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最強魔女さんの混沌とした日常  作者: クリオネ
第三章
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第98話 真実と目的

もう少し前に入れたかったお話です。

いや、丁度良かったのだと言い聞かせなければ。


「鍵は後一つね......」


 座椅子に深く座り、肘掛に肘を乗せ頬杖をつく。

 そして呟いた彼女の前には、忠誠を微塵も感じさせない態度の化け物が一匹と、跪く二人の男性。一方は彼女の力に屈服する大魔王。もう一方は嫌々ながらもそれを決して態度には見せない美丈夫であった。


「それはまぁ、雑魚を数万犠牲にすれば事足りるものであるが、私はとぉっても慈悲深いからね......。たった一人の犠牲で数万の命が救われる! なんて美談! なんて素晴らしい事だろうか!!


 ───ああ、実に下らない。その一つの命が数万の雑魚よりも価値が高かったら? 大損じゃない。だから私は、期待せずに待つよ」


「ネイ様、その鍵とは? そして犠牲とは?」


 「ネイ」。リサーナをアスカの手から奪った絶世の美女。その正体は、約300年前に勇者と共に亡くなったと信じられていた聖女にしてバートゥーン王国の元王女。

 今やその彼女は人間を捨て、復讐の道を往くだけの狂人になっていた。

 突然の話の飛躍はいつもの事ながら、スイッチが切れたかのように話の抑揚は消える。


 そのネイに問い掛けたのは、魔王を超える力を持つ魔王である大魔王にしてアスカと契約を結んだ悪魔ラ・ビールの父親であるサタン。

 口を開くことに許可の必要が無いことから、ネイとサタンの間には壁が無いように思える。しかし、それの本当の意味は恐らく、ネイ自身がサタンなど眼中に無いからであろう。


 しかし、その問い掛けにネイは、僅かにズレた眼鏡を人差し指で持ち上げ位置を調整すると、楽しそうに答えた。


「私の目的は唯一、復讐を果たすだけ。その為の鍵は二つ。私が造った道具(リサーナ)と、それを使うための膨大な魔力......もしくはそれだけの魔力を持てるだけの器を持った人物、と言ったところかしら。一つは私の手の中......。もう一つは、無作為に抽出すれば容易いのだけれど、さっきも言ったでしょう? 私は慈悲深いの、出来れば器が欲しいけれど......無理なら無理で、お前のところの悪魔を借りるだけよ?」


「なっ......! それは......」


「だから言っているでしょう? 無理な場合だ、って。あぁ、楽しみだわ! 大量の悪魔(ざこ)を消して人から英雄と持て囃されるのが! それとも、器が現れて悪魔達に感謝されるのか!! うふふふふふ!」


 魔力を抽出すると言うのは、恐らく数万人から少しずつという事ではなく、数万人の全ての魔力を吸い尽くすと言う意味であると言うのはすぐに理解出来た。しかし、それでもその行動は理解出来なかった。

 

 引き攣る表情のサタンを他所に、ネイは恍惚とした表情でまくし立てる。それはまさに「狂気」と呼ぶにふさわしい様子であった。


「し、しかし! 我が子、悪魔達が感謝するなど......」


「有り得ない? それはどうかしらね? 私が少ぉし吹聴するだけでどうにかなるもの。人間も悪魔も同じでしかない。欲に忠実で己の身が一番かわいい劣等種。あぁ、言い振らせば悪魔達が勝手に血眼で探してくれるかも!? 最高のアイデアを思い付いちゃったわねぇ?


 ───まぁ、それはどうでもいいわ。どっちにしろ何かが消えるってだけ。私にとって得も無ければ損も無い」


 ネイの心底冷たい視線に見つめられ、サタンは情けなく引き下がる。額に冷や汗が浮かぶ。冷や汗は、サタンのその浅黒い肌を伝い地面へと落ちる。その様子は花弁から溢れる朝露のように美しくなく、涙のように儚くもない。ただ打ち砕かれた矜持がそこにはあった。

 そこへ、僅かに訪れた静寂は、荒々しい暴言と鎖が絡み合って起こる金属音によって再びどこかへと消え去った。


「おい、いつまで俺をこうしておくつもりだ? ぶっ殺すぞ! 俺はそこの悪魔みてぇに頭を下げるつもりは無ぇ。俺はただあの忌々しいクソ女共を二度と立ち上がれないようにぶっ殺したいがために付いてきたんだ、三下悪魔ごときと肩を並べて仲良しこよしをするために来たんじゃねぇんだよ!!」


 ネイに向かって血走った目で牙を剥くのは、黒光りする手脚を極太の鎖で幾重にも拘束されながら、それを引きちぎろうと動く度にジャラジャラという金属音を無意味に広間に響かせる元竜燐族、現魔族堕ちと言う化け物に成り果てたクリルだった。

 その紫色に妖しく光る瞳には理性はほんのひと握りしか残っていないように思われ、まるで獣の如き振る舞いであった。


 ネイは、それをゴミでも見るかのように横目で見ただけで、小さくポツリと呟いた。


「魔族の成り損ないの犬が吼えるなよ」


 小さな呟きだったが、それは化け物と化したクリルの聴覚には容易に届いた。むしろ、わざと挑発するように届かせたようにも思えた。


 そしてクリルは案の定、元々浮かんでいた額の青筋が更に濃くハッキリと浮かぶ。今にでもはち切れてしまいそうなほどである。

 鎖の太さと、その巻かれた量からして超重量の筈のクリルだが、鎖を引き摺りながらでも一歩をネイに踏み出した。その瞬間、クリルとネイの間に意外な人物が立ち塞がった。


「下がれ。下がらぬと言うならば、分かるだろうな?」


 右手をクリルの眼前に突き付け、いつでも魔法の発動が可能な状態のサタンであった。


「ハッ! お前の方が犬らしいじゃねぇか! 反抗せず、従順で忠実な騎士の真似かぁ!? 犬どころか操り人形じゃねぇか! 悪魔を統べる王がこれとは、とんだ傑作だ!!」


「黙れ下等生物。王を超える力の前に平伏すがいい」


 圧倒的に不利な状況のクリルは、何か策があるのかと思わせる程に余裕綽々の態度で不敵な笑みを崩さない。それが癪に障ったのか、サタンが耐え切れず魔法を放とうとし、クリルが更に一歩踏み出そうとしたその時──


「クリル、そこまでだ」

「ぐぉっ!?」


 それまで沈黙を保っていた美丈夫、現世に残る数少ない吸血鬼であるクレイルであった。

 クリルの背後に立ち、超重量であるクリルの首根っこを手前に引き仰け反らせ、一触即発の状態を穏やかに済ませたのであった。


「王の御前だ、下らぬ真似はやめろ。サタン、貴様もだ」


「ふん、死に損ないめが」


 注意の向かったサタンも、嫌々ながらも右手を下ろした。

 未だに剣呑な空気が漂う中、そんなものを感じさせないネイが軽い口調で言った。


「王様ごっこなんて私趣味じゃないんだけどな〜。とりあえず言いたいこと言ったし、私は帰る。また何かあったら呼ぶからね〜。ばいばーい」


 最後まで不気味な、目だけが笑っていない笑顔、狂気に満ちた、狂った表情でその場から消えるネイ。

 

 それと同じくして、掴んでいた首根っこから手を離し、魔力を収縮させたクレイルが口を開いた。


「全く、感謝しろよな? 助けてやったんだから。あのままやってたら背後から二人とも殺されてたからな?」


 砕けた喋り方をするのは、先程までいた美丈夫の面影はすっかり消えた誰もがどこかで見た事のあるツリ目をした少年であった。


「ふん、誰も頼んでなど無いわ」


 そう言ってマントを翻して大股で広間から去っていくサタン。


「俺は死なねぇ!」

「あっそ。ほら、行くぞ」


 指先一つを細かく動かしたかと思うと、クリルの動きを封じていた極太の鎖は途中で切断されたかのように切れ、地面に重量感を思わせる音を立てながら落ちる。

 クリルはそれを拾い上げ、先を行くクレイルの後を追った。


「次の舞台はバートゥーン王国だ。用意は出来てるな?」

「かっ! 当たり前だ。待ってろよレヴィ、次こそぶち殺してやるからな!!」


 血が滾るような笑みを浮かべ、拳を手のひらに打ち付けるクリルの様子を見て、クレイルは一人溜め息を零すのだった。















 光が無い暗闇で満たされた部屋の中で、彼女はぼんやりと、意識が曖昧な状態でいた。

 しかし、


「───て、起きてってば」


「っ!?」


 

 目が覚めて真っ先に目に飛び込んできたのは、彼女の最も信頼していて最も好意を向ける人物ではなかった。

 知らない天井が映った訳でもなく、目を開けるとそこには、これから起こる事が楽しみでたまらないと言った様子の、高揚感を隠せないと言った笑みをこちらに向ける仄暗い光、と言う矛盾を孕んだ光を纏ったようなネイ・ルルリアーナその人であった。


「あっ、やぁっと起きたねぇ」

「から、だがっ」


 そこで、彼女は自分の身体に感じる異変に気付いた。身体が、指一本たりとも動かないのだ。


「あぁ、ごめんね、抵抗されると大変だから、身動きの自由を奪っちゃったの。でも、安心して。私なら動かせるからね」


 そう言ってネイは人差し指をピン、と立たせてみせた。すると、彼女の右腕が垂直に上がった。続けて振るって見せると、その動きに沿うように自分の意思とは関係なく右腕が動く。

 その気味悪さに、彼女は顔を顰めてしまう。


「儀式までに体調を万全にしておかなきゃならないからね。それまでにはちゃぁんと、美しい身体に作り変えてあげるからね。

 そうすれば、ついに、遂に! 私は悲願を果たせるの。うふふふふふふ、300年と余年! どれだけこの時を待ったことかしらね。やっと、やっとあの人に会えるの、私の愛した最強のお人にね」


「ひぃっ!」


 ネイは、喋っている間にもコロコロと表情が変わる。

 そして遂には、半分が泣き顔、もう半分が笑顔と言う言葉にも言い表せない醜くも美しい、二律背反を表したかのような外見になっていた。

 その見た目に、彼女は思わず息を飲んでしまう。


「あら、失礼な我が子。そんな所も、あの邪魔な小娘に似てしまったのね。早く、早く綺麗にしてあげるからね!」


「うっ、わた、しはっ」


 勢いそのままに、ネイは彼女の腹の上に馬乗りしてくる。彼女は苦しそうに息を吐きながら、反抗の意を唱えようとするも、舌や喉が満足に動かせず、言葉が詰まる。

 もしかしてと思い、視線を向けると、ネイの指が絞めるように閉じられていた。


「黙りなさい、リサーナ」


「あす、かっ」


「貴女は私が意図的に生み出した作品の一つでしか無いの、子は子らしく黙って親の言う事を聞くものよ」


「ちが、うっ! わたし、は、あなたの、こどもっ、じゃ、ないっ!!」


 ネイの瞳に、初めて感情らしい感情、「執念」のようなものが伺えた瞬間だった。

 リサーナ、そう呼ばれた彼女は、必死で言葉を紡いだ。だがその反抗は逆効果だったのか、美女の表情が再び不気味に歪んだ。


「じゃあ聞くわ、リサーナ、貴女のお母さんは? 会った記憶なんて無いでしょう? ある訳無いもの! だって、私が無理矢理作らせた母体はすぐに人間と拒絶反応を起こして惨たらしく死んだもの! あれは綺麗だったわ、でも! それ以上に可笑しかったのは貴女を育てた環境! 人間と魔族のハーフの力を抑える力を持った魔道士なんて、この世で私しかいないもの。ハーフを人為的に作ってるんだものね! それで様子を見に行ったら、埃舞う拷問部屋で一人軟禁状態? あの時は笑うのを我慢したわぁ。殺さなければ何をしてもいい、とは言ったけれど、まさかあの国も腐っているとは思わなかったもの! あはははははっ!


 ────はぁー、本っ当、これがあの人が守った人間だなんて思うと、反吐が出る」


 真実を聞かされたリサーナは、瞳孔が開き、鼓動の動きが早くなる。認めたく無いが、何故か腑に落ちてしまう。

 と言う事は、やはりあの時に聞かされた私の存在意義、使い捨ての道具である事は真実であったという事なのか。

 最後のネイの言葉すらも耳に届くことなく、リサーナはただ言葉を漏らす。


「う、そ......」


 ネイは両手を広げながら、上空へと舞い上がる。すると、リサーナの横になるベッドを中心に赤い光を放つ魔法陣が広がった。


 力の入らない全身だったが、今まで以上に身体から力が抜けるような感覚を覚える。

 今にでも気を失いそうになる。そして、リサーナが最後に見た景色は、赤い光に照らされたネイが、結晶のようなものに寄り添っている姿だった。





「うふふ、すぐに目覚めの時が来ますよ。

 ────愛しの君......」



 

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