42話 不運と不幸の連続
遅れました! アスカ達にはまだ出番無いのです......
「安心していいよ。私、貴女達が気に入ったの。逃げ出そうとする人なんて、初めてだもの!」
私の目の前には悪魔令嬢と呼ばれる伝説上の悪魔がいる。誰もが空想の産物だと思っている存在。それが目の前に突然現れて冷静でいられる人なんているだろうか? 私は、無理だった。
外見だけでも冷静を装うように繕う。隣ではクラリスが倒れている。既に死んでしまったようにピクリとも動かない。だが、生きている事は確認した。
「......殺さないの?」
「殺さないって言ってるじゃん。本当は殺したいけどさぁ。でも、私のお人形さんになってもらうけどね! だからさ、ローブを脱いで、顔を見せて、名前を教えてちょうだい?」
「......断る。と言ったら?」
「力尽くで脱がせるまでだよ」
これから起こるだろう事を想像して楽しそうに微笑むラビール。いや、ラビール改めラ・ビールか。
恐らくクラリスが倒れたのも名前と顔を知られたからだろう。ローブを着て名前を隠していて良かった。
しかし、そんな能力、スキルは聞いたことも無い。それが、悪魔令嬢のスキルなのだろう。
「......ここから、逃げるにはどうすればいい?」
「え? それ、私に聞いちゃうの? 本当に面白いね。いいよ、教えてあげる。私の後ろ、街道に一歩でも出ることが出来れば逃げられるよ。私達が追いかけなければね?」
そう言うと、村の家々から村人達が出てくる。この人達も人ではなく悪魔なのだろう。
逃げ道を教えて貰ったが、絶対に逃がす事は無いのだろう。それに、クラリスを庇いながらと言う条件を付けるなら、悪魔一匹からも逃げられないだろう。
と、その時、クラリスが不気味に立ち上がった。
「......クラリス?」
「......」
警戒をしておいて良かった。クラリスは虚ろな目で、私に襲いかかってきた。手加減など無しに。
気を抜いていたら今ので何本か骨が折れそうなくらい、致命傷になるであろうくらい本気の一撃だ。
「よく避けたね! 私の人形はね、強いよ? クラリス・ラクーニア、ローブの女の子を捕まえなさい」
クラリスは相変わらず瞳に生気が無い。完全に操られているのだろう。私は、魔法は水魔法くらいしか完璧に使いこなす事は出来ないので、クラリスにかかった術を解くことなんて出来ない。
最悪、クラリスは見捨てることになるだろう。
周囲の悪魔達とラ・ビールへの警戒をさらに強め、クラリスの対処を行う。現状ではかなり厳しい戦いだ。勝利が見えない。
「アッハハハ! すごい、すごいよ! まだ生き残ってるなんて初めてだよ! 後、私達の事警戒しているみたいだけど、安心していいよ。何もしないからさ」
褒められているみたいだけど、全然嬉しくない。
それに、ラ・ビールの言う事が本当かどうかなんて信じられない。こいつが本気を出したら、私は数秒ももたないだろう。
とりあえず、操られているクラリスを無力化させよう。
無力化させるのは得意なのだ。
「......幻視」
魔王が使っていたのと同じ魔法。だが、魔王の幻視は桁違いすぎるのだ。私のはせいぜい一秒幻覚を見させるくらいが限界なのだから。範囲も最高でも5mが限界だ。
幻視は水魔法の応用と、光魔法の基礎がわかれば簡単に出来る魔法なのだ。
ほんの一瞬だけ、クラリスの動きが止まる。予想に反して一瞬しか動きを止まらせることしか出来なかった。しかし、その一瞬で逃げるなら十分だった。
私は脚への身体強化を施し、駆け抜ける。これが、私の全速力だ。その速さでクラリスを抜き、ラ・ビールを抜いて街道を目指す。
悪魔達は本当に動かないつもりなのか、私を追いかけようと動く者は一人もいない。
「あちゃー、まさか本当に逃げるなんて思わなかったよ。でも、私達が追いかけない、なんて行ってないもんね」
横を通り過ぎるローブの少女、ステラをわざと見逃したラ・ビール。
ステラが横を通り過ぎ、街道へ辿り着くのを待ってから、楽しそうな声で、皆に聞こえるようにこう言った。
「さあ、鬼ごっこの始まりだよ!」
それを聞いた悪魔達は我先にと羽撃き、逃げた少女の後を追う。ラ・ビールとクラリスだけが取り残される形になった。
全員がその場から消えたのを確認したラ・ビールは、人形を操りながら、複雑な詠唱を唱え一つの魔法を発動させる。
「開け、異界!」
外と全く同じ風景の異界を作り出す。それはウィルガルムへ向かっていた少女と、同士の悪魔達、そして私と人形を包み込む。
「はぁっ、はぁっ」
「全く......無茶をしすぎですよ」
「うわっ、なんだジャグウェルか。行ってなかったの?」
特大空間魔法を発動させて魔力の消耗が激しく、膝をついて荒く息をする私に突然声をかけるジャグウェル。
この男はいつも突然現れては私を驚かせる。
「楽しい事を見つけたら言っても聞かないんですから......異界なんて使ったら貴女でも倒れかねませんよ。今後は控えてくださいね」
いつもこうだ。突然現れては小言をぶつける。
「うるさいなぁ、分かってるって。こんな所で倒れるわけないじゃん。ちゃんとした目的があるんだからさ」
「そう、でしたね。私は大魔王サタン様の部下であり悪魔令嬢ラ・ビール様の執事と言う立場ですので、その目的は私と対立する事を意味しますよ」
「うるさいわね。父様を殺す。そのために私は力を付けてるの。ジャグウェルなんか片手で殺すわよ?」
「ふふふっ、お戯れを」
こんな事言っているが、今もジャグウェルからの魔力譲渡によって復活した。魔力譲渡なんて高等技術、私には出来ない。その時点でジャグウェルを殺す事、父様を殺す事なんて出来るわけがなかった。
魔力譲渡は、ジャグウェルにやり方を教えて貰っているのだが全く覚えられないのだ。
「魔力操作を極めた形が魔力譲渡でございます。体内を循環させる魔力を魔法を使う時と同じように放出するだけですよ。ほら、簡単でしょう?」
簡単に出来たら苦労しないっての! と、いつもこのようなやり取りをしている。しかし、いつかは完成させ、父様をこの手で殺してみせるのだ。母様を殺した罪は死を持って償わせてみせる。
時間は無限にあるのだ。何年、何百年、何千年かかろうとも必ず殺す!
「もう大丈夫。後は自然回復で間に合う」
「そうですね。では、私は先に参りますよ。殺してはいけないのでしょう? あの者はかなりの手練故、他の悪魔では昂って殺しかねませんぞ?」
「ふん、他の悪魔に殺されるほど私の人形候補は柔くないよ。だから異界まで発動したんだから」
「私が殺してしまう前に追いついてくださいね」
そう言ってジャグウェルは闇に消えていった。
相変わらず気配を断つのが凄すぎる。私でも感知出来ないくらいなのだから。
「悪魔令嬢の名に恥じない戦い方を見せてやろうかな。人形を使わない手は無いよね。想像しただけでゾクゾクするねぇ! アハハハ!」
そこには一人で不敵に笑う声が響いたのだった。
「......っ! 何なの? この膨大な魔力は!?」
街道まで走り抜ける際、悪魔達が本当に追いかけてこないのを確認した。街道に着いた時、身体強化を解除してウィルガルム目指して走っていると、突如膨大な魔力を感じ立ち止まってしまった。
恐らくラ・ビールの魔力だろう。しかし、周囲は何も変わったところはない。強いて言うならば何か結界のようなものに囚われた時と同じ感じがする。結界は普通、大きくても三十メートル程が限界なのだ。だから結界と言う事は無いだろう。
「......慎重に進もう」
ゆっくりと慎重に進み、一番近い村を通り過ぎた頃。
背後から尋常ではない程の殺気を感じた。
「......悪魔達!?」
あの村にいた悪魔達全てが空を飛翔して追いかけてきている。私の走る速さと同じくらいだ。
それらが反対側の空を黒く染めて進行してくる。
私は咄嗟に身を隠せる場所を探し、街道沿いの先程通り過ぎた村へ身を潜める。いつでも逃げる準備を忘れずに。
「......村人は、まだ寝ているかな? いや、そろそろ起きる頃かな」
馬小屋の隅に身を潜める。幸い、馬小屋に馬はいなかった。そして気配を出来る限り隠す。
残念ながら気配遮断のスキルは持っていないので自分でやれる限りを尽くす。
幾ら時間が経っただろうか。まだ悪魔達が通り過ぎた気配はない。緊張しすぎているようだ。少し落ち着こう。と、落ち着くために息を吐いた瞬間、村の一つの家が破壊される音が響く。
「......っ!? もしかして、見境ないの!?」
悪魔達は私を見つけるためなら殺戮など遠慮しないようだ。
「な、あ、あ、悪魔!?」
「あ、あなた!」
「きゃー!」
「子供達だけは守れ!」
など、外から否が応でも悪魔の蹂躙に恐怖する村人達の悲鳴が聞こえる。
悪魔達は魔法を撃ち込み片っ端から家を吹き飛ばしていく。私がここにいる事がバレるのは時間の問題。再び身体強化で脚を強化して駆け抜けるしか逃げ道は無さそうだ。身体強化は負担が大きすぎるので連続使用はなるべくならしたくないのだが、そんな事を心配している場合ではないのだ。
再び脚に魔力と力を集中させる。
魔力感知に優れた悪魔がいれば身体強化を施す時点で気付かれただろう。だから攻撃が来る前に逃げる。次は人のいない方向へ。
この村の惨事が伝われば悪魔討伐隊とかが駆けつけるはずだ。それまで逃げ延びるのが私の仕事。
魔法攻撃の気配を察知。
思いっきり踏み込み来た道とは逆、街道の向こう側の林へ向かう。
私が馬小屋を飛び出しのとほぼ同時に馬小屋が吹き飛ぶ。
「見つけたぞ!」
「オレが捕まえる」
「抜かせ。ラ・ビール様の人形候補だ。それなりに手練だろう」
「なるほどな。殺さずに捕まえるのは難しいかもしれない」
「なら、私が殺るよ?」
「殺しちゃいけないんだってば」
等、私の後を追いながら悪魔達は話し合っている。これなら村人達は数人くらいなら生き残れるだろう。と思った瞬間、数人の悪魔が立ち止まり後ろを振り向く。そして、一つの魔法を発動させた。それは、
闇魔法『双頭召喚』
「......オルトロス!? あんな魔法使ったら悪魔でも......」
魔法を発動させた悪魔達は次々と空から落ちて地に膝をついているようだ。死ななかっただけでも凄いのだから。
「......全滅、か。やっぱり、悪魔は悪魔なのね」
「その通りでございます」
「っ!?」
独り言を呟いていると、突如目の前に一人の悪魔が現れる。気配感知は常に発動させているのにこの近距離で、しかも声をかけられるまで気付かなかった。そして改めて目の前の悪魔から漂う気配を感じる。
かなり上位の悪魔のようだ。
「ラ・ビール様は我が儘すぎるのがいけませんね。もっと素直になっていただければ成長出来るのですがね。しかし、これはラ・ビール様のご意向。大人しくしていてもらえますかな?」
丁寧な物言いで話す悪魔。恐らくラ・ビールと並ぶか、それ以上の強さを持っているだろう。
まともに戦っても勝ち目など無さそうだ。それに、後ろからも悪魔達は追っている。構っている余裕など無いのだ。
「逃がしはしませんよ? ラ・ビール様が来る前に終わらせなければいけないですから」
「......邪、魔っ!」
全力で地面を蹴りつける。幸いにも街道のように整備された硬い土ではなく、林の中の柔らかい土のお陰で大量に土が舞い上がる。
「おっと、目眩しですかな? 目眩しになる前に取り払えば良いだけの事です。っと、おや?」
もちろん、攻撃のための目眩しならば効かなかっただろう。しかし、逃げるためならば、一瞬でも隙ができれば良かった。土を蹴り上げたのは、私が逃げるため。あの悪魔が土を払った時には既にその場に私はいないのだから。
「私から一度でも逃げられるとは、油断していたとは言え恐れ入りますね。流石はラ・ビール様がお認めになられるだけはあります。ですが、二度目は無いとお思いくださいね」
私を追いかけながらそんな事を言ってくる悪魔。
私よりも、速いっ!
このままでは確実に追いつかれ、捕まるだろう。再び捕まれば逃げることは不可能だと思う。さっきのは相手が油断していたから出来たこと。
そんな私を嘲笑うかのように最悪の悪魔は現れた。
「ジャグウェル、口だけだったの? でも、そうでなくちゃ面白くないよね。さあ、鬼ごっこも最終局面だよ」
最悪の悪魔が、ラ・ビールが空から降ってきた。




