第57話 いつか必ず
蒼生君の家から自宅まで送ってもらう車中での会話は尽きることなく、まだ話し足りないわたしたちは通り道にある公園へ立ち寄った。
この公園に夜に来るのは初めてだったけど、街灯も多く、ジョギングや散歩、立ち話をする若者、仲睦まじく歩くカップルなど人通りは多かった。
わたしたちは空いているベンチに座った。
「そっか。本人から聞いたんだ」
「うん」
さっき、お姉さんとの会話でわたしが泣いてしまった理由をごまかすことが出来ず正直に打ち明けた。
「でも、他人のことで泣くなんて心ちゃんらしいね」
「だ、だって……」
蒼生君が笑うから、からかわれているような気になって恥ずかしくて、わたしもささやかな反撃に出る。
「お姉さん言ってたよ。蒼生君は女心が分かってなくて鈍感だって」
「ちょっと待ってよ。なんで俺の話が出るんだ」
「さぁ?」
わざとらしく首をかしげて「そうなの?」とすまし顔で聞いてみる。すると逆に「どう思う?」と質問を返され面食らう。
「わ、わたしは……そうは思わないんだけど」
「よかった。ありがとう!」
「いえいえどういたしまして……って、爽やかにお礼言って逃げないでよ!」
言い辛そうに「心当たりがあるとすればー……」と小さい声で言う蒼生君をじっと見つめる。一度口を閉じたけどわたしのひた向きな視線にはっとした様子を見せるとゆっくりと口を開いた。
「高校受験の時のバレンタインデーに、うちまでチョコを届けにきた女の子がいたんだよ」
「ほぉ……」
「でも俺勉強中だったから最初に対応した姉ちゃんに「受け取っておいてよ」って言ったんだ。……そしたらめちゃくちゃ怒られた。「どんな気持ちでウチまで届けにきたのか、あの子の気持ち考えなさいよ!」って……」
「お姉さん……結構、厳しいんだね。想像がつかないというか……」
「今はだいぶ丸くなったけどね。昔は結構きつかったよ」
「そっか、そんなことがあったんだ」
確かにお姉さんの言う通りで、蒼生君の女の子の気持ちに対する配慮が足りないとは思うけど……わたしは、そんなことよりも。
「蒼生君、モテたんだね」
「え、これだけで……?」
「これだけって。チョコもらえるなんて十分モテてるよ」
「モテるっていうのはトラック一台分のチョコが家に届くとか……」
「それアイドルだよ!」
「そっか……。じゃあ、人生に一度はモテ期があるらしいから。俺はその時にそのモテ期が来てそして終わったんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
何食わぬ顔して頷く蒼生君につられて一応納得。
「俺の話はもういいよ。えっと……そもそも何の話してたんだっけ?」
「あ、そうだそうだ。お姉さん、感謝してるって言ってたよ」
「感謝?」
「うん。みずほちゃんのこととかで……蒼生君には感謝してるって」
「……そう」
蒼生君は「なんのことだか見当がつかないな」と言って苦笑した。それが照れ隠しなのか、本当に分からないのか。その判断はつかなかったけど、わたしはお姉さんの話を聞いて惚れ直した。お姉さんは女心が分かってないとか、優しさがなかなか伝わらないって言っていたけどそんなことない。出会った時からわたしは、蒼生君の優しさに心が温かくなった。
「来週から雨だね」
蒼生君が空を見上げながら言った。予報では来週から梅雨入りするとのことだった。
「過ごしやすい季節ってあっという間に終わるよね。最近は昼間蒸し暑い時もあるし……やだな、それに加えて雨とか」
「そう? わたしは雨好きだよ。だって、」
「変わってるね」
「う……うん」
蒼生君に出会ったのは雨の日だった。あの日雨が降らなかったら、今わたしたちはこうして一緒にいられなかったと思うから。そう思っているのは自分だけ? でもがっかりする気持ちはなくて、あぁ、お姉さんの言う通りこういうところが女心が分かってないということかな、と思うと笑えた。そんな一面も、わたしは嫌だと思うことなんてなくて好きだと思えてしまうのだ。
「ねぇ、この公園……」
「ん?」
「覚えてない?」
「……あぁ! そうだね。みずほと遊びに来てた時に心ちゃんに会ったとこだ」
「そうそう」
出会ってそれきりだった蒼生君と奇跡的に再会した公園。わたしたちは今その公園にいるのだ。
「心ちゃんは家が近いもんね。小さい時、よく遊んだとか?」
「うん。蒼生君は?」
「うちは遠いからなぁ。あの日がはじめてだったよ。たまたま頼まれごとをした帰りにみずほが一緒にいたから寄っただけで……」
「そうだったの!? ……すごい。本当に奇跡だ」
「奇跡?」
「だって。たまたまあの日蒼生君たちがここへ寄ったから再会できて……だから今、一緒にいるわけでしょ? 本当にすごいよ……! だって、もし立ち寄らなかったら……!」
「歴史にもしっていうのはないんだよ」
「もう! せっかく今いい感じでドキドキしてたのに! ときめきを返して!」
「ご、ごめん……」
かみ合わないテンション。でもそれがまた面白くて、二人のあははと大きな笑い声が夜空に響く。
「梅雨が明ければ夏かー……」
蒼生君の呟きに笑顔で食いつく。
「夏といえば?」
「うーん、花火?」
「うんうん! 夏祭りもいいなぁ」
「あと心ちゃんの誕生日」
「秋になればすぐ蒼生君の誕生日だね」
「あっという間に一周するね」
「うん」
去年の秋に出会って、この夏を過ぎれば一年。始めて一緒に過ごす季節を、沢山の思い出とともに歩んできた。わたしは無意識に呟いた。
「夏で最後かぁ……」
「最後って」
「違うよ。最後っていうのは、はじめて一緒に過ごす季節が夏が最後ってこと! もちろん、来年も……一緒にいられたらいいなって」
来年も、その次も、またその次もずっと一緒に。そう心の中で呟いたとほとんど同時だった。
「来年も、その次も、そのまた次も。一緒にいようね」
そう言って、にこっと口角を上げてほほ笑むと「そろそろ行こうか」と言って立ち上がった。
わたしは蒼生君から少し遅れて立ち上がる。そして半歩先を行く彼を見上げる。
一緒にいようって、自分と同じ望んだ答えがもらえたのに、自分の中に芽生えつつある初めての感情に戸惑ってしまった。
ずっと一緒にいたいという漠然とした思いは前からあったけど、それがどういうことかって具体的に意識して考えたことがなかったから。
「何してんの? ほら、」
振り向いた蒼生君が差し出した左手に自然と自分の右手が伸びる。手が重なればぎゅっと握られ軽く引かれた。
トクトクと胸の奥で脈打つ音が聞こえる。
「今日はありがとう。お姉さんとみずほちゃんに会えて嬉しかった」
「お礼なんて、そんな、全然。むしろ迷惑ばかりをかけてしまったような……」
「ううん。とっても嬉しかった。今度は……うちにも遊びに来てね」
「え?」
「う、うちだけじゃなくて、田舎のおばあちゃんの家とか、とってものどかでいいところでぜひ、いつか……!」
「……」
「……わたし、変なこと言ってる……?」
いきなり、家族に会って欲しいだなんて。少し、暴走してしまったかな、と反省して声が小さくなるわたしに向かって優しくほほ笑んで首を横に振った。
そして、
「いつか必ず」
と言って頷いた。
いつかって、いつだろう。
そう思いながら繋がった手にぎゅっと力を入れたら、同じように力を入れ返してきてくれた。
いつか必ず。それは、そう遠くないような気がした。
【光 -ひかり- 第八章 終】