第99話 復興と復元
「堅苦しい挨拶は好かん、用件はなんだ? まぁ、言わなくても分かるがな......」
豪華絢爛、風光明媚、絢爛華美と言った煌びやかな謁見の間とは正反対な、質素ながらもその一つ一つは目を張るような価値のものが置かれている執務室の家具の一つ、ゆったりとした1人がけのソファに腰を下ろしながらも、深くは座らずに背筋をピンと伸ばした状態で座る皇帝ギラオスは、向かいに立つ2人の人物に訊ねた。
「はい、私の用件は、知りたいことは一つだけです──」
「魔王は、あの銀魔王はどこにいるの!?」
溜めるように話す前者を遮り身を乗り出してくる後者。前者と違い、後者は明らかな焦燥を滲ませた態度でテーブルを叩く。
皇帝の前でのこの不敬な行動に、ギラオスの背後でまるで彫像のように立っていた執事シュヴァルツァーの細い目が敵意を持って開かれた。
ギラオスはそれを振り返らずに手振りだけで収めると、ここ数日で何度目かの溜息を零した。
あの前代未聞の襲来事件からはや5日、復興は順調に進んでおり、国民達の炊き出しなどの協力もあり、食糧事情にもそれほど痛手を負わなかった。この調子で行ければ、予定されている魔道大国ザッハノルンとの戦争には間に合いそうだ。だが、たとえ間に合ったとしても、兵力の削れた今の状況ではギラオス本人が最前線で戦わなければ互角にもならないだろう。
そんな風に、復興が終わると同時に、襲来事件に関することが全て終息すれば良いものの、原因の究明、今後の対策等には全くと言っていいほど手が付けられずに進んではいなかった。いつの間に卵が植え付けられたのか、どのように調べても、その土地の持ち主でさえも「知らなかった」の一点張りか、行方不明、または既に亡くなっているかなのだ。
シュヴァルツァー率いる影の諜報部隊、「影の騎士団」でさえも、それに関してはなんの手がかりも得ることが出来ていない。しかし、彼らが無能と言うわけでもなく、昨今巷を騒がせている話題ならば幾らでも入ってくる。その話題と言うのが、今目の前にいる2人が欲しがっている情報なのだが......。
2人の欲しがる情報、「銀魔王」についての情報は居場所から、いつどこで何をしていたかまで詳細に手に入っている。簡単すぎる余り、罠かとも考えてみたが居場所が居場所だけに突入出来ずにいた。
襲来事件の後、事件という事件は起こっていなかったが、二日前に突然、巡回兵達の詰所に数十人の男達がなだれ込んで来たのだ。これもまたギラオスの眉間の皺を増やす問題であり、なだれ込んで来た者達の大半は犯罪者として冒険者組合等でお尋ね者として掲げられているような者達だ。重罪を犯したものから軽罪の者までその種類は様々だ。しかし、その者達は一様に身を強ばらせ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら謝罪の言葉を繰り返しているだけで、何があったのか語ろうともしなかった。
そんな重大な問題の処理もしなければならないギラオスは、目の前の2人に向かって今までと同じように返答をした。
「こうも毎日来られては俺の仕事が進まんではないか。それに何度来られても答えは同じだ。答えられぬ、とな」
ギリッ、と歯噛みをする音がギラオスにまで届く。
皇帝と言うギラオスを前にしてもそのような態度を取るのは、先程テーブルを勢いよく叩きつけた少女、アンリ・シノノメである。彼女とギラオスとの間には特別な契約が交わされており、その内容と言うのが、ギラオスに対しては「魔王に関する情報を全て開示すること」であり、アンリに対しては「戦争が終わるまでの間、この国の戦力として働くこと」である。それを一方的に破っていると考えたアンリは、ギラオスに対して鬼のような形相で睨め付ける。
その隣で静かに俯き拳を強く握り震わせているのは、今では帝国随一の魔法使いと噂されるアステルである。なんでも、あの襲来事件の最後に放った超爆発魔法を放った魔法使いなのだとか。
契約で縛られているアンリとは違い、こちらはしっかりとギラオスに忠誠を誓っているため、皇帝の前ではしたなく感情を曝け出す事は出来ないのである。
そんなアステルがなぜ直談判に来ているのかと言うと、率直に言うと、興味本位である。何故、銀魔王は我らを助けてくれたのか、何故、あれ程の魔法を使えるのか、何故、何故、何故......他にも、超極大魔法を私に擦り付けた責任の所在等、聞いてみたい、話してみたい事がたくさんあったからである。魔法使いとは言ってみれば知識欲の塊、一度湧いた好奇心はもう止められないのである。
そんな事を表に出すことをはばかるアステルは、建前としてアンリの付き添いと言う体でこの場に来ている。
ギラオスはアステルの知的好奇心を見通した上で、何も言わずに迎えた。このように、ギラオスは上下関係の点に関しては良い意味でも悪い意味でも、皇帝と臣下との距離は近い。上下関係はあるものの、それは必要最低限である。民の目が無い状況では、時間の無駄としか思えない長ったらしい挨拶など抜きにして友人のように接したいと考えるギラオスであるが、臣下には思うようには伝わらないのである。
アンリとアステルは、襲来事件からの5日間、毎日ギラオスの執務室に来ては同じ質問をしていた。だが、ギラオスは「答えられぬ」の一辺倒。個人でも調べてはみるものの、影の騎士団ほどの諜報力は無いため、そう簡単にはゴールには届かない。
いつ魔王がこの街を去るのか分からない状況では捜索なんかに時間を取られている場合ではない。街での噂を聞く限りでは、まだこの街のどこかに潜伏している可能性は極めて高い。であるならば、答えを知っていて、かつ答えてくれるギラオスに聞きに行くしかないのである。
「......貴方がそのつもりなら、私の契約も破棄させてもらう」
「......」
砂避けのように口元を覆い隠す大きな襟巻をしたアンリが、腰に下げたポーチから小さく折られた紙を広げて再びテーブルに叩きつけた。それはギラオスとアンリの間で交わされた契約の内容と署名、捺印が押された正真正銘の契約書であった。
今までの5日間、同じような発言はあったものの契約書まで持ち出されたのは今回が初めてであったため、ギラオスは押し黙ってしまう。それほどまでにアンリは切羽詰まっているのだろう。
ギラオスは鬼気迫る表情のアンリから隣に立つアステルに視線を向けると、アステルは身体を強ばらせながらも覚悟を決めたような表情をしていた。
先に折れたのは、ギラオスであった。
「...........、仕方ない、か。アンリは今の我が国に必要な存在、勿論、アステルもだ。であるならば、俺も腹を括るとしようか」
「......案内してくれると?」
「そういう事だ。二時間後、城の前で待っていろ」
その言葉に、アンリは訝しみながらも契約書を仕舞い、アステルはお手本のようなお辞儀を繰り返しながら感謝を述べていた。
2人が執務室から出て行った後、ギラオスはソファの背もたれにゆっくりと身体を預け、今後の事を考えただけで溜息が漏れる。すると、背後にいたシュヴァルツァーが声をかけた。
「陛下、よろしかったのですか?」
「仕方あるまい。いつまでも昔の事を引き摺っていては示しがつかないからな。そうと決まれば、シュヴァルツァー、最高の酒を数本調達してこい。そうでもしなければ奴は納得せんだろうからな」
「ふふ、陛下、たまには羽を伸ばすことも重要ですぞ? では、失礼致します」
そう言うと、シュヴァルツァーは音も無くその場から消える。ギラオスは残った仕事を早急に片付けようと、再び執務室の机に向かい始めたのだった。
「......まおーは?」
「アスカならなんか、『実験するから、用事があったらこれ鳴らして!』って言って閉じこもってるぞ」
「......ん、今日もね」
ステラがキョロキョロと辺りを見回しながら扉を開けて部屋へ入ってくる。目当てのモノが見つからなかったのか、部屋の中で何かをチリンチリンと鳴らしながら駆け回っているレヴィに声をかけた。
何かを察したステラは、苦笑混じりにレヴィに訊ねた。
「......レヴィ、今日の分はやったの?」
「あっ! 忘れるところだった」
そう言うと、手に持ったハンドベルをステラに渡すと、隣の部屋へ走り去って行った。
レヴィの事を本当に自分よりも大人なのか心配に思いつつ、ステラは受け取ったハンドベルを軽く振るう。すると、澄んだ金属同士がぶつかり合う音が響き渡り、空間に裂け目が浮かび上がりアスカの作り出した異界への道ができる。ステラは嬉しい事があった時の子どものように、ソワソワしながらその中へと足を踏み入れた。
襲来事件から暫く時間が経ったものの、サキアに頼んだリサーナの行き先はまだ見つかっていない。7日以上はかかるとの事だ、焦らせることも無いだろう。それにサキアなら必ず見つけてくれるだろうしね。
それはさておき、私は今必死こいて治療魔法の調整に取り掛かっている。先日捕まえていた野蛮人もとい荒くれ者達は、UNKNOWNの不安定な魔力あてられたのか、大半が半狂乱状態に陥りつつあったため無事に残ったいくつかの詰所にばらまいた。約束だしね。まぁ、今現在の状況で法うんぬんがまともに働くとは思えないんだけどね。後顧の憂いを絶とうかとも考えたけれども、それで折角のコネ......友情を失うのは勿体ないからね。
てなわけで今現在雑魚魔物相手に実験しているんだけども、これがまた繊細すぎて肩が凝るのなんのって。
切断した足を治療魔法で繋げようとすると、血管や筋肉、神経をぴったりと微塵も誤差なく繋げないと動かない。更にはこの世界には魔法というものがある故に、全身に血が通うのと同じ様に魔力も全身を巡り巡っているのだ。それも目に見えないものがね。
パンデミアさん曰く、それは魔力回路と呼ばれるもので、伸縮自在の血管のようなものらしい。
曖昧なのは、単にパンデミアさんの知識不足のせいだ。正式にサキアに聞いてみると、魔力回路は身体の全身ではなく、主に皮一枚隔てて流れるものらしく、生き物の第二の皮のようなものと言っていた。流れる部位の質や量を調整したり変更することで、身体強化や魔法の発現が可能になる、とのこと。
ちなみに、スキルである魔力感知は、この魔力回路の流れをはっきりと掴めるかどうかで発達の度合いが変わるそうな。
そして私は、三日三晩必死で没頭し、治療魔法の接続をマスターした。
しかし、本当の目的は接続ではなく、復元なのだ。
復元についてアドバイスを求めようとサキアに話を聞きに行こうと思い腰を上げた丁度その時、何やら嬉しそうにこちらに駆けてくる練習着姿のステラが見えた。
「ん、見つけた」
「どうしたの? なんかあった?」
にっ、と笑顔を見せると、「見てて」と言って自分の収納BOX、ステラの空間魔法レベルではある程度の空間しか作れないため物置になっている収納BOXから、スペア用の1.5メートル程の短槍を取り出した。
何をするのかと思って見ていると、右手一本で軽やかにその場で舞うように槍を降り始めた。
片目しか無いため、平衡感覚は取りにくい上に片腕のみで振るうため威力の乗らない槍を、腰と下半身の動きで「捌く」ことに重点を置いた動きにより右腕のみに大した負担はかかっていないように見えた。
そしてなにより、そのひと振りひと振りが、非常に美しかった。
このレベルになるまでにどれ程の苦労があったのか、両手ならばもっと......などと余計な思考ばかりが巡ってしまう。
時間を経つのをわすれる程に見蕩れていると、最後のひと振りが決まったのかふぅ、と清々しい吐息を漏らしてピタリと止まった。
つい、私は拍手を贈ってしまった。それほどまでに、綺麗で、華麗で、実に雅やかだった。
拍手に驚いたステラが恥ずかしそうに額の汗を拭う。
「んふふ、すごい?」
「凄い、凄かったよ。ずっと練習してたんだ?」
「パンデミアが、目を潰されても身体をもがれても戦える戦術を教えてやろう、って言って一緒にやってるの」
確かに、途中途中何度か目を瞑ったりしていたな。
しかしなんと、パンデミアさんが教示とは、それは驚いた。予想はしていたけども。
レヴィの成長用魔法陣からステラの戦術指南等、案外、パンデミアさんは面倒見がいいのかもしれないね。
......そろそろ伝えるべきだろうか?
治せるかもしれない、と。いや、最早治す治さないの問題じゃないのか。元に戻せる、なのかな。うまい言葉が見つからない。どうしたら、どうやって伝えたらいいんだろうか。
「まおー、どうかしたの?」
暗い顔でもしていただろうか。ステラが心配そうにこちらを見上げている。
しかし、伝えるなら絶対に治せるようになってからの方がいいんじゃないのか。でも、その時に拒絶されたら......。
そんな風に内心悩んでいると、僅かに空間に歪みができ、パンデミアさんが現れた。
「焦れったいのぉ。お主の腕を元に戻せるかもしれないとアスカは言いたいのだ」
「え゛っ」
「えっ!?」
あー、もー、面倒見がいいとかじゃなくて、ただのお節介焼き爺さんじゃんかー!?




