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光 -ひかり-  作者: 美波
第七章 結婚式
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第51話 お誘い

 鈴村さんとは連絡を取り合って無事に合流することが出来た。

 夜だからと気を遣ってくれて人通りの多い明るい繁華街まで車で迎えにきてくれた。土曜日の夜の道路は混雑していて、行きはスムーズにこれたみたいだけど帰りは渋滞に巻き込まれた。

 でも渋滞に巻き込まれても一緒にいるこの空間はとても穏やかで、のんびりとした気持ちでいられるこの空間がとても好き。一緒にいられる時間が少しでも延びるなら、わたしは渋滞でもなんでも喜んで受け入れるけど、運転をしている鈴村さんはそうもいかないよね。


「あそこ。あの細い道に左に曲がっていく車が多いね。対向車来たらどうするんだろう、通れないよね。一通ではないみたいだけど……」


 渋滞をはずれて細い横道に入っていく車がさっきからよく目について口に出した。


「心ちゃん運転するんだっけ」

「うん、時々」


 運転するから思う。もしナビに指示されたとしても絶対に通りたくないような細い道だった。


「抜け道なんだろうね」


 一緒にカーナビに表示された地図に目を向ける。わたしはそれが抜け道で、なおかつ自分の家までへの近道になるのかは地図を見ても分からなかったけど。


「近道になりそうなのかな?」

「たぶんね」

「……行く?」

「ううん。別に急いでないし」


 急いでない。そう言ってくれたのがとても嬉しくて、にんまりと緩む頬を隠すように俯いた。


「どうした? もしかして急いでる?」

「ち、違う違う。あ……っと。その、ごめんね。こんなとこまで来てもらっちゃったから……」

「いいよそんなの。でも、前も渋滞に巻き込まれたことあったよね」

「あったあった」


 止まったままの車内で数か月前のことを思い出して笑い合う。あれはたしか、お付き合いを始めてからはじめてのデートの時。あの時も、わたしは渋滞を苦痛に感じることはなかった。


「イライラしない?」


 私の質問に、窓枠に肘をついてもたれかかるように体制を崩した鈴村さんがこっちに目を向けながら言った。


「イライラしても進まないもんね」

「分かんないよ? 試してみようよ。一緒に激怒してみよう」

「はー?」

「あれ、スベった?」

「ツルっとね。それはもう見事に」

「わ!」


 噴き出す瞬間は同じ。こんな風に打ち解けて笑い合える日が来るなんて、はじめてのデートの時には想像できなかったな。


「最初の頃はさ」


 何かを思い出すように笑いながら鈴村さんは言った。


「心ちゃんの天然と冗談の区別がつかなかったなぁ」

「……初めのころは冗談を言う余裕なんか……」

「うん。最近はもう、分かるよ」

「へ、変なこと言うのは全部冗談なんだから」

「へぇ~。出会ったころから? 今、初めの頃は冗談を言う余裕なんかなかったって」

「……そんなに、変なこといっぱい言ってた?」

「うーん」

「やっぱいい。思い出さないで!」


 出会ったころは失敗ばかりして困らせていた記憶しかないもの。


「あ、車動き出したよ」


 話を変えたくて外の景色に目を向ける。煌びやかな街の明かりを見つめながらポツリと呟いた。


「今日はありがとう」

「うん」

「挙式、一緒に出席出来てよかった」


 今日一日の出来事を思い出しながら感動の余韻に浸る。でもすぐにはっとして言葉の訂正をする。


「ほ、ほら。わたし一人だったらただひたすら号泣だけしてる変な参列者になってたから……だから、一緒にいてくれて」

「保護者的な?」

「そ、そうじゃなくて!」

「なかなかないよね」

「え?」

「好きな人と一緒にさ、誰かの挙式に出席できることなんて。だから俺も一緒に出席出来てよかった」


 顔を見なくても優しい声色からどんな表情で言っているのかは想像できた。きっと優しく笑ってる。わたしは嬉しさを噛みしめて前を向いたまま「うん」と頷いた。


「でもいきなり電話で「一緒に結婚式場に行かない!?」って言われた時はちょっとびっくりした」

「あー……うん。軽い逆プロポーズみたいな……?」

「はは、なんだよー。軽い逆プロポーズって」

「でも、そうとも取れる発言だったよね……?」

「そんなことはないけど……あ、もしかしてプロポーズだったの?」

「ち、違うよ! そんなこと自分から言うなんて嫌だよ!」


 女の子ならプロポーズはするよりされたいって普通は思うものだよね?

 そう頭の中で訴えると同時に、


「そうか。やっぱり、プロポーズの言葉は男に言ってもらいたい?」


 と問いかけられて、体中の血液が一気に沸騰したように燃え上った。な、なななんて答えればいいの……?

 答えはイエス。うんって頷けばそれでいいのに、なんだかそれってまるで……!


「なんか……ごめん。心ちゃん今、顔真っ赤でしょ」

「なっ……! だ、だめ! わき見運転ダメ! 前向いてなきゃだめ!!」


 慌てふためくわたしの反応に鈴村さんは笑っている。

 顔は真っ赤だしどうしようもなく恥ずかしくて逃げ出しちゃいたいくらいなのに、でもこのどこかくすぐったいこの空間がわたしは好きだと思える。



 家までの道のりは会話をしていたらあっと言う間だった。

 迎えにきてくれてありがとうと言いたいけど言ってしまったらお別れだと思うとなかなか言い出せずにいた。


「あ、そうだ」


 自宅前に車が停車したと同時にあることを思い出した。


「二次会のビンゴゲームでね、一等だったの」

「ほんとに。すごいよそれは」

「景品をもらったんだけど……」


 鈴村さんと合流する前に、わたしは景品にともらった封筒の中身を見ていた。


「なんだったの?」

「うん、これ」


 バッグから取り出した封筒の中身を出して鈴村さんに手渡した。


「これは……宿泊券?」

「うん」

「箱根だ」

「行ったことある?」

「うん。昔家族でね」


 わたしがビンゴゲームの景品でもらったものは温泉のペア宿泊チケットだった。宿泊先の情報は帰ってからインターネットで調べないと分からないけど、チケットに記載されている豪華選べる特典つきと言う文字に期待をしてしまう。なんてたって、一等賞の景品だもの。


「よかったね。心ちゃんクジ運いいんだね」

「たまには、ね。あの、それで……ね」

「なに?」


 絶対に言おうって心に決めてきたのに、いざとなるとやっぱり緊張する。気づかれないように小さく深呼吸をして意を決して口を開いた。


「二枚あるの。よかったら……一緒に行かない?」

「……」

「現地までは自力で行かなきゃ行けないんだけどすごく遠いわけでもないし、予約とか、行き方とかもわたし調べるから」


 目が合わせられなくて視線はそっぽに向いている。こんな誘い方あるかな……でも、わたしとしてはかなりの勇気をふりしぼった行動なのだ。


「あの、無理ならいいの! 親にあげるし」

「せっかく心ちゃんが当てたんだから行った方がいいよ」

「だから、一緒に……」

「それは、その。いいんだけど……」

「けど?」

「いや、温泉って同性と一緒に行った方が楽しいんじゃないかなぁって思って……」

「……えっと」


 これは……遠まわしに、断られてる……?

 チクチクと胸が痛んでずーんと重く暗い気持ちになる。

 沈黙しているとすぐに「ごめん!」と鈴村さんが少し慌てた様子で言った。ごめん、ってことは……


「ありがとう、嬉しいよ。行くよ、うん!」

「え? でも……無」


 無理しなくてもいいんだよ、その言葉を遮って鈴村さんが言った。


「ごめん……俺はまた、女心と言うものを無視してしまった」

「おんなごころ……?」

「男女で行っても肝心の風呂は別々だしなぁと思ったら女同士で行った方が楽しめるんじゃないのかなぁ……って気を遣ったつもりでもそれは全然気なんて遣えてなくて」

「あ、あの……」

「勇気を出して誘ってくれてるのは考えなくても分かるのに。本当にごめんなさい」


 ちょっとだけ必死になって頭を下げる鈴村さんの姿が新鮮で、可愛く見えて思わず吹き出してしまった。

 そろっとわたしの反応を伺うように顔を上げた鈴村さんと目が合う。


「それで……結局、一緒に行ってくれるのかな?」


 鈴村さんは大きく一度頷いてから「楽しみだね」と言って笑顔を見せた。


「わたしヒトのこと言えないけど、鈴村さんも不器用なところあるよね」

「俺のは不器用と言うかただの無神経だよ」

「そんなことないよ。それに」


 なんだか今この瞬間だけは、精神的に上に立てているような気がした。だからちょっとだけ大胆になってしまった。


「無神経でもなんでも、好きだもん」


 夜の薄暗い車内では相手の顔色まではしっかりとは確認できないけど、照れくさそうにほほ笑む様子に胸がきゅっとなる。


「俺の方が好きだけどね!」

「ヤケな感じで言わないでよ!」

「なんだよー、このバカップルみたいな感じは!」

「はははっ!」


 車内に、二人分のこの日一番の笑い声が響く。

 やがて笑い声が止まって車内は急にしんと静かになる。


「じゃあ、そろそろ行くね」

「うん」

「家真っ暗だね」

「うちの親寝るの早いの」


 腰を上げようとすると私の手を鈴村さんが取った。

 真っ直ぐで澄んだ、優しい瞳。引き込まれるようにじっと目を合わせた。


「キスしてもいい?」

「……二回目、だよね?」

「次はちゃんと。一応、確認を取ってから」


 お願い。お願いわたしの心臓。耐えてね、台無しにしたくないの。


「おやすみ」


 そう静かに告げられてそっと目を閉じた。かするように頬に触れた手がそのまま肩を抱き寄せて唇が触合った。

 優しくってあったかくて、一度目の時には感じられなかった色々な感覚と気持ちがこみ上げてきて息をするのを忘れてしまった。


 車を降りて火照ってぼうっとした気持ちのまま走り去る車を見送る。わたしがしばらくその場に立ち尽くしたまま動けなかったのは言うまでもない。


 今日は朝から泣いたり笑ったり……固まったり。

 でもその涙も、笑顔も、胸のときめきも、心は全部幸せに満たされている。



【光 -ひかり- 第七章 終】





不定期な更新が続いて本当にごめんなさい。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

次話から(かなり)以前にサイトの方で投票を行い1位だった【心&鈴村さん 「ほのぼの二人旅(甘め)」】の番外を挟みます。

番外と言っても話は今回の続きなのでそのまま通してお読みいただければと思います。ほのぼのより甘めを意識しました。

拍手からメッセージを送ってくださいました方々には感謝してます。本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします^^

美波

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