第61話 みんなあったかい
朝、いつも通りの時間の電車に乗っていつも通りの時間に会社に着いてロッカーに入ると、先にロッカーに入っていた大橋さんと山岸さんにいきなり連れ出された。
訳がわからないまま二人に手を引かれてやってきたのは、いつも一緒にお弁当を食べる会議室。
どうしたの? そう問いかけようとするより先に大橋さんが唐突な発言をした。
「秋元さん! 浴衣を着ましょう!」
「……はい?」
突拍子もない発言にポカンと口を開けて固まる。
「週末に花火、行くんですよね? お祭りには浴衣ですよ!」
「そ、そう……? でも、浴衣持ってないし……」
「紺生地の浴衣なら山岸さんが、白生地の浴衣ならわたしが貸します」
「か、貸す……?」
「どっちがいいですか?」
「……そ、そりゃあ……紺、だよ。白は汚れちゃうし……って、なんなの!?」
まくしたてる大橋さんを、山岸さんが「ストップ」と言って止めに入る。
「秋元さんがびっくりしてるよ」
「だって……。秋元さんと彼氏さんが離れ離れになっちゃうのに、わたしたち何も出来ないから……せめて、素敵な思い出を作って欲しいって思って」
「別に、一生会えなくなるわけじゃないのに」
そう言いながら、大げさだなと思いながらもシュンとしている大橋さんを見ていると笑うなんてこととてもできなかった。
二人が自分のことを思ってくれているのが十分に伝わってきて心が熱くなった。
「ありがとね、二人とも」
お礼を言うと、二人は、少し照れくさそうに微笑んだ。
「秋元さん、待ち合わせは何時頃なんです?」
「あぁ、うん。早めに行った方がいいかなぁって思って午後三時くらいの予定だけど……」
山岸さんの問いかけに答えると大橋さんが胸を張って得意気に笑って言った。
「わたしたち、その日の午後ちょうど予定が空いているので。山岸さんが浴衣の着付けを、わたしがヘアメイクをしてあげます」
「……誰の?」
「秋元さんに決まってるじゃないですか」
「……えぇ!?」
「わたしに任せてください。超綺麗にしてみせます」
「着付けも、わたし習っていたことがあるので心配ないですよ」
二人の気持ちはとても嬉しいけど、わたしの意思を無視してどんどんと進む話に、一度ストップをかける。
「ちょ、ちょっと待ってよ。浴衣とか……だって、ほら。わたしだけ着ても変じゃない?」
「お祭り会場に行って彼女だけ浴衣姿のカップルなんていっぱいいますよ。そうだよね? 山岸さん」
「で、でも……借りるのも、悪いし……」
「気にしないでください。ね? 大橋さん?」
問いかけ合って頷く二人の姿を交互に見て、それでも私はそこまでしてくれるなんて悪いよという遠慮から何も答えられないでいた。
「わたしたちからの誕プレだと思ってください!」
「タンプレ?」
「誕生日プレゼントです! その日、秋元さんの誕生日じゃないですか!」
二人からの一途な視線を受けて、遠慮をする方が二人に対して失礼だって思うほどの気持ちが伝わってきた。
「本当に、ありがとう……!」
わたしは再びお礼を言って頭を下げた。
花火大会当日。
わたしが着た浴衣は望んだ紺生地の浴衣ではなく、一人だったら絶対に選ばないような白生地の浴衣だった。白地に藍色のレトロな花模様が施され帯は落ち着いた紅色。普段はチャレンジしない色の組み合わせだけど、着てみると意外と自分の年齢にも合って見えてしっくりときた。
去年の秋に切って以来伸ばし続けてきた髪はすっきりとしたアップスタイルにして髪飾りもつけてもらった。メイクも他に人にやってもらうといつもの自分とはまるで別人のように見えた。
大橋さんと山岸さんが帰って、待ち合わせの時間までの短い時をただじっと部屋の鏡の前で過ごしていた。
そろそろ家を出ようと、部屋を出て一階に行くとキッチンで洗い物をする母親と鉢合わせた。母親は浴衣姿のわたしを見て口元をゆるませた。
「さっきは、お友達と盛り上がっていたみたいね」
「あ……ごめん。うるさかった? というか、会話、丸聞こえだったかな……」
「さぁ?」
母親はにっこりとほほ笑むと背を向け洗い物の続きをはじめる。これからデートに行くことはバレているだろう。三人で恋バナばかりしてはしゃいで、年甲斐もなく恥ずかしい。
「あ、そうだ。心宛に招待状が届いてたわよ」
「招待状?」
「テーブルの上に置いてあるでしょ」
ダイニングテーブルに置かれた封筒を手に取る。
招待状とは、高校の同級生の池田君と河野さんの結婚式の招待状だった。
「久々だね。あんたに結婚式の招待状が届くの。学生時代の友達はみんな結婚したって言ってなかった?」
「うん。今回届いたのは高校のクラスメイトだよ。卒業以来連絡取ってなかったんだけど、偶然彼氏の方には去年の年末に街でばったり再会して、当時仲の良かった彼女の方とは年明けの同窓会で再会して……。春に入籍して式はあとからって言ってたんだ」
返信は早めにした方がいい。早速私はペンを取ると返信ハガキに必要事項を記入をする。もちろん出席に丸をつけて。書き終えると浴衣と同じく借り物の巾着仕様のカゴバッグに大事にしまった。途中でポストに入れて行こう。
「じゃあ、行ってきまーす」
「心」
「ん? なぁに?」
「29歳、おめでとう」
母親からのお祝いの言葉に照れくささを感じながらも「ありがと」と一言のお礼を返すと玄関へ向かった。
外に出ると強い日差しと蒸し暑い空気に一瞬怯む。せっかく綺麗にお化粧をしてもらったんだから、せめて待ち合わせの場所で会うまでは汗かきたくないのに。お母さんに頼んで車で駅まで送ってもらおうかな。
門を出たところで立ち往生していると後ろから名前を呼ばれた。
「心?」
「しゅ、修ちゃんと、加奈さん!? なんでこんなとこに……」
「なんでって。家となりだし。たまには実家に顔出しに来るくらいするだろ~?」
「そっか。うん……久しぶり」
「あぁ」
修ちゃんの隣で、加奈さんが目を見開いてこぼれるような笑顔を見せながら駆け寄ってきた。
「心ちゃん、浴衣素敵よー!」
「ありがとうございます」
「今日大きな花火大会があるものね! 彼と行くんでしょ?」
「はい」
「これから待ち合わせ? どこで?」
「駅です」
加奈さんは修ちゃんに目を向けると「車で送って行ってあげようよ」と言った。
「え、でもそんな、悪いです。これからどこか行くところだったのでは……?」
「ちょっとコンビニに行こうとしてただけ。遠慮しないで。ね?」
修ちゃんに目を向けると笑顔で頷いた。
二人についてすぐ隣の修ちゃんの家の車庫の車に乗り込むと、助手席ではなく後部座席の隣に座った加奈さんが口を開いた。
「前に一度、心ちゃんに駅まで送ってもらったことあったよね」
「はい」
その会話に修ちゃんが「そうなの? いつ」と口を挟む。
「去年の秋ごろだったかな。……まだ一年も経ってないのに、ずいぶん昔のことのように感じるね」
「色々ありましたもんね。結婚とか、」
「色々あったのは……それは、心ちゃんもね?」
加奈さんのその言葉に笑顔で大きく首を縦に振った。
駅まで徒歩3分くらいのところに設置してあるポストの前で降ろしてもらい、二人にお礼を言って別れる。
結婚式への返信ハガキに記入漏れなどの間違いがないか入念にチェックをしてからポストに投函した。
用も済ませ待ち合わせの場所へ向かおうとすると携帯が鳴った。
麻衣子からの共通の友達への一斉メールの受信だった。内容は、今度久々にみんなで会わないかというもの。結婚をして家庭を持っている子ばかりだからなかなか言い出す子がいなかったけど、この麻衣子からのメールを機に、久々にみんなと会えるかもしれないと思うと心が躍った。さらに文末には「今日は心の誕生日です。おめでとう!」の文字があって思わず道端でニヤけてしまった。
「あ、いけない」
ディスプレイに映る時計を見て呟いた。車で送ってもらったのにも関わらず、のんびりと立ち止まっていたら待ち合わせの時間が迫っていた。返信は家に帰ってからにしよう。私は携帯をバッグにしまうと待ち合わせの場所へ足を向けた。




