第71話 ウォータースライダー?いいえサーフィンです
「ぜ、絶対に手を離さないでくださいね!」
「手を離したら私達はここで死んでしまう。深い深い水の底で一生を終えてしまう」
死んでしまうって......水深一メートル程度で大袈裟な。
今はリサーナとステラの手を引きながら泳ぎ方を教えているところだ。
珍しくステラが慌ててまくし立てる姿は新鮮で、何度見ても飽きなさそうだ。
リサーナは水に顔をつけるのが怖いようで、なかなか上達しない。水着の二人が揃って慌てている姿というのは実に目の保養になる。
レヴィとラ・ビールは、パンデミアさんとアルテリアさんの二人と共にあっちこっちのプールで大騒ぎしている。
他のお客さんに迷惑かけてないといいんだけど......。
セラはと言うと、四人に付いて行ったと思うと、すぐに疲れた表情で戻ってきた。
セラは一般人だもんね。傍から見てもおかしな四人に合わせるのは体力的に見ても無理だったろうに。
今は私の出したパラソルの作る日陰の下でゆっくり休んでいる。
「がぼがぼがぼがぼ......」
「んぼっ、ま、まおー......短い間だっ、たけど......楽しかっ、がぼがぼ......」
「えぇっ!?」
休んでいるセラに目を向けていると、私の目の前で二人がどんどん沈んでいた。
私は大慌てで急いで浮かび上がらせると、二人はげほげほと激しく咳き込んでいた。
いけないいけない。ちゃんと泳ぎ方を教えてあげないと。
「うぅ、アスカ酷いですぅ......」
「人間は、水に、浮かない......」
「ごめんごめん。今度はちゃんと見てるからさ」
「絶対ですよ!」
「......人間は進化して陸で過ごすようになった。なのにどうして再び水に戻るような事をするのかが理解不能。だから私は休んで――」
ザッパーン!!
ステラが逃げようとしたその時、背の小さなステラが余裕で埋まるような大波がステラを襲った。
私とリサーナの二人は魔力障壁を強めて大波を防ぐ。
大波が収まると、私達の元へステラが死体のようになって流れてきた。
私はそっとステラを抱き上げる。ぐったりとした様子だが、外傷は無さそうだ。
「......」
「だ、大丈夫なんですか......?」
「うーん、大丈夫かな? ステラ大丈んむぅっ!?」
「はわわわわわ!?」
私がステラの顔を覗こうとした時、ステラの目がカッ! と開いて私の頭の後ろへと片腕を回し、躊躇なく唇を押し付けてきた。
その流れるような一切無駄のない動作により、私は回避行動を取る事はできなかった。
その間僅か一秒未満。
なんとかしてステラを引き剥がすと、ステラは湿った唇を舌でぺろりと艶かしく舐める。
「......ふふ。私を溺れさせたお礼はしかと貰った」
「全くもう......」
こんな昼間からステラは積極的すぎる。
でも私は野外ぷれいなんて変態みたいな事は興味無いのだ。いや、若干ある......これ以上はいけない。
そもそも私は男が、男性が......うーん、どうなんだろうか。前世も今世も男っ気無いしな。
そんな事を考えていると、大波の正体が顕になる。
「アスカ、アスカ! どうだ、凄かっただろ!」
レヴィが満面の笑みで泳いできた。
恐らくあの大波はレヴィがどこからともなく落ちてきて......飛び込んでできるような波じゃなかったもんね。
「ふはははは! レヴィよ、素晴らしき飛び込みであったぞ!」
「人いなくて良かったわねぇ。なるべくトラブルは起こさないでちょうだいね」
「パンデミアさんに投げてもらったのだ! こう、ぴゅーんって!」
やっぱりね。
飛び込みとかそんな次元じゃ無かった件について。
飛び込みの競技は確か飛沫を上げると得点下がるんじゃなかったっけ?
て言うかアルテリアさん一緒なら止めて欲しかったんですけど......。
「......まおーとキス出来た事は良かった。けど、波にさらわれた瞬間は死ぬかと思った。だから......お仕置き」
レヴィ達が犯人だと分かったステラは、不穏な空気を漂わせながら、空間収納の穴へと手を突っ込み何かを取り出した。
あぁ! それは雑貨屋さんで見つけた面白そうなマジックハンドじゃないか!
魔力を込めると自由自在に蠢くと言う見た目キモいマジックハンドを器用に片手に二本持って、レヴィへとジリジリと近付く。
ステラがどこか笑っているような気がするのは気のせいだよね。
でも密かに、Sっ気があるな、って思ってるのは内緒だ。
「な、なんだかステラの顔が怖いのだ......」
「ふむ。これは逃げなければだな!」
「え? 私も? 嘘でしょ?」
「......逃がさぬっ!」
三人を追いかけに、マジックハンドを片手に二本持ったステラはプールサイドを駆けて行った。
プールサイドって滑るから走ると危ないけどなぁ。
あ、ステラ滑った。言わんこっちゃない。
と思ったらマジックハンドを背後に向けて支えに使い、立体機動のような動きを見せた。
他のお客さんがその人間離れした動きに拍手を送ってるよ。なんかシュールな光景だね。
「アスカアスカ」
「ん? どうしたの? 疲れた?」
捕まったらあんな事やこんな事をされそうな鬼が向かっていった方向を見ていると、今まで静かだったリサーナにローブを引かれる。
「いえ、疲れたとかじゃなくてですね......あれを、やってみたいんです」
と、リサーナはある方向を指差してそう言った。
リサーナの指差す先には、大きな坂があった。
その坂を勢いよく水が流れ、そこを人が楽しそうに流れては下のプールへと次々と飛び込んでいる。
そう、ウォータースライダーだ。
この世界でもなかなかに立派なスライダーが造られている事に驚いた。
前世で数える程しか見たことのないスライダーと遜色ない出来である。
「そうだよね。折角来たんだし、遊ぼっか」
「はい! セラも誘ってきます!」
そう言ってリサーナは笑顔でパラソルの下へと向かっていった。
プールに来て泳ぐ練習ばっかりなんてつまらないもんね。やっぱり、遊ばなきゃだよね!
あぁ、そんなに急ぐとまたステラみたいにツルッと......
「きゃうっ!」
私は縮地を使い、リサーナが地面につく前に支える。
その反動で、ローブが勢いよく巻き上がる。
少し銀色の髪見えちゃったかな......と思い、辺りを見回すと、数人がこちらを見ていた。
特に女性からの視線が熱い。
「お姉様......」とか、「私も抱かれたい......」とか艶っぽい吐息と共に妙な事を言っている。怖い。
「あ、ありがとうございます......」
「プールサイドはなるべく走らないようにね」
そう伝えた後、手を繋いで二人でセラの元へと歩いて向かった。
「あ、アスカさんにアイリスさん。お二人も休憩ですか?」
「いいえ! セラさんも一緒に遊びましょう!」
最近、リサーナの偽名の存在が薄くなっている気がする。セラはリサーナの事知ってるけど、深くは聞いてこないから本当によくできた子だと思う。
可愛いしね。
楽しみが先行して説明の部分が抜けているリサーナに変わり、私が説明する。
「私もあれ気になってたんです。皆さんに合わせてたらあそこに行く前に力尽きちゃって......」
いや、セラは一般人だからね。リサーナも最近は駆け出し冒険者くらいの体力付いてきているし、他の皆は言わずもがなだし......。
でもまぁ、今日はゆっくりとスローペースで楽しみたい気分かな。最近はあんまり休む暇が無いからね。束の間の休息ってやつだよ。バカンスバカンス。
そしてさっきからリサーナがワクワクそわそわしているので早く行ってあげたい。
「私達はそんなに激しくしないから、セラのペースで大丈夫だよ」
「ありがとうございます。行きましょう!」
「さぁ、行きますよアスカ!」
十分に休めて体力が回復したのか、セラも楽しそうにリサーナと共に私の手を引く。
うむ。やはり美少女には笑顔が似合うね。
リサーナのパレオとセラのワンピースの裾が風に揺られてヒラヒラと舞う。
妖精のような二人に手を引かれて、私はウォータースライダーの方へと向かう。
きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!
と言う歓喜の叫びが上から下へと落ちていく。
かなりのスピードだよこれは。
落ちていく度に下のプールに水柱が立ち上がるような勢いだ。下手したら怪我人出そうだな......。
「あ、ラ・ビールが落ちてきましたよ!」
「――さま〜、アスカ様ぁ〜――」
皆が腹這いで滑っていく中、その人物はサーフボードに乗るように二本足で立って滑っていた。
声が近付いてきたと思ったらすぐに遠ざかっていく。
直後、目の前を滑っていった人物が下のプールに落ちて水飛沫が上がる......と思いきや、その人物は滑る勢いそのままに水面をアメンボのように両足で滑り、向こう岸へと辿り着いてポーズを決めた。
「ラ・ビールさんって、本当に人間なんですか......?」
いや、悪魔です。それもかなり上位の悪魔です。
そのラ・ビールは、周りの人達が拍手を送る中、それには一切目もくれず坂の中腹辺りにいた私達の元へと駆け上がってくる。
「アスカ様! 見てくれましたか! これ、すっごい楽しいですよ!」
「ラ・ビールかっこよかったです! アスカ、私も今のをやってみたいです!」
「いや、流石に危ないよ」
普通に、普通に滑りたい。普通に滑らせてください。ほら、セラもドン引きして......
「私にも出来ますかね......!」
目を輝かせていた。
珍しく大興奮するラ・ビールと、それに感化されてはしゃぐリサーナとセラ。
うーん、実にアクティブな面々だなぁ。
「まずはさ、普通に滑ろ? ね?」
「何を言っていますか! アスカ様なら私よりも素晴らしいものを見せてくれる筈です!」
お、おぅ......。
「いやいや、危ないし......」
「アスカが危ない時は私が助けて上げますっ!」
あぁ、可愛い。ギュってしたい。
「え、いや、でも......」
「アスカさん! 私達のサポート、頼みますよ!」
ま、任せんしゃい!
やってやろうじゃないの! やまとだぁましぃ、を見せてやるけんね!
「やってやろうじゃないのぉー!」
「是非!」
「流石アスカです!」
「安全面は確保されましたね!」
可愛い子がそうだと言えばそうなのだ。
可愛い子がカラスは白いと言えば、私は三千世界のカラスを真っ白に塗り潰す。
そんな私が、可愛い子......ましてや可愛い子達にせがまれて拒否する訳が無かろうが。
「さぁ! 行きましょうアスカ様!」
笑顔の三人娘に先導されて、私はウォータースライダーのスタート地点、坂の上へと向かう。
あぁ、どうしてだろう。やる気はあるのに足取りが重いよ。何でかなぁ......。
一番高いところへ着いて下を見下ろすと、他の人達が小さく見える。
「高いですね」
「あ! レヴィがステラに捕まってますよ!」
まだ追いかけてたんだ......。
リサーナって目、良いよね。動体視力もかなり。
「さぁ、行きますよ皆さん!」
ラ・ビールは下の景色になど目もくれず、いつでも準備万端のようだ。
リサーナとセラの足元にフロートボード、磁気浮遊をイメージしたような魔力障壁を作り出す。地面より数センチ浮かせて張るイメージだ。
世界の流れに乗る便利なのか不便なのかよく分からない魔力障壁だ。盾としては一切機能しないからね。
「バランスさえ取れれば、二人でも出来ると思うよ」
「や、やってみます!」
「こんなのどうやって作ってるんですか......。国のお偉いさんが知ったら卒倒しそうな魔法ですよこれは」
これだけ出来ても、基礎の魔力操作なんて全然分からないからね。
レヴィと同じだ。
「ひゃっほ〜い!」
ラ・ビールがハイテンションで流れる水へと飛び込んでいった。
最初は腹這いで、その後立ち上がるのがラ・ビール流らしい。立ち上がり方がまたかっこいいな。
「私達も行こっか」
「はい!」
「ドキドキしますね」
セラ、リサーナ、私の順に流れる。
二人は魔力障壁に、先に行ったハイテンションな悪魔と同じような体勢で乗り、水の流れに任せて滑り始める。
私はこの程度の流れなら、逆走だって出来るから普通に流れる。やろうと思えば逆立ちだってできそうだ。
リサーナは、少しふらついているが、もう少し水の流れが速くなれば姿勢が安定するだろう。
セラは、時々ぐらりとして倒れそうになるのを私は後ろから走って支えてあげる。
なんか、私だけ坂道を下ってる感じなのが少し寂しいな。
そして、二人は中腹を過ぎた辺りで感覚を掴んだのか、バランスが崩れることは無くなった。
不安げだった表情も今ではすっかり笑顔に戻ってスライダーを楽しんでいるようだ。
「こ、これはこのまま滑っていいのでしょうか!」
「向こう岸に着く前に飛び降りた方がいいかなー!」
「と、飛び降りるんですか!?」
多分、魔力障壁はこの水の流れの勢いのまま止まらなさそうだし。
なのでプールの中ほどまで来たら消して、風魔法か何かでクッションでも作ってあげればいいかな。
そんな事を考えている間にそのプールは目の前に迫っていた。
結局私は坂を凄い勢いで駆け下りてきた感じになってしまった。格好悪いな。
「ひゃぁぁぁぁ!」
「あ、アスカ、止まりませんよ!」
「ん〜、それっ!」
私は指を鳴らして魔力障壁を消すのと同時に、風魔法を使い勢いを弱める程度のクッションを作り出す。
すると、二人はそのまま空中で回転するように舞い上がった。
「っと、ほい!」
そこで、先に待っていたラ・ビールが二人を華麗にキャッチしてくれる。
連携プレーが決まると気持ちいいね!
「ふおぉ......!」
「す、凄い......!」
二人は今起こった出来事に感嘆の息を漏らしていた。
その後、我に返り二人で興奮冷め切らぬといった感じで話し合っている。
私はスライダーの最後の所で立ち止まっていると、後続も来そうで邪魔になりそうだったのでプールの水の上を歩いてラ・ビール達の元へ向かう。
これは水の上に結界スキルで私の足サイズの結界を作り、そこを歩いているだけなのだが、結界は半透明なので気付く人はあまりいないと思う。
私でも本当に足元にあるのか分からなくなる時あるし。
「もう一回やりましょう!」
「わ、私もやりたいです!」
「アスカ様、最後はまた私に任せてください」
三人の元へ到着すると、息付く間もなくもう一回と言われた。
「しょうがないなぁ......」
美少女三人にお願いされては断れるはずが無かろう。
むしろ私からお願いしたいくらいだ。
「お願いして下さい」ってね。
その後、ステラによりお仕置きを受けた三人が空腹を訴えてくるまで、ひたすら私達は滑り続けた。
うん、リサーナとセラのサーフィン技術はかなり上達したと思う。




