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梟(ふくろう)

          1


「ちょっと、いい加減起きてよ。」

 同棲中のI子が騒ぐ。イラっとしたが、返事くらいせねば……

「ゴッホウ、ゴゥホウ!」


―――?


 俺は今、「わかったよ、うるせーな!」

と言ったはずだが、喉の様子が変だ。

「いま、変な鳥の声がしなかった?フクロウのような・・・・」

 ぱたぱたと近づく足音。それが立ち止まり、息を呑む様子。只事ではない雰囲気。

「ゴッホウ――ゴゥホウ――――」

 ちなみに、「なんだ?どうした」と言ったのだ。布団から、寝ぼけまなこで見上げる。

「フクロウがいるわ・・・・」

 なにを馬鹿な・・・・。

 居間にある姿鏡のほうを覗く。

 いた。

 ギョロリとした目玉を半眼ににらむ羽毛の塊。平たい顔は猫を思わせるが違う。嘴くちばしがある。

 夜行性の猛禽類――ふくろうだ!

 朝目覚めると、俺の顔はフクロウになっていた―――


 I子はおれを病院に連れて行くというが、俺は梃子てこでも動かなかった。今思えば、症状の軽いあのときに診てもらうべきだったかもしれない。

 フクロウ男になった姿を人目にさらすのが嫌だった。というよりも、人間に戻っても、食うために嫌な仕事をしていく毎日。もうウンザリしていた。

 ごねる俺の首が180度グルリと回転してソッポを向くのを見て、I子が冷や水を浴びたように静かになった。

「もう、どうとでもしてっ!!知らないから」


 I子が出て行ってから数日。アルバイトも無断欠勤。友人とは疎遠。腹が減ったら、買い置きの食糧を手とクチバシで漁った。満足するとまた眠る。

 日中はアパートにいないので知らなかったが、こうやって引き籠っているとわかった。

 隣近所とは騒がしい。

 ドアの開け閉め音。掃除機、洗濯機の音。上の階から水の流れる音。入浴中にガタガタ騒がしい音。 

 ピアノの練習の音。夜中に友人を招いて、酒を飲み、騒ぐ学生。麻雀のジャラジャラ言う音。新婚夫婦の口げんか。茶髪のカップルがゲームで騒いでいる

 以前のおれなら、腹にすえかえる物音に「うるせー!」だの、壁を蹴り返したりしたが、今は違う。

 なぜなら今の俺はふくろうだ。

 意外に思うかもしれないが、フクロウという鳥は、日中は木の洞に潜り込み、自分より小さな小動物にも脅えているものなのだ。よって、フクロウ男の俺の性格も臆病となる……


 フクロウは日が沈んでから活動する。

 日中の倦怠感がウソのようにさり、俺はやる気に溢れていた。外に出たくてしょうがない。もう、インスタント麺や米、パンは食い厭きた。動物性蛋白質。肉が食いたい!

 しかし、こんな顔でコンビニに行くわけには行かない。

 それに手までが大きな翼のようになってしまった―――

 それに、加工して味付けした肉など喰いたくない!

 夜中の吼える犬。今まではうるさくて、わずらわしいという感情しかなかったが、いまは違う。


 新鮮な肉だ……新鮮な血の滴る肉が食べたい……


 始めは近所の犬を狩り取った。

 フクロウという鳥は羽音を立てない。風船のように軽快に滑空し、獲物に近づく。「森の忍者」という仇名の面目躍如だ。足の指も鳥の爪と変化し、犬の背中に突き立て、パートに運んだ……


 よぼよぼの老犬から、肥満して素早く動けない猫。聴覚と視覚が発達して、ネズミも捕えることができた。

 昼間は臆病な鳥であるフクロウも、夜になると生態系ピラミッドの頂点に立つ―――


 しだいに狩りが上手くなり、番犬のドーベルマンやマスチフを襲えた。しかし、それもあらかた狩ってしまい、いなくなる。急にペットがいなくなり、警官の巡回も増えた。

 腹が減って仕方がない。


 ゴッホウ――ゴゥホウ―――


 人の寝息が聞こえた。首をグルリと背後に回転させる。

 ある日、酔っ払いのオヤジが電柱に寄りかかり眠りこけていた。

 胃がぎゅるぎゅると鳴った。

 人間のときの俺ならば、決して持たなかった食欲が魔物のように本能を支配していく。


――やめろ……まだ、引き返せるかもしれない……


 理性がサイレンのように脳内に警鐘する。

 だが……だが……だが……おれは食欲に抗えなかった。



        2



 数か月後のアパート――



 二人の業者が愚痴をいいながら部屋の中の家具などを運び出している。若者と中年男だ。

「この部屋の住人も蒸発ですか?」

「最近多いですね」

「たいして身辺調査もしないで入居者をいれてるからな」

「それにしても、コタツや布団を出しっぱなして、食糧もそのままに消えてしまうなんて本当にいまの人は何を考えているのか」

「最近の夜逃げはこういうのが多いんだ」

 まるで、メアリー・セレスト号事件のようだが、

 どこでも多いことだから、蒸発事件としていちいち警察には報告しない。

 メアリー・セレスト号事件とは、1872年にポルトガル沖で、発見された船が、なんと誰も乗っていない無人のまま漂流していた事件だ。乗員はどこへ消えたのか?現在も謎は分かっておらず、航海史上のミステリーとして不気味な記録を残す……


 管理会社から派遣された二人はトラックに荷物を運びこむ。

「これをどうするんです?」

「近くに雑木林があったろ」

「えぇ~~~!それってヤバいんじゃないですか……」

「上からの命令だ。黙って作業しろ」

 夜の林に荷物を捨てる。もちろん違法放棄だ。

「?」

 若い業者が足になにかが当たり、見る。

 そこには大きな卵のようなものがあった。

「ああ、それはワシタカかフクロウのペリッドだ。こんな都会の森でも猛禽類がいるようだな……」


 耳をすませば、確かに鳥の鳴き声がする……物悲しくも、不気味な鳴き声だ……


 ゴッホウ――ゴゥホウ――――


「ペリットぉ?」

「友人がフクロウを飼っていたので知ったのだが、胃で消化できなかった骨や羽、毛や昆虫の外骨格などを卵の殻のようなもので包んで、団子のかたまりにして、定期的に排泄するんだ」

 ペリットとは、鳥類学の用語で、鳥が食べたものの中で、胃で消化できずに吐き戻したものをいう。


 見れば、割れたペリット中から、ネズミの骨らしきものがある。

「なんか、不気味ですね……」

「触るなよ!ネズミの細菌に感染するかもしれん!」

「うへぇぇ……怖い怖い……」


 その時、車のサーチライトに照らされていた二人の業者の顔に空中から影がさしかかった。

 なんの羽ばたきも聞こえなかったのに、頭上にふわふわとした巨大な鳥類の気配があり、二人は背中に氷柱を突き刺されたように総毛だった――

「な、なんだぁ!」

 若者と中年男の首筋に鋭い爪のようなものが、冷たい刃物のように突き立てられた―――



 ゴッホウ――ゴゥホウ――――



 違法廃棄物が捨てられている森―――

 それは夜も明るい繁栄した都市とは裏腹の魔所のような吹き溜まりだ――

 茫々と茂った草むらに大きなペリットがごろごろと転がっていた。

 まるで墓石のように……


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