテリアさんか」
「ん゛っ、アスカちゃん!?」
礼服を脱ぎ始めた直後、スラッとした体躯など嘘のような二つの山が盛り上がったように見えたため、入ってきたのがアルテリアさんだと気付いた。化粧も相まって別人のようだったためまるで気付かなかった。
そうなるといつものはスッピンという事になるのか......まさにファンタジー級の美しさだよ。前世だったらハンカチを噛んで泣いていただろう。
アルテリアさんは私に声をかけられるまで気付かなかったようで、下着姿で固まっていた。早く服を着てくれと思ったが、思い出す限りだとアルテリアさんっていつも下着姿のような記憶しかなかったからこれが普通に思える。
「こんな所でストリップショーはやめてよね。ステラの教育に悪いじゃんか」
「すとりっ......!? そ、そんなんじゃないわよ! そもそもここは私の部屋だし、寝る場所が無いって言うから貸してあげたんだから少しは感謝してよね」
あぁ、なるほど。ここはアルテリアさんの部屋だったのか。だから知らない天井だったのか。
「そんな格好してどうしたの?」
「さっきまで式典やってたんだけど、聞こえなかった? それに参加してたんだよ。偽装の付与された特注の礼服じゃないとクソジジ......もとい、院や教会のお偉いさん達の視線が気持ち悪いからね」
「偽装の、付与......?」
聞き慣れない言葉にオウム返ししてしまったが、それに答えたのはようやく現実に戻ってきた様子のステラだった。たぶん、あんな風に甘えてくるのは二人きりの時だけみたいだ。
「......付与、又の名を付与とも言う。特殊なスキル持ちが営むお店でしか買えないし、数も少ないから一般的には関係の無いお店だけど使う人は使う、みたいなお店。それも、ちょー高額」
「合ってるような合ってないような......。で、そこで私は偽装ってスキルをこの礼服に付与して貰ったの。すっごい高かったけどね」
「なるほど......これが本当の、偽乳ってやつか......」
「......私は、まおーの方が好きだよ?」
私がショックを受けていると思ったのか、ステラがフォローを入れる。寧ろそっちの方が辛かったりするのだよ......。
白粉や口紅を落とした後、いつものラフな格好になるアルテリアさん。ソファーにどかっと座り込むと、まだ愚痴を言い足りないのか次から次へと零れてくる。
「そもそも今回の件は全部アスカちゃんが倒したんでしょ? 遠くからでも見てたよ。あんな埒外のさらに外にあるような魔法を使えるのはアスカちゃんしか居ないしね。アスカちゃんのお陰で重傷者はいないもん、かっこよすぎるよアスカちゃん。まぁ〜でも、その立役者さんも先程まで寝てたようだしね、仕方ないね。
アステルも勲章押し付けられて、大分怒ってたよ〜? 今度会ってあげてね?」
「あ、うん」
アステルとは誰だ? と思いながらも、もしかしたら野宿だったところを拾ってくれたアルテリアさんの好意を無下にはしたくない。会うだけなら別に減るもんじゃないからいいだろう、多分。
「......と言うか、アルテリアはなんで礼服まで着てそれに参加してるの?」
「あれっ、言ってなかったっけ? 私はウィルガルム、ひいてはディアガルムでの第三席を担う権力者だからね。でもそれもウィルガルムの中だけなんだけどね。
それで、ステラちゃんはいつまでアスカちゃんに引っ付いているのかな......」
前からの口振りからしてそれなりの権力は持っているんだろうなと思ってはいたけど、まさか第三席、この街で三番目に偉い人だったとは。
もしかして私ってば、かなり失礼な態度を取っていたかもしれないな。
「うーん、それにしても、アスカちゃんの素顔ほんっとーに綺麗だよね。なんで隠してるのか不思議なくらいだよ。勿体無いなー」
「......私のモノ」
「......っと、取らないってば。
あ、そうだ、会うとか会わないとかで思い出した。あの子、えっと名前なんだっけな。ほら、宿屋の娘」
そう言えば、アルテリアさんの前では仮面のまんまだったっけ。まじまじと見つめて褒めちぎられるとなんだか小っ恥ずかしい。だんだん近付くアルテリアさんを遮るのはステラだ。鉄壁のガードだな。
そして何かを思い出したのか、よくある喉の下まで出てるのに、と言うやつをしてくる。助け舟を出してあげたくなるよね。
「セラ?」
「そうそうその子。その子にはもう会わない方がいいよ」
「えっ、どうして?」
折角出来た友人だ。なのに突然、もう会うな、なんて。あの後、お腹の傷の様子とかも治してあげたいんだけどな。それも今は無理だけど、必ず。
私の問いに、アルテリアさんは話そうか話すまいかと葛藤している様子だった。それを見かねたステラが答えてくれた。
「......セラの、お腹の傷。セラの両親が私達のこと探してるみたい。銀魔王に、娘を穢されたって。まるで荒唐無稽な話だけど、その他にも銀魔王を見た、とか、今回の騒動の原因は、魔物を連れてきたのは銀魔王だ、とか......まだそんなに大きくなってはいないけれど外に出歩くのは危険だと思うくらいには......」
「私もね、ギラオスに銀魔王は、アスカちゃんは悪くないって伝えたんだけど、あの脳筋野郎は『他の魔王達は動きを見せないのに、銀魔王の行動は不可解極まりない。安全と見なすことは無理だ』なんて言ってんの! やかましいわ、って魔法を使ってやろうかと思ったわよ、もう」
あの時は確かに傷痕が癒えるまで治すべきだったが、私はその判断を怠って傷が塞がって終わりにしてしまった。
姿を消した悪評高い「銀魔王」が消えて、愛する我が子に知らぬ間にそんな傷痕があるなんて、何かされたのかと恐ろしくなるのは分からなくもない。
だからと言ってこのまま放置するのも、セラの将来、お嫁さんに行く時とかも考えると逃げるだけでは責任逃れだ。
だがそれを成すにも魔力が回復してくれなければどうしようもない。何をするにもまず万全の体調でなければならないのだが......。
「それにね、アスカちゃんあれだけ派手にやっちゃったじゃない? そのせいか銀魔王を見た、みたいな証言がチラホラあって、グレースとかそこら辺が銀魔王の策略だー、とか言ってるのよね......」
「......それはいくら何でも、理不尽すぎる」
「仕方ないのよ、魔王ってのは存在そのものが脅威だからね。私も、アスカちゃんやパンデミアさんと会ってなかったら周りと同じだったかもしれないし......。それだけ、魔王って言うのは人々が恐れる存在なの」
自身の地位でもどうしようもない、無力からくる悔しさを言葉に滲ませるアルテリアさん。私は私達のために何かしてくれている、ってだけで嬉しいんだけどね。
だが、嬉しいだけでは何も解決しない。しかし、今の私には何も出来ないと言う現実を前に頭を抱えていると、待ちに待った救世主が顔を出した。
「おい、アスカよ。我は腹が減ったぞ? 飯はまだか。いつになっても呼ばれないので出てきてやったぞ?」
いつもは大食感で蟒蛇な我が家の問題児、だが今は八方塞がりを力技でぶち抜いてくれるような頼もしい存在が腹の虫を鳴かせて現れた。




