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ユビキリ・ゲンマーン社の社運を懸けて開発を進めている、究極のユビキタスシステム「ハイパーコンピュータ」、通称「ハイコン」。その実験棟となっている砂漠の巨大ドームからSOS信号が発進されたのは半日前の事だった。開発チームのリーダーであったはずの『博士』がドームの中への進入に成功したと言う情報が寄せられてから一週間以上も返答が無く、再びドームが沈黙に包まれてしまった中での突然の信号の受信に、開発チームのみならず、それらの指揮を担当しているゲンマーン社の上層部も困惑に包まれていた。一刻も早く対策を練らなければ、貴重な頭脳や重要なデータ、そして会社そのものの未来が失われてしまう。
当然、内部にいるであろう『博士』の救出へ向けてチームが編成されるはずだった。しかし、いざそう話がまとまり掛けたその時、それを鶴の一声で止め、自ら単独で向かう事を表明した者がいた。当然皆から反発の声が上がったのだが、何時間にも及ぶ口論の末、折れたのは意見を提出した者以外の全員だった。仕方ないだろう、何せその発言の主は他でもない――
「ほ、本当に大丈夫なんですか……?」
「心配しないでくれ。僕には確信がある」
ユビキリ・ゲンマーン社の全ての社員の頂点に立つ、若き『社長』だったからだ。
以前、同じ空路をヘリコプターで飛び続けていた時、困惑した表情で語り掛けていたのは『博士』の方だった。本当に辿りつく事が出来るのかと言う心配が止まない彼女に、パイロットは心配しながらも彼女をなだめ、重要な任務を冷静に遂行できるように落ち付かせていた。だが、今回は立場が逆転していた。余裕すら見えかねない『社長』の様子からも、彼が何を考えているのかパイロットには予想が出来なかったのである。
確かに、この『社長』が以前はコンピュータ関連の技術に直接携わる仕事に就いていた事は、パイロットもよく知っている。実際に自ら現場に加わらないと、社員が何を望んでいるのか分からない、その姿勢がこの会社を以前よりもさらに大きいものとした理由だろう。その一方で、自身の過去を語る事に関しては、彼はあまり望んでいないようである。自らの過去よりも会社の未来、と言う姿勢なのかもしれないが、何か苦い過去でもあるのかもしれない、と言うのが『社長』によく接する人たちの間でのもっぱらの噂であった。少なくとも誠実で真面目な彼が、悪い仕事に手をつけているとは思えないし、そう言う証拠も一切出していない。では一体どういう事が起きていたのか、それは、誰にもわからない。
ただ、普段通り口元に笑みを浮かべ、のんびりと外の景色を見つめる『社長』の姿をちらりと見て、パイロットは頭の中に自分なりの想像図を描いた。もしかしたら、今回敢えてトップである彼が単独で潜入する事を望んだのには、その「過去」とやらに関係があるのではないだろうか、と。
「自動操縦、切り替え良し……社長、もう少しで着きますよ」
「ありがとう」
今回も、無事正常通り銀色のドームへ向かう事が出来るようだ。機密情報を守るため、暗号を用いて毎回別の場所にドーム内に入る事の出来る入口を設けており、そこへ向けてヘリコプターは自動で進んでいく。これらの操縦を担当しているのが、社運をかけて制作した超高性能・超巨大コンピュータ「ハイコン」である。だが、今そのドームの中からSOS信号が届いている。一刻も早くその事実を解明する必要がある。
そして、『社長』は幸運を祈ってくれたパイロットに礼を述べ、広大な砂漠から巨大なドームの中へとその身を移した。
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「これは……」
ドームの入り口から、その内部へと続く通路を取っている間、ずっと『社長』は周りの様子に不審を覚えていた。確か、このトンネルの向こうに見える景色は、今の時間はもっと明るかったはずである。外見からは巨大な銀色のドームに包まれ、外の気候は左右されないように見えるが、実際は自在に透明度を変える事が出来る新構造のマジックミラーでさんさんと輝く砂漠の太陽の光を存分に取り入れ、なおかつ内部にある人工雲などで温度を調節し続けている。そして今の時間だと、ドームの中は昼下がり、お天道様が見守る時間帯のはずである。それなのに、トンネルの先は幾ら進んでも一行に暗いまま、まるで夜を思わせるようである。夕立などのプログラミングは入れていないはずだし、第一いくら天候が悪くてもここまで暗くなると言う事は有り得ない。
一瞬、『社長』は自分の判断が誤っていたのかと思った。そもそも、今回SOS信号を発信した主は、ドーム内部を制御するハイコン本人、しかもその中枢からである。普通、何かしらの異常や侵入者があり、自らで対処が出来ない場合も、このようにSOS信号を本部へと送信する事になっているはずなのだが、その場合、中枢では無く、ドーム内のビルに偽装した特殊事例対策塔から送信されるはずである。今回のような事態が起きる事は予想はしていたのだが、一体何が起きているのかと言う「予知」までは至っていない。一体、何がどうなっているのか。
今まで何度も自らの発想で、様々なプロジェクトを良い方向に進めてきたという自負がある彼でも、今回ばかりは少々不安になってしまった。
そして、やけに長いトンネルを抜け、彼はようやく闇の中のように暗いドームの中に入った。
もしこのまま自分自身が余計に歩き始めたとしたら、身の危険が及ぶ可能性もある。彼は敢えて立ち止まり、周りの様子に注意を払った。正直、こういう暗い空間で独りぼっちと言うのは少し心細いものがある。緊迫した事態にも関わらずあまり緊張感が伺え無さそうな考えを『社長』が持ち続けていた理由は、件のSOS信号を送りこんだ張本人が誰なのか、ある程度予想が出来ていたからである。
結論としては、彼の予想は見事に的中した。
突然周りが明るくなった事で、しばらく目が眩み周りの様子が分からなくなった『社長』。時間が経つにつれ、次第に辺りの様子が分かって来た時、その眼や耳などの感覚器官から入ってきた情報を総合した結果、彼が出したのは笑いの表情であった。ただし喜びでは無く、状況を判断しきれないと言う困惑の。
幸いドームの内部に広がる仮想都市……様々な近代設備を有し、それらの制御やインフラの維持管理をハイコンが行うと言う来るべき未来都市のモデルに関しては、何の異常も無かった。頭上に広がるドームのマジックミラーに関しても、先程までの暗さは外から差し込む光を抑えていたからと言う事が、さんさんと降り注ぐ太陽の光で確認が取れた。だが、それを抜きにしても、明らかに違う事があった。元の明るさを取り戻したドームの中は……
「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」「やっほー!」
四方八方、『博士』で埋め尽くされていたからである。




