9話 絶望
朝食の時に、ユキさんからお知らせがあった。
ㅤ何やら、王国から騎士団がやってくるらしい。物資を持ってきたり、皆と話したりする事が目的らしい。
ㅤ知らない人が来るのは個人的に嫌だ。俺は胃がムカムカしてきて、あまり朝食を食べる事ができなかった。
「ニオ、大丈夫かい?」
「シュリさん……」
ㅤ(私がどうにかしてやらないとね……)
背中をゆっくりと撫でてくれた。俺を安心させようとしているのだろう。しかし、それだけで俺の恐怖やストレスは無くならない。
「はぁ……」
深い溜め息を付いた。
「先のこと考えて落ち込んでたら、今の幸せを無くしてしまうよ。楽しい事を考えよう」
「でも……嫌だ……」
「気持ちは分かる、私も男は嫌いだ」
どうして人に気を使うことが出来るのだろうか。俺の気持ちが分かるのなら、早くどうにかしてくれ。
「……勇者さんに相談するかい?」
「……うん」
「じゃあ、ちょっと読んでくるから待っててね」
1度頭をポンと触れられて、シュリさんはユキさんを呼びに行った。
ーーーーー
「ーーという事なんだけど、どうにか出来ないか……」
「う〜ん……ニオちゃんが他人を苦手なのは知ってるし、ずっと考えてたの。
ㅤ騎士団が来るのを断る訳にもいかないし……」
二人ともかなり悩んでるようだ。
「ニオちゃんが望む一番の結果って……何?」
「……騎士団に合わないで落ち着ける環境」
それが難しいんだよな。
「騎士団が居るのは昼から約三時間……その間に……」
もう何なら、寝ていた方が楽だな。
「魔法でその間、寝れないかな」
そんな提案を投げかけてみる。
「え、でも……それじゃあ……うぅ〜ん……ニオちゃんはそれで良いの?」
「これが今出来る最前の手だと思う」
「うぅ〜ん……心が痛いよ」
「……お願いします」
たった三時間眠っているだけだ。魔法で無理矢理寝せてくれれば良いだろう。
ㅤ基本的に、他人を眠らせる魔法はあまり使わない方が良いらしい。脳を無理矢理休ませる事によって、かなりの負担がかかるそうだ。
ㅤそれでも、知らない人と会うよりはマシだ。
「……分かった……騎士団がいる間だけだよ?」
「うん」
これで問題は解決され、俺は精神的に楽になった。
ーーーーー
「そろそろ騎士団が到着するから、昼食食べ終わったら言ってね」
「食べ終わりました」
皆より早く昼食を食べ、早速寝る準備に入る。
「三時間……三時間だけ……よし」
何やら頭の中でイメージしているようだ。睡眠時間も魔法で操れるのか。
「じゃあ楽な体勢になって」
「うん」
「勇者様〜! 騎士団が到着しました〜!!」
「あ、は〜い! じゃあ……おやすみ」
騎士団の到着と同時に、俺は三時間の眠りについた。
ㅤ魔法によって眠らされると、夢を見ることがない。そして設定された時間ピッタリにならないと起きることができない。
ㅤ寝返りなどはするものの、常に熟睡状態が保たれる。目覚めもスッキリと起きれるらしい。
ーーーーー
ㅤそして、三時間はあっという間にやってきた。
ゴトッ……ゴトッゴトッ
「……ん……?」
意識が戻ると、慣れない揺れに慣れない臭いがした。
ㅤ目を開くと、地面は木の板。周りは布で覆われていて、外を覗くと森の景色が流れている。
「ど……どういう事……ここどこ……?」
一気に不安が押し寄せた。
ㅤこの三時間の間に何があったのか、何も知らない俺でも、思いつく事はある。
ㅤアイツらに連れ去られた。
ㅤ確信はない。どうやって連れ去られたのかも分からない。それでも、今の俺にはそれしか思いつかなかった。
「……っ…………」
揺れる小さな部屋の中、俺は涙を流しながら恐怖に震えた。
ㅤあの記憶が蘇る。痛くて気持ち悪くて、臭い。
「ああ……ああぁ……」
「あ、君……起きたのかい」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああぁぁぁぁああ!!!! 嫌っ!! 嫌だっっ!! 来ないでっ!!!」
布から顔を出した男。それを見た瞬間、俺はただ叫んだ。
ㅤ怖いから。死にたくないから。でもこの感情は何でもなかった。ただ叫んで、全てを理解しないで、現実から逃げる為に、喉が切り裂けそうな程の大声をあげるだけだった。
ㅤ何も聞きたくない。何も見たくない。
ㅤこれは夢。違う。これは確実に現実であり、現に今俺は喉から血を吐くほど叫んでいる。
ㅤもう……このまま死にたい。
「ぼ、僕達は騎士団だ……。君を助ける為にっ……」
俺の声が枯れて、少しずつ男の声が聞こえてきた。
ㅤでも、今の自分にはそれを理解できるほどの理性が残っていない。何も聞きたくない。ただそれだけで自らの耳をちぎった。
ㅤ何も見たくない。ただそれだけで自らの目を潰した。
ㅤ逃げたい。その思いだけで、地面に頭を叩きつけた。
何も聞こえない。何も見えない。それが嬉しくて嬉しくて、叩きつける顔が壊れていくのが嬉しくて、もしかすると、今の俺は笑っているのかもしれない。
「助かった……」
意識が途切れる瞬間、そんな自分の声が聞こえた気がした。