第85話 言葉の重み
「アスカ、ラ・ビールよ、外を見ろ。大量の飛行型魔物共がここ帝都を囲うようにして飛んできておるぞ。蛾種が六割から七割と言ったところか。偶々魔物の軍勢が迫ってくるなど有り得ん話だが、恐らくはこれも奴の......ネイの何らかの手引きによってだろうな」
パンデミアさんに促されるがままに外を見ると、下には宿屋の荒れ具合に集まった野次馬達で溢れていた。そしてその者達はまだ大量の魔物には気付いていないようだ。
実際、見えると言っても私達のような超人的視力を持ってしても米粒程度だ。それでも速度は大分速いようで、あと十分もしないうちに外壁まで到着するだろう。警報が鳴るのは後五分くらいかな。
......でも、私が聞いた違和感のある音は羽音ではなく、もっと気色の悪い音だ。そしてそれは遠くではなく近くで......
「ぅっ、あ゛っ、あ゛あ゛ぁぁぁぁっ!!!」
その時、眠っていたセラが体中から汁という汁を流し、白目を剥きながら異様な叫び声を上げた。その突然の異様な光景に私を含め全員がすぐには動けなかった。
しかし、それと同じくして、再びあの音が聞こえてきた。あの違和感のある音だ。それも今回はかなり大きな音だった。
私はその瞬間、音の正体......とまではいかないが音を発するモノに気付きセラに近付いた。そして痛みからか狂ったように藻掻くセラの身体を触診して違和感のある箇所を探す。
「見つけた......!」
腹部に妙な膨らみがあるのを見つけた。それが何かを判断している時間は無いと察した私は小さな声で一言謝罪し、その膨らみを肉ごと引きちぎった。
「パンデミアさんっ!!」
謎の物体をパンデミアさんに投げ渡し即座に回復魔法を使い傷口を治していく。無くなった肉や臓器の損傷も時間を巻き戻すかのように治っていく。セラは痛みで気を失っているが、呼吸は安定しているため問題はなさそうだ。
ラ・ビールよりもずっと治りが早いのは何か違いがあるのだろうか。そんな事を考えつつ、傷が完全に塞がったのを確認してから、謎の物体を持ったパンデミアさんへ振り返る。
「これは、魔物の卵であろうな。どう考えてもネイの仕業であろう」
謎の物体は既に大きな手のひらでミンチにされた後だった。
「ん、んぅ......アスカ......」
「まおー......元気無い?」
セラの叫び声で起きたのか、目が覚めたレヴィとステラが声をかけてくる。
そして相変わらずステラには隠し事が出来ないみたいだ。
気を失う直前の出来事を思い出したのか、痛む身体を少しでも動かして前に倒れ込むようにして声を荒げた。
「リサーナは!?」
「まおー、リサーナ......」
二人同時に質問してくるが、辺りに見知った顔が一つ足りない事に気付き申し訳なさそうに俯いてしまった。
私は、今回の出来事を踏まえて決断する。そしてその決めた事を皆に伝えようと、ラ・ビールとパンデミアさんを手招きして二人に近付く。
「......レヴィもステラもラ・ビールもパンデミアさんも。ありがとね」
「「「?」」」
「ほう?」
突然の感謝の言葉に戸惑う四人。それでも私は話を続ける。
「みんな、こんなにぼろぼろになっちゃうまで頑張ってくれたからさ。
......全部、私の無責任な言動が引き起こした結果なんだ。だから、ここから先は私一人で行こうかなって思ってる。勝手だと思われるかもしれないけど、これはもう、決めた事だし、これ以上みんなを傷付けたく無いから......。
そ、それにさ、みんなもさ、こんな私を見て残念だなって分かったでしょ? 失望したでしょ? 私は、強くもないし、寧ろ弱いくらいだし、何か出来るってわけでもないただの一般人なんだ......。
あ、えーっと、大丈夫だよ、ちゃんと故郷には転移使って帰らせてあげるし、なんだったらお金だってあるし......」
リサーナを誑かして、その時のノリで魔王と嘘をついて、守れもしない約束までして......。ただその場の勢いに任せて進んできたけれど、今までのツケが回ってきたと言うか......私は本当に何がしたかったんだろう。何も出来なかった。だから、最後くらいは彼女のために死ぬ気で頑張るってのも悪くは無いのかもしれない。
でも、なんでだろう。せっかく決断した事なのに、心のモヤモヤが一向に晴れる気配がない......。
私はだんだん自信が無くなってきて、俯きがちになってみんなの顔を見ることすら出来なくなってしまっていた。
暫しの沈黙が流れる。
意を決して顔を上げたその瞬間、
――パチン!
「っ......!」
予想だにしていなかった突然の頬への衝撃に対して私は目を丸くして驚いてしまった。
痛みは無い。でも、殴られた頬よりもずっと、胸の方が刺すように痛かった。苦しかった。
ステラが今まで見た事が無い憤怒と悲愴の混じった表情で、それをぶつけるように私に言葉を吐いた。
「まおーのバカ......!」
――ペチン。
「アスカのバカ!」
ステラに続いてレヴィが小さな手で頬を両側から挟んできた。
レヴィの表情は、小さくなる前のお姉さん然とした、叱るような暖かさを含んだ怒り顔だった。
「アスカ様は何も分かっていませんね」
ラ・ビールがそう言いながら私の手を包んでくれる。悪魔なのに天使のような穏やかな微笑みを浮かべる様子を見て、私の中でまた一つ、モヤモヤが晴れた気がした。
すると、今まで一滴たりとも流れる事の無かった涙が目から零れて頬を伝う。悲しかった時は流れないのに、嬉しい時は流れるなんて皮肉かよ、と思うと泣きながら笑ってしまっていた。
「ぁはっ、もう、みんなってば......」
それに釣られるように笑いが伝染していく。
パンデミアさんが、ご機嫌そうにこれでもかと私の頭をワシャワシャと撫で回してくる。
「まったく......お主はもう少し周りを頼ると言うのを覚えたほうが良いぞ? 何でもかんでも一人で背負ってしまうのはお主の悪い癖であるからな」
「それ、私が言いたかった」
「む? 早い者勝ちと言うやつだな」
「アスカのバカー!」
漸く、いつものペースを取り戻した仲間達......と私。楽しそうにはしゃいでいるように見えるが、ステラもレヴィもラ・ビールも疲労と体力・魔力の消耗故か動きにキレが無い。
今もこうして無理をさせていると思うと、たった今の選択は間違いなのかと不安になってくる。
そう感じさせない為にも、涙を拭う。
そんな私の内心を読んだかのようにラ・ビールが口を開いた。
「......相手に、自惚れるな、と言われたからですかね、そんな事を言うのは。全部聞いてましたよ。ですが、私から言わせて貰いますがそれは、勘違いも甚だしいですよ。
私達は――んっん。少なくとも『私』は、自分の意思でついてきているんですよ。そうでなければ契約までする必要がありませんしね。強さで選んだのではありません。アスカ様の人間性に惹かれての行動でありますよ」
ラ・ビールの言葉を聞くと、嬉しくて、感極まってまた泣いてしまいそうになる。せっかく今涙を止めたと言うのに。
ただの言葉なのに、それがたまらなく嬉しい。
すると、ラ・ビールに包まれている手とは反対の空いている手が握られた。手を握ったのは、僅かにムスッとした表情のステラだった。
「......まおーは約束した。それを反故にするのは許さない。だから、まおーが嫌だって、付いてくるなって言ったって私は付いていく。まおーが逃げたって、きっと、世界の果てまで追いかける。だから、だから......
私はずっと、ずーっとまおーと一緒がいい。
口下手で上手く伝えられないけど、私は何よりもまおーが......ううん、アスカが大好きだから、さよならなんて言わないでほしい」
ポツポツと口にしながら、段々と声が涙ぐみながら、最後には大粒の涙を片目から零しながら思いの丈を口にしたステラ。
ステラは口下手なんかじゃないよ。今の言葉でステラの想いは全部届いたもの。
右手にステラ、左手にラ・ビール。残ったレヴィはと言うと......
「アスカっ!」
ミサイル顔負けの突撃で首元に抱きついて来た。
両足で体をホールドされレヴィが体を固定する。いつにも増して近い顔と顔の距離。少し近付けばキスでも出来そうなくらいだ。
「アスカは強いぞ、弱くなんかない! だって私達を守ってくれたから。守るって言うのは、戦うことよりもずっと難しいからな。確かに、今回は怪我をして傷付いたけど、それも全部、アスカが治してくれるんだろ? だから私達は安心して戦えた。そばに居なくてもそうやって守ってくれてるんだ。だから、ありがとうな。
後は......えっとえーっと、ラ・ビールみたいに難しい事は言えないけど、私もステラと同じでアスカが大好きだ! 毎日が楽しいから、これからもずっと一緒だぞ!」
レヴィの真っ直ぐな言葉。レヴィにとっての守るという事がなんなのか、私がレヴィに教えられた。
やっぱり、今は小さい身なりだけど姉のような安心感がある。
私はいてもたってもいられず、三人を纏めて抱き締めた。
――身も心も暖かくなった。
「それにしてもアスカよ」
「なぁにパンデミアさん。今ちょっと大事な所だから」
折角のトリプルハグタイムなのに野暮なパンデミアさんが声をかけてきた。省かれてるのが寂しいのかな。
「がはは、すっかりいつものアスカではないか。
いや、なに、お主がリサーナを失ってもそこまで落ち込んで無かったのが気になってな。
リサーナがそばから居なくなってしまえば、お主は絶望して世界を滅ぼしかねない溺愛っぷりであっただろう? 見捨てた訳ではなかろう?」
なんか、ちょっと失礼な気がする。私はみんなを満遍なく愛すると誓ったからね。え? いつ誓ったかって? 今だよ今。たった今。
「......私も気になる。正妻の私でも気になる」
「確かに、具合でも悪かったのですかね?」
「んぅ? なんか考えがあるからだろ?」
私ってばそんなにリサーナにばっかり構ってたかな......。ちょっと反省。
と言うかステラはいつ私の正妻になったのさ。まぁ、みんなの事好きだし悪い気はしないでもないでもない。
「リサーナは私に言ったんだよ。堕とされる最後の時ね。声にはなって無かったけど、口だけを動かして、『たすけて』ってね」
私も口パクをして再現をみんなに見せる。
「ほう、では助けに行くのだな?」
「まぁね、だから言ったでしょ? これからって。伸ばされた手は掴む以外無いじゃん。助けを求められたら助けるのは当たり前。身内に限るけどね。
で、まずはあのド腐れ眼鏡ビッチ――ぉほん、通称ネイがどこに逃げたか探すところから始めないといけないんだよね」
「......おけ、そいつを殺すのね」
「私もそれに賛成です」
「んー、ネイ、ネイ......んー? 覚えてないけど面白そうだな!」
「がっはははは! 意味はよく分からんが良いニックネームではないか! これは傑作だな! がはははははは!!」
殺気立つ言葉が交わされ、リサーナ捜索奪還作戦の大まかな話し合いをした。五秒で終わった。
「リサーナ捜索! そして奪還! シンプルイズベストだよ!」
「「「おー♪」」」
楽しげな掛け声と共に拳を天に突き上げる。
それに続けるようにして、あちこちから警鐘が鳴り始めた。外では物見遊山していた野次馬達が警鐘に気付き慌てふためいている。
――魔物だ、大量の魔物の襲来だ!
――逃げろ! 女子供は優先だ!
――戦える者共は武器を取れ!
「ふむ、どうやら来たようだぞ。我はネイが嫌いだ。奴に弄ばれるのもな。我は行くぞ? お主はどうする?」
答えは聞くまでもないと言った様子で立ち上がるパンデミアさん。
「もちろん、セラ一家とアルテリアさんの街だもの。これくらいはしてあげようよ。
でもその前に、パンデミアさんはみんなをアルテリアさんの学校まで避難させるのをお願いしたい」
「し、しかし、私は......」
残った魔力の様子を確認し、大軍との戦闘は厳しいと判断したが、ラ・ビールは食い下がろうとする。
「......ラ・ビール、行くよ。私達じゃ、まだ行けない。まだ、ね」
「休むのも仕事のうちだぞ。自分を知るのも大事な事だ。私は私を知っているから、今の私は多分一匹倒すので精一杯だから休むのだ」
「うむ、そういう事だ。レヴィにしては良い事を言う」
「確かに、それもそうですね。少し焦っていたのかもしれませんね......」
パンデミアさんのツッコミに「何を〜!」と反撃するレヴィ。レヴィの言葉を聞いて納得したのか、ラ・ビールは深く頷き、セラを担ぎ上げ階段へと向かう。
「......まおー」
「アスカ!」
「アスカ様」
揃って振り返った三人が私を呼ぶ。
曇天の日でも雲が掻き消えるような笑顔を携えて。
「「「行ってらっしゃい」」」
「また後程な」
これはずるい。やる気元気が一瞬で上限を突破しそうな勢いだ。
私は小っ恥ずかしい気持ちを抑えて、片手を上げて答えた。
「行ってきます」
と。みんなの背中が階段へと消える。
パンデミアさんならセラ母とセラ父を見つけられるだろう。奥の部屋で気絶しているようだし。
それじゃあ、パンデミアさんが戻ってくる前に、もう一人話しておかなくてはならない相手がいるから、そっちと話を済ませておかないとだね。
私は開放的になった窓に手をかけもう一度振り返り、誰にも聞こえない声で、改めて呟いた。
――行ってきます。




