10話 王国
「……えっ……」
目を覚ますと、木製の一室に寝ていた。
ㅤ部屋には一つのベッドに花の置かれたテーブル。壁には絵画と鏡。
ㅤテーブルの上に何やら紙が置かれている。
『かなり酷い状態でしたので、治癒魔法を使いました。私達はフェリーニ王国の騎士団です。
ㅤ混乱しているようなので、事情を説明します。
ㅤ我々が勇者様の家に着いて、用が済み、帰ろうとした時に、帝国軍の暗殺者グループが攻めてきました。
ㅤ我々はほぼ全員を失い、あそこに住んでいた人も大勢が無くなりました。少しでも命を救おうと、馬車に貴方達を乗せて王国に連れてきました』
もう1枚紙があった。
『無力な我々をお許しください。
ㅤ現在、貴方達は王国騎士団によって保護されています。帝国軍に命を狙われている皆さんを救うには、この方法しかありませんでした。
ㅤ更に詳しい話は、部屋に来る召使いに聞いてください』
……どうやらここは王国らしい。何が起きているのか全く覚えていない。酷い状態? 治癒魔法? 俺は、暗殺者グループとやらに殺されかけたのだろうか。
ㅤ着ていた服はどこにもなく、綺麗な白い服が着せられている。
コンコン
「っ!?」
部屋の扉がノックされ、俺は肩を震わせた。
「失礼します」
入ってきたのは女性だった。
「体調はいかがでしょうか」
「…………」
「良さそうですね。何か聞きたいことがあればなんなりと……」
聞きたい事……そうだ、ユキさんやシュリさんはどうなったんだ……?
「その……ユキさん……は……」
「ユキ……勇者様ですね。かなりの重傷でしたので、部屋で休ませています。命に問題はありません」
「ほっ……」
今度こそ1人きりになったのかと思った……。
「ここは……?」
「ここはフェリーニ王国主城内の客室でございます。皆様方に用意する部屋が無く、緊急にここに運ばせて頂きました」
ってことは……安全? なのかな?
「あの……何人くらい……死んだんですか……?」
「この城に運ばれてきたのは30名確認しております」
30名……分からない。何人死んだのか、元々何人いたのかも分からない。
「ユキさんに……会わせてください……」
「では、こちらへ」
扉が開かれて、外へ出るようにと言われた。
「ひっ……」
外には男の人等が行き交っていた。
ㅤ俺は思わず後ずさりして、後ろの壁を背に座り込んでしまった。
ㅤ女性は何かを理解したのか、扉を閉めた。
「男性が苦手なのですか……?」
静かに頷いた。
「では……勇者様の様子が安定するまでは会えません」
「そんな…………早くしないと……アイツらが来る……」
「大丈夫です。城内には腕の立つ騎士が大勢いますので」
「ダメ…………怖い……」
心の中にある恐怖と不安が、一気に膨れ上がった。
ㅤ知らない場所、安心できない。一刻も早く誰かに会いたい。
「……」
女性は困ったような顔をしながら、部屋から出ていった。
ㅤ人々が歩く音が部屋の中まで聞こえる。もし誰かが入ってきたら……もしアイツらが居たら。そんな事を想像してしまい、ベッドの上にある毛布を手繰り寄せ、自らの体を守るように包み込んだ。
ㅤ体の震えが収まらない。いつか絶対、アイツらはやってくる。寝たくもない。寝ると皆が死んでしまう。
「死ん……だ……?」
あの建物に居た人達の何人かが、殺された。もしかすると俺も死んでいたのかもしれない。
ㅤ死の恐怖が、遅れてやってきた。
「助けてっ……誰か…………誰かぁ……ぁぁ〜……」
テーブルやクローゼットを倒して、ベッドの周りを囲むように配置する。
ㅤそしてベッドの下に隠れる。こうすれば守られる気がして、そうしないと死んでしまいそうで、暗いベッドの下でただただ震え続けた。
ーーーーー
「王女様。かなり重症な方がいます」
「重症?」
「あれはもう……精神的に狂っているとしか……。城に運んできた騎士によりますと、自分の耳をちぎり、自分で目を潰していたそうです」
「うわ……こ、こほん。今は何しているのかしら」
「部屋で何者かに怯えています」
……気になるな。行ってみるか。
「なぁ王女。俺がソイツを見てきてもいいか?」
「わ、分かんないけど、良いんじゃない?」
「それが……男性を見た時の表情が……尋常じゃない程怯えてるんです」
男が苦手……か。何か酷いことでもされたのか?
ㅤ召使いのミリスがこんな表情をするという事は……相当酷いのだろう。
「……場所は?」
「い、行かれるのですか?」
「俺が行った方が良いだろう」
「そ、それもそうですが……分かりました。着いてきてください」
「カケルさん、頑張ってね」
「ああ」
ㅤカケルと呼ばれる男は、召使いに連れられてニオの部屋へと向かった。
ーーーーー
「ここか?」
「……はい」
他と雰囲気が違うな。
「入りますか?」
「ああ」
召使いが小さくノックすると、部屋からガタンと音がした。
「失礼します」
「失礼する」
「嫌だぁぁっっ!!!! 来ないでっ! 嫌っ! 死にだくな゛い! やめてっっっ!!!」
家具に囲まれたベッドの下に、布団で姿を隠すようにして暴れている女性がいる。
「これは……酷いな」
こんなに酷い状態は初めて見たな。この娘が自分の目玉を潰したりしたのか……。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛っ゛っ゛!!!!」
「うっっ……」
なんて叫び声だ。もはやただの振動だ。鼓膜が音を立てて振動している。
「カケル様……お願いします」
「ああ……」
耳を抑えながら、今も叫びつづける娘の元に向かう。
ㅤ家具をどかそうとすると、とてつもない力で止められた。
「流石オーガだな……でも……」
少し力を入れて、家具をその手から引き剥がした。
ㅤ家具には指がめり込んだ跡がある。
「あ゛がっ゛……がはっ……」
口から血を吐いている。それに、自らの爪で自分の顔を切り刻んでいる。
ㅤその娘の肩に触れようとすると、ほぼ誰にも見えないような速度で拳が飛んできた。
ㅤ骨が折れたな……。
ㅤすぐに治癒魔法を使い、肩に触れる。
「あ゛あ゛…………あ…………え……?」
不思議な顔を見せた少女は、目を丸くしながら俺の目を見た。
「なんだ。可愛い顔してるじゃないか」
「え…………何……誰……? いっ……痛い……」
「今治してやる」
肩に触れながら、治癒魔法で傷を癒す。
「俺はカケル。お前は?」
「っ…………ニオ……」
「ニオか、良い名前だな」
「…………」
まだ混乱しているようだ。
「な、なんで……男……俺……大丈……ぶ……」
「ふぅ……少しは楽になったか?」
肩から手を離しそう尋ねると、静かに頷いた。