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鬼と百合  作者: パラレル
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其の弐:白刃と火弓

 深夜の学校。真っ暗闇の校庭に歩みを進める二つの人影があった。――優梨と幽斗である。

 片や白い袴姿、片や黒い学ランというなかなか異色の組み合わせであったが、当人達はあまり気にしていない。この時間帯に辺りをうろつく者など居ないし、いつものことだからだ。

「じゃ、始めるわよ」

 そう言って優梨が取り出したのは小さな瓶。その栓を抜き、中のきらきらと輝く粉末を地面に撒き始める。すると、その粉末が落ちた地面がぼんやりと光り始めた。

「……来る」

 幽斗がぼそっとそう言ったとき、地面の光りに反応するかのように空のところどころが妖しい光を放ち始める。そして、その光の中から何かが現れ始めた。

「「ギシャシャシャシャ――」」

「大量に来たわね……」

 それは、異形の群れだった。人間ほどの大きさの昆虫や骨だけの鳥など多種多様な形を取るその群れは、魑魅魍魎(ちみもうりょう)という言葉がぴったりだった。

「ん……」

 無言で一歩踏み出す幽斗の右手に、一条の白い光が奔った。幽斗が右手を閉じると、その光は一つの形を成してその姿を現す。

「……白眉(はくび)

 幽斗の右手に握られしもの、それは純白の刀だった。刃も鍔も柄も、全てが白いその刀は夜空の闇によく映えていた。

「……ふんっ」

 そう唸って幽斗は空に向かって跳躍。人間離れしたその脚力で、疾風の如く異形の群れに突っ込み純白の刀を振るう。

「「ギシャッ……」」

「……よっと」

 校舎の屋上に着地した幽斗の後ろで、何体もの異形が真っ二つに斬られた後に塵となって消滅していった。

「じゃ、あたしもやりますか」

 けだるそうにそう言いながら、優梨は懐から何かを取り出す。漢字が崩して書かれた紙切れ、それはまさに御札だった。

「いってらっしゃい……狼煙(のろし)

 優梨が口にしたのは、その御札に記されている崩して書かれた漢字。そして、それはこの御札に宿りしものの名でもあった。

 そして、名を呼ばれたものは光を放って、御札から本来の姿へと変わる。

「グルアウォォォン!」

 現れたのは文字通り、煙でできているかのような体の狼だった。まさに、名は体を表すといったところだ。

「タクロー、やっちゃって」

「グウォォォッ」

 真の名とは別に、個人的につけた名前で優梨は命令を出す。主人の命令を聞いて、タクローこと狼煙は再度吠えて異形の群れに飛び掛かる。

「「シャアアアアッ」」

 異形の群れもタクローを迎え撃とうと襲い掛かる。

「ガアアアアッ」

「「シャアアアッ」」

 互いに食い尽かさんと迫るタクローと異形の群れ。

 そして、二つはぶつかり合った。

「アォォン……」

「「ギシャシャシャッ」」

 結果、勝ったのは異形の群れだった。タクローは無残にばらばらに切り刻まれてしまっていた。

「……ふふっ」

 しかし、優梨は不敵な笑みを浮かべる。そして、その笑みの意味はすぐに明らかになった。

「「ウゥゥン……グルアアアッ!」」

「「ギシャシャッ!?」」

 再び聞こえた唸り声に振り返った異形の群れは思わず動きを止めた。――切り刻んだはずのタクローが再び現れたのだ。それも大量に数を増やして。

「いけっ、タクロー軍団」

「「ガアアアアッ!」」

「「ギシャアアアッ!」」

 数での差は完全に埋まった。一体一体の力はタクロー軍団の方が勝っていたので、異形の群れを食い散らかすのに時間は掛からなかった。

「あたし自身も仕事しなくちゃね。……火雁(かがん)

 そう言って、優梨はまた懐から新たな御札を取り出し、そこに宿りしものの名を呼ぶ。

「ピィィィン!」

 甲高い鳴き声とともに現れたのは三本足の赤い鳥だった。「(がん)」という割にはかなり小さく、どちらかと言うと(すずめ)に近かった。

「ピーちゃん、おいで」

「ピィッ」

 優梨の言葉に短く応え、突き出された彼女の左手の甲に火雁は着地する。

 それを確認した優梨は澄んだ声で宣言する。

「すぅ……憑依武装(ひょういぶそう)っ!」

「ピィィィィッ!」

 その宣言に共鳴するかのようにピーちゃんこと火雁が甲高く鳴くと、すぐに変化が起き始める。

 突然、ピーちゃんが優梨の左手ごと紅蓮の炎に包まれたのだ。だが、彼女の顔には苦痛など浮かんでいない。というより、涼しい顔をしていた。

 紅蓮の中で、優梨の左手とピーちゃんは一つの形へと姿を変えていく。それは優梨自身が戦うための力。纏いし炎を振り払い、それは姿を現す。

「――火雁弾弓(かがんだんきゅう)

 それは優梨の左手と一体化した深紅の弓だった。そのシルエットはまさに、両翼を広げた火の鳥そのものだった。

「いきますか」

 優梨は左手の深紅の弓を上空の異形の群れに向け、右手をそれに近づける。

「ふっ……」

 心を鎮めて気を研ぎ澄ますと、右手と弓のあいだに赤い棒状のものが生成される。

 右手でそれを手にし、弓につがえるとそれは本来の姿――深紅の矢へと姿を変える。

「はあっ……」

 腹から搾り出すように優梨が気合いを入れると、弓の両端から炎が(ほとばし)り矢へと吸収される。炎が吸収される度に、矢の先端にある(やじり)が紅く輝く

 準備は整った。後はその指を離すだけ。

火群(ほむら)羽撃(はばたき)

 放たれた深紅の矢は突如分裂し、幾つもの小さな矢となって散開した。朱雀の羽を連想させるようなそれらは纏いし紅蓮の炎で、異形の群れを瞬く間に灰燼(かいじん)へと変えていった。

「ふぅ……」

 十数体は焼き払えたのを確認し、優梨は額の汗を拭う。まだまだへばった訳ではないが、やはりそれなりに体力や精神力を使うのだろう。

「ギ……」

 その隙を狙う一つの異形。羽音をできるだけ小さくし、静かに近づく。

「シャアアッ!」

 そして、一息で食らいつける距離まで迫り、牙を剥き出して襲い掛かった。

「……くっ!」

 優梨も気づいたようだが、今さら弓を構えても間に合わない。近接武器を持たない優梨に対抗する手段などない。

 しかし、異形が優梨の喉元に食らいつくことはなかった。

「ギガッ……」

 突然、異形の体が横に二つに切り裂かれたのだ。悲鳴を上げる間もなく、異形は切れ目から灰となっていった。

 灰が風に吹き飛ばされ、その奥にいたもっさり頭が優梨の前に姿を現す。

「……気を抜くな」

「うっさいわね」

 もっさり頭こと幽斗が忠告すると、優梨はそっぽを向いて悪態を着いた。

「残り……狩る」

 ぼそっと呟き、幽斗は三分の一ほどになった異形の群れに、再び切り掛かっていった。その目は獲物を見つけたケダモノのようだった。

「ちょっと張り切り過ぎただけだっつーのっ!」

 幽斗が自分の声が聞こえないところまで行ったのを確認し、優梨もそうぼやきながら再び矢を放った。

 少し本気を出した二人が、残りの異形を全滅させるまで一分と掛からなかった。

「――ふぁ~あ、ねむ……」

 召喚していた二体の味方を御札に戻した優梨は、大きな欠伸をして立ち去っていった。一方、幽斗の姿は幻だったかのようにいつの間にか消えていた。





 ――人や生物が死に、残された思念だけがこの世を彷徨っている存在「霊」。中でもより強い思念は、時に「鬼」と呼ばれる存在になってしまう。

 「鬼」は生者に取り憑き、その生命力を奪い取る。そして、それが一定量達すれば何もかも食らい尽くし、体ごと全てを乗っ取ってしまう。

 「鬼」は当然、人にも危害を加える。人の中にもその存在を確認し、対抗する力を持った者もいた。

 世間の影で、式神が宿りし御札を用いて、「鬼」を祓う彼らは「祓い人」と呼ばれていた。 世間の裏で暗躍する「祓い人」の一族の中でも、一際名の知れた一族が二つあった。

 一つは「篠崎家」。幾つかある「祓い人」の一族の中でも随一の力を持つこの一族は、厳しい実力主義の下で人に仇なす「鬼」をひたすら祓ってきた。

 もう一つは「綾瀬家」。この一族も、祓い人の一族の中では高い実力を持っていた。しかし、数十年前のある出来事が原因で、一族の実力者は全滅。祓い人の力は血脈に関係する部分が高いので、弱体化した「綾瀬家」は没落の一途を辿った。

 そんな「綾瀬家」だったが、現在は別の意味で業界内で名を知られている。ほとんど力を無くしたはずの「綾瀬家」で、史上最高レベルの力を持つ「祓い人」が現れたからだ。――そう、その「祓い人」こそ、綾瀬優梨なのである。





「ふわぁ~あ、やっぱり眠い……」

「また欠伸して……」

 大きな欠伸をした優梨を珠美は(たしな)める。昨夜の仕事のせいで、一時限目の数学は完全に爆睡してしまった。優梨が目を覚ました時には、既に終業のチャイムが鳴り響き、優梨と幽斗を除く全員が礼をしていた。

 今は二時限目が始まるまでのちょっとした休憩時間だ。クラスメイトが次の授業の準備をしたり、駄弁ったりしているなかで、二人は先程のやり取りをしていた。幽斗に関してはもう分かりきっていることなので割愛する。

「眠いもんは眠いの。……で、あれ放っておいて良いの?」

「何が?」

「いや、だから……」

 優梨が一度視線を後ろに向けて、珠美に問い掛けるが、珠美は何のことか本当に分からないかのように返した。そのあっさりした姿に優梨は逆に困惑した表情を浮かべる。

「――キャハハッ、何それ、嘘でしょ」

「――いや、本当なんだって」

 二人の後ろでは何人かの男女が賑やかに話している。――その中に、秋人の姿もあった。秋人らと話している女子には、昨日珠美を虐めていた面々もいた。彼女達はわざとらしく大きな笑い声を上げ、会話の合間合間にちらちらとこちらを見ていた。まるで自分達の方が秋人に相応しいと見せつけるように。

 優梨が気にしていたのはこのことだったのだが、珠美は全く意に介していないようだ。それはそれで悪くないことのような気もするが、優梨は何となく不安を拭い去れなかった。

「そうだ。加賀美君、今日私らと一緒に帰らない?」

「え? あ、ああ……」

 その時、珠美の目がひどく冷たいものに変わったことには誰も気づかなかった。





 次の日、女子数名が行方不明になった。

 行方不明になった女子はいずれも、昨日から家に帰っていないようだ。学校側も急なことだったために、対応に困っていた。警察には捜査を任せたものの、校内に広がる不安を拭えはしなかった。

 行方不明になった女子数名が所属する2-Aは特にひどかった。昨日まで賑やかに話していたクラスメイトが行方不明になったのだ。誰もいつも通りに生活をすることなど出来はしなかった。

 ただ、優梨だけはこの事態に何か思い当たる節があったのか一人行動を始めた。――彼女だけ、なんとなくこのことを悟っていたかのように。

「加賀美、ちょっといい?」

「なんだよ、綾瀬……」

 優梨が取った行動、それは秋人への事情聴取だった。行方不明になった女子達は全員が一昨日に珠美を虐めていた女子達――つまり、昨日秋人と話し、ともに下校した面々だった。行方不明になった女子達の昨日の時点での共通点を思い浮かべると、真っ先にそのことが脳裏に過ぎったのだ 。

「あんた、昨日あいつらと下校したよね?」

「確かにしたけど、途中でばらばらになったぜ。……まさか、俺を疑ってんのか?」

「んな訳ないでしょ。……他になんか気になったことある?」

「んあ? んん……」

 優梨の問い掛けに秋人は頭を掻いて答える。何度か聞かれたことなので滞りなく答えられるが、やはり気持ちの良いものではない。冗談混じりの言葉もスルーされてさらに質問を受け、さらに頭を掻いて唸る。

「……そういや、千春が帰ってきてねえなあ」

「え、誰それ?」

「俺の姉ちゃん」

「成る程……って、いたの!?」

「いて悪いか」

 再び秋人が口を開いたことによって得たのは、別の部分で驚く内容だった。

「まあ、良いわ。……というか、その千春さんも行方不明になったんじゃないの」

「いや、そんな……」

 優梨の尤もな指摘に秋人はたじろぐ。千春は帰りが遅いときはかならず連絡を入れる。それすらないので、実際のところ秋人は不安だったが、千春までもが行方不明になったとは考えたくなかったのだ。

「まあ、良いわ。ありがと」

「ちょっ……おいっ」

 ある程度情報を手に入れたからか知らないが、あまりにもあっさり過ぎる優梨に思わず声を掛ける。

「お前、犯人探しでもしてるのか?」

「ん……そうね。半分合ってる」

 恐る恐る尋ねてみるが、やはりそうだった。「半分」というところが気になるが、予想通りの返答だった。

「お前な……こういうことは警察に任せた方が――」

「珠美のことどう思ってる?」

「はあっ!?」

 一介の女子高生が首を突っ込むような話ではない。そう暗に示して止めようとする秋人だったが、また唐突で会話になってない質問をされて思わずのけ反る。

「何だよ、急に……」

「じゃあ、なんで珠美の告白を受けとったの?」

 唐突過ぎるその質問に、秋人は頭を掻いて漏らす。その様子を見てか、優梨は質問を少し変えてさらに問い掛ける。

「それは……元々俺も珠美に惹かれてたんだよ」

 秋人は視線を反らしながら気恥ずかしそうに話し始めた。

「いつだったっけな。……借りてた本を返しに行った図書室に返しに行ったんだ。で、ドアを開けたときに目に入ったんだ。――静かに本のページをめくる珠美の姿が。窓から入る夕日に淡く照らされてたその姿はなんか神秘的に見えて、しばらく見惚れてしまったんだよ。それから少しずつ気になり始めて――」

 一度口を開くと秋人は滞りなく言葉を紡いだ。最初の気恥ずかしさはどこへやら。聞いている方が逆に気恥ずかしくなってくるほどだ。

「――という訳で……って、あれ?」

 尤も、もう誰も聞いていなかったが。

「綾瀬、てめえええっ!」

 遠くから聞こえるその叫びに優梨は小さく呟く。

「……十分、分かったっつーの」





 並木道を通り過ぎ、信号で二度曲がる。夕焼けが照らす帰路をいろいろと思案しながら歩いていた優梨だったが、さらに何度か曲がって人通りのない一本道に出ると急に足を止める。

「……出てきたら?」

 そう言ってゆっくりと後ろを振り向くと、そこには冷たい目でこちらを見つめる珠美の姿があった。

「……優梨もそうなんだ。私から秋人を奪おうとしてるんでしょ」

「珠美……」

 ぼそぼそと話す珠美の声には何か得体の知れないものが潜んでいるように感じ取れた。――いや、得体の知れないものではない。これは自分がよく知っていて、行方不明事件への関与をなんとなく予想していたもの特有の感覚だ。

「……やっぱり棲んでたのね。――『鬼』が」

 半歩下がって、ブレザーの裏に手を伸ばす。そこには、昨夜使った御札が忍ばせてあった。

「邪魔しないで」

「……くっ!」

 しかし、もう少しで触れるというところで、その手は急に珠美の方向に強制的に向けられる。その手首には白い糸が何重にも巻きつけられ、糸の先は珠美の背中に繋がっていた。

「これは……蜘蛛の糸」

「その通りよ」

 右手に巻きつけられたその糸を見て呟く優梨に珠美が――いや、珠美の心に棲んでいる「鬼」が答えた。

「……あんたね、珠美に取り憑いたのは」

 優梨が珠美の背後に見たのは、巨大な蜘蛛(くも)に似た姿の「鬼」だった。

「そうよ。……この女は心に不安がいっぱいだったから、とても良い食糧なのよ」

 「鬼」が取り憑く対象で一番厄介なのが人だ。人は複雑な思考ロジックを持ち、全てを分析は出来ないほどの幾多の感情を持っている。そして、その感情の起伏は生命力を通常の何倍にも滾らせることもある。――「蜘蛛の鬼」が言う通り、「鬼」からすればとても良い食糧なのだ。

「あんた……」

「おっと、少し静かにしてもらうわよ。珠美との約束もあるしね。……私が見えてるあなたのことも個人的に気になるし」

 優梨の言葉を遮るように「蜘蛛の鬼」がそう言うと、優梨の背後の空間そのものが光を放ち始めながら歪み始める。

「このっ……」

「じっとしなさい」

 慌てて糸を解こうとする優梨だったが、「蜘蛛の鬼」がさらに糸を放出して優梨の体をぐるぐる巻きにしてしまった。

「むぐぐ……」

「あなた達女は後で……ねっ」

 動きを完全に封じられてしまった優梨を「蜘蛛の鬼」は珠美の足で蹴飛ばし、光の中に突き落とした。

「さてと……そろそろ秋人君とお話ししましょうか」

 誰も居なくなったこの道を珠美はスキップしていった。

 翌日、優梨を含む数名の女子がさらに行方不明になった。


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