〈黒の獣〉と”朽ちた勲”
暗闇。妄念。氷の棺。
背約。慟哭。火の鏃。
栄光。没落。毒の杯。
循環。反芻。孤の夢。
混濁。茫洋。刀の柄。
祠に捧げられたそれを、停滞していた思念は敏感に知覚した。
それは、刀だ。刀身は折られ、幾重にも魔力を封じる符が張られているが、それは紛れもなく己がかつて振るった得物だった。
刀に触れるには手が必要だ。
祠に拡散していた思念が具象し輪郭が生まれ指が象られる。
ああ、懐かしき我が愛刀。
ああ、分かちがたき我が半身。
凍てついた怨念に鍛えられしその刃。
触れた指から流れ込む、武具の記憶。
アキバの街。衛兵。エンバート=ネルレス。水楓の乙女。
春楡の生まれ変わり。復讐。砕かれた刀身。
復讐の代行者と、それに抗った女たち。
指から手の甲、腕、肩。胴。凝集し、形を結ぶ。
それは人の形。妄念の形。復讐の形。英雄だったものの形。朽ちた勲の形。
折れた刀――〈霰刀・白魔丸〉を握りしめた男が祠に顕現するのを、いつの間にか集まっていた黒の獣たちが頭を垂れて待っていた。
それはまるで、命令を待つ臣下のように。
だが、男と獣を繋ぐのは主従の関係ではない。
ここにあるのは組織ではない。ただ、孤が数を連ねただけのいびつな群れ。
孤はどれほど集まろうと孤でしかない。
だからこそ男は英雄であり、堕ちた勲となったのだ。
かくて黒き孤の群れは男の意志を受けて動き出す。
それぞれが孤独に復讐を為すために。
刀の柄を掴むその手から腕、胸を経て全身に広がるは黒の刺青。
それは、名状しがたい不規則性を持ちながら、どこか獣の姿のようにも見えた。