第43話 君と共に・1
久しぶりすぎる投稿です。いつの間にか5年近く経っていたんですね・・・。ようやく書けた続編になります。どうぞお楽しみください。
さらりと髪をなでると、その柔らかさが指に心地よい。
月明かりに映えるその栗色の糸は、美しい。
さらり、さらりと指を撫でる。
指をすり抜けていくその栗毛が愛おく、その行為は飽きることがない。
その行為に、かつてこの栗毛が疎ましくて仕方がなかった時期を思い出す。
あぁ、そういえば。
昔は、この栗色の髪を見ることも嫌だった。
この髪だけではない、すべてが嫌で疎ましかった。
どれだけも、彼を傷つけていた。
それを思うと、今は心が痛む。
あの時は、こんなふうに触れる日がくるなんて思ってもいなかった。
さらり、と指をすり抜けた髪が頬を撫でた。
うとうとと、意識と夢の間で揺れながら。
髪をすくわれる指の熱が心地よい。
以前は、触れられることを心地よいだなんて思わなかったのに。
こんなふうに、「夫婦」になれるだなんて、思ってもみなかった。
自分は幸せにはなれないのだと、思っていた。
愛される日がくるなどと、思ってもみなかった。
そう思うと、月日を感じずにはいられない。
ゆるりと流れるその時間。
月の明かりが二人を優しく包んだ。
***
「結婚について、あいつから何か聞いてるか?」
「・・・え?」
朝食が済み、紅茶を淹れて、一息ついた時だった。
いつも寡黙な兄の口から出た言葉は、何故かいつもより理解に時間がかかった。
淹れ終って手の中にいたポットが、カチャと啼き真っ白なテーブルクロスに足を着く。
普段であれば、そんなことはしないのに。
「・・・やっぱり聞いてないか」
その様子に、呆れたような、諦めたような。
そんなニュアンスを含んだ大きな溜息と共に出た言葉。
その言葉が、自分の鼓動を早くする。
言葉を紡いだ後、革張りの椅子に沈み込むその姿は今の彼の心情を表しているかのようだ。
使い込まれたその椅子は、主に合わせその身を馴染ませてきた。
幾月も、幾月もかけて、主が望むその形に。
それと同じ時を、自分も隣で共に歩んできた。
「・・・お前の結婚が決まった」
そして。
「・・・結婚、ですか・・・」
その時を共に過ごすことがこの先にはないことを、その言葉は意味した。
「まったく、自分勝手もいいところだ・・・。安売りはするな、と婚約者を立てずにいたくせに、急に結婚、だと」
こめかみを押さえたその表情は、苦く、彼もまた、受け入れがたいようだった。
ただでさえ辛いだろうその役目を負っているのだ。それも当然か。
椅子に身を預けたまま一呼吸置き、パサリ、と目の前に差し出したのは薄っぺらな封書。
「・・・相手も結婚の日取りもそこに書いてある」
「・・・お相手は?」
その封書には手をかけず、それだけ問う。
人生の一大事が、こんな薄くて小さなもので左右されているのかと思うと胸をこみ上げてくるものがある。
それでも、決まってしまえば異論を唱えることも、覆すことも叶わない。
ならば、詳細を確認しても同じことだ。
いつかはくるとは思っていた。
いつまでもこのままではないことくらい、自分でもわかっていた。
もう一人の兄も結婚をした。双子の可愛い子供もいる。
いつ会っても、幸せそうだ。
だから。
「従兄弟のガーデンだ。お前は会ったことがなかったよな?」
自分も、きっと、幸せになれる。
「そう、ですね・・・」
そう、思わずにはいられない。
聞き覚えはあるその名前は、けれども、聞いたことがある、ただそれだけだ。
「・・・好きな奴は、いないか・・・?」
ふと、兄から出た言葉。
どんな表情を自分はしていたのか。
視線が合った。
困ったような、探るような、哀れむような・・・そんな表情を相手にさせているのは、自分だ。
「大丈夫ですよ、クイーン」
答える自分の笑顔も、どこか歪んでいるように思う。
うまく、笑えない。
「・・・そうか」
いつかきっと、くるとは思っていた。
いつまでも、このままではないと思っていた。
自分は、王家という場所に生まれてきてしまったのだから。
好きな人と出会って、恋をして、恋愛をして、結婚をして、など自分には叶わない。
与えられた運命を、ただただ享受するのみ。
だから、きっと大丈夫。
わかっていたことだから。
いつかは受け入れなければいけないと。
「二日後に顔合わせだ、マスター」
大丈夫か、と声をかけてくれるその優しさが、今は心に痛い。
「わかりました」
あえて笑顔で、あっさりと返事をした。
紅茶が冷めてしまいましたね、淹れ直しましょう、と言う。
そうだな、と彼は頷く。
他愛もない会話をポツリポツリと交わして。日常が、戻る。
あぁ、どうか。
願わくば。
まだ見ぬ彼が、私を愛してくれますように。
日常は、その日からイロを変えた。
そして、その日はやってくる。
「はじめまして、マスターです」
出来る限りの笑顔で。
出来る限りの気持ちで。
出来る限りの、挨拶をした。
「・・・お前が?」
「はい、そうです」
「・・・金髪じゃねぇ王家の人間もいたんだな」
「・・・え?」
「出来損ない、か。お前。厄介者押付けられたわけだな、俺は」
視線が、突き刺さるように冷たく。
放たれた言葉は、到底理解など、できない。
あぁ、カミサマ。
わたしはしあわせになってはいけないのですか
今回はガーデンとマスターの出会い編になります。しばらくシリアスモードで進みそうな予感。なるべく早く続きを書いていきたいと思いますッ・・・!