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最強魔女さんの混沌とした日常  作者: クリオネ
第三章
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第95話 必死の叫び


 月の無い夜、街には仄かな灯火がポツポツと見える程度。魔力灯も先の迎撃戦にて殆どが使用不可能になってしまったため、携帯用の、ランプ等の一昔前の小さな明かりに頼るしかなかった。


 だがこの一日、国全体で勝利を祝い騒いだ国民達は、既に心地よい疲労に包まれ眠りについていた。起きているのは少数の者達だ。

 そしてその少数に含まれる一名は、小さな明かりの中で必死な形相で本のページを捲っていた。




「これにも、書いてないわね。魔力の代わりに生命力を使って魔法を使うことくらいしか書かれてないわ」

「そっか......」


 ランプの光に照らされたお互いの表情に影がさす。

 そのままサキアから視線を横に逸らすと、積み上げられた本達が目に入る。


 私は未だに文字を読むことは難しいが、マナロスや回復魔法に関する簡単な文字は教えて貰った。その為、マナロスや回復魔法に関する単語は理解し覚えた。

 本を捲り、覚えた単語が無いか探し出し、見つけ次第サキアに渡してその周辺を読んでもらう。

 それ以外の文字が読めないせいか、作業は思いの外捗った。だが、目的のモノは見つかっていない。


 幾らランプで照らされていると言っても、ランプの明るさは昼間や、今までの魔力灯の明るさとは比べ物にはならない。

 そんな暗い中長時間本を読んでいたので、目が疲れていた。凝りを解そうと目頭を摘む。


「疲れたの? なら、少し休みましょ」

「いや、大丈夫だよ。まだ出来るから」


 サキアの提案も振って、努めて笑顔で返す。だが、私の返事と顔を見たサキアは少しムッとしたような表情をした後、哀れんでいるような哀しい視線を向けてきた。


 無理な笑顔を作っている自覚は無かったが、本を調べている間も常に楽しそうにしていたサキアの表情を曇らせる程だ。きっと今の笑顔は相当酷かったのだろう。


 だけど、私は休んでいる時間なんて無いのが現状。そのサキアの哀しそうな表情を見て見ぬ振りをして再び古ぼけた本に視線を落とした。目的の文字を探してページを捲ろうとしたその時、目の前に膨れっ面のサキアが飛び出してきた。


「休まなきゃだめよ! 人間は無理をしたら簡単に死んじゃうんだから!」


 注意を受けたが、やっぱり私にはそんな時間はないのだ。どう対処すべきか悩んでいると、サキアはその小さな身体で二枚の羽を使いながら私のローブの袖を引っ張り始めた。

 蟻が岩を押してもビクともしないのと同じように、手のひらサイズのサキアが私を力一杯動かそうとしても無理なものは無理なのだ。


 力技で振り払うのは簡単だ。だが、サキアには恩義を感じているし、何よりサキアを怪我させたくなんて無い。それなのにサキアを心配させるのはどうかと思い、ゆっくりと立ち上がる事にした。

 腰を上げた瞬間、ポケットから何かが落ち、小さな金属音が鳴った。


「ん? なんの音?」


 ポケットに入れたステラのイヤリングだが、深くまで入っていなかったのだろうか、立ち上がった時に落ちてしまったようだ。

 イヤリングを拾い上げ、サキアに見せて簡単に説明すると、何かを思い出したのか素頓狂な声を上げた。


「あぁっ! すっかり忘れてたわ! 小柄な女の子が覚束無い足取りで入ってきたけど、すぐに出て行っちゃったわよ。なんか、涙を流していたみたいだけど。それよりも、本が濡れちゃうことの衝撃の方が大きくて忘れちゃってたわね」


 てへぺろ、と可愛らしく舌を出した後、可愛らしいティーセットをテーブルに置いていくサキア。


 サキアの行動なんかよりも、涙を流していた?

 今の状況を鑑みれば、あのステラでも涙の一つや二つ流したくもなるだろう。でも、ステラは人前じゃ決して涙なんか見せたくないタイプのはずだ。サキアに気付かなかった? そんな筈はない。

 ならば、どうして? 何かあったのだろうか?


 何故か、背筋に冷たいものが流れる。

 嫌な予感がする。なんの根拠も無かったが、勝手に足が外に向かって動き出した。


「アスカ? 急にどうしたの? って、ちょ、ちょっと待って!?」


 書庫にかけられた奇妙な時計、と呼べるか分からない物に視線を運ぶ。それからすると、後一時間もしないで夜が明ける。

 だが時間がどうしたと言うのだ。私は書庫を出て、まずはみんなの元へと向かう。既に眠りについている頃だと思う。ステラもそこにいてくれれば。そんな淡い期待を持って、部屋へと向かう。


「まっ、待ちなさい! どうしたのよ急に!」


 再びサキアが目の前に現れる。駆け足で説明を簡単に済ませる。


「でも、何かあったって確証は無いんでしょ? もしあったのなら他の仲間達が報せにくるなりあるんじゃないの?」


 私は何処に行くか伝えずに来ているため、この広い校舎の中で的確にここだと見つけるのは容易ではないはずだ。確かに、契約を結んでいるラ・ビールや、鼻の効くレヴィならば見付けられるかもしれないが、ラ・ビールは以前、「私はアスカ様の魔力と接続されている形ですので、魔力さえあればどれだけ離れていようとも即座に駆けつける事は可能です」と言っていた。逆も然り、魔力が無ければ駆け付けられないのだ。

 レヴィに関しては、実際は鼻ではなく、種族特有の魔力感知の器官が優れているのだと思われる。臭いの類は余り興味無さそうだった。


 ならばステラはどうやって書庫だと分かったのかが不思議である。あの子は時々誰よりも優れた能力を発揮するから一概に有り得ないとも言いきれないのだが......。


 そんな事を考えていると、部屋の前にまで辿り着く。


 淡い期待を侍りながら、扉を開く。

 明かりは付いておらず、寝息が聞こえる。


 ベッドの膨らみは凡そ三つ。レヴィとラ・ビールと、ステラだろうか? 実際にこの目で確認しないと安心なんて出来ない。起こさないように気配を殺して近付き、枕元を覗くとそこには......。



「アルテリアさん......」

「えっ!? アスカ、テリアと知り合いなの!? なんで校長室に入るのかわけわかんなかったわよ......」



 焦燥感に煽られ、即座に外に出る。

 だが次に目指す場所など決まっておらず、ただ彷徨うだけに近い行動であった。

 それでも、足を止めている暇なんてない。リサーナもステラも、どちらも大事だ。考えている暇なんて、歩みを進めながら考えればいいんだから。


 サキアは飛ぶのに疲れたのか、肩に乗って何か考え事をしているようだ。



 何の成果も得られないまま、無情にも空は白んでゆく。



 疲れなんて知らないはずの身体に流れる大量の汗と切れる息。


 止まらぬ足がとある大通りに踏み入った瞬間、耳元から大きな歓声が上がった。


「あった!! 見つけた! 見つけたわよ! 微かだけど反応が!!」

「急に何!? 反応? 何が!?」


 ステラが見つからない事への焦りは苛立ちとなって募り、ついサキアに強く当たってしまう。だがサキアはそんな事などお構い無しに手に持ったイヤリングを近付けてくる。


「私、捜し物を見つけるの得意なの。それも、本妖精のスキル『捜索』がどの子よりも秀でているからね。それで、このスキルは集中力が必要だから今の今まで肩に乗せて貰っていたんだけど......遂にね、反応があったのよ!! ほら、これ見て!」


 サキアが両手に持ったイヤリングを見せてくるも、何の変化も見られない。


「普通だけど?」

「あぁ、今はマナロスだったわね。説明するとね、微かに碧色の光を放っているの。そもそも、思い入れが強い物ほど所持者の魔力が馴染むんだけど、これは身に付けていた期間が短いのか、薄くて反応を見つけるのに苦労したわ! でも、これが光ったってことはつい最近この道を通ったか、この近くにいるって事よ! きっとこの辺りのはずよ!」


 興奮気味に語るサキア。僅かな反応だけで見抜かれた的確な発言に呆然としてしまう。ステラがイヤリングを購入したのはつい二、三日前だ。


 キツく当たってしまったにも関わらず、それも気にせず私のために動いてくれた事に申し訳なさと有り難さが湧き上がり、サキアを抱き寄せる。


「ちょ、ちょっと何してるの!?」

「ありがとう。すっごく助かるよ......」

「え、えへへへ、そんなに褒めなくても......」


 照れる小さなサキアを肩に乗せ、再び前を向く。


「でも、感謝の言葉はその子をちゃんと見つけてから贈って欲しいわ! 後はこの反応を───って、た、大変よ!?」

「な、何!? 次は何事!?」


 良い流れだったというのに、今度はサキアが大慌てで飛び上がった。


「反応が、反応が小さくなってる! 小さくなってるって事は、私達は動いてないから遠ざかっているか、本当に危険な状況にいるかのどっちかよ! 急がないと!」

「くっ......!」


 ギリッ、と奥歯を噛み締める。

 サキアの捜索スキルで事態は好転したと思ったのに......。このままで手遅れになるかもしれない。

 だがここで慌てて手当り次第に反応の強くなる場所を探し当てるなんてのは難しい。何せ大通りはウィルガルムのメインストリートだ。横に伸びる道なんて無数にある。


 ならば考えろ。ステラが何処へ行ったのかを。

 もしも遠ざかっているのならば、こんな早朝に何処へ行くのか? ステラが一人で? 不可能だろう。今は支えが無ければまともに動けないくらい弱っているはずだ。丸一日動いていたと仮定して、今も動ける状況にあるとは思えない。

 遠ざかっていると言う線で考えるのは難しい......いや、誰かに運ばれているのであれば......。


 と、その時、誰かの言葉が脳裏を駆けた。




 ───でも最近は人攫いが増えたって聞きますね。




「......人攫い」

「復興前、それも全員が油断してる時ならそれこそもってこいね......なら、移動、運ばれている?」


 そして、そこで二人の意見が合致した。


「「門!」」




 ウィルガルムから出るには東西南北に設置された門を通る他ない。そして基本的に使われるのは北門であり、メインストリートもそこから伸びている。

 そもそもの話、東西南の門は使い物にならないだろう。南と東の門はパンデミアさんの放った瘴気が今も残っているし、西に至っては焼け焦げた門を開こうものなら門そのものを外す以外方法は無い。

 そのため、消去法で北門に来たものの、サキアの表情は曇っていた。


「おかしいわ、段々と小さくなっていくわ。おかしな馬車も見えないし、もしかして......」

「行くよ。反応があったら教えて」

「えっ、あ......う、うん......」


 拳を握り締め、唇を噛み締めすぎたのか、自らの歯で唇の端を噛み切っていた。

 痛みは、無い。あるのはただ静かな怒りのみ。

 どうして遠ざかっているなんて選択したのか、無意識的に危険な状況にあると認めたくなかったのか。


 ただ走る、メインストリートを。石畳を踏み砕きながら、横道を覗きながら。



 そして、アルテリアさんの学校の近くまで来た時、サキアが声を上げた。


「そこ! 横道に入ってみて! ......ここよ。きっとここを通ったんだと思うわ」

「そう、ありがとう......」


 不自然に整えられた麻袋の束。他の横道と比べても綺麗すぎる道。疑いようなど無い。

 ふぅ、と細く息を吐いてその道を進む。いつの間にかローブのフードは外れ、銀色の髪は路地を流れる風に揺らされる。



 路地を抜けると、そこには新築のような大きな一軒家が。目の前は私の魔法で更地となった土地。

 一目で分かった、ここにいると。

 周りは砂塵等で薄汚れているにも関わらず、この家だけは何事も無かったかのように綺麗なのだ。幻の類だろうか。


「サキア、離れてて」

「う、うん......」


 容赦などするものか。私の家族に手を出したこと、その身で以て償わせてやる。


 朝日が城壁を超えて顔を覗かせる。


 腰を落として拳を引く。捻りを加えて打ち出す。ただそれだけの簡単な行為。パンデミアさんの見様見真似だ。


 だがそれに強大なステータスが加われば? それは理不尽を砕く拳と成り得る。


「はぁぁぁあっ!」



 ゴガァン!!!



「きゃっ!?」

「くっ、鉄っ!?」


 手に伝わる鈍い感触に歯噛みしつつ、次から次へと打ち続ける。

 手の甲が傷付き、血が流れるもやめることは無い。


 するとそこに、小さな光を纏ったサキアが飛び込んで来た。


「アスカ、駄目っ! これ以上やったら、手が!」

「ごめん、サキア。私は私自身よりも、家族が大事だから──」


 私の身を案じてくれているのは嬉しい。心からそう思える。だけれども、私は止まれないんだ。

 片手でサキアを引き寄せ、その勢いのまま回転し、ステータスの数値にものを言わせる蹴りを放った。


「はぁっ!!!」


 すると、一際大きな音を響かせ、金属の塊が内側に向かって倒れてゆく。

 中からいくつかの悲鳴が聞こえるが関係無しだ。


 そのまま朝日を背に金属の板の上に乗り、周りの男達から集められる視線など無いが如く、何よりも大事な家族の名前を叫んだ。




「ステラッ!!」




 近くにいた者は耳を塞ぎ、後方にいた者は顔を顰める。だがそんな事などどうでもいい。


 ただ、耳をすませる。



「ッ!」



 耳に届いたのは小さな、酷く弱ったステラと思しき嗚咽と......何よりも私の名前を呼ぶ声。

 まだ生きている事に安心し、一歩踏み出す。

 だが目の前には厚い肉壁。どうしようか迷っていると、突然壁が割れた。

 そこをゆっくりと歩くように、筋肉を汗で濡らし、拳に血を滴らせた男が現れた。





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