54話 約束と呪い
「はぁ、心配だなぁ......」
リサーナ達を見送ってからステラと二人で宿を取りに向かっている途中、私はいつにも増して深い溜息を吐く。
「私が、付いて行けば良かった?」
「それも考えたんだけどね......ステラと少し話がしたかったってのがあるかな」
「話?」
リサーナとレヴィに付き添いにラ・ビールは絶対に何かやらかすと思うんだ......リサーナとレヴィだけのはじめてのお使いには不安しか無かったから、一般人には視認出来ないラ・ビールに任せたんだけど、やっぱり不安しかないのだ。
ステラも行かせようと思ったんだけど、今述べた通りにステラと少し話がしたかった。ステラって、私と二人きりだと饒舌になるんだよね。
宿へ向かう途中、会話を交わす。
「うん、ステラはさ、ラ・ビールの事どう思ってる?」
「どう、とは?」
「だって、一度は殺されかけた相手でしょ? それなのに何事も無かったみたいに接してるから、心の内はどうなかなって思ってさ」
操られていたとは言え、殺そうとしたのは事実だ。そんな相手に何事も無かったかのように接するなんて、何を考えているのかがわからない。
直球で言えば、ステラが怖いのだ。
「殺されかけたのは事実。でも、ちゃんと謝ってくれた。それに、まおーが来てくれたのもラ・ビールのおかげだから、過程なんてどうでもいい。まおーに会えた。それだけで私は文句無い」
ううむ、どうしてそこまで私に固執するのかがわからない。それに謝ってくれただけで許せるものなのだろうか? ラ・ビールもステラの事は少し不思議に思っている様子だったし、話してみたら分かるかなと思ったんだけどなぁ......
「そっか、じゃあ別に恨んだりしてないの?」
「恨む? どうして?」
「え? だって大怪我したし、左腕も右目も無くなったじゃん?」
「無いのは、不自由だけど、それでラ・ビールを恨むのはお門違い。私が弱くてラ・ビールが強かった。ただそれだけ。この世界は弱肉強食。弱ければ死に、強ければ生きる。だから、私はまおーになら殺されてもいい」
「う、うぅん......」
話してみたら分かると思ったけど! 寧ろ分からなくなったよ!?
弱肉強食な世界、か。それで納得出来るのは力がある人達だけで、本当に弱い人達は虐げられ続けるのかね。
ステラも転生者って聞いたけど、そんなにすぐにこちらの世界の常識に呑まれてしまうのだろうか? 私はなんだか納得出来ないな。
「私はステラの事を殺したりしないよ......」
「まおーは、どうして生きているの?」
突然の質問すぎて時が止まったかのように感じた。
「生きてるって......? どういう事?」
「ごめんなさい。言葉が足りなかった。まおーは、やろうと思えばこんな世界滅ぼすこと簡単。でも、そうしない。力を極力見せないように、隠してる。何故?
私は、力が必要だった。だから、頑張って強くなって王国兵として指揮官にまでなれた。転生のおかげで。なのに、ある日私は王国のやり方に異議を唱えたら、私の軍は左遷されて、強力な魔物のいる地へ放たれた。途中で仲間にも見捨てられたけど、残ったのは、私と数名だけ。
それで、もう二度とあんな目に合わないために、もっと力を付けて、メルガスで働いている七星傭兵団に入ったけど、まおーに、完膚無きまでに負けた。あの時、死ぬ筈だった私を助けてくれたまおーに、私は、本当に感謝している。またまおーに、会わせてくれた事とか。だから、私はまおーの為に生きるよ。まおーは何のために生きる?」
ステラの過去を、一面を知れた。確かに、そんな経験があれば力こそ全てとか、弱肉強食の世界とか言いたくなる。そうしなければ今までの自分を否定されてしまうからだろう。
でも別に、私自身力があることに自覚があまり無いんだよね。それに、何のために生きるか......か。
「私は、そうだね......強いて言うなら約束を守るために生きているのかな?」
「約束?」
「そう、約束。王女様とね、約束をしてるの。お母さんのお墓を見つけようってね。手掛かりなんて何も無い、ゼロからのスタート。笑っちゃうくらい無謀でしょ? それともう一つ。私が命を懸けてでも守るって誓ったから。お墓を見つけるまで私は死ねない。だから生きる、のかな?」
この世界で生きる目的なんて、最初は無かったね。リサーナと言う初めての友達が出来るまでは。リサーナはどこか昔の私に似ていて、助けてあげたかった。昔の私が誰かに助けられたように。
誰に助けられたんだっけな......
「王女様って、リサーナ?」
「そうだよ」
「......るい」
「ん?」
ステラが小さい声で呟く。聞き取れなかったので聞き返す。別に難聴とかそう言う問題じゃないからね。
いつの間にか勝手に私の生きる目的なんかにされちゃってるけど、リサーナなら寧ろ喜んでくれそうかな。
「ずるい!」
「ず、ずるい......?」
珍しくステラが声を張り上げた。
「私もっ、まおーと、約束する......」
恥ずかしかったのか段々と尻すぼみに声が小さくなっていく。
「約束? いいよ。何でも言っていいんだよ?」
「んっ」
左肩を、無い左腕を差し出すように突き出す。
「いつか、私の左手と手を繋ぐ事。それと、私の右目とも、目を合わせて欲しい」
「お易い御用で。ちゃんと、義手と義眼は探して付けるよ。絶対にね。約束だからさ」
「後、繋いだら、離さないこと......」
「う、うん......」
「んっ!」
今度は右手を突き出してくる。手を繋げって事か。繋いだ直後、ステラが腕を引っ張る。なんの警戒もしてなかったので容易に倒れそうになるのを踏ん張るが前屈みの体勢になる。そこへステラが近付いてきて、
「まおー、大好きなの」
そう囁くように呟くと、私の頬に唇が触れる。
「〜〜っ!!」
「次は、まおーから唇にしてもらう」
完全に不意打ちだった......。照れながらもそう言うと、ステラは私の手を引っ張り通りを進んで行く。
「まぁ、いっか......」
「んふふ」
上機嫌で弾むように歩くステラと手を繋ぎ、ウィルガルムで中堅程度の宿を取る。二人部屋と三人部屋を借りることにした。朝食付きで一泊銀貨一枚はお得だと思った。
「リサーナ達が心配だね。早くギルドへ向かおうか」
「ん、もうデートはおしまい?」
「デートって......また時間出来たら見て回ってみようか」
「二人きりがいいのに......でも、皆で見て回るのも、楽しいから許す」
ステラも段々と馴染んできているようで、素直に嬉しく思う。
当初の問題だった、ステラとラ・ビールの関係だが、二人が納得しているようなら私はこれ以上首を突っ込まないようにしよう。私は人間関係とか付き合い方とか苦手なのだ。
これ以上頭を酷使しようともなればオーバーヒートしそうで大変なのだから。私は考える事が苦手だ。思考加速と言う便利スキルがあるお陰でなんとかやってられるけれど、私に直接関係ないのなら放っておいてもいいかな......なんて思ったりして。
べ、別に頭が悪いとかそう言う事じゃないからね!? 成績は中の上辺りだったから決して悪くはないはずだ。
「それにしても、奴隷が当たり前にいるようとこちらとしてはいい気分では無いよね」
「私も、転生させられたばかりだと、変だと思った。けど今はそういうモノだと割り切ってる。私じゃ何かしようと思っても、何も出来ない」
宿から冒険者ギルドへ向かう途中、首輪を付けた獣人を連れた貴族のような連中を見かける。子供程度の年齢だと思うが、もちろんその貴族達の子なんかではない。着ている服が、見るからに見窄らしいからだ。
中には耳長族、エルフのような種族も見かけた。
「亜人は、この世界じゃ被差別種族。傭兵団の仕事で、奴隷本人から主人を殺せと言う依頼も受けた事がある」
「主人が死ねば奴隷は解放されるの?」
「されるけれど、逃げられる奴隷は殆どいない。逃げる前に奴隷商人に捕まるから」
「ふーん......」
奴隷解放、ねぇ......。ふと、クラリスの事を思い出す。確か、弟がいたって言ってたよね。見つかったら気紛れで助けてあげようかな、なんて思ったり。
と、丁度ギルド前に到着した時、中が騒がしいのに気付いた。
「リサーナ......は大丈夫なんだけどな?」
リサーナが何かやらかしたのかと思い、マーキングを見てみるも、何も変わった点はない。
「何か、騒がしい」
「早くリサーナ達を回収しに行かないとだね......」
レヴィやラ・ビールにはマーキングをしていない。二人なら自分だけでなんとかなりそうだと思っていたからだ。
つまり、この様子だと酒場で冒険者同士が喧嘩したり〜とかそう言う流れではないか? と思い、リサーナ達を回収しに急ぐ。
しかし、ギルドへ入った直後、一人の少女が私の方向へ飛ばされてきた。
「きゃっ!」
「おっと、大丈夫......ってラ・ビール?」
「あ、アスカ様!?」
いつの間にか人間と変わりない容姿になっているラ・ビールだった。
ラ・ビールが飛ばされてきた方向を見やると、屈強そうな肉体を持つ大柄な男が殴った後の体勢で止まっていた。恐らく、あの男がラ・ビールを殴り飛ばしたのだろう。
そして、その隣に立つ細身の男が脇に抱えていたのは、気を失っている様子のレヴィだった。
「レヴィ......?」
「すみませんアスカ様......! 私のミスです......」
「説明は後でよろしく。今はちょっと目立ちすぎる。リサーナ......アイリスはどこ?」
つい聞いてしまったが、リサーナのマーキングを辿ると、ギルドの隅の鉢植えの影に隠れている様子。ラ・ビールが咄嗟に隠してくれたのだろうか。
それでもレヴィは取り返さないとね。
「ステラ、アイリスを守ってあげて」
「......ん、分かった」
ステラは頷くと、遠回りながらも誰からも怪しまれないルートを通って鉢植えに辿り着き、保護してくれた。これでひとまずは安心か。後は私がレヴィを取り返すだけだね。......でも、ギルド内じゃ目立ってしまうから、どうにかして場所を移さなければいけないね。
「へっ、誰だお前さんはよ?」
「その子は私の子なの。返してくれない?」
「すまねぇが竜鱗族は特別でな。しかも子供ときた。これは高く売れるもんだ。渡せねぇよ」
細身の男の方がそう話す。ステータスをこっそり見たところ、二人組の内の片方、大柄な男の方はレベルが24。スキル構成も脳筋のようだ。そしてその隣の細身の男はレベル23。魔法でのサポート型だ。
どちらも私の敵ではない。
という訳で、私は空間魔法の範囲指定で二人と私を選択する。そう言えば異界以外の空間魔法は初めてだろうか?
そして、空間魔法による転移を発動させる前に、ラ・ビールに一言伝える。
「ステラと合流して宿で待ってて。それと、ありがとね」
「は、はい!」
念のためラ・ビールにもこっそりマーキングをしておく。後で全員にしておこうかな。そう、念のためにね。
「悪いけど俺らは急ぐんでな。手荒な真似はしたくないんでな。そこを退いてくれや」
「兄貴、殺してもいい?」
「だーめだ。この間もギラオス様に叱られたばかりだろうが」
なんか、気持ち悪い兄弟だな。そして弱い。私が空間魔法を発動させる魔力にも気付かないなんて、どんだけ弱いんだこれ。
範囲指定が終わり、転移を発動させる。そして転移発動時に出る魔力に乗せてギルド内にいた人達に幻視をかける。これは気休め程度にしかならないと思うが、無いよりはマシだろう。
直後、景色が変わる。
「っ!? ここは!?」
「兄貴、ここどこ!?」
転移先はメルガス大森林深部。転移は自分が言ったことのある場所じゃないと移動出来ないのが難点なのだ。だから私としては普通に走った方が早い場合もある。魔力減らないしね。減ると言っても数秒で回復するんだけどさ。
「レヴィを返してくれる?」
「兄貴、こいつ、やばい......」
「そうだな弟よ。まさか転移を軽々と使うとはな、ここで殺しておかねばならん存在だ。ダリー兄弟の底力を見せてやろう」
そう言うと、兄貴と呼ばれている細身の男の方は、捕まえていたレヴィを放り投げる。戦闘には邪魔だと思ったのだろうか? もちろん、私は空中に無防備に放り投げられたレヴィが落ちる前に優しく捕まえる。
「特に怪我は......してないようだね。良かった良かった」
恐らく後頭部を力強く殴られて気を失っただけだろう。幼女の状態だとステータスが下がってるって言ってたよね。少し侮っていたわ。
「何っ!? 貴様、最初からソイツ狙いか!」
「兄貴、こいつも竜鱗族で儲けようとしているつもりなんだよきっと」
最初からも何もさ、返してって言ってたじゃん。もしかして聞こえてなかったのかな?
それと......
「レヴィはね」
「あ? その仮面剥ぎ取ってやる!」
「そうだそうだ! 顔を見せろ!」
――コロセ
そうだね。うん、私の身内に手を出したんだ。まだ生きている事に感謝すらしてほしい。
「私の家族なんだ......」
「はっ、亜人なんかに命を捨てるのか。馬鹿なやつだ。亜人はこの世のゴミさ。人様に尽くせる事誇りに思ってほしいくらいだ」
「兄貴......やばいよ、こいつ、本当に、やばいよ......」
大柄な男は私が何をしようとしているのか気付いたみたいだ。細身の方は未だ余裕綽々と言った態度でいる。
「来世に期待してね」
「はっ、何をするかと思え、ば......?」
「兄貴......っ!」
少し魔力を込めた魔法の矢を細身の男の足を狙って放つ。そしたら大柄な男の方が、金剛と言うスキルを使って身を呈して細身の男を守った。
「だ、大丈夫......? 兄貴......」
「な、な、何をしたんだ!?」
大柄な男は右足の太ももから下が無くなっている。金剛と言うスキルはその名の通り、体を強固にするスキルのようだ。身体強化の防御版みたいな感じか。
とその時、今までよりもずっと強い胸の痛みが私を襲った。
「ぐっ......わ、私は何を......?」
「弟よ! に、逃げるぞ!」
「待っ、て......走れ、ない......」
私は今、二人を殺そうとしたのか......? 今のは、私なのだろうか? 目の前で逃げるために大柄な男に肩を貸す細身の男。私が何かしようと思えば殺す事など赤子の手を捻る程度だ。
「アス、カ......?」
「うっ、レヴィ......? 起き、た?」
私は精一杯の笑顔を作って寝起きのレヴィを見る。そんな笑顔も、額に浮かぶ汗などは仮面で見えていない筈なのに。
「変な、夢を見たんだ。アスカが、アスカじゃ無くなる夢を......夢、なんだよな?」
私は胸を締め付けられるような気がした。今のは、私ではなかった。私の中の、UNKNOWNのヤツだ。こんなにも早く表に出てきている。
恐らく、私が私じゃ無くなるのは早いのだろうか? 人を殺したい衝動に駆られるなど、私では有り得ないから......。本当に、有り得ないのだろうか......?
「う、うん。夢だよ。悪い夢を見たんだよ......皆が待ってる。帰ろうか......」
少し、疲れていたのだろう。私は片足を失った男に回復魔法と、情報操作スキルで私のことを記憶から決してからこの場から去った。
「あ、兄貴、足、痛くない。回復魔法かけてくれた」
「何ぃ!? そんな理由無いだろうが! って、本当に血が止まってる......あいつは一体何者なんだ......?」
「あ......竜鱗族......」
「そんな事はもうどうだっていい! ギラオス様に報告してこの件からは手を引くぞ。ウィルガルムにいるのは危険だ......あれ? あいつって誰だ......?」
「兄貴、忘れるの早い。ってあれ? 誰と戦ってたんだっけ?」
その日、ウィルガルムのギルドで暴れていた筈のギリー兄弟がメルガス大森林から弟の片足を失って全身傷だらけで出てきたと言う噂は瞬く間に広まった。
ある所では、竜鱗族の呪いや、今までの素行の悪さから神の逆鱗に触れたのでは、など様々な憶測が飛び交ったが、真実を知っているのはドライアドとアスカのみだった。
当のアスカ本人は、寝て起きたら忘れていたが......




