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光 -ひかり-  作者: 美波
第二章 夕陽の下で
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第9話 小さな勇気

 加奈さんから連絡が入ったのは、一週間後のことだった。

 仕事が終わってロッカーに行き、携帯を見ると一件の不在着信とメールが届いていた。

 メールの内容は「今夜、時間あるかな?」というものだった。

 わたしは服を着替えて会社を出るとすぐに加奈さんに電話をした。


『心ちゃん、ごめんね~今いい?お仕事終わった?』

「はい、どうしたんですか?」

『この間さ、誰か紹介しよっかって話してたよね?』

「はい」

『ちょうど今、さっき偶然学生時代の同級生にばったり会ってさ一緒に飲んでるの! どう?』

「ど、どうって……」

『あ、ちなみに彼ね修司も知ってる人だから安心だよ』


 安心って……。

 そんなことよりも、急過ぎるよ。


 視線を下ろし、自分の服装を見る。

 制服がある会社だからと怠けて、地味な色とデザインの洋服を着ている。

 自分には、お似合だけど。


「あのー、心の準備が……」


 加奈さんはすこしの間を置いて「あぁっ、違う違う! 別にお見合いさせようってわけじゃないって! 三人で一緒に飲もう?」と言った。

 更に「心ちゃんのタイプの男の人じゃないし!」とも。

 それでもまだはっきりとしない態度のわたしに加奈さんは、

「心ちゃんは男の人のお友達、いないでしょ? 友達作る気持ちで軽い気持ちでおいでよ」と再び優しく言った。

 そう言ってもらえると、少し気が楽になった。


 誘われれば気軽に行ける合コンと、知人からの紹介では同じ出会いの場でも全然重みが違うようでなんだか戸惑う。

 別に、軽い出会いをしたいわけではないのだけど。

 何がしたいんだろう。

 どうしたいんだろう。

 こんなんだから、だめなのかなわたし。


 本気で、恋愛する気あるのかな。


 落ちる気持ちを振り払うように頭を一度だけ軽く振ると、加奈さんが待つお店へと向かった。



 会社帰りのサラリーマンで賑わう、明るい雰囲気の居酒屋だった。

 入口から一番奥の隅の掘りごたつのある席に加奈さんと加奈さんの友人は二人でいた。


「ごめんなさい! 遅くなって」

「いいのいいの、こっちこそ急にごめん。ほら、座って」


 靴を脱ぎ、手前に座っていた加奈さんが奥へ行き空いた加奈さんの隣に座る。

 目の前に座る男性を前に目を合わせて声を揃えて「はじめまして」と言った。

 お互いに、笑顔だった。


 第一印象だけで人を判断するわけではないけれど、一目見てとても雰囲気が明るくていい人そうだなと思った。

 目を合わせた時、笑ってくれる人ってやっぱりいいなと思った。


「彼女が……さっき話してた心ちゃん?」

「うん、何で?」

「いや、なんか話のイメージと違って」


 加奈さんとの会話の途中で男性は「あ、失礼な意味じゃないからね」と言ってわたしを見た。

 「どういう話を聞いたんですか?」と言って二人を交互に見る。


「おっとりして、ちょっと天然入ってる子って聞いてたんだけど……」

「えっ! 加奈さん、本当?」

「うん! よくさ、修司ともそう話してるよ?」

「……それって、褒めてるんですか?」

「褒めてるよ~可愛いってことじゃん」

「顔が嘘っぽーい」

「あははっ」


 案外、自分が他人からどう思われているかなんて知らないもんなんだ……。


「で、実際会ってみてどうなの?」


 加奈さんの問いかけに男性は「大人しい子だって思いこんでたから明るくてちょっと意外だった」と言って

 飲み物のメニューを手にすると「何頼む?」と言ってメニューを差し出した。


 初対面の人の前で一杯目からウーロン茶を頼むのもよくないと思ってお酒のメニューを眺めていた。

 甘めのカクテルがいいかな。

 アルコール度数がついているけど、結局人間が手で作るお酒だからあんまり信用できない。


「心ちゃん、無理しなくていいよ?」

「あ、でも」


 お酒が苦手だと知る加奈さんの言葉に反応した男性の「飲めないの?」との問いかけに小さく頷いた。


「そうなんだ、無理しなくていいよ。女の子は飲めなくても断ってもいいと思う」

「はぁ? わたしには飲め飲めって言って飲ませるよね~?」

「飲め飲めって言って飲ませてくるのはそっちだろ?」

「聞こえませーん」


 二人のやり取りに「あはは」と声をあげて笑ってしまった。

 仲が良さそう。

 学生時代の同級生、か。

 男性の友達なんてわたしには一人もいないから、この二人を見ているとちょっとうらやましいなって思った。


「あ、心ちゃん。この謎の男はね」

「謎って」


 男性はビールジョッキ片手に加奈さんを睨むようにして見ている。


早瀬はやせ 彰浩あきひろ。大学時代のの同級生なの。だから心ちゃんより一つ年上だね?お互いに修司の後輩なんだよ」

「心ちゃんって、あ、勝手に心ちゃんって呼んじゃってるけど」

「あ、いいですよ?」

「佐橋さんとどういう関係なの?」

「幼馴染です。家が、隣なんです」

「えっすごい! ほんとに。へぇ~いいね、なんか歳が近い者同士が家が隣同士って」


 早瀬さんはわたしの事を明るいって言ったけど、比べ物にならない程に明るくてよく話す人だった。

 早瀬さんが「なんか家が隣同士で幼馴染って設定、よくありそうだよな」と加奈さんに振ると「何の設定!?」と冷たくあしらわれてしまった。

 加奈さんは「なんかごめんねー馬鹿な奴で。酔ってるみたい。シラフでも変わんないけどね?」と言って私の肩に手を置いた。

 わたしは笑顔で首を横に振った。


 今日はとても楽しかった。

 久しぶりに、お酒の席が楽しかった。



 この日から早瀬さんとメールのやり取りがはじまった。

 だいたい一日に一回。

 色気も何もないたわいもない内容のメールのやり取りだったけど、楽しかった。

 その日たまたまあった出来事や仕事でのことを一日の終わりに面白可笑しく脚色して報告してくる。

 わたしも彼以上に面白い内容のメールを作ろうと頑張って、メール一通作るのに最大一時間かかったこともある。

 でも、わたしの平凡な日常ではそれは難しかった。

 いくら頑張っても「今日もいつも通り平和でした」としか思い浮かばなかった。


 数日後、早瀬さんから週末のお休みに「メールばっかじゃなんだしせっかくだから一度会ってみようか」と誘われた。

 指定された日は、あいにく先週予約が取れなくて行きそびれた美容院の予約を入れていた。

 それを伝えたら、「じゃあ夕方からにしよ、ご飯行こう!」と言ってくれた。

 気を遣ってか「他に誰か誘おうか? 加奈と、あっ佐橋さんも誘ってもいいよ」と言ってくれたけど、大丈夫ですと答えた。

 そんなのなんだか照れくさいし、修ちゃんが一緒の席にいるなんてのはやっぱりまだ複雑だ。


 一回会っただけだけど加奈さんの友達だし、明るくていい人そうだった。

 男の人と二人で会うなんていつぶりだろう。


「友達を作る……か」


 わたしの仲が良い友人はもう全員結婚してしまった。


 麻衣子はまずは色んな男性を見て接しみろと言った。

 加奈さんも、まずは友達を作れと言った。



 二十八歳にして、今更な事ばかりだけど今のわたしにはとても大事なことなのかもしれない。


 とりあえず週末、ちょっと緊張するけど頑張ろう。


 楽しめたら、それでいい。

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