化物講義 入門編 2
一日の全て授業が終了して放課後を迎えた俺は落浦町の商店街を歩いていた
学校が終わった後、一目散家に帰った
岬や雫が遊びに誘ってくれたが断ってしまった。二人とも残念そうな顔をしていて、少し後ろ髪を引かれたが、絶対にやらないといけない事があったから仕方ない
二人には今度埋め合わせをするという事で勘弁してもらおう
一度家に帰って私服に着替えて約束の場所に向かった
勘だが話が長くなりそうな予感がしたからある程度身軽にしていた方がいいと思ったからだ
落浦町は飲食、服、薬局、日用品、修理修繕関係の店が軒並み連なっている
近年街の中心に大型ショッピングモールが出来て、以前と比べて客足が遠のいているが、
昔からこの町に住んでいる人達には根強く生活の要として今も親しまれている
昔懐かしき優しさ暖かさに溢れていて、多少不便だがこの暖かさに触れた新規のお客さんが商店街を気に入り、常連さんになるというケースも珍しくもない
俺もショッピングモールよりもこの商店街で買い物することの方が多い
値切りやおまけをよくしてくれるから正直家系が助かる
他にも結構なマニアックな専門店もあり、痒いところに手が届くって奴だ
実際に袴田はネットのアングラサイトやオークションで見つからなかったレトロゲームや海外で販売中止になったカードゲームやボードゲームを見つけたりしていた
まぁ、噂話やちょっとした出来事に盛り上がって大騒ぎする
更に話が長いと来ている、そこが玉に瑕だ
だから、それなりの頻度でこの商店街には来ているはずなのだが、シャンバラカッツェなんていう喫茶店があることは知らないし聞いたことがない。多分最近出来たばかりの店なんだろう
ネットで地図を調べてが、かなり入り込んだ場所にあり地図がなかったら絶対に迷子になる自信がある
何度か道を間違えながらも目的の場所にたどり着くことが出来た
「やっとこさ、やっとこさたどり着けた」
必死になって探していた事や、目的を見つけた妙な達成感に満たされている事で気がつかなかったが、周りを見渡すと夕日も沈みかけて暗くなり始めていた
ハッとして携帯の時計を確認すると、6時53分を示していた
良かった遅刻せずに済んだ 禍月のことだ今日を逃したら本当に話をしてくれなくなるだろう
あいつは約束はきっと守る、だからこそ何があろうとも期限を破ることはない
「これからが本番だ、気を入れないとな」
意を決してシャンバラカッツェの扉を押し開けた
そこにあったのはチャラチャラした騒がしい事はなく、落ち着いた雰囲気で溢れた空間だった
古い映画に出てくるような伝統的な喫茶店のデザインをしている
ムーディーば音楽がよりその雰囲気を引き立てている
「いらっしゃいませ、お客様、お一人でしょうか?」
ビシッと制服を着こなして営業スマイルで出迎えてくれた
「あ、いや、待ち合わせなんすけど、眼帯を着けた小さな女の子なんですけど」
「はい、そのお客様はご来店されてますよ
お客様も罪な人ですね、彼女さん来店されて一時間以上お待ちになられていますよ
普通なら怒って帰ってしまうところですよ。随分と愛されているんですね
羨ましいことです、私もそんなに思ってくれる恋人が欲しいですわ」
「そういう関係じゃないんですけど」
「はいはい、分かっていますよ」
お姉さんは口元に手を当てて『しょうがないわね』と、クスクス笑った後席に案内してくれた
絶対勘違いされたなぁ、と思い心の中でため息をつき頭を掻いた
禍月は一番奥の席に座っていた
体が小さいせいかソファーの影に隠れていて近くに来るまでそこにいる事が気がつかなかった
「遅かったわね向坂君、後少し来るのが遅かったら帰ってるところだったわよ」
「それなら待ち合わせ場所をもっと解り易いところにしろよな、俺がどれだけ迷ったと思ってんだ
あ、店員さんブレンドお願いします」
店員のお姉さんに注文した後禍月の向かいの席に座った
テーブルには禍月の食べかけのモンブランケーキと紅茶のカップが乗っていた
「ここを待ち合わせ場所に選んだ理由は二つ、一つ目はわざと解り辛い場所を選んだのは制限時間内に
たどり着くことが出来るかの試験
このお店は開店してからまだ一週間くらいしか経っていないの、碌に情報に出てきていない中で正確な
情報を掴んでここにたどり着くことが出来るのか、てね」
「なるほどな」
今さっき届いたブレンドコーヒーを口に含んだ
だから、シャンバラカッツェという名前の喫茶店を聞いたことがないと思ったら、そういうことだったのか
あ、このコーヒー香りもいいし旨い
「で、もう一つの理由は」
「それはね」
「それは?」
禍月はフォークでモンブランをすくって口に運んでしっかり味わって
「私がこのお店が気に入ったからよ、店内の落ち着いた雰囲気も、この美味なスイーツ、完璧な仕事ね
知ってる?私これで五皿目よ」
「さいですか」
二つ目の理由は意外とどうでもいい理由で気を抜かれてしまった それにしてもスイーツ五皿目とか食べすぎだろ、口や胃の中まで甘ったるくなるな、と思うとげんなりしてしまった
禍月は俺のそんな態度なんて気にした様子もなく、実に美味しそうにモンブランをパクついていた
二日程度しか見ていないが、あまり表情を動かさない禍月が頬をほころばせている
本当に甘いものが好きなんだな
「店員さん、スイーツのお代わりを、次はそうね、苺のミルフィーユを貰おうかしら」
「まだ食うのかよ、太るぞ」
「向坂君、私あまり気にはしないけど、そういう発言は女性を怒らせる原因になるわよ
もし女性にもてたいというのなら気をつけなさい」
「はいはい、覚えておきますよ」
俺は少し冷めたコーヒーを一気に口の中に流し込んだ カップが空になったとほぼ同時に禍月が注文したケーキがやってきた
「お待たせ致しました、苺のミルフィーユです。ごゆっくりどうぞ」
「どうもありがとう、向坂君コーヒー空だけどお代わりはいいの?」
「ああ、そうだな、おかわ・・・・って、こんな話をするために来たんじゃねぇ」
大事な事を忘れそうになっているのを思い出して机越しに禍月に詰め寄った
詰め寄った俺を気にした様子もなく優雅に紅茶を飲むと一息ついた
「どうしたの?向坂君随分賑やかね、誰かの誕生日パーティーでもあるのかしら
でも、ここではお静かに騒がしいのは場の雰囲気にあってなくってよ」
禍月は人差し指を自分の唇に当てて微笑を浮かべ、俺に椅子に座るように促してきた
座らないと話さないわよ、というオーラを出していたから仕方なく席についた
「さてと、何から話そうかしら」
禍月は顎に手を当てて考えてのち
「向坂君、昨日見た物にどういう印象を受けた?正直に答えてくれる」
「ん~、一言で言えばゾンビだな、」
そうとしか言うようがない、体が所々腐り落ちていて自我も理性もなく本能のみで動いている
映画やゲームに出てくるゾンビそのものだった 間違っても人間には見えない見た目をしていた
「ゾンビね、確かにそう思っても仕方ないわよね、実際にこの世界に広がっているゾンビに対する認識やイメージのルーツは昨日目撃したグールなのだから」
「グール、それがアレの名前なのか」
グール、ファンタジーでは墓を暴き荒らし死肉を貪り喰らう死霊
ゲームではゴースト死霊系の下級モンスター、それが俺が持っているグールのイメージだ
「その通り、そして今この倉月市を騒がせている原因の一つよ」
「原因の一つ?一つ!?あれだけじゃないのか、この街に居るのは」
禍月の言葉に俺はど肝を抜かれ大声を出して立ち上がった
俺の声に驚いた他の客の視線が集まった、無言で周りの客に謝って席に座った
落ち着きを取り戻すためにお代わりが来たばかりのブレンドを飲み干した
畜生め、舌を火傷した
「続きいい?」
「おう、頼む、で、この街には他に何が居るっていうんだ」
「ところで、向坂君は吸血鬼や人狼の存在していると思う?」
その質問にポカンとしてしまった
「えーと、それは一体どういう意味が」
「意味なら在るわよ、この質問こそが事の全ての本質なのだから」
「もしかして本当に居るのか。吸血鬼と人狼」
禍月は無言で肯定の意味を持って頷いた。マジかよ
「あれだよな、血を吸ったり、体を変化させ、月に過剰反応する化け物だよな」
「実際はもう少し違うのだけどね」
禍月は頬をついて続きを話してくれた
「不老で殺されない限り死ぬことはない、勿論人の罹る病気や疾患とは無縁
薬や毒の類も効果がない、
超人的な五感や反応反射速度に人を遥かに超えた身体能力と膂力
更に摩訶不思議な神通力を保有している
伝承通り人の生き血を吸い、血から力と命を得る 一度人を噛めば,噛んだ対象を自分の眷属とする
ことが出来る
私達はそういう存在をフリークスと呼んでいる」
「フリークス」
なんだそのありえないスペックは、ほとんどチートじゃねぇーか
「そんな化け物みたいな奴に人間が勝てるのかよ、弱点はあるのか
例えば、十字架、日光、銀、聖水、白木の杭、有名どころはこのあたりだろ」
「残念だけど、フィクションモンスターのように弱点なんて便利なものはないわ、
ご都合主義な展開がそうそう起きる程、現実は優しくないのよ」
「正面からぶっ倒す正攻法しかないって事か」
「フリークスを倒せる方法はたった一つ、それは人間の時の名前を思い出させる事よ」
俺は訳も分からずに目を白黒させた
「名前を思い出させる?どういう意味だ」
「人間がフリークスになるとき、人間だったときの名前が世界から消失するの
名前というのはとても重要なものなの
存在を肯定し定着させ認識させる記号たるもの 名を与えることで意味を持ち、力を与えられる
その逆で名を奪われることで存在が曖昧になり様々なものが消失する
陰陽道には名を縛る事により、体、心、行動を自由に操る事が出来たと言われている」
漫画やアニメとかでそういうシーンを見たことがあるな 名前を呼ばれただけで金縛りにあったみたいに
動けなくなるところ
「つまりね、向坂君。名前を捨て去ることで人間あることを否定し、化け物であることを世界に肯定させた
名前を思い出させるという事は、本来否定し消失した人間の証明を取り戻させる
そのことで発生する事象は人間の証明と化け物の証明、二つの概念が小さな器の中で渦巻いている状態になるの
その二つ概念は共に反発し合い混じり合う事は絶対にないの
例えばコレみたいにはね」
禍月は注いだばかりの紅茶にミルクと砂糖を入れ、ティースプーンでよくかき混ぜカップに口をつけた
貴婦人のように上品で優雅な振る舞いに目を奪われ、不覚にも見惚れてしまった
「もっと分かりやすく言えばフラスコの中に二つの台風が無理やり押し込まれているようなものなの
その危うさは理解出来る?」
「ああ、ならそんな状態が続いたら器がぶっ壊れるだろ」
「そうね、けど器である肉体が破壊される前に化け物でもあり人間であるという存在の齟齬による
肉体と精神の自己崩壊を起こしたところを世界の修正力が襲い掛かり灰のように消滅する」
禍月は角砂糖を一つ掴み取り握り潰した後、握りこぶしを開くと粉々になった砂糖をフウーと
息を吹きかけて吹き飛ばした
多分今の説明を比喩するためにやったんだろう
「だいたい今の説明で分かったが、世界から失われた名前をどうやって知る事が出来るんだ」
「向坂君はアカシックレコードって言葉聞いた事は?」
なんだっけ、袴田の話の中でそんな単語が出てきたような出てこなかったような
よく思い出せなかったから、否定の意味を込めて首を横に振った
「宇宙開闢から事象、想念、感情、ありとあらゆる情報が刻み蓄えられている無限の記録層
そこに一度刻まれた記録はなにがあろうとも永久に失われる事はない
インターネットで調べればいくらでも関連項目は出てくるわよ、こういう時はググれって言うのかしら
で話は戻すけど、無限の情報が記録されているアカシックレコードにアクセスして名前を引き出すのよ」
「アクセス方法は?」
「肉体又は精神の完全破壊後に現れるから、それに触れることでアクセス出来るの」
「なんだ意外と簡単じゃないか、やりようによっては一般人でも倒すことが出来るじゃないか」
俺は手を叩いて喜んだ そんな俺を見て禍月は呆れるようにため息をついた
「そんな簡単にいく訳がないでしょう
フリークスは強力な再生能力があるのよ、いつまでも弱点を剥き出しにしておく訳がないでしょう
ランクの高いフリークスや再生特化型は一瞬にして損傷の修復をしてしまうわよ
それと通常兵器でもまともにダメージを与えることが出来ない
別に効かない訳じゃないの、単純に効きが悪いの
銃の弾丸程度では話にならない 倒したいなら戦略ミサイルを使わないと駄目ね」
「滅茶苦茶じゃねぇか」
ばかすかミサイルを発射していたら余計な被害が出るし、かなりの予算が必要になる
現実的ではない、そりゃ通常兵器では無理だ
「だからフリークスにまともにダメージを与えられる方法は大きく分けて二つ
一つ目はフリークスをぶつける。餅は餅屋というでしょう
スペックに個体差があるものの同種の存在なら十分に闘うことが出来る
それにギフトはフリークスにとって有効な攻撃手段の一つだもの」
「ギフト?って何、技みたいなもんか」
「さっき説明したでしょう
フリークスは摩訶不思議な神通力を保有してるって
フリークスは一体一体違った特殊な力を持っているの
原則一体につき一能力、能力とランクを逸脱しない限りどんな応用も可能
高ランクのフリークスはたった一撃で都市一つを木っ端微塵に吹き飛ばすも容易に出来る
誰が最初に呼び出したかは分からないけど、ギフトという通称で呼ばれているの
それがギフト、基本的な知識だから頭に叩き込んでおくように」
「なるほど、本当にファンタジーじみているな」
「二つ目は肉体や武器に法力を纏わせて闘うことよ」
ギフトはまだ少し予想をついたのだが、法力は一応力っていう文字が入っているから、何かしらの力なのは確かなんだろうけど、全く予想がつかない
俺は頭の中に大量のクエスチョンマークが飛び交っていた
「法力というのは人間が使うことが出来る対フリークスの力よ
人間は元来フリークスを打倒出来る因子が眠っているの、物語であるでしょう
化け物を倒すのはいつだって人間なんてあるけど、比喩でもなんでもなく事実なのよ」
「その話からしたらヴァンパイアハンターはマジでいるのか」
少し興奮気味になって禍月に聞いた、禍月は少し口元を笑みで歪め、軽く頷いた
うおおお!!なんだかオラ、ワクワクしてきたゾ
「私達はイエーガーと呼んでいるのだけどね
法力は誰にでも使えるけど、それと同時に誰にでも使える訳ではないの
厳しい修練によって力を開花すること出来る
法力はフリークスの細胞を崩壊させ、再生能力を阻害する
他にも単純な破壊力、防御力に転換する。身体能力、感覚の強化。
上位の者はフリークスのギフトに似たような現象を起こすことが可能になるの」
「凄いな、超人万国博覧会かよ。俺も訓練さえすれば法力が使えんのか、夢が広がるぜ」
格ゲー並のアクションと必殺技を放つのも夢じゃない
これで魂が熱く燃え上がらなければ男の子じゃない、と思うんだが皆同意してくれると信じている
興奮で小躍りしそうになるのを抑えないとな
「私は貴方に法力を教えるつもりは一切ないわよ」
「えーなんでなんで、教えてくれよーケチんぼ」
俺はスーパーで我儘を言っている子供のような態度を取った
大人げないという自覚はあるがこの件は断固抗議させてもらう
駄々をこねいてる俺に手が近づいてきたと思った後直ぐに鋭い痛みが額に走った
「いったああああ!!」
禍月にデコピンをされたようだった
ようだというのは痛みが走るまで気がつかなかったからだ
俺は額を擦りながら禍月を恨めしそうに睨んだ
「何を言おうとも、いくらごねようとも、泣き叫ぼうとも私は譲るつもりはないわよ
法力は闘うための力よ、命を賭けてフリークスと闘う覚悟をしていない者に教える事は出来ない
ましては使えたら格好いい、なんて子供のような理由で覚えたいと思っているような子には
口が裂けても言えないわね」
「アハハハハ」
俺は図星を突かれて乾いた笑い声を上げ視線を逸らした
禍月は目は真剣そのものだった 茶化すことは勿論これ以上頼み込んでも梃でも動かないだろう
「ま、まあ、とりあえずこれでフリークスの倒し方が分かった。他にも聞きたいこ」
ぐぅ~~~ 俺の腹から出た音だった、全く空気読めや本当に
今日のこのこの話し合いが気になっていたせいで、今日一日何も食べていなかった
「随分と大きな音ね向坂君、雷が落ちたと思ってしまったわ
余程大きな虫をお腹に飼っているのかしらね」
禍月はクスクス笑いながら席から立ちあがった
「もういい時間だし、場所を移しましょうか。ついでに夕食もご馳走してあげるわ
お金のことはきにしなくてもいいの、一人分増えたところで大した負担にならないし
元々誘ったのは私の方だから」
そう言うと禍月はレジへと向かった
ちなみにブレンドコーヒーを計4杯注文した俺は財布の中身を確認して顔を青くした
理由は実に簡単だ、お金が足りなかった
今月は少し使い過ぎた自覚はあったが、コーヒー代くらい払えると思ったんだけど失敗した
いや、予想以上にコーヒーの値段が高かったのが原因だ
メニュー表で値段を確認しなかった俺が悪かったんだけどさ、
唯一の救いは値段に見合うくらいおいしかった事か
無言でどうするか思案している俺を見かねた禍月は俺の分まで払ってくれた
なんとも情けないオチがついてしまった ごっつぁんでした