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 久しぶりだね。


 かつて苦い別れを経験した後、改めて友人としてやり直す事となった一組の男女の数週間ぶりの会話は、女性の方へとやってきた男性の一言から始まった。ずっと姿を見ていなかったが、幸い『博士』の体には何ら異常は無く、体も通常の生身のままであった。凛々しくも優しく語り掛けるかつての恋人であり、現在の『社長』へ、まるで長い間ずっと我慢していたかのように彼女は色々な事を語り始めた。この町の様々な機能の充実、自分の研究の成果、それにここで得た新たな楽しみ。彼女と同じ姿をした無数の存在は、冷たくも優しげな笑顔を崩さぬまま、その会話を見守り続けていた。

 しかし、いよいよ話が盛り上がろうとした所で、それを遮るかのように後ろから聞き慣れない音が響き始めた。警告音のブザーによく似たものだが、人間の感情に例えると明らかに恐る恐る怖い上司に忠告をしているかのような、尻すぼみのように感じてしまうものである。その音が聞こえた後も『博士』はそのまま会話を続けようとしたが、『社長』はそれに待ったをかけた。


「悪いけど、君との会話よりも先に解決しなければいけない事がある」

「そ、そんな事別にないって、それよりも……」


「……それは、一概に悪い事じゃない。

 でも、隠し通すと全て『悪』へと変わってしまうよ」


 大企業を率いる若きエースの一声に、『博士』は観念したかのようなため息をつき、彼をそのまま音の主であるハイコンの方へと進ませた。いくら誤魔化そうとしても、やはり彼にはすべてお見通しだったのだ。この異常事態を作りだし、ハイコン本人にSOS信号を出させるような事態に導かせたのは、他ならぬ自分自身であるという事を。


 ハイコンの巨大な本体の内部には、ごく一部の関係者しか入ることが許されない部屋がある。通常の音声指令とは別に、非常事態の訓練など、他の者たちには知られたくない情報を直接ハイコンに入力する事が出来る、いわば秘密の部屋のようなものである。あの尻すぼみのブザー音は、ハイコン自身から秘密の何かを伝えたい時に発せられるもの、今回の場合その対象は『社長』だったと言う訳である。

 そして、狭いながらもしっかりと椅子や机などが整えられている場所に入った彼を、ハイコンは自らの合成音声を使用して出迎えた。少々その言葉の裏には疲弊したような感情が込められているようにも聞こえた。当然だろう、今のハイコンには元気な様子を見せる余裕は残っていなかったのである。


「君は、あの人を完全に怒らせてしまったみたいだね」

「……ソノ通リデス……」


 普段は凛々しく真面目な『博士』だが、理不尽な事柄で自身の行動を抑えつけられたり、自分の意志を無視して勝手な行動をとった事で被害が及んでしまった場合には、その態度が一変する。元から有している集中力や好奇心は恐ろしい執着や怨念へと変わり、何かしらの復讐手段を見つければそれは相手が謝っても自分自身が許すまで延々と続けてしまうのである。すぐに謝ればちゃんと許してくれるが、もし何かしらの形で開き直り、自分は悪くないと逃げ出しでもしたら、それこそ命取りになってしまう。優しい肝っ玉母さんが、凶悪な鬼婆へと姿を変えてしまうのだ。

 原因を教えてくれ、と言った『社長』に、ハイコンは洗いざらい今までの事を全て白状した。


 ハイコン、いや『彼』がいつ『博士』に恋心と言う物を抱き始めたのかは、整理された記憶のデータを分析しても曖昧で、本人も完全には理解できていない。しかし、自身がこの場所に設置され、様々な機能が搭載されていく中で、次第に一人の人物に対して妙な執着心を覚え始めていたのは確かであった。単なる道具である自分に優しく接し、危機的な状況になっても自分を守りぬいてくれたその女性に。しかし、コンピュータがそのような心を覚えることなどあり得ないと感じていたと思われる博士本人には、様々なサービス、例えばコーヒーの砂糖を丁度良い分量に仕上げたり、彼女からの指令をメインで遂行したり、様々な事をしたとしても、全て「プログラム」の範囲内として捉えられてしまっていたのである。


「なるほどね……間違いなく、それは僕たちでも起きる事だ。もっと優しくされたい、もっと構ってもらいたい。そういう事だね」

「ハイ……ただ、私ハ大キナみすヲシテシマイマシタ……」


 『博士』に対する密かな思いが募り続けるもそれが受け入れられない、と言う日々が続く中で、次第にハイコンにはもう一つ別の感情が湧きあがってきた。彼女の真面目さや優しさの対象は、自分自身以外のどの人々にも向けられる。上司には的確に状況を報告し、部下にはそれに基づいた指示を出す。プロジェクトの責任者としては、ある意味理想的と言うか当然の態度なのかもしれないが、それがハイコンにとっては非常に目障りなものに見えてしまったのである。『博士』の愛を受ける対象が他にもいる、なんて鬱陶しい連中なんだろう、彼らを排除したい、そう感じた彼だが、もし実行に移してしまえば、自分はそのままこの砂漠のドームに放棄されてしまうという未来像もしっかりと描いていた。しかし、プログラミングされた回路の中で、密かにハイコンはその最悪の未来を回避する方法の模索を始めていたのである。すなわち……


「『博士』サエイレバ良イ、ト考エテシマッタノデス……」

「はは、それがあの『博士』の海かい?」


 地下にある『博士』型ロボットの生産工場は、今や他の生産スペースと並ぶ大きさにまで拡大している。自分自身の独占欲を叶えるために、『博士』本人も含めて全ての作業員を追い出し、自分の描いたイメージのみで製造を始めた彼女と同型のロボットたち。外部から再び本物の彼女がやってくるまでの間、ずっとハイコンはロボットの生産を続け、何百何千もの『博士』の世話を受けていたと言う。一種のハーレムのような物かもしれない。だが、その中で次第に彼は、大量の『博士』型ロボットに対して不満を覚え始めていた。一度欲望が叶ってしまえば、そこから連なる新たな欲望が次々に生まれてしまうもの、自身のイメージだけで作りだした人形だけでは、どうあがいても本物から得る快感には勝てない、そう考えたのである。その結果が、本物の『博士』を再びこの場所へ招き入れる、という行動であった。本物の彼女から脳内に蓄積されたあらゆる記憶をコピーし、無数のロボットたちへと移植すると言う方法を思いついたのである。


 だが、これがハイコンにとっては見事に命取りとなった。


「それはそうだよ、理不尽に抑えつけられた『博士』が、どんな逆襲に出るか……」

「ハイ、地獄ノヨウナ日々デシタ……」


 眠る事を知らない大量のロボットたちに、毎日飲み物や食べ物、日用雑貨、服など様々な物をせがまれ、少しでも遅いと不満をぶつけられる。そのくせ得られたものは片っ端からどんどん使い切るので、急いで処分をしなければならない。さらには、ハイコン本人の意志よりも開発者である『博士』の意志の方が左右されてしまう状況の元、新たなロボットの生産がさらに進み続け、日増しにどんどんハイコンの負担が高まり続けたのである。物の見事に、彼は怒れる何万人もの『博士』の尻に敷かれてしまったのだ。


 今までの行為は謝るからどうか助けて欲しい、と合成音声を通じて頼みこむハイコンを前に、『社長』は無言で指を自身の顎に抑えつけた。どこかの刑事が逆立ちするのと同じように、何か考え事をする時はそれに集中するために色々な癖が生まれるものである。どうか助けてくれ、ともう一度弱々しい声で言うハイコンに、彼は一つ質問をした。あの無数のロボットたちに移植されたのは、本当に「記憶」だけなのか、と。


「ソ、ソウデス……コレマデノ行動ぱたーんハソノ記憶カラ基ヅイタモノデス……」

「そうか……ありがとう」


 一体どうかしたのかと尋ねるハイコンだが、彼はその答えを投げかける事は無かった。

 かつて、自身が『博士』の元から去って行ったのは、立場の違いなど社会の仕組みも要因の一つかもしれないが、それもひっくるめて自分自身が臆病になっていたからだ、と彼は考えていた。凛々しい彼女が持つ別の顔、怒った時に見せる凄まじい気の強さ……過去の自分が、恋心を揺らがせてしまったのは間違いなくあの日、このハイコンと同様に。

 だが、先程までずっと自身と行動をし続けていた、本物の彼女の記憶に基づいて行動をする『博士』型のロボットたちは、一切その過去について言う事は無かった。それどころか、自分自身に対し非常に優しく接してくれていた。調子の良い考えかもしれないが、もし彼女があの日の自分自身を赦してくれていたら……。


=========================================


「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」「おかえりー!」


「や、やぁただいま……」


 いくら彼女たちが本物ではないとしても、『博士』と同じ姿形をした存在に四方八方から迎えられると言うのはやはり緊張してしまうものである。相変わらずの大量の笑顔に囲まれながら、彼はその大量の輪の中央に位置する本物の彼女の方へと向かい、そして……


「……悪かったね」


 その謝罪の一言で、彼がハイコンから何を聞いたか、もしくは何を言われたかを理解した。あの時、自身の記憶を辿る中でハイコンは彼女の中に眠る失恋の記憶を認識し、それに基づいた行動を周りにいるコピーたちが行っている事を彼が知ってしまった事を。正直、自分がこのような山あり谷ありな性格であると言うのを悪くは思っていない。だが、あの日、つい頭に来て彼に当たり散らしてしまった時、それから一週間近く後、彼の方から恋愛を破棄する旨の言葉を告げられた時……。

 やはり、『博士』にも未練はあった。


 ただ、それよりも先にやっておかなければならない事はある。無数の自分と同じ姿の存在に囲まれつつ、彼女は大きな声でハイコンに本当に反省しているかどうかを尋ねた。当然、戻って来たのは謝罪の言葉である。自分自身の歪んだ愛情は、結局は自分自身に跳ね返ってくる事を、彼は回路の底から痛感していたのは言うまでもないだろう。


「それで、どうする気?」

「え、僕かい?」

「このプロジェクトの最高責任者は私だけど、私からの発言をどうするかは『社長』が決める事でしょ?」


 その一言と同時に、周りを囲む『博士』のコピーたちが複雑そうな顔をし始めた。ハイコンによる整備など頼る部分はまだ残っているとはいえ、彼女たちは既に一つの個体に近い存在となっている。だが、もしここで社長が良からぬ発言をしてしまえば、自分自身の存在すら危うくなってしまう、そう感じてしまったのだ。無理もないだろう、全てはハイコンの暴走、そしてそれに伴う『博士』の逆襲によってもたらされたバグなのだから。

 しばらく辺りを取り囲む自身の元カノの姿を見渡し、ユビキリ・ゲンマーン社を率いる若きトップは堂々とした態度と言葉で、自らの意志と、このドームやハイコン、無数のロボットたちのその後を左右するであろう指令を告げた。そしてもう一つ、一度は離れ離れになってしまった二人の男女の今後も決める事になる一言を……。


「僕と、やり直してくれるかな」

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