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光 -ひかり-  作者: 美波
最終章 ひかり
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第60話 過ぎ去る日々

「花火なら、八月第一週の港祭りがオススメです」


 朝、出社したロッカーでばったりと会った大橋さんに夏のおすすめデートスポットを尋ねていた。


「でもそこ調べたんだけど結構距離あるし、混雑するんだよね? 毎年トラブルもあるって……」

「それだけ大きいお祭りってことですよ。場所はたしかに海だからちょっと遠いけど、電車もバスも臨時便がバンバン出るし、混雑も会場整備はしっかりされているから止まることなく歩きやすかったですよ」

「へぇ……」

「花火にお祭りに、加えて海。超ロマンチックです! 花火から離れた場所に行けば海岸沿いも人が少なくてブラブラお散歩も出来るし」

「確かに……花火、お祭り、海。一気に夏が満喫できる感じだね?」

「彼氏さんと行くんですか?」

「うん。まだ分かんないけどどこか行きたいなって思ってて。彼、八月末に転勤が決まってしばらく会えなくなっちゃうから夏の思い出を……と」

「転勤!?」


 着替えを終えてパタンとロッカーの戸を閉める。下着姿のまま驚きに固まる大橋さんを横目で見ながら「早く着てよ」と言った。


「て、転勤って……一人でですか?」

「当たり前じゃない」

「あれ……結婚は? わたしたちの余興は……?」

「ふふ。うん、まだまだ先の話だよ。話が先走りしすぎなんだもん」

「そう……ですか。でも、転勤って……場所はどこなんです?」

「あぁ、うん。それがね」


 言いかけたところで、勢いよくロッカーのドアが開いて大きく息を切らした山岸さんが入ってきた。


「秋元さん、本当ですか!? 鈴村さんが、転勤でロシアに行っちゃうって!!」

「ろっ……ロシア!? 海越えるんですか!?」


 二人の威勢のいい声に驚いて肩をびくっと震わせた。


「あ、でもヨーロッパならついて行けないことも……」

「それがね、とんでもない田舎でほとんどの人が単身で行くようなところなんだって。三年くらいで戻ってこられるみたいだし。すぐだよ」

「で、でも恋人同士の三年は長いですよ!」

「平気だよ」


 はっきりとそう言い切ると、同じように目を真ん丸にする二人の顔が面白くてつい吹き出してしまった。


「やだぁ、二人とも。面白い顔! あははっ!」

「あ、秋元さん……」

「わたし、先に行くね」


 笑顔で手を上げ二人に挨拶をするとロッカーを立ち去った。

 階段を上って、事務所前でふうっと一息つく。

 良かった、笑って報告することが出来た。ほっとして足取り軽く仕事に向かった。


 最近は時が流れるのがやたら早く感じて、気付けば、蒼生君と最後に会った日からその後一度も会えないまま、大橋さんがオススメだと言っていた港祭りが今週末に迫っていた。

 このくらい会えないことは珍しいことではないし、お互いの予定が合わなければ会えないのは当然のこと。平気。会えなくても連絡は取り合えるもの。世界中のどこにいたって。


「みなと祭り?」

「うん。海辺の花火大会なんだけど……知ってる?」

「うん。テレビで毎年見る」

「ちょうど週末にあるの。そこに行きたいなって思ってるんだけど……」

「うん、いいよ」


 平日の夜、電話での会話で週末に行きたい場所を告げる。その日はわたしの29歳の誕生日。前々から連れて行って欲しい場所を考えておくように言われていた。だから出来るだけ夏の思い出に残りそうな場所に行きたかったのだ。


「年、もうすぐ蒼生君に追いつくよ」

「またすぐ追い抜くけどね」

「……あ」

「心ちゃん?」

「あ、あぁ、うん、なんでもないよ!」


 そっか、九月の蒼生君の誕生日は一緒に過ごせないのか……。

 モヤモヤと雲がかる気持ちを払しょくする様に明るく言った。


「楽しみだな! 花火!」

「そうだね。俺も間近で見たことってないから楽しみだよ」

「……ん? 電話の向こうでお姉さんの声が聞こえるよ? 怒ってる?」

「あぁ……うん。早く風呂入れって」

「ははっ、まだ入ってないの? 早く行ってね。じゃあ、また」

「うん。おやすみ」


 電話を切ると急にしんと静まり返った部屋でしばらくぼうっと床を見つめた。

 無意識にきつく閉じていた唇をほどいて、口角を上げた。


「誕生日プレゼント何にしよう? 郵送かな?」


 一人でニヤニヤして、プレゼントを考えながら寝支度をする。

 最近は気持ちの浮き沈みが激しい。ダメだな、笑って過ごしたいのに。ちょっとのことですぐに心が暗くなる。これじゃあ、蒼生君に出会う前の昔のわたしに逆戻りだ。彼は出会ったころからわたしの心をいつも温かく包んで、照らしてくれる光のような存在だった。


「しばらく会えなくなるなんて、想像つかないや」


 ポツリと独り言をこぼし、エアコンのスイッチを入れ夜中に切れるようタイマーをセットした。

 立ち上がって窓を閉める。開けていても風は入ってこなく、生ぬるい空気だけが入ってくる。季節はすっかり夏になっていた。



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