③
「……ど、どうして不可能なの!?」
不可解なものだった。簡単に出来るはずなのに、どうして不可能と判断したのか。もう一度問い詰めた本物の『博士』に対し、ハイコンはその計算結果とやらを事細かに報告し始めた。理解が出来ないという苛立ちが募りながらも、彼女は表示された様々なプログラム言語や数式を読み進めていた。実験段階ということで、これらは一般の人どころかこの研究に携わっている人以外が読んでも意味が分からなかったり文面が繋がらなかったりしている可能性が高いのでここでは省略するが、結果としては『博士』本人でも理解しきれないものだった。確かに、誰も居ない場所でも自分自身でしっかりと都市の維持管理は出来るようになったし、連絡が無くても行う予定だった実験はあらかた済ませている。だが、何故ハイコンは余計なこと……大量の『博士』を増やしたのだろうか。
「と言うか、何で『私』なの……?」
その問いに数秒間沈黙した後、ハイコン側から返答が戻ってきた。今回は滑らかな声によって。
「貴方ハ、私ニトッテ必要ナ人材ダカラデス」
「……褒め言葉と受け取るわ。でも、何であんなにたくさん……」
ちらりと後ろを振り返った『博士』の視線には、自分の姿を模した大量のロボットが何十列にもわたって並び、先程通った道も既に見えなくなっていた。明らかに、『博士』型のロボットの数は先程よりも増えている。
「貴方ノ頭脳ハ非常ニ優秀デス。私ヲヨリ良クスルタメニハ、貴方ノ力ガ最モ欠カセナイト判断シマシタ」
しかし、その後ハイコンが自らの言葉で述べた理由に、『博士』は驚愕を覚えた。コンピュータを作り出す上で必要なのは優秀な頭脳やそれを運用する指揮能力に応用力、と言うのはまだ分かる。しかし、それに「容姿」はどう繋がりを持つのだろうか。黒い長髪、すらりとした体系、未来を見据えるような瞳、心地よさそうな唇……ハイコンの合成音声から出る言葉を聴き続けるたびに、『博士』はこの事態の真実が少しづつだが見え始めていた。そして、その事実を納得することを恐れ始めた。スピーカーからこの中に聞こえ続ける音声は、まるで恋人のいない間に他人に向かってその容姿や性格、日常を褒め称えると言う「ノロケ」と呼ばれる内容に思え始めたからである。
しかし、その考えでもおかしい所があった。確かに褒められるのは嬉しいのだが、ノロケというのは普通他人に話すもの、本人の前で話すと言うのは……。
「私ハ貴方ニ作ラレテ長イ間ズットオ世話ニナッテイマシタ。ソノ間貴方ハズット私ニ優シク接シテクレマシタ。困ッタトキニハ……」
……次第に『博士』は気分が悪くなっていた。あまりにも褒め称えられすぎると言うのは逆にわざとらしく感じてしまうものである。そして最悪の場合、褒め殺しという形で意図せずに相手を窮地に落としいらせる事だってあるのだ。ハイコンが並べる言葉は、まさしくそれに近いもの……はっきり言えば、ノロケを通り越して一種のアイドル崇拝のようなものにも感じられ始めたのである。
「もうやめて!」
当然、嫌になった博士は大声でハイコンの言葉を中断させた。何故ここまで自分……『博士』に拘るのだろうか。正直、その理由は頭の中には浮かんでいたものの、どうしても受け入れることが出来なかった。自分はちゃんとした女性、今は独身だがいつかは格好いい旦那さんと一緒に一つ屋根の下で暮らす、それが目標である。いくら何でも、このドームの中で巨大なコンピュータと「一つ屋根の下」など考えられなかった。しかも、ただ単に自分の思いを打ち明けるにしてもどこか変である……。最悪、一旦このコンピュータの機能を停止させるしかない、そう考えたときであった。
「「「「ねえ、一緒に来てくれる?」」」」
気づいた時には、既に本物の『博士』の周りには四人の『博士』の姿を模したロボットが囲んでいた。当然ながら、全員とも全く同じ姿かたち……ハイコンの前に顔を見せるとき、いつも着用していた正装である。何をされるのか理解が出来ないまま、五人の彼女を包むかのようにプラスチックで出来た透明のカプセルが現れ始めた。これが何を意味するのかは、設計した『博士』自身が覚えている。その優れた生産能力を活かせば、いくつかの例外はあるもののハイコンはどこでも自由自在にエレベーターを瞬時に生成することが可能なのである。遍在する神、いつでもどこでも見つめている「ユビキタス」技術の賜物である。しかし、今回の場合は、特に『博士』にとってはそれが見事に仇となった。
自分を監視するかのように取り囲む四人の『博士』がハイコンによって製造されたことは、もう博士も理解していた。そして、何かしらの方法で今もなお生産は続いているだろう、と言う事も不本意ながら納得していた。しかし、事実は小説よりも奇なりと言う言葉はどんな世界にも当てはまるものだ。エレベーターが長い暗闇の空間を抜け、地下に広がる広い空間に降り立った時、『博士』の口から……
「な、何よこれええええ!!!」
恐らくこれまでで最も大きな悲鳴が、巨大な空間の中に響き渡った。
この理想都市の地下深くには、住人がお望みのものをいつでも製造することが出来る、ハイコンが一括で管理する巨大な製造プラントの一群が存在している。飲み物からベンチ、エレベーターまで、まるで神様のように何でも作り出してくれると言う機能の要であるのだ。しかし今、製造プラントの大半の領域はその生産能力をある一つの目的に絞り続けていた。どんなものでも手際よく作り出してしまう仕事の速さが自慢の製造プラントが何十何百も同じ目的に使われれば、一度に生産される量は物凄いことになる。それらは完成されたものから次々に収納され、地上に出るのを待つ事になる。
……何階にも連なる超巨大な床を埋め尽くし、理想都市に送られるのを待つ、何千何万もの『博士』が。
「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」……
本物の『博士』を待っていたかのように、全く同じ微笑みが地下空間を一様に包み始めた。あまりにも異常すぎる空間を前に、本物の彼女は頭を抱えた。一体何故このようなことをするのか、ここまで自分を追い詰めて何が目的なのか。苦しみながら声を張り上げた彼女の声に答えたのは、ハイコンではなくそこから創造された『博士』型のロボットたちであった。
「私は、『貴方』になりたいの」
「わ……私?」
「そう、私はもっと『私』になりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」「私もなりたいの」……
再び始まってしまった大合唱に耳を塞ごうとする『博士』。しかし、それを一旦中断させたハイコンからの返答は、さらに信じがたいものであった。
「私ハヨリ完全ナ博士ヲ望ンデイマス。周リニ居ル彼女タチモ同様デス。290391人の彼女ハ全員、本当ノ博士ニナロウトシテイルノデス」
「ど、どうして!?どうしてそんなに……」
「私ハ、貴方ヲモット知リタイ」
……だから、『博士』のデータが欲しい。
本物の『博士』の頭の中で、全ての伏線が繋がった。自分だけこのドームに入れた理由、ドームの中に存在する大量の自分自身、そしてそもそものハイコンの異変の原因。このコンピュータ……いや、『彼』は、博士に好意を抱いてしまったのだ、と。盲目的にハイコンは、愛する人と同じ姿形、思考能力を持ったロボットを作り続け、作り続け、そして作り続けた。しかし、いくら作っても満足を得ることは出来なかった。愛する者を真に手に入れるためには、自分だけの思考判断に基づく姿かたちだけでは完全な姿を創造することは出来ない。だから、こうやって本物を……。
(あれ……?じゃあ、この『私』って……)
……『博士』は、ある事に気がついた。今のハイコンには、完全な自分自身のデータが存在していない。よって、このドーム内に大量に存在している『博士』の姿を模したロボットたちは、いわばハイコンが自分自身で妄想していた『博士』と言うことになる。いうなれば、自分の思い通りに作り出した恋人、自分勝手に思い描いた存在とも言える……。
「……ねえ、本当に『私』のデータが必要なの?」
「エエ。彼女タチモソレヲ望ンデイマス。ソウデスヨネ?」
その通りだ、と言う合唱が再び地下を包み込み始めた。数十万の『博士』の偶像は、本物が帰還したことを喜ぶハイコンを代弁するかのように満面の笑みを見せている。いや、これはもう完全に自分自身の姿を利用して、数の暴力で自身の意志を捻じ曲げようとしているだけだ。研究チームを追い出しただけに飽きたらず、好き勝手に偽者を増やして、挙句の果てに本物のデータをも独り占めにしようとしている……。
ハイコンの「好き」と言う感情が、アイドルやアニメのキャラクターに向けられた、偶像崇拝のようなものである事に気づいた瞬間、本物の『博士』の心から恐怖が消え去り、代わりに現れたのは「憎悪」と言う感情だった。そして次第に怒りに満ちた心は大きく強くなっていった。周りから聞こえる偽りの笑顔も、ハイコンからの上から目線の慰めも、『博士』の耳には入らない。こんな事をされて、誰が好きになるものか、誰が好意を抱くものか。憤りが心から溢れそうになり、怒りの声が口から漏れそうになった、その時であった。彼女は気づいたのである。ハイコンは今、彼女の持つ心の移り変わりなどのデータを利用してこのドーム内に数十万人の『博士』を生み出そうとしている。つまり、同じ心や同じ感情を持った存在が何十万人も存在する、と言うことだ……。
ハイコンは知らなかった。普段は凛々しく、冷静沈着で真面目そうな『博士』の本当の姿を。この研究が打ち切られそうになった時、理不尽すぎる理由で中止にしようとした幹部を企画会議上で糾弾し、ユビキリ・ゲンマーン社の社長に直訴したことを。研究が行き詰りそうになった時、人知れず自分自身への怒りを、ボクシンググローブに託して発散していたことを。『博士』の心に、不屈の精神と逆鱗の裏にある凄まじい怒りが存在していることを……。
「……いいわ、私のデータをあげる」
おもむろに立ち上がり、どこからか見つめているであろうハイコンに向けて、『博士』は満面の笑顔を贈った。ただ、その仮面の裏にある真の心を、ハイコンは読み取ることは出来なかった。真の心と間逆の表情を出すと言う技を人間が持っていることなど、知る由もなかったのである。そして、その笑顔を保ったまま本物の彼女は、全く同じ無数の笑顔を見せる偽者の彼女たちを見渡した。やがて数十万人、いや無限の本物の『博士』になるであろうロボットたちを……。
「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとう!」……




