第66話 不幸は続く何処までも
嫌な予感って言うのは何故か毎回当たるものですよね。
「話を最後まで聞いて欲しいんだけど......」
「嫌だ」
メルガスの第三迷宮二十九階層目。
以前来た時はみんな大好きコカトリスさんが蔓延っていた階層だけど、今では小型の魔物が少しいるだけだ。
私達がここに来る前に、誰かが通った跡のように中型の魔物の死骸が端っこに置かれているのが見えた。
「ここ何処なの?」
「迷宮ですよ」
「へぇ、迷宮ね......迷宮!? 迷宮ってもしかしてメルガスの......?」
「はい」
何をそこまで驚くのだろうか。転移なんてアルテリアさんの前で何回か使っているんだし、アルテリアさん自身も使えるんだから驚く事もなかろうに。
「やっぱりアスカちゃんってぶっ壊れてるわ......」
失礼な。
アルテリアさん曰く、転移は移動する距離に応じて必要な魔力が変わってくるそうで、アルテリアさんの全魔力を使ってもウィルガルムからメルガスの半分も行けないそうだ。
そう言われると確かに今までの転移で一番魔力を使った気がする。
「そんな簡単にほいほい移動出来たら馬車の必要も無いでしょ......」
言われてみればそうだ。私みたいに簡単に移動出来てしまうなら転移魔法陣でも作って馬車の必要性も無くなるもんね。
そもそも、それはこっちの世界の問題だから私には関係無いもんね。私はリサーナとうちの子達の為に力を使うだけ。
「さっさと行きますよ」
「え、もう? 何も準備してないよ?」
アルテリアさんはずっと薄いネグリジェ姿だ。これ以上迷宮に似つかわしく無い格好があるだろうか。
「そんな格好している方が悪いんですよ」
「だってこれしか持ってないし......そもそも私の昼寝の邪魔したのはアスカちゃん達の方何だけどなぁ......」
勝手に勘違いして勝手に追いかけてきたのは貴女ですけどね......。大きい子供ですか貴女は。
仕方ないので私は適当にアイテムボックスから服を取り出す。
「あ、ありがとう......」
即席の更衣室を地烈魔法で壁を出して作り出す。土魔法と比べると、煉瓦のような感触がした。土っぽかったのが進化している。面白いな。
着替え終わったようなので魔法を解くと、そこにはピチピチの、先程の格好よりもいかがわしい姿のアルテリアさんが服の端を押さえて立っていた。
「えっと、その......胸が、苦しいんだよね......」
「......」
私は目を伏せて拳をプルプルと震わせる。
いつの間にか近付いていた小型の魔物が背後から私に飛びかかってきた。
「ちくしょぉぉぉぉ!!」
「ぎゅぇっ」
怒りに身を任せて振り向きざまに右ストレート。
魔物は変な断末魔を上げて緑色の血液を撒き散らしながら壁に突き刺さった。
「ふぅ。先行くよ」
「えっ、私この格好で? 嘘でしょ......」
二十九階層から降りていく際も、常に恥ずかしいだの胸が苦しいだのうるさかったので長めのローブを渡した。
誰も見てないでしょうが。あぁ、リサーナ達に早く会いたい......。
「ここ何階なの? さっきから魔物が小型しか出てこないけど」
現在三十四階。前回来た時に次の階層の三十五階層からキメラが出てくると聞いたので今回はその犬で実験したいと思っている。
だが、アルテリアさんの言う通りここまで小型の魔物しか潰していない。時々死骸が道の端に転がっているため、何者かが少し前に通り過ぎた後のようだ。
曲がり角に差し掛かった時、何処からか戦闘音が聞こえた。
「今の聞こえた? 誰か戦ってるのかな。話し相手になってもらおーっと。アスカちゃん塩対応でつまんないしー」
「あっ、ちょっと......」
誰かと関わっちゃうと実験も遣り難いのだけれど......。この際だしアルテリアさん放置して先に行こうかな?
「な、何これ!? きゃー! 待って待って、アスカちゃーん!!」
魔法が放たれるのを感知した直後、曲がり角の先からアルテリアさんの悲鳴が聞こえた。曲がり角からアルテリアさんが半泣きになって走ってくる。アルテリアさんに続いて数名の男女が光魔法のランプを翳しながら付いてきている。
アルテリアさんが走る度にその暴力的なまでの双丘が揺れる。それはもう揺れて揺れて隣を走る男性が前を見ないで走っているくらいだ。
その集団を追いかけるようにして迫るのは大量の人間サイズ――中型魔物のトカゲだ。立派な脚で二足歩行して追いかけて来ている。
この数なら魔法で簡単に処理出来るのだが他人の目があって使いにくい。銀髪の魔王様もなんか凄い魔法使うらしいし誤解されたくないもんね。
魔法使わないで肉弾戦か。手が汚れるのが嫌だから武器が欲しい所だ。
私はアイテムボックスから一本のナイフを取り出す。凄い良く切れるナイフだ。折角だしどんなナイフか知りたいので久しぶりの鑑定をしてみる。
その間にもトカゲ達を引き連れたアルテリアさんと冒険者集団はこちらに迫ってきている。
=====
神の短剣
神より与えられし伝説の短剣。万物を裂き、魔力の通りも良い宝剣。
追伸:明日香さんにこれ上げちゃう! 絶対に売ったりしないでね! シュバル。
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え、これナイフじゃなくてダガーだったの? 今までずっと勘違いしてたわ恥ずかしい......。
そう言えば私の持つ武器関連のスキルって短剣だけだし、最初っから短剣なんだよね。
武器種に関しては無知だから仕方ないよね! ステラの使う槍も短槍だったし、明日は武器関連の授業でも見学しに行こうかな。
シュバルに関してはスルーでいいか。
「に、逃げて逃げてー!」
遂にアルテリアさんが私を通り過ぎて通路の端へと身を潜めた。他の冒険者達も同じように隠れた。
獲物を見失ったトカゲ達は目に付く物全てを敵と見なして襲いかかっていた。小型の魔物も、私にも。
「あ、アスカちゃん!」
トカゲが奇声を発しながら鋭い爪を私に振り下ろす。その爪が私に迫った時、動こうとしない私を見てアルテリアさんが心配して声を上げた。
うるさいですね。
私は片手に持った短剣を適当に振ると、迫る爪をも裂いてトカゲの首も飛ぶ。
断末魔すら叫ばせないよ。
短剣で受け止める予定だったのに普通にスパッと切れて私でも内心驚いているのは内緒だ。
その異様な雰囲気を感じ取ったその他のトカゲが私に狙いを定めて次々と迫ってくる。
「体とお別れを告げなさい」
仮面の下で口端を吊り上げてニヤつく。久しぶりの魔物との戦闘だね。なんだかワクワクするよ。
短剣スキルがどう切れば綺麗首が飛ぶかを教えてくれる。四方八方から迫るトカゲ達の攻撃を次々と踊るように躱しては一振りで数匹の首を飛ばす。
返り血がローブに大量にかかっているが後で痕跡を消せばいいので無問題だ。
私は逃げようと背中を向けたトカゲすらも追いつき首を飛ばす。一匹たりとも逃がす気は無い。
「え......アスカちゃんって想像以上に強くない?」
「あの、あの人も仲間なんですか......?」
仮面に隠れているが、笑顔で次々と首を飛ばすアスカの後ろで身を隠しているアルテリアはその地獄のような光景に我が目を疑っていた。
それは一緒に逃げた冒険者達も同じようで、皆一様に顔が引き攣っていた。
「いや、仲間とかじゃ無いんだけど......」
「気のせいですかね? 笑ってるような気がするんですけど......」
「つ、次は私達の番ですかね!?」
「嫌だァ、帰りたいぃ......」
優に数えて百匹はいたトカゲは、既に首と体が繋がっている者の数の方が少なくなっていた。
「あれってさ、軍隊蜥蜴の兵士でしょ? って事はここって何階層?」
「よ、よく知っていますね。ここは三十四階層ですよ」
「二人でここまで降りてきたんですかぃ? 確かに、中型の魔物は俺達が倒しながら来たってのはあるから障害が少ないのは分かるけどよ」
「確かに、魔物の死骸は一日も経てば他の魔物達が食い荒らしてしまったりするので、その死骸が消えれば新しく湧きますもんね」
冒険者達はアスカとアルテリアがどうやって三十四階層にまで辿り着いたのかを訝しく思っている様子だ。
だがアルテリア自身も、ここに来るまで小型の魔物にしか出会ってなく簡単に下りてこられたのでまだ上層区域だと思っていた。
そんな時、隠れている付近にドシャッと言う何かが落ちる音が聞こえた。
「ひぃっ!」
男性冒険者が、振り向くと同時に恐怖で股間を湿らせていた。
それほどまでに恐怖の存在が立っていたのだから。
真っ白だった仮面には無数の返り血、更には返り血に塗れたローブを羽織り、血の滴が滴り落ちる短剣をぶら下げた地獄の処刑人がそこには居た。
「......終わったよ」
何なんだコイツらは。折角トカゲの群れを処理して終わった事を伝えに行ったら、私を見るなり気を失って失禁した。大の大人が恥ずかしいですこと。
アルテリアさんまで私を見て怖がっているのが納得いかないね。あ、もしかしてトカゲの首が飛んできたのに驚いたのかな。ちょっとしたサービス精神が疼いただけなのに。
「あー、そのー、ありがとう。それと着替えてくれないかな? 何というか、怖いから......」
アルテリアさんが躊躇いながらもハッキリ言ってきた。
良く見ると私は全身返り血塗れじゃないか。先程と同じように即席の更衣室を作る。
四方が囲まれているので氷結魔法に統合された水魔法で洗濯機のように身体中の汚れを洗い流す。
うわ、透明だった水が真っ赤に染まっている。水は適当に外に撒いて捨てる。
その後、火炎魔法で熱風を起こして瞬間乾燥させる。一瞬で乾く程の熱さも感じないのは万能耐性のお陰だろうか。
沢山の首を狩った短剣も綺麗に洗う。それにしてもあれだけ斬ったと言うのに刃こぼれ一つ無いとは。
刃物についての知識なんて何も無いけどそれだけでこの短剣がどれだけ凄い物かくらいは分かる。
魔法の目を飛ばして全身をくまなくチェックする。
仮面の血痕がまだ洗い残っていたな。即席洗濯機で落ちないとはこれ如何に。仕方が無いので外して手洗いする事にした。
「ふんふんふふ〜ん」
こんな感じで何かを手洗いするなんて前世以来だな、なんて事を思いながら鼻歌交じりで仮面を洗う。
洗っている最中に外から幾つか悲鳴が聞こえたような気がするけど何かあったのだろうか?
完璧に汚れが落ちて元通りの真っ白な仮面になったので再び仮面を付け、ローブを着込んでから地烈魔法を解除すると、アルテリアさん以外の全員が腰を抜かして倒れていた。
「何してんの?」
「アスカちゃん......アスカちゃんよね?」
良く見るとアルテリアさんも何処か震えている。何か怖い目にでもあったのかな?
と言うか質問が訳分からない。
「私は私だけど? もう終わったんだから早く行くよ」
「あっ、うん......」
そう言って私達が先を急ぐと、冒険者達は気を失った男性冒険者を引き摺りながら「ひぃぃぃっ!」と言う叫び声と共に逃げるようにして上への階段へ向かっていった。
その『神速の風見鶏』と呼ばれるAランクの冒険者達は五日後無事地上へ戻り、ギルドへ駆け込んで事の顛末を語った。嘘のような話だったが、冒険者達の死の淵から戻ってきた様な切羽詰まった態度から嘘はないと確信したギルドは、迷宮の警備を過去の魔王騒ぎの時並に強めた。そしてメルガスに腰を下ろしていたギリー兄弟だけは謎の白仮面の話について反応を示していたが、これと言って情報は無かった。
この警備の強化で様々な凶悪犯が捕まりメルガスの治安が更に良くなったと言うのはまた別のお話。
「それで、なんであんな事になっちゃったの?」
「それは、その......助けに来たぞー! って調子乗って魔法放ちながら出て行ったら怒りを買っちゃって逃げる事に......。あんな数一人じゃ無理だってば」
何処か私と距離を取って話をするアルテリアさん。くっ付いて来られるよりずっとマシなので歩きやすい。
と言うかこの人もパンデミアさん並みに可哀想な人だ。
「あ、着いた」
そんな話をしながらも三十五階層へと続く階段を見つけた。何の躊躇いも無く私は階段を降りていく。
階段を降りた先には、獲物を捕食しているキメラが居た。探す手間が省けたねやった。遂に目的の獲物を見つける。
早速捕獲しようと向かって行く私をアルテリアさんが肩を掴んで止めた。
「あれキメラでしょ? また一人で闘るの? 私だって戦わせてよー」
「まぁ、いいよ。でも早くしてね。夜明けまでには戻らないといけないんだから」
「ありがとー! 校長先生の実力を見せてあげましょう!」
アルテリアさんもやる気のようだし、私は静かに見守っていることにしようかな。その間暇なので細工スキルの練習に当てる。
死にそうになったら助けてあげる事にしよう。正直アルテリアさんの実力なんて追いかけっこで粗方分かってるしね。
「何を作ろうかな......確かアクセ欲しいとか言ってたよね」
背後で「よっしゃヒットぉ!」とか、「詠唱中に攻撃は無しでしょうが!」とか叫んでるけど放置だ放置。死ななければ問題無い。死な安って言葉もあるし、私は安心して自分の事に集中出来るね。
アイテムボックスから無数の宝石類を取り出して眺めてみる。これだけでも綺麗なのだが、やはり手作りが一番いい贈り物だと思うのだ。
バレンタインデーに「溶かして固めただけだろ」とか言う奴らは貰えるだけ感謝して欲しい。
まずは定番の指輪かな。パンデミアさんが言っていた魔綱のナイフ――短剣を砕いて魔力を流す。リサーナの指のサイズは知っているので、それに合わせてイメージして作り出す。
何故知ってるかって? 愚問だね。リサーナの体の事で私が知らない事は無いからね!
「へぇ、余った分はちゃんと残るんだね」
リングに使われた分だけ素材が減り、他の魔綱は砕かれた状態で残っていた。前回は足りなかったが今回は多かったようだ。多くても無駄に消費される事が無いと分かったので今度からは気兼ねなく多めに用意出来そうだね。
「はぁ、はぁ、た、倒せたわよ......」
おっと、以外と早く終わったね。アルテリアさんは自前の長杖を支えに息を荒くしながら報告して来た。
折角上げたローブが、切り裂かれたのかボロボロになっていてピチピチなアルテリアさんの姿が露わになってしまっている。
その後ろには、キメラの姿は既に跡形も無くなっていて代わりに地面が真っ黒に焼き焦げていた。
どんな魔法を使ったんだろうか。見ていなかったや。
「お疲れ様でした。それじゃあ、もう一体探しに行きましょうか」
「ちょっとは休ませてよぉ......」
レヴィとかステラなら意気揚々と行くんだけどなぁ......。
そんな軽いホームシックを覚えながら私はフラつくアルテリアさんに疲労回復効果のある魔法を掛けてもう一体のキメラを探しに向かった。
いない。どこにもいない。
三十五階層全てを見て回った筈なのに出てくるのは中型から小型の魔物ばかり。アルテリアさんはその度に魔法を唱えては歩きながら詠唱を繰り返していて大変そうだった。
ならばと思い次の階、三十六階層へと足を運ぼうとした所で、私は異様な雰囲気を察知した。
迷宮は三十階層付近から明かりは一切無く、暗闇に包まれていた。私は暗視スキルを持っていなかったため、身体強化で視界を拡張して無理矢理暗闇でも見れるようにしていた。
そんな中、真っ暗な筈の迷宮内でも一際怪しく揺れる謎の黒い影と、私は目が合った。影に目は無かったが目が合ったような気がした。
「......」
それは先日見かけた影よりも小柄ながらも顔の部分に浮かんだ笑みは瓜二つの微笑み方だった。それがその影と以前見た影が少なくとも関係はあるというのが分かる。
闇に混じるように、溶け込むようにその黒い影は消えてしまったが、その笑みが私の脳裏に焼き付いて離れなかった。
「アスカちゃん? 大丈夫?」
「今の、影......」
「影? 何言ってるの? こんな暗闇の中で」
リサーナにも見えていなかった事からもあれは私にしか見えていないのだろうか?
闇より深い黒い影。黒、それは不吉の象徴。
何か、物凄く嫌な予感が私の胸の中に渦巻いていた。小さな不安はやがて膨張して過度なストレスになる。
その嫌な予感が外れている事を祈って私はアルテリアさんを連れて宿屋へと引き返した。
「あれ、外?」
目の前には宿屋の扉。私は動揺したのか座標がズレてしまったのか、そんな問題は置いておいてすぐさま部屋へと向かった。既に夜は明けていて、街も起き出す時間だ。
「あ、アスカさんおはようございます。何処か行ってたんですか?」
セラが食堂のテーブルを拭いていた。今日も学校だと言うのに真面目ないい子だ。しかし、今は返事する時間すらも惜しく簡素な返答で目も合わせずに部屋へと向かう。
「――サーナ、リサーナしっかりしろ!」
「まおーは」
「アスカ様は何処にも......」
部屋の前に着くとそんな声が聞こえてきた。胸がザワつくのが抑えられない。扉を破壊しないよう細心の注意を払ったものの、感情には逆らえなかった。
砕けた扉にレヴィ達の視線が集まる。
「リサーナは......」
私はベッドの上で胸を抑えて悶えているリサーナを見て絶句した。
何故なら、リサーナの玉のような美しかった白い肌が半分程魔族のような褐色に変わっていたから――。




