28話 獣人奴隷クラリス
話が進みません......
明日はきっと進みますよ。きっと、多分......。
「私は、九歳の頃から奴隷でした」
馬車のすぐ側に椅子を出して座る影が二つ。
私と、案内人の獣人、クラリス・ラクーニア。そして二人を照らすように頭上には月が輝いている。
この世界の奴隷について聞いてみたかったのだ。
クラリスは狸のような獣人で、狸人族だ。クラリスは現在二十一歳。私よりも年上なのだ。
前世では私の方が年上だけどね。
獣人は寿命が短い種や、逆に長命の種もある。その中で狸人族は、人と同程度の寿命を持つ。しかし、獣人は人とは明らかに違う点が二つある。
一つ目は、その驚異的なまでの身体能力。狸人族は獣人の中では身体能力は低い方と聞いたが、それでも人の二倍はある。いくら子供でも人一人から逃げる事など容易い。
そして二つ目は、体内に持つ魔力の量が極僅かな事。そのため、獣人は魔法を使う事は出来ない。しかし、少ない魔力で一時的に身体強化を行うことができる。そのため、遠距離から一方的に攻撃することが出来ても決して油断することは出来ない。本気の獣人相手に間合いなど無いにも等しいのだから。
クラリスが奴隷になった経緯を教えてくれた。
「私は弟と二人で、森へ山菜を採りに言った時、不幸にも奴隷狩りに見つかってしまったのです。私は弟を逃がすために慣れない身体強化を使って足止めをしました。魔力が切れたところを捕まってしまったのです。弟が無事に逃げれたかどうか......無事に逃げる事が出来たと信じて、今まで生きてきました。どうか弟だけでも幸せに生きてほしいのです」
「なるほど......」
奴隷狩り......ね。獣人などの生活圏に無断で立ち入り、武力で制圧をした後、獣人達を奴隷商人に売り飛ばすのだそう。
奴隷商人に売られたクラリスは捕まえる時に手間をかけた、と言う理由で他の奴隷達よりも強い『奴隷の首輪』を付けさせられたそう。
「その時『奴隷の首輪』に契約を結ぶのです。結ぶことの出来る契約は、契約者と執行者の魔力が尽きぬ限りいくらでも契約を結ぶことができます。私に与えられた契約は」
1つ. 契約者に逆らわない事
1つ. 契約者の命は絶対である事
1つ. 契約を破った場合、死を持って償うこと
この三つだそうだ。契約者に逆らわない事、これだけで下の二つは重複していると思うのだが......。
これまでクラリスは様々な契約者に売られてきたそうだ。時に雑用をし、時に奉仕をし、時に犯され、時に殴られ、時に人を殺し......等々。
決して刃向かうことを許されない獣人奴隷だからこそ、クラリスは何も出来なかったのだろう。
「クラリス、アナタの夢を教えてくれるかしら?」
「夢、ですか?」
聞いてみたかった。
クラリスがどうしても、と言うならクラリスを奴隷から解放することは出来るだろう。と思っていたのだが、予想外の答えに驚かされた。
「夢など......私などが持っていいものでは無いのです。既に汚れた私は一生奴隷として生きていくしか無いのです」
悲しげに微笑むクラリスを見て、私は何も言えなかった。
「そうですね......もし、願いが叶うとしたら......弟や、家族と、友達と、もう一度だけ会って、話をしたかったですね......」
クラリスの目から涙が頬を伝う。
しかし、すぐに涙を拭い、元気な笑顔を見せてくる。
「でも、私は今のご主人様は優しいので大丈夫ですよ! それに、今のこの仕事は楽しいですから! アナタみたいに優しい人に会えたのも、奴隷になったお陰......と言いますか、悪い事だけじゃないんだって思えるんです!」
「フフッ、クラリスは強いのね。応援してるわよ」
気の利いた事すら言えない自身の不甲斐なさを感じつつも、元気に振る舞うクラリスを見る。
奴隷になったことを恨むよりも、今の自分を楽しんでいるクラリスを見ていると、自然とこちらも元気になってくる。
「あ、朝ですね!」
一晩中話していたみたいだ。いつの間にか西の空から陽の光が顔を覗かさている。
「もう朝ね。一晩中付き合わせてごめんなさい。お詫びと言ってはなんだけど......」
スタミナ回復の魔法をかける。なんかエナジードリンクみたいだな。
「わわ! 元気が出てきました! これで今日も頑張れそうです! ありがとうございます!」
ふっふっふ。私印のスタミナ回復魔法! この威力を見たかぁ!
うん、売れないね。
「気にしなくて大丈夫よ。ウィルガルムまで少しの間だけど仲良くしましょ」
「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」
そうして朝を迎えた私達。目的の奴隷についての話は結構詳しく話してくれた。収穫はバッチリである。
奴隷については今の私じゃ、何が出来るかなんて高が知れている。だからこの話は置いといて、早速切り替えて行こう。
さて、リサーナを起こして朝ごはんだね。朝から肉は厳しいかなぁ......それ以前に起こすのが大変だ......。
「リサーナ〜、起きて〜」
「んー? アスカー?」
毛布に包まって寝ているリサーナを起こす。もう少し見ていたい衝動に駆られるが、ここは我慢。起こさないとね。
「朝だよ、起きてねー」
揺さぶるが、一向に起きる気配はない。
「あと少し、あと少しだけ〜」
私はね、寝てないのよ。まぁ、寝る必要が無いんだけどね。
そして、短気なの。私はね、短気なのよぉ。
「朝ごはんは要らないのね?」
そう耳元で囁くと、
「おはよう、アスカ!」
うーん、清々しいまでの寝起きっ!
「はいはい、顔洗って準備して」
「はーい」
小さな桶に水を入れ、布を渡す。水はもちろん魔法で、空気中にある水分を取り出している。
本当にリサーナのお母さんのような気分だ。悪い気はしないから別にいいんだけどね。
おや、クラリスがローブの少女を起こしている。どうやらあの子もなかなか起きない子みたいだ。頑張れ、クラリス。
戻ってきたリサーナを連れて、昨日夕飯を食べた所へ行き、朝食にする。
メルガスで買ったパンにコカトリスの肉を挟んだだけの簡単サンドイッチだ。リサーナが「これぞ女子力......っ!」とか言ってたけど気にしない気にしない。まさか女子力なんて言葉がこの世界にもあるなんてね......生きづらそう......
なかなかに量の多い朝食を平らげた後、馬車に戻った時には既に他の乗客達が宿から戻ってきていた。御者さんも出発準備は完了している様子。
「私達が、最後かな」
「はい、お席につかれましたら、出発致しますね」
なんだか肌がツヤツヤしている貴族達がいるけど見なかったことにして自席に戻る。
リサーナはお腹いっぱいになって、また眠そうにしている。世話のかかる子だ......。
「本日も一日、よろしくお願いします」
クラリスがそう言うと、馬車は再びウィルガルムを目指して出発した。
あと九日。何も起こらずに到着出来るといいのだけれど。




