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光 -ひかり-  作者: 美波
番外 : 春はすぐそこ
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(4)変化

 昔から枕が変わると熟睡できなくて、旅行に行った次の日は必ず寝不足になる。

 なおのことそれが、好きな人と過ごす一晩となるとぐっすりと眠れるわけがなかった。

 途切れ途切れの睡眠。でも朝までの時間を長いと感じることは少しもなくて、目が覚めた時に寄り添っていられる幸福感に胸が満たされて、ときめいていたらあという間に朝だった。

 ずっとこの時間が続けばいいなって、仰向けのまま明るくなってきた部屋の天井を見上げながらそう思っていた。


「……起きた?」


 隣でゴソゴソと動く気配に反応して声をかける。少し動くだけで肩に相手の身体が触れるほどの距離がまだちょっと恥ずかしいと同時に嬉しくもある。

 その時わたしに背を向けていた蒼生君は仰向けになるとそのまましばらく目を開いたり閉じたり、こすったり。しばらく意識がはっきりしない様子でぼーっとしていた。

 初めて見る寝起きの姿にわたしは興味津々。結構な時間をじっと食い入るように観察していると、


「……っ!」


 突然ぐるりとこちらに身体を向けて間近で目が合った。びっくりして、どきんと大きく胸が高鳴った。


「おはよう」


 そこにはさっきまでの寝ぼけた様子の蒼生君はもういなくて、いつも通りの彼の姿。おはようと言われて、わたしもおはようと返事をしたけど、消えそうなくらいか細い声しか出なかった。

 そしてあっという間に照れくささに全身を支配されて両手で顔を覆って隠した。


「……なにしてるの?」

「な、何も……!」


 近距離で耳に響く声に、向かい合って横になりながら俯いて、首を振って答えると自分の頭が蒼生君の身体に触れる。狙ったわけじゃないけど自分の髪がグリグリと蒼生君の首元にあたって「うわ、くすぐったい」とクスクスと笑う様子に少しだけ自分の緊張も解ける。


「……ごめん、恥ずかしかったの」

「うん」


 蒼生君の手がそっとわたしの頭を撫でた。まだ照れくさいけど無性に甘えたい気分になって、ぴったりと身を寄せると腕枕をしてくれた。うん、この方がぴったりとくっつける。


「早起きだね。眠れた?」

「うん」

「体調は大丈夫?」

「……えっと……」


 また顔が熱くなってきて、隠すように蒼生君の浴衣の襟元に自分の顔を押し付けた。


「熱っ!」

「だ、だって……色々と、思い出したら」

「うん」

「……すっごく恥ずかしかった。みんなよく平気だよ……というか、わたしなんて自分で浴衣も着られなくなって蒼生君に着せてもらって……!」

「お腹出して寝たらだめだからね」

「そういう話じゃなくて!」


 蒼生君は「ははっ」と小さく笑うとポンポンとわたしの頭をたたいた。


「好きな人にだから、……見られたくないものもたくさんあるのに。それなのに、抱き合うにはすべてをさらけ出さなきゃいけないなんて。どうして世の中こんなシステムなの?」

「人間作った神様に聞いてよー」

「どうやって聞こう!?」


 この時ばかりはつい、蒼生君の冗談も鵜呑みにしてしまう。蒼生君は大笑い。自分が年甲斐もなく幼稚なことを言っているのは分かるけど……。


「……がっかりした?」

「しないよ」

「これでも一応、蒼生君と付き合うようになってからは少し痩せて……」

「そうなの? 十分細いと思うけど……」

「何言ってるの? 佳奈さん見たでしょ? スマートで……」

「他人と比べるのはよくない。それも心ちゃんの悪い癖?」

「だって……」


 空いた蒼生君のもう一方の手がわたしの背中にまわされてぎゅっと抱きしめられる。


「なんだか今日の心ちゃん可愛いな」

「……え」

「今日だけじゃないか。ずっと。出会ったころから変わらないよ、俺の気持ちも」

「……良かった」


 ほっとして、それよりも嬉しい気持ちの方が勝って勝手に頬が緩む。

 そんな様子が伝わったのか「そろそろ起きようか」という蒼生君の言葉に首を振って「もう少しこのままでいたい」と言ってぴったりと腕の中で密着していた。

 恥ずかしさも通り越して、あったかくて優しい気持ちになる。幸せだな、と何度も心の中で呟いてしまうこのひと時。目を閉じて幸せを噛みしめていると「ありがとう」と蒼生君の声が耳元で響いた。


「心ちゃんの大事なものを、俺にくれて」

「……28年間経験ないなんて、レアだよね」

「そうなのかな。女の子は……いいんじゃないかな」

「……わたしのはじめてあげたんだから、蒼生君のもちょうだいね」

「えっ……」


 背中に腕を回して思い切り抱きついた。


「これからと最後は、わたしのものだから」


 照れくささをごまかすように「きゃー! 言っちゃった!」と興奮気味に笑ってみせると、そんなわたしのテンションに合わせるように「心ちゃん!」と言ってわたしの上に圧しかかって抱きしめてきた。


「あははっ! 重い! 重いよー!」


 昨日までは、こんな風にして抱きしめあって笑い合う日が来るなんてこと想像も出来なかったのに。たった一晩で距離がぐっと近づいた。

 近いうちに桜は満開になるだろう。

 春を間近に控え、わたしたちの関係も少しずつ変化を見せるようになっていく。



(番外 おわり)



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