第67話 大円団以外は認めない
ま、まだ日曜日ですよ......。
「リサーナッ!!」
私は考えるよりも先に一歩を踏み出していた。手加減スキルのお陰か、床が少し捲れただけに留まった。
それでも、後ろにいたアルテリアさんはその時に出た風圧に直接当たったのか、気絶している。
「あ......アスカ......?」
「リサーナ、私だよ、分かる?」
「わ、私は......大丈夫、ですから......」
大丈夫な訳が無い。リサーナの体は左半身が黒く滲みながら褐色に変わっていた。
急いでリサーナのステータスを確認してみると、以前見た時とは違う部分があった。『覚醒』スキルがグレーから赤へと代わり点滅していた。これは一体......?
「アスカ様......」
「ラ・ビールなら、何か分かるっ? 魔族でしょ、悪魔でしょ!? 何とか、何とかならないの!?」
「......まおー、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるかっ! ――あっ、ごめん......」
「......まおー」
気が動転してしまいついステラに八つ当たり気味に当たってしまった。それでもステラは私の頭に片手を置いてしっかりと見つめる。
「アスカ様、聞いて下さい。これは恐らく何者かによる強制的なスキルの発動だと思われます。相手のスキルを相手の意思に関わらず発動させる魔法は心当たりはありますが......」
「どうして、そう思うの?」
「ステラさんが言っていました。スキルが、赤く点滅していると。そして赤く点滅している時は何者かによる強制的な発動と私は知っています。過去に、何度もやられましたから」
そっか。ラ・ビールは洗脳されて操られていたんだよね。私達の中で一番の博識者のステラもそんなスキルは知らなさそうだ。
「これ、強制発動じゃないか?」
「レヴィ、知ってるの!?」
まさかの所からの発言で私達は驚愕した。
「クリルが仲間に何かしているのを見た事があった。その時は、私がぶん殴って止めたんだけどな......。相手は苦しそうにしてたし、クリルは確かに強制発動って言ってたぞ」
「......と言うことは、術者がいる?」
ステラの言葉を聞くやいなや私は即座に魔力感知の感知範囲を最大まで広げて探し出す。探し出して、八つ裂きにしてぶち殺す。
魔法の反応、魔法の反応......いたっ!
「ここから南西に少し行ったところの空き家にいるっ!」
ラ・ビールに戦闘準備を頼み、ステラとレヴィにリサーナを見ててくれるように頼む。
「ありがとうレヴィ、ステラ。リサーナと待ってて」
「絶対に、絶対の絶対にリサーナを助けるんだぞ!」
「死ぬ方が楽だと思える程痛めつけてきて」
アルテリアさんはまだ気絶している。放置でいい。
私とラ・ビールは窓から隣の屋根へと飛び移り一分もかからずにその空き家へ辿り着いた。
音を立てずに中へ侵入する。このまま進んで二つ目の部屋にいる。
部屋の前に立つと、無詠唱で氷結魔法を発動させて床を凍らせる。空気中の水分を凍らせる際に移動させた熱により、空き家の一部から火が出る。それを他の場所から水を作り出して鎮火する。
すると中から「な、何事っ!?」と言う男性の声が聞こえてきた。
私とラ・ビールはドアを突き破り中へ入ると、そこには突然足元が凍り付いて動けなくなった一人の男が青ざめた顔をして立っていた。
いや、太腿まで凍り付いているから膝を曲げることすら出来ないんだけどね。
「な、な、な、ななななな......あ、悪魔!?」
「誰に何を吹き込まれた? 言え」
「ひ、ひぃぃぃぃっ!」
男はラ・ビールを見て戦く。次に私が質問すると、男は恐怖からか股の間から生暖かい液体を垂れ流した。
何なんだこの世界の男達は。私を見ると失禁するのか? 死ねばいいのに。
徐にラ・ビールが男に近付いて行くと、耳元で何かを囁いた。それを聞いた男はどんどん顔色が悪くなっていき、最終的には
「しゃ、喋る、喋るから! だからどうか、身内に手を出すのは、お、俺の命だけで助けてくれっ!」
なんて言って命乞い、他人の命乞いをしてきた。
ふむ、昔の反逆罪は一家総員皆殺しが行われていたそうだね。だからと言って私がやるなんて事は無いけど。興味も無い。
「早く喋れ。喋らないのなら三秒経つ事に指が無くなるからね」
「しゃ、喋るから! 喋る、ひぎゃぁぁぁぁぁぁあ!!」
早速三秒過ぎたからまずは右手の親指を捥いだ。
馬鹿なのかコイツは。さっさと喋ればいいものを。こんな事をしている間もリサーナが苦しんでいると言うのに。
それにしても悲鳴がうるさいな。近所迷惑だぞ。
私は簡易の異界を作って防音代わりにする。
「ぁ、あぁぁ、あ......」
「はいダメー」
「ぎゃぁぁぁぁあっ!!」
悲鳴を上げるだけじゃなくてさっさと答えろよな。
「アスカ様、魔法の反応は無くなりましたよ。恐らく強制発動は消えたかと」
「あ、本当だね。じゃあさっさと吐いてもらわないと」
「はぁっ、はぁっ......」
親指と人差し指が根元から無くなった未だ流血の続く右手を抑えて恐怖を孕んだ目で私達を見る男。
「誰からの命令?」
努めて笑顔で質問する。仮面を被っていても私の笑顔と言うのは周囲に分かるのかな。
「お、俺は雇われただけで、珍しい強制発動の魔法を持っているからってだけで変な奴に雇われて、簡単な仕事だけど、成功すれば、金貨百枚だって言うから、来たって言うのに......」
「誰からの命令?」
「質問に答えろ」
今度は呆れたように質問する。なんで聞かれた事に答えられないのだろうか。脳味噌詰まってんのかこいつ。
「わ、分からねぇ! でも、奴らが話してるのを聞いただけだが、チックって奴らしい......」
「チック、ね。それじゃあ、次は貴方の身内の住む場所を教えて?」
「み、身内には手を出さねぇって話だろ!?」
いや、私は約束なんてした覚えないし。
「帰すだけ帰すだけ。私達ってば親切だから」
「そ、そうか......? は、早く帰してくれっ! ウィルガルム西区三十五番地の三つ目の角を曲がった場所だ!」
「もっと簡潔に」
「ひぎぃあぁぁぁぁっ!! うっ、うぅ、西に少し進んだ所にテントが張ってある。そこが、俺の住むスラムだ」
細かすぎた説明だったので右手の中指を捥いだ。
とりあえずラ・ビールに調べてもらうと、西区は貧相区画でスラム街の密集地だそうだ。
「いいよ。帰してあげる。死体でね」
「へ......? なっ、や、やめ......」
「破滅魔法、『破魂』。魂よ、この世から滅せよ」
何故かこの魔法だけは短いながらも詠唱っぽいものを言わなければ発動出来なかった。発動すると同時に急激に魔力が減り始める。
66666もの魔力を消費すると、発動した。六が並ぶと不吉ってどこの世界でも同じなのかな?
魂を使うとか言っていたけれど、消費する魔力の量が他のものとは桁違いだから魂の存在を使って発動するのだろうな。
両手を男に向けて翳すと、男の足元に血に塗れた魔法陣が浮かび上がった。
「い、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!」
すると突然男は何かに取り憑かれたかのように、気が狂ったかのように喚き出した。
直後、魔法陣から言葉に出来ない程凄まじい怨嗟の叫びの数々が響き、白い無数の怨念達が男に纒わり付いていく。
「あ゛、あ゛、あ゛、あ゛......」
男は白目を剥いてビクビクと痙攣を始めたと思ったら、一瞬にして体が弾け飛んだ。
こちらに飛んでくる血や肉片はラ・ビールを抱き寄せて魔法障壁を出して汚れるのを防ぐ。
「はぁ、掻き集めるの面倒だね。汚れるの嫌なんだよねぇ」
「分かります。血肉の汚れってなかなか落ちないですもんね......」
愚痴を零しながらも最終的に氷結魔法に統合された水魔法で全て一箇所に流し集め、それを布に包んでスラム街の適当な場所に置いてきた。金貨数枚と合わせて。
金貨数枚はスラム街の大人の生涯年収だそうだ。貧富の差が激しいなぁ。
私とラ・ビールが出てから今ので凡そ三十分程度と言う所か。私の転移でリサーナの元へ戻る。
「リサーナは......!?」
「シー! 静かにだぞ」
「......ん、この通り」
「むにゃむにゃ。えへへ......アスカ、大好きですよぉ......」
そこには肌の色も元に戻りいつも通り気持ち良さそうに眠るリサーナの姿があった。
「良かったぁぁ......!」
「やりましたねっ」
皆で眠っているリサーナを起こさないように静かにハイタッチをする。
私達は安堵から、極度の緊張から解けた弾みで急激に睡魔に襲われた。次から次へとベッドに横になっていく。
私も凄く疲れた。疲れたけれど、リサーナが無事で本当に良かった。
「リサーナ......」
私はリサーナの横に寝転がり、そっとリサーナを抱き寄せる。念のためステータスを確認すると、覚醒はグレーに、元に戻っていた。
私はそのままリサーナを抱いたまま瞼を閉じる。
何か忘れている気がするけれど今はただリサーナが無事だった事の喜びを噛み締めていた。
あ、アルテリアさんの事忘れてたわ。
うぅ、体が重い。
身動きが取れないよ......。
もしかしてこれが『破滅魔法』の反動なのかな。普通に切り刻むだけにしておけば良かったな。
それにしても本当に重い。まるで誰かに乗られているような......。
「う、うぅーん」
「......ん、起きた」
「おはよーアスカー!」
「アスカ様おはようございます」
寝惚け眼を薄らと開けると、私に跨るレヴィとステラと目が合うと挨拶を投げかけてきた。それに気付いたラ・ビールもフヨフヨと浮いて挨拶をしてきた。
「ん、おはようレヴィ、ステラ、ラ・ビール」
「アスカおはようございますっ。ステラさんから話は聞きましたよ。本当に、ありがとうございました......」
堅苦しい感謝の言葉を並べたリサーナが三指をついて頭を下げた。その際に長い髪がファサッ、と揺れた。
私は流れるような動作でレヴィとステラを下ろしてからそっとリサーナを抱き締める。
「どこも異常はない? 痛い所とか、気になる所とかもない?」
「んんっ、苦しいですよ〜。それに、アスカが助けてくれたんですから、そんな所ある訳無いですよ」
確かに。リサーナの言う通りだな。リサーナの身体の事で知らない事は無いからね。
「本当に、無事で良かった」
「で、ですから苦しいのですよ〜!」
リサーナの元気そうな姿を見て、私は再び強く抱き締める。これ以上強く締めると鯖折りになりそうなくらい柔らかくて細い身体。
今日はリサーナが離せと言うまでずっと抱き締めていよう。
当の本人も苦しいと言いながらも満更でも無さそうな表情だし。
「......ねぇねぇ、私の事忘れないでよ」
リサーナの無事を祝っていたのに、突然変な横槍が入った。
「アルテリアさんまだ居たの? もう帰った方がいいよ。学校始まるんでしょ?」
「それも、そうなんだけどさ......」
忌々しげに私はアルテリアさんに帰りを促す。もちろん、リサーナに抱きついたままだ。
「学校って、どうやって行けばいいの?」
「「「「「は?」」」」」
全員揃って呆れた視線をアルテリアさんに向ける。
学校長が何を言っているんだ。自分の学校のある場所も知らないのか。
「セラに連れてってもらえばいいんじゃないか?」
「おぉ、レヴィナイスアイデア。そうだね、それがいい。早く行ってきなよ」
何度も言うが今日はリサーナから一ミリも離れる気は無い。
「いや、ほら......生徒に案内される校長とか都市伝説になりかねないと言うか......。と言うかアスカちゃんなら一瞬でしょ? ほらほら、パパッとやってよー、お願い!」
「はぁ? 嫌だ。転移ならアルテリアさんも自分で使えるじゃん。それで帰ればいいじゃん」
「私は学校内でしか全力出せないんです〜。そんな簡単に転移なんて使えるわけありません〜。アスカちゃんのケチ〜。もう次に学校で悪い事仕出かしたら本気で迎え撃つからね!」
ん? 学校内でしか全力出せないってどういう事だろう。
私の疑問を感じたのか、ステラが説明してくれた。
「......国の上層部の限られた人達は、土地と契約する事が出来る。例えば、王は城の構える土地と契約する事で城内なら通常の五倍くらいの魔力が使えるようになる。多分」
「そうそう! よく知ってるね。私ってば国の上層部! の、限られた人! だから、学校の土地と契約したの。でも私は元々常人よりも遥かに多い魔力があったから外では弱体化されちゃうみたいなんだよね。契約書読んでなかったから後になって気付いたんだよ......本当、騙されたって感じ......」
やっぱりこの人アホだよね。
土地と契約なんて出来るんだ。暫くは何処かに定住する事は無さそうだから特に考えなくていいかな。
でも弱体化してても三十五階層のキメラを普通に倒せるんだから、アルテリアさんってやっぱり凄いのかもしれない。
「それに、私が学校内に居ないと学校に入れないんだよねぇ。臨時休校とかになったら大変だなぁ。あぁ、大変だなぁ......!」
大変だ、と言いながらチラチラとこちらを見てくるのが不快だ。
仕方が無いので送るだけなら良いかな。でもタダ働きってのも尺に合わない。
「いいよ、送ってあげるよ」
「本当っ!? やったありがとアスカちゃん大好――」
「ただしっ! 私の働きに対して何か褒美を与えてくれるなら、いいでしょう」
喜んで飛びかかってこようとした所を、その大きな胸を弾いて私は大いに上から褒美を欲した。私は私が優位な時はとことん態度が大きくなるのだ。
「うぅ......。今私が上げられる物なんて私の身体くらいしか無いよ......?」
「要らない」
「冗談だったけどそれはそれで悲しいっ!!」
そんなでっかい物なんて邪魔なだけだ。決して負け惜しみなんかではない。ないったらない。
それに私が欲しいのは物ではないのだ。
「私と、レヴィ、ラ・ビールの三人に、魔力操作の勉強を教えなさい、ってのでいいよ」
「昨日は断られちゃいましたけど、学校長ならそれくらい簡単ですもんね。流石アスカ様です!」
「それも嬉しいけど私はお腹が空いたんだ......」
ふははは! もっと褒めていいんだよ!
レヴィにはこっそり作っておいたコカトリスさんの燻製を渡してあげた。酒のつまみに丁度良いのだ。
「いや、悪いんだけど他の頼み事にして欲しいんだけど......」
「駄目ですッ!」
「だ、だって魔力操作の授業には特別なお客様がいるし......」
「授業を受けるんじゃなくて、アルテリアさん自身に教えて欲しいの。なんなら昨日のあのお庭でもいいけど?」
「いやぁ、すっごい教えて上げたいんだけどさ、私今日は魔力操作の授業で特別講師する予定なんだよね。だから、他のご褒美でいいかな? いいよね? お金なら腐る程あるし......」
アルテリアさんがそう言うと、見るからにレヴィの機嫌が悪くなっていく。
これは決して空腹だけではないだろうな。
「......まおー、ご飯にしよう」
「わ、私もお腹空いたです!」
「ほら、レヴィさんご飯食べに行きましょうか!」
三人がどこか焦るようにレヴィを階下の食堂へと向かわせる。
これ以上は無理そうだね。屈辱的で嫌だけど、やっぱりパンデミアさんに頼むしか無さそうだ。後で探しに行こう。
「......じゃ、そういう事で。送るだけはしてあげるよ」
転移を発動させて私とアルテリアさんは学校前に出る。そしてすぐさま私はアルテリアさんを置いてリサーナ達の元へ戻る。一瞬でもリサーナから離れてしまったから一秒でも早く戻りたかっただけだ。
その日の朝食、レヴィはいつもの倍以上食べていた。ヤケ食いってやつだね。セラは今日は朝早くから学校に行ってしまったらしい。レヴィの食いっぷりに驚きながらも女将さんが教えてくれた。
「そう言えば、明日が宿泊予定日最終日になるけど、延長はするかい? アンタ達ならいくらでもいてもいいんだけどね」
語末に「騒がしくて楽しいからね」と付け足して教えてくれた。
そう言えばそうだったね。
今日はパンデミアさんを探しに行って、明日はステラと約束した皆と街中をブラブラしたいからね。
一応もう一泊追加しておく事にした。
「あい分かったよ。帰る時になったら、セラにも挨拶してやってあげてね」
「はい、もちろんですよ。あ、そうだ女将さん。ウィルガルムでここは行っておいた方がいいって場所はありますか?」
「そうだねぇ、皆で行けるような所なら『水遊場』って言うこの暑い時期にぴったりな場所が南区の歓楽街の一際大きい所にあるから、行ってみるといいよ」
水遊場、か。名前と時期的に考えるとプールかな?
面白そうだ。折角だし水着もちゃちゃっと作ってしまおうかな。リサーナにはどんなのがいいかな......。
情報をくれた女将さんに感謝を告げると、明日はセラに休みを取らせるから一緒に連れてってくれと頼まれた。こちらから頼みたいくらいだったのですぐに了承した。
仲良くなったんだから、思い出の一つや二つ欲しいもんね。
私達は部屋へ戻り、どうやってパンデミアさんを見つけ出すかの作戦会議を始めた。
あの人、姿も消せるし魔力の放出も殆ど無いから見つけるのに一苦労するんだよね......。
見つけ出したら目の前で高い酒を飲み干してやろうかな。




