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最強魔女さんの混沌とした日常  作者: クリオネ
第三章
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第94話 ステラの恋路は険しい道のり

注意:僅かに残酷なシーンがあります。苦手な方はお気を付けて下さい。



「アスカ、大分追い込まれてる感じだな......」


 アスカが立ち去った後、食堂には微妙な空気が流れていた。


「リサーナちゃんが連れ去られて、その上マナロス、ね。遣る瀬無いわね......」

「心配ですが、今私達が出来ることは信じて待つしかありません。と言っても、この程度で折れるようなアスカ様ではありませんけどね。きっとまだ諦めてませんよ」


 ラ・ビールの言葉に「......そんなの当たり前」と返しながら椅子から立ち上がるステラ。フラフラとよろめきながら外へと向かう様子に、心配したアルテリアが声をかけた。


「どこか行くの? 肩貸そうか?」

「......トイレ。一人で行ける」


 ステラの返答に、いつもより若干の間があった事に気付いたパンデミアが、誰にも悟られぬように忠告を放った。


「ステラよ」

「......何」

「歪んだ想いは、互いの身を滅ぼすぞ」


 僅かに苛立ちを含んだ表情に変わったものの、すぐさま背けられてしまう。そして、ステラはそのまま返事もせずに扉の奥へと消えた。









 扉を閉め、壁を支えに歩くステラ。

 頭と下腹部の痛みは先に飲んだ薬で和らいでいるが、それでも痛いものは痛い。それに加えてマナロスの症状である身体の怠さは、歩くことすら辛い状態。

 それでも歩みは止めず、特定のものに大してのみ鋭敏な嗅覚を頼りに歩みを進める。


「......まおー、一人で全部背負い込むのは、悪い癖」


 歩みは鈍いが、着実に進んでいく。

 外からは雑多な賑わいが聞こえてくるが、ステラの興味は一つだけである。

 向かう先は大好きなあの人の元。


 思うように動かせない鈍重な身体にイラつきながらも、昼下がりから夕暮れになる前の時間に、漸く目的の場所へと辿り着いた。

 「書庫」と書かれた扉を開き、中へ入る。本妖精(ブックス・フェアリー)の視線を感じるが、それも流す。途中、何度か転びそうになりながらも部屋の隅で突っ伏して眠っているアスカの姿を見つけたステラは、本棚や椅子やテーブル、掴めるところならばなんでも支えにして駆け寄った。


 険しい顔付きで腕を枕にして眠っているアスカに近付く。

 そのアスカの前に、途中まで開かれたまんまの状態の絵本に視線が向かった。


「......字が読めないから、絵本なのね」


 すぐに治す方法は無いと言われても、僅かに残った可能性を信じて、字も読めないのに筈なのに知識の集う場所、書庫にまで足を向ける呆れるほどの諦めの悪さ。

 だが、そんなところにもますます惹かれてしまうステラは、浮かされた熱のまま眠るアスカの頬に唇を寄せる。


 だがその熱も、アスカの口から零れた寝言によってあっさりと冷めてしまう。



「リサー、ナ......」

「ッ......」



 その言葉と共に目の端に輝くものが頬を伝う。

 それを耳にしたステラは、時が止まったかのように動きが止まる。下唇を噛み締め、俯いた状態で。

 ステラはそっと離れ、以前雑貨屋で購入した左右で形の違う、星と三日月の形をしたイヤリングを外してテーブルに置く。

 泣き顔と怒り顔が混じったような、いや、悔しそうな表情で目に涙を溜めながら、誰にも聞こえない小さな小さな言葉を放った後、その場から立ち去った。


 ───本当は他の誰よりも私を見て欲しい。私だけを見ていて欲しい。誰よりも愛しているのは私なのに、どうして応えてくれないのか。ずっと一番はあの子だったから譲るしか無かったのに、どうして離れていてもあの子が一番なのか。私がこんなにも想っているのに、想いだけでは絶対に勝てないのか。あの時、あの子が消えたと知って悲しみよりも先に安堵が訪れた事を思い出して反吐が出そうになる。きっと、この穢れた想いでは絶対に敵わないのだと知った。弱った立場を利用したと言うのに、それでも、どんな手を使っても、あの人の一番にはなれない。


 己の歪んだ欲望に自分が自分でなくなるような、欲望に押し潰されそうになり、ステラは逃げた。すべてを忘れようと、無かったことにしようと。


 何度よろけようとも、何度転ぼうとも、振り返ること無くただただ走った。




 街に出ても、人の波を掻き分けるなんて器用な真似は出来ずにただぶつかりながら進む。そんな事をして誰にも気に留められないはずもなく......


「チッ、痛ぇじゃねぇか嬢ちゃんよ!」


 腕の無い方、左肩を捕まれると、足腰の踏ん張りが効かないステラは簡単に地面に倒される。

 だが、歩くことすら厳しい状態に、更に無理に無理を重ねたのだ。倒れてしまうともう二度と立ち上がれないのではないかと言うくらいの虚脱感に襲われる。

 息切れも激しく、過呼吸気味でまともに返事すら返せない。


「無視してんじゃねぇよ、あぁ?」


 男に胸ぐらを掴まれ持ち上げられるが、反抗しようにも腕が麻痺していて持ち上がらない。

 そんなことになっているとは知る由もないガタイのいい男は、ステラの身体を見た途端、瞬時に下卑た視線へと変わる。


「へっ、お前さん、まさかお貴族様の忘れ物か? 欠損させるたぁいい趣味してやがるぜ。忘れ物は、届けてやらねぇとなぁ......」


 はだけた服の隙間から覗く胸元に、だらしなく鼻の下を伸ばす男の目付きに、心体共に弱っている今のステラは恐怖を感じた。どうにか離れようと試みるが、指一本動かすので精一杯だ。


 とその時、騒ぎに何事かと集まっていた人垣を掻き分けて入ってくる人影がいくつかあった。


「おい! 何事だ!」

「チッ、衛兵か? 変な事喋るんじゃねぇぞ」


 男はステラの耳元で小さな声でそう言い、動けないステラの身体の影に小さなナイフを突き付けた。衛兵からはステラの身体で影となって見えない位置に。

 未だに呼吸の整わないステラの背中に冷たい汗が流れ落ちる。


「へへっ、すいやせんね。ウチのドレイ(・・・)が粗相を起こしやがりましてね。ちゃんと躾ておくんで、見逃してくだせぇ」

「──ふん、悪趣味な。使えん人形など捨てれば良いものを......」


 その男の言い分を信じたのか、衛兵はゴミを見るような目でステラを見下ろしステラと男にだけ聞こえるように毒を吐いた。

 その言葉を受けたステラの目から涙が零れる。

 だが衛兵はすぐさま背を向け、「散れ、散れっ!」と集まった人だかりを散開させ始めた。

 そして、動けないステラはそのまま男の横脇に抱きかかえられ運ばれていく。僅かに動かせるようになった首だけを動かしてみると、まだ幾人かがこちらを気にしている様子だった。そこで、喉を震えさせ声を振り絞った。


「助けっ──」


 だがそれは言葉になる前に、口に布を噛ませられてしまい叶わなかった。


 男はそのまま脇道に逸れ、人気の無い路地裏へと入り込む。そしてそのまま、まるでこうなるとでも予想していたかのような淀みない動作で、不自然に置かれた麻袋に放り込まれた。


「んー! ん、んーっ!!」

「チッ、うるっせぇな!」

「ンうッ、ぅ......」


 視界が真っ暗に閉ざされ運ばれる恐怖に耐え切れなかったステラが言葉にならない叫びを上げると、男は怒りのままに麻袋を殴り付けた。

 当たり所が悪かったのか、それともそれだけ弱っていたのか、その両方か、ステラはその一撃で気を失った。









「起きろ」


 どれだけ気を失っていたか。

 何者かの起床を促す声と、冷たい水を浴びせられた衝撃で目が覚める。


 目を開けると、天井高くに取り付けられた窓から明るい日差しが入り込んでいた。確か、拉致られる前は夜に向かっていたから......既に夜は明けていると言う事なのか。

 声をかけた男は、ステラを連れ去った男ではなく、体格はヒョロっとしていて頼りなさそうに見えるがその目付きは鋭く、その目に見つめられると全てを見透かされてしまいそうだった。

 その男は暫くステラの全身を眺めると、首だけを別の方角へ向け呼びかけるように話しかけた。


「おい、こいつ欠損品だろ? 本当に売れんのか?」

「へっ、そう言う趣向の奴には高く売れんだよ。知らねぇのか」

「だがこんなガキだと足がついたりしないか? 本当に大丈夫だろうな」

「心配すんなって。逃げる準備はいつでも万端だっての」


 その先にいたのは、ステラを連れ去ったガタイのいい男。その姿を見ると身体が震え粗相を起こしてしまいそうになるが、その男のそばにある大きなケージの中のモノに視線を移して事なきを得る。

 そこには、ケージに入れられたステラよりも幼いであろう子ども達。どの子もガタイのいい男に恐怖を抱いているようで、ケージの隅で固まって震えている。

 そこでステラの興味は尽きた。


 震える子供たちの中に一人だけ、その子どもたちの前に守るように立っている少女がいた。今度はガタイのいい男がその少女を指差して訊ねてきた。


「なぁ、本当にこの威勢のいいガキが王女サマなのか? 俺ぁ未だに信じらんねぇな」

「昨日の騒ぎに乗じて攫ったからな。偽装工作の変わり身も、そろそろ限界だろうな。多分、もうそろそろ大騒ぎになる頃だ。んでもって俺達はその騒ぎに乗じて逃げる。そのガキが本物かどうかは、手に入る金で分かるさ」


 男が酷く歪んだ笑みを浮かべる。

 だがそれに反論するかのように、恐怖で震える声ながらも力強い声で他の怖がる子供たちを元気づける少女がいた。


「かっ、必ず、助けは来ますから、もう少しの辛抱ですよ!」

「ほ、ほんと......?」

「えぇ! 必ず来てくれるはずです!」


 根拠の無い自信、と言うには些か自信がありすぎるような言い方である。その少女は来ると言って疑わない純粋な瞳を持っていた。

 だが、その純粋さを毛嫌いする輩がここにいた。ケージを力いっぱい掴み大きな音を立て、脅すような低く冷たい声で言葉を放った。


「おい、クソガキ。本当に来るとでも思ってんのか? この倉庫は外から見りゃただの石造りにしか見えねぇがな、ここは特別に建てた鋼鉄製のもんだ。魔法の一つや二つなんかじゃあ、傷一つ付かねぇ。昨日の魔物襲撃も乗り越えた折り紙付きよ。それにだ......探索系の魔法防御も完璧、逃げ道完備、俺達の計画にゃ、穴なんかねぇんだ。舐めた口きいてると、きけなくなるまで爪剥ぐぞ?」

「ですが、わたくしは昨日確かに助けられて......」

「かーっ、うっせぇ! このために俺達がどれだけ時間を割いてきたか......」


 流石の王女様も、ドスの効いた低い声を一心に浴びると尻込みしてしまう。涙がポロポロと零れ始めた時、もう一人の男が声をかけた。


「それ以上は時間の無駄だ。口が達者なのも考えものだな。そんな事よりこいつだ。さっきからピクリともしない。不良品を売るわけにはいかないぞ?」


 男は、先程から微動だにしないステラに近付く。

 一方、ステラは右手首を太い縄で無理矢理柱に括り付けられており、逃げ出すことは不可能だった。万全の状態ならば試行錯誤して逃げる事は出来たのだろうが、今は万全からは程遠い状態である上に何もかもが嫌になっていた。いわゆる自暴自棄に陥っているのだった。


「売れなさそうなら捨てるか? 邪魔なだけだろ」

「もう計画は最終段階だ。殺すのはリスクが大きすぎる。連れて来ちまったら最後、買い叩かれてでも、銅貨一枚でも売るしかない。だから必要最低限にしろとあれだけ言ったのだがな」

「へー、へー、すまんのぉ。なら時間まで銅貨一枚に見合うまで遊んでくらァ」

「壊すんじゃねぇぞ。俺は撹乱用の人員のチェックと逃げ道の準備をしておく」


 そう言ってヒョロっとした方の男は垂れ幕を避けて向こう側へと消えていった。恐らく向こう側には男達が集めた、もしくは雇った数十人のサクラ要員がいるのだろう。


 しかし、今のステラの目には周りのことなど映らない。ただひたすらに自分自身を責め続けるので精一杯なのだ。その目は全てを諦め、捨てた光の無い目。先の少女とは正反対の、救いの無い瞳だ。

 地面に寝転がり、水でズブ濡れになっている事など気にする素振りもなく何やらブツブツと独り言を繰り返すステラの様子を見たガタイのいい男は、舌打ちをしながら近寄る。


「チッ、こりゃ本当に外れ商品かもな。まぁ、そんな簡単に壊れてくれるな、よッ!」

「きゃぁっ!!」

「......ごぁッ、か、はっ! あ、ぅ......」


 歩み寄る勢いのまま、ステラの腹めがけて足を振り抜いた。

 ケージから覗いていた少女や子供たちが一斉に悲鳴を上げた。

 ステラは腕を固定されているため、遠くへ飛ばされずに、その場で全ての衝撃を食らった。その威力は計り知れなく、内蔵のいくつかが破裂しそうだった。


 だが、ステラは吐血しながらも笑っていた。


「......げほっ、へへ、そう、殺して、みせてよ......」

「狂ってやがる......が、お望み通りになぁ!」


 いつの間に嵌めたのか、ガタイのいい男の手にはメリケンサックが嵌められており、ステラの弱っている身体に容赦なく拳が振るわれた。





「ひっ、ひどい......!」

「へっ、まだ生きってかぁ? しぶとい奴だな......」


 ガタイのいい男の足元に転がるのは、胴体を執拗に殴られた痕が分かるくらいの傷痕が目立つ半裸の少女、ステラ。骨は折れて肉を突き破っている物すら見える。顔面を殴らなかったのはまだ売る気でいるからか。

 呼吸のリズムが不安定ながらも繰り返すステラは、息を吐くたびに口から血液が漏れる。

 そんな状態でも掠れる声をゆっくりと口を動かして、血と共に声を出す。


「......やっ、と、死ね、る......」

「まぁ、楽しかったぜゴミの癖に耐久力はいっぱしだぜ。じゃあな、あばよ」


 男の拳が遂にステラの顔面を砕こうと引き絞られたその時、男曰く鋼鉄製の平屋が激しく揺れた。轟音を響かせながら。



 ゴガァン!!!!



「きゃぁ!」

「なっ、なんだぁ!?」



 男は何事かと垂れ幕を乱暴に扱い向こう側へ渡る。


「い、今の内に......!

 天よ、傷付きし子に癒しを与えよ。上回復(ヒール・パァノ)


 誰もいなくなったその間に、少女がケージの隙間から腕を伸ばしてステラに回復魔法をかけた。

 そのお陰で、不安定だった呼吸が整ったリズムに戻る。これで少しは延命されただろう。


 そして、動く度に走る激痛を堪えて首だけを音の鳴る方へと動かす。男が乱暴に垂れ幕を扱ったせいか、垂れ幕は落ち、背の高い壁が見えた。

 だがそれは音が響く度に変型しているように見え......


 何度目かの轟音は破壊音となり、鋼鉄製の扉が弾け飛んだ。


 朝日を背に受け扉の消えた所に立つのは、ステラが恋い焦がれ身を焦がすほど熱く愛した最愛の人物。



「ステラッ!!」



 その人が名前を呼んでくれる。ただそれだけの事なのに嬉しくて涙が溢れる。

 さっきまで怖くもなかった「死」に対する恐怖が今になって襲ってくる。泣きじゃくる嗚咽と、喜びと悲しみ、色んな感情がごちゃ混ぜになって言葉に言い表せないくらいぐちゃぐちゃになりながらも、ステラはその人を呼ぶ。


「......ぇぐっ、あ、あすかっ、ぅえっ、ぁあ」



 言葉になってるかも、届いているかも分からないそんな声でも、きっと届いているに違いない、と信じて叫ぶ。否、それは叫びと言うより泣き喚いていると言った方が正しいかもしれないものだった────





書いてて辛かったからもう書きたくない......。

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