第8話 好きなタイプは?
「心ちゃんは、いい人いないの?」
ちょうど赤信号で停車している時だった。
助手席に座る加奈さんが窓から外を眺めながら口にした質問だった。
「いい人、うーん……」
「会社は?」
「いいなって思う人ってだいたい結婚してません?」
「心ちゃんオヤジ趣味だもんね~」
「オヤジって!」
「花菱なんとかさん、だっけ?」
加奈さんはわたしをからかうように手を口にあててクスクスと笑っている。
「彼は憧れなだけであって実際好きになる人は違いますよ~」
「えー? どんな人が好きなの?」
「どんな人と言われても……」
返答に困っていると赤信号が青に変わって車を発進させた。
「もしよかったらだけどさ、誰か紹介しようか?」
「紹介?」
「うん。ずっと思ってたんだけど修司がさ、うるさいんだよね」
「修ちゃんが?」
「なんか注文が多くて」
「注文?」
「こういう奴はダメだ、とか。心にはこういう奴がいい、とか」
「……そうなんですか」
加奈さんの「お兄ちゃん気取りもいい加減にしろって感じだよね」と言ってこちらを向いている視線を感じた。
このあと、加奈さんに事細かに好きな男性のタイプについて聞かれた。
好きなタイプって言葉にして伝えるのは難しい。
手っ取り早く伝える方法として好きな人をあげるのが一番なんだろうけど、それは出来ない。
もしくは芸能人をあげるのが一番簡単なんだけど、わたしの好きな芸能人は……。
結局、辿りつく答えはあの時代劇脇役俳優だった。
彼は好きだけど……実際に、彼と同年代の人を紹介されても困る。
若くても、彼のような渋い空気を醸し出されてもどうしたらいいのか分からない。
加奈さんは最初は困った様子だったけど「任せて!」と言って自信満々な感じでわたしの肩を叩いた。
……大丈夫だろうか。
加奈さんを駅まで送り届け、自宅に戻って夕飯の前に部屋へ荷物を置きに行った。
少しだけ勢いよく部屋の扉を開けたら、何かが音を立てて倒れる音がして部屋の明かりをつけた。
部屋を見渡すと、本棚の横に立てかけておいたブルーの傘が倒れていた。
玄関に置いておくと家族に使われてしまいそうだから自分の部屋に持ってきておいた。
返す約束もしていないし、第一これから先会える可能性もほぼゼロに等しい人だけど、借りものには違いないと思って。
この傘を見ると雨に濡れて寒く冷たいあの雨の日の事よりも、優しくてあったかい笑顔を思い出す。
「しまったな……」
加奈さんに、こう伝えればよかった。
冷えた心を瞬時に温めるような、そんなあったかい笑顔を持っている人が好きですって。