第100話 計画的覚悟
ちょっと長くなっちゃいました。
「もぉ〜、それは私の口から言いたかったのにぃ!」
「ふん、あーでは無い、こーでも無いと考えている暇があるならば行動あるのみだ。ステラならばきっと、受け止めてくれるとも。それ以上は自惚れなんかではなく、自虐になる。相手の想いも素直に受け止めてやらんとな」
よっこいしょ、と言いながら私の異界に立ち入りしてくるパンデミアさん。
確かに、あの一件以来、私は周りから少し距離を取っていたつもりが、想像以上に離れすぎてしまったのかもしれない。それほどまでにあの一言を気にしてしまっているのは自覚している。
だけどなぁ! 今更になって、私の事をどう思っているかだなんて、聞ける訳が無いんだなぁ!
恥ずかしすぎて死んでしまう。
ふと、ステラの方に目を向けて見ると......
「......ぇ......?」
何か言おうと口を動かしてはいるのだが、上手く言葉にならないようで口をパクパクと動かしているだけだった。
そう思ったのも束の間、ステラの目から涙が頬を伝い零れ落ちた。
「すっ、すすすステラ!? 大丈夫!?」
何が起こったのか理解出来ずに呆然と立ち尽くしながら涙を流すステラと、突然の涙に慌てふためく私の二人に対して、パンデミアさんが物理的な意味でも後ろ押しをしてくれた。
「おっ、と」
「ふん、好意を好意と受け取れぬとは難儀な性格よな。ステラも厄介な奴を好いてしまったものよ」
目の前に押し出されたステラを受け止めると、ステラは私の胸の中で再び泣き始めた。胸が無いとか言ったやつには頭を撃ち抜かれる権利をやろう。
パンデミアさんの背後からの独り言が耳に届く。それを最後に気配が消える。出て行ったのだろう。空気の読める男だ。いや、性別不詳だ。
ほんの数十秒か数分か、鼻をすする音が控えめになり目元と鼻を真っ赤にしたステラが私の顔を見上げた。
「ほんとに......?」
ステラの期待に応えたいものの、実際は今までの実験では成功例か少ないため今すぐには行いたくない。そんな一朝一夕に出来るような簡単な話ではないため、完璧と言うのは幾分時間がかかりすぎる。だが今後を見据えた今の状況では、少しでも戦力は大いに越した事は無い。そのため最低限の動きが出来るくらいのモノは創ってあげたかったというのが本音だ。
それをどうにか伝えられるといいんだけど、どうにも私は口下手と言うか、言葉足らずな部分があることにこの世界に来てから気付いてしまい余計に喋りにくい。
だが、それでもこれは自分の口でしっかりと伝えなければ絶対に伝わらない、と覚悟を決めて口を開く。
「えっと......確かに、治すと言うか、再現することは可能なの。けど、今はその、私の実力不足で今すぐにって訳にはいかなくて......」
話している最中に、つい視線を逸らしてしまう。
ステラから反応が無いのが心配になる。上げて落とした感じになってしまい更に落ち込ませてしまったかと思いなんとかフォローを入れようとして再びステラの方を向くと、何だか信じられないものを見たような表情で固まっていた。
「ステラ?」
「っ、あ、ごめん。ちょっと、びっくりしちゃったから......。やっぱり、まおーも人間なんだなって思っちゃって」
「なにそれ」
声をかけると、我に返ったステラは満足そうに顔をほころばせてそんな事を言った。その笑顔を見て、私も釣られて笑う。
「まおーにも、出来ない事があるんだなって思ったら、ちょっとおかしくって」
「なにそれー、私だって出来ないこと沢山あるよ! 生魚とか苦手だし、字を書く時とか丸文字になっちゃうし、歌を歌う時は毎回音外れるし......」
「んふふ、なにそれ。ねぇ、もっとまおーのこと教えて」
「んー? じゃあ私だけじゃつまんないし、ステラのことも教えてね?」
「上から、70、52、66」
「いや、スリーサイズじゃなくてさ......」
この世界に来てから、こんなにもどうでもいい話で盛り上がったのは初めてだった。その後も、暫く他愛も無い話で二人して笑い合った。
「じゃあ、戻る」
「私はもう少し残ってから戻るってラ・ビールに伝えておいて。練習、頑張ってね」
「ん、がんばる」
パンデミアさんに対する愚痴とか、アルテリアさんの愚痴とかで盛り上がった後に、ステラは短槍の練習に戻るらしい。私も、もっと治療魔法の練習しないといけないね。
ステラが背を向けて去って行くのを見届けながら、練習の準備をしているとステラが少し大きめな声量で叫んだ。
「......また、暇でも来ていい!?」
「もっちろん!!」
そう答えると、ステラはとても嬉しそうに軽やかなステップを踏みながら異界を後にした。
「さて、もっかいやろっと」
一人になる寂しさを僅かに感じつつも、目の前の作業に集中し始める。
接続はマスターしたものの、復元となると話が別になる。まず用意する物が人体を構成する物質、そして魔力を溜める事が出来る特殊な道具である。人体を構築するのはそこまで難しい話ではなく、必要な物質と構築を行う多重魔法陣を描くだけである。
「魔法陣は描きさえすれば何度でも使えるし、微調整もしやすいから初心者にはもってこいだよね」
などと独り言を呟きながら、空間に魔法陣を描き始める。儀式とも呼ばれる治療魔法だが、これを一人で行うには地道な作業も必須なのだ。
そんな事を思いながら、せっせと魔法陣を完成させていく。
必要な物質ともう一つ、魔力を溜める事が出来る特殊な道具が必要なのは、魔法を複数併用しなければならないためである。
儀式として行う場合は別の者が使うため必要ないが、一人で行う際には魔力回路を創り出した人体に埋め込み接続する作業の際に相手の魔力と同調させることが絶対条件である。そのため、魔力を溜める道具に魔力を溜めた後に、魔力の変換と言う高等テクニックが求められる。しかしそれも、私は既にマスターしている!
「はぁ、一人で説明口調しても盛り上がらない......」
そんな一芝居を打っていると、例のベルの音が空間に響く。
「アスカ様〜? ご飯の用意が出来ましたよ〜!」
「ラ・ビール今行く!」
魔法陣を一つ描き終わった直後に呼びに来ると言う最高のタイミングでご飯の呼び出しがかかる。筆を乱雑に投げ捨て、私専用の出入口で外に出ると良い匂いが部屋を満たしていた。
「今日は野菜たっぷりのポトフですよ! 自信作です!」
「早く来ないと冷めちゃうぞ!」
「......お腹空いた」
ラ・ビールが胸を張って今晩の献立を紹介してくれる。レヴィとステラは席について待っているが、パンデミアさんは既に酒を片手にソファで寛いでいた。それって一応アルテリアさんの私物だよね......。我が物顔すぎるでしょ。
とその時、扉が大きく開かれて見覚えのある人が飛び込んできた。
「わ、た、し、を! 待ってはくれないの!!」
「アルテリアさんおかえりなさい」
「ありがとう! ただいま!」
若干やけくそに叫ぶアルテリアさんが仕事を終わらせて飛び込んでくるのは毎度の事である。デジャヴってやつ。
「はい、じゃあいただきます」
「んまぃ!」
いただきますの挨拶から口に運ぶまでのムーブが最も早いのはレヴィである。そして口に入れてから「美味しい」と一番に言うのもレヴィである。良い食いっぷりである。
そこから、談笑しながら食べ進めているとラ・ビールが何かを思い出したのか口を開いた。
「そう言えば今日、変な輩を見かけたので撃退しましたよ図々しくも人の影に入り込もうとしたので」
「それは仕方ないね。て言うか、侵入されるの早すぎでしょ。アルテリアさんここの警備どうなってんの」
「いやいや、かなーーーーり厳重にしてるつもりなんだけどさ。いや、そんな事よりラ・ビールちゃん、今人の影に入ろうとしていたって、言った?」
「えぇ、悪魔である私の影に入り込もうだなんて舐められたものです。半分だけ殺したので何者かなんて知らないですけどね」
「がっはははは! 其方、半分殺すとは面白いことを言うではないか! で、どのようにしたのだ?」
「半分殺すは半分殺すです。下半身はもう二度と動かないと思いますよ」
「がぁっはははは! 半殺しではなく、本当に半分殺したとはな! 面白い! 実に愉快だ!」
ソファで寛いでいたパンデミアさんが大爆笑していると、レヴィも釣られて大爆笑する。アルテリアさんが不機嫌な顔をしていた。
「何、知り合いかなんか?」
「いや、知り合いか知り合いじゃないかで言うと知り合いじゃないけど、知り合いの手持ちなんだよね」
「まぁ、どうせ諜報機関かなんかでしょ。だからと言って私はここから逃げられはしないんだけどね」
サキアがここにいる以上、居場所の特定が終わるまではこの場所から動くことは無い。それに、折角しばらくは定住出来そうなんだからその間に治療魔法の研究を少しでも進めておきたいしね。
「アイツ、私とは不可侵の規約があったはずなんだけどな」
口を尖らせてちびちびとポトフのスープをスプーンで口に運ぶ。その度に少しずつ機嫌が良くなるのはラ・ビールお手製のポトフが美味しいからだろう。
きっとこの問題はアルテリアさんが解決してくれると思うので私は治療魔法に集中出来そうだ。
食後のデザートとしてラ・ビールが剥いてくれたフルーツを摘みながらパンデミアさんと話す。
「で、みんなの様子はどうなの」
「そうだな、まずまずと言ったところだな」
パンデミアさんがレヴィ、ステラ、ラ・ビールに指導を施していたなんて今日初めて聞いたからその様子を聞いてみる。
「常人が同じ訓練をするのとは成長速度がまるで違うのは見てて面白いな。だが、だがな......うぅむ。ちょいと、耳を貸せ」
「どうしたの? 躊躇うなんて珍しい」
なんでもズバッと言うパンデミアさんが言葉を選ぶような事をするなんてどこが具合でも悪いのだろうか。耳を近付けると、パンデミアさんはいかにも真剣な声で囁く。
「ステラは戦力にはならぬかもしれん」
「っ! なんで、どうして!? あんなにっ━━」
つい大きな声を出してしまい、みんなの注目を集めてしまう。その中にはもちろん、ステラもいる。
「っ......ごめん」
「場所を移すか」
私は頷くと、隣のアルテリアさんの部屋へ移動する事に。みんなに先に寝ててと伝えて部屋を出る。
「なんで私の部屋に来るのよ......」
「何をケチくさい事を抜かすか」
「まぁ、別にいいけどさ。今は仕事してるからあんまりうるさくしないでね」
「あいわかった」
「......」
パンデミアさんの会話の後、アルテリアさんが眼鏡越しに私をジッと見てくるが、何も言わずに書類に視線を戻した。いつの間にか大分神妙な顔をしていたみたいだ。
「それで、どうしてステラが?」
「お主に見せたあの舞、どうだった?」
「......綺麗だったよ。すごく。どれだけ練習すればあんなに槍と一体化して動くことが出来るのかって思うくらいに」
今でもあの軽やかな動きは鮮明に思い出せる。恐らく時間が経っても色褪せることは無いと思えるほど焼き付いている。
「あぁ、ステラの槍捌きは見事だ。これ以上にないくらいにな。恐らく我が槍を持ったとしてもステラには敵わないだろうな」
「じゃあどうして」
「両手ならばの話だ」
「ッ......」
「アレは美しいだけで、実戦では役に立たない。美しいだけの技では人は殺せんし、あの吸血鬼、アレはかなり強い。お主が向かう先には既に厳しい戦闘が待っていることは皆に見えておる。それを承知の上で皆はお主に付いてきている。だから、これ以上危険に晒す前にステラを切り捨てろ。ステラを思うならばそれが最善手だ」
そう言い切るパンデミアさんの目は真剣だった。いつものおちゃらけた雰囲気は微塵も感じない本気のパンデミアさんがそこにはいた。
これは、実際に指導しステラの限界を見たパンデミアさんが出した選択なのだろう。だから、私の元に行かせた。そして治療魔法の件についても漏らしたのだろう。もしかしたらの一縷の望みをかけて。だけど、私はまだ治療魔法を使えないことを知って、この提案を持ち出したのだろう。これもステラを死なせたくない一心での「捨てる」と言う選択。魔王だったくせに、どんだけ優しいんだこの人は。
その考えを、思いを理解した上で、私はこう答える。
「嫌だ」
「なっっ!?」
「ぜーーーったい、やだね」
「何故だ!? お主は、お主を好いている相手をみすみす殺すつもりなのか!?」
「殺させないよ、絶対に」
「では......」
「ステラを見捨てるつもりもない」
「何故......」
「だって、約束したもの。絶対に見捨てないって、ずっとそばにいるって。私は約束は破らない質だからね」
「〜〜っ、だが、どうするつもりだ? お主の治療魔法は間に合わず、片手だけでは出来ても時間稼ぎだ。相手を殺すことは不可能に近い。お主が守りながら戦うと言うのか? あのネイを相手にか?」
握った手を絶対に離さない、そう約束した以上、私はステラを見捨てない。
それにしても、パンデミアさんはあのネイを随分と過大評価しているみたいだね。彼女は、かなり脆い。
私は人差し指を左右に振りながら舌を鳴らす。
「守りながらってのはパンデミアさんが想像する通りかなり厳しい。けどね、それはステラを守る前提の話」
「だから、アレは通じないと」
「通じるようにすればいい。そうでしょ?」
「だが治療魔法は間に合わないのだろう」
「そこがパンデミアさんが見落としたとこだよ。誰が出来ない、なんて言ったの?」
そう、「今は」出来ないだけだ。ならば決戦までに......いや、今の期間に戦えるまでに出来ればいいって事!
「私はやってみせるよ。それでも反対って言うならパンデミアさん、貴方が実際に試してみてね。うちの子達はみんな、最強なんだから」
椅子から立ち上がり顎を上げて大胆に指を突き出す。そして、宣戦布告をすると、パンデミアさんは目元に手を当てて諦めたかのように笑い出した。
「は、ははは......確かに、こりゃ一本取られたってわけだ! 良いだろう! そうと抜かす以上、我の想像を遥かに超える成果を出してみせろ! 良いなステラ! 今後は更にキツい指導をしてやろう!」
「えっ」
パンデミアさんが出入口の扉を指さして笑うと、薄らと開いていた扉に人の影が見えたが、すぐに消えてしまった。
「嘘でしょ、いつから......?」
「最初から、だ」
「もしかして......?」
「ん? まぁ、そうだな、ステラがそう言ってくれと、な」
「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「自分の事は自分が一番分かっていると、それでも尚、お主がどうにかしてやると言わなければステラは身を引くと言っていたがな」
まさかの計画があったとは......。これは私が一本取ったんじゃなくてステラが全部かっさらっていったのではないか?
なんて項垂れていると、一部始終を聞いていたアルテリアさんが声を上げた。
「その時の審判、私がしてあげるわよー。面白そうだしね。それに何より私の除け者感が半端ないから」
「それは別にいいけどさ......」
これはもう、一刻も早く完璧にしないとだ。ステラの為にも、私はやってやるぞ!!
「どうでしたか?」
「......んふふ」
「すっごいニヤケ面だぞステラ」
「結果としては良かったんでしょうね」
「そりゃあ当たり前だぞ。アスカは欲張りだからな」
「それは褒めてるんでしょうか」
「......んふふふふふふふふ」
「ステラ、ちょっと気持ち悪いぞ......」
「よっぽど嬉しかったんでしょうね。余韻に浸らせてあげましょっか。さ、寝ますよレヴィさん」
「そうだな、ステラは放っとこう」
「......んふふふふふふふふふふふふふふふ」
覚悟を決めた夜は更けていく......。




