第50話 挙式
空を見上げると澄んだ冷たい空に白い自分の吐息が消えていく。
空気は凍えそうなほどに冷たくてスカートをはく自分の足元はガクガクと震えたけど、雲の隙間から覗く太陽の光は真冬でも眩しくて空のてっぺんから自分を照らす光を浴びる頬だけはぽっかり暖かい。
「よかったね、晴れて」
「うん!」
空を見上げた視線を隣へと移すと、鈴村さんも同じように空を見上げていた。
歩きながらその様子を見つめていると、わたしの視線に気がついた彼が目を合わせ「よそ見してると転ぶよ」とほほ笑んだ。
修ちゃんと加奈さんの式が挙げられる会場へは地下鉄の最寄り駅から歩いてほんの十分程度の場所。
でもそこは披露宴が行われる会場で、挙式場はその場所からさらに五分ほど歩いた場所にあるという。
披露宴の会場と挙式を挙げるチャペルが別の場所にある式場で、チャペルにはガーデンがあるらしい。
雨が降ったらせっかくのガーデンが使えないし本当に晴れてよかった。
「心ちゃんいつもと雰囲気が違うね」
「そりゃそうだよぉ、こんな時くらいおめかししないと」
「おめかしって。髪は美容院でやってもらったの?」
「うん。短いからアレンジのしがいのない髪だけど一応ね」
コートの下には青色のドレスを着ている。
青と言っても落ち着いた色味の青色。
コートを脱いでも寒くないようにドレスの上に羽織るショールも生地が厚いものを用意してきた。
短い髪だけど美容師さんに頼んでできるだけボリュームを出したアップスタイルにしてもらって、耳上に薄いピンク色の髪飾りを飾ってもらった。
メイクも美容院で一緒にしてもらったからいつものわたしより今日は数倍も華やかに見えると思う。
「鈴村さんは……いつもと変わらないね」
「そんなことないよ。ネクタイだけは結婚式仕様だよ」
「そこだけじゃん」
アハハと明るい笑い声が空に消える。
「使ってくれたんだ。……嬉しい。ありがとう」
わたしがクリスマスにプレゼントしたネクタイ。こんな時にしか使えないものだけど、忘れずに使ってくれたことが嬉しかった。
わたしの胸にももちろん、彼にもらったネックレス。
「そういえば、どうして冬の結婚式なんだろう? 珍しいよね?」
「二月が二人の誕生日で、そこに結婚記念日も加わればお祝いが一回で済むから、とか言ってたけど……」
「ははは、普通記念日は増やそうとするものなんじゃないのかな」
「でもあの二人らしいよ」
「そっか」
挙式場が見えると、華やかに着飾った女性やスーツを着た男性がどんどんと中へと入って行く。
挙式場を囲む外壁の向こうに白いチャペルが見えて、少しずつ緊張感が高まってきた。
何度も出席したことのある結婚式だけど、主役の二人が近ければ近いほどドキドキする。
新郎新婦ともに交流のある二人の結婚式なんてはじめてだし。
「今日、二次会も行くんだっけ?」
「うん。一回家帰ってからまた出かける」
「はじまり遅いの?」
「うん。七時から。でも終わるのは九時くらいだったよ、たしか」
二次会へはわたし一人だけの出席だ。
「じゃあ、帰り迎えに行くよ」
「え? いいよ、そんな。面倒臭いよ? また外出かけるの」
「いいよ、暇だし」
「ほんと……?」
「それにキレイにおめかししてもらった心ちゃんにもまた会いたいし」
「……えっ」
「会いたいから迎えに行くよ」
「……」
不意打ちだ。
普段めったにこんなこと言わないのに。
無言のままそっと恐る恐る鈴村さんを見上げる。
すると「もう一回言おうか?」とはにかんだ笑顔を見せると、思いきり首を振って「もう分かった!」と言うわたしの必死の反応が面白いのかそのまま白い歯を見せて肩を揺らして笑い出した。
もう、からかうなんて酷いよ……。
鏡を見なくても自分の顔が赤いことくらい容易に想像できる。
でも会いたいって言ってくれた気持は素直に嬉しかったし、自分も今日二度も会えるなんてとても嬉しかったからつられるように肩を揺らして笑っていた。
ステンドグラスから優しい光が差し込み、チャペルのどこか幻想的な雰囲気に主席者の表情はどこか緊張気味。
みんな今か今かと新郎新婦の登場を心待ちにしている。
わたしたちは人数のバランスを考慮して、新婦側の席に座っていた。
そして司会者の合図と共に挙式がはじまった。
最初に神父様と入場してきたのは修ちゃん。
その表情はいつもに比べて硬くまっすぐに胸を張って前を向いている。
わたしはじっと目の前を通りすぎていく修ちゃんを見つめていた。
次に真っ白なウエディングドレスに身を包んだ加奈さんが登場すると新婦側の先からは「きれーい……」と声が上がった。
瞳を伏せおしとやかに父親と腕を組んでバージンロードを歩く加奈さんは本当に綺麗で、きっと今世界一綺麗な女性なんだってわたしはそう思う。
自然と胸にあてた手をぎゅっと握りしめて神父の前に並んだ二人を見つめた。
挙式中の二人はよく知っている二人のはずなのに、共に緊張した面持ちに別人を見ているみたいだった。
二人の緊張が伝わってわたしも次第にドキドキしてきて、
絶対に二人の晴れ姿を見たら大泣きすると思って密かにハンカチを二枚用意してきたけれど、神秘的な雰囲気の挙式に圧倒されて涙は出てこなかった。
挙式が終わりガーデンへと出たわたしたちは再び新郎新婦が登場するのを待った。
デジカメを手に明るい空の下で今度こそ幸せそうにほほ笑む二人の姿をシャッターに収めようと思った。
教会の扉が開き、二人が現れる。
人工芝の植えられた緑の絨毯の上を二人が腕を組んでゆっくりと歩いてくる。
先ほどまでの緊張した面持ちはどこにもなく、晴れやかな笑顔で祝福を受けフラワーシャワーを浴びる。
わたしは胸の位置にかまえたデジカメの存在を忘れて交互に二人の姿を忙しく視線を動かして見つめていた。
修ちゃんの笑顔はわたしが子供の頃からずっと見てきた大好きだった笑顔。
ううん、今までで見た中で一番晴れやかで幸せに満ちた笑顔。
世界一綺麗な加奈さんの隣で見せる笑顔は、やっぱり格別!
「……心ちゃん! 花が全部落ちてるよ」
フラワーシャワーにと全員に配られた花は、二人に向かって投げる前にわたしの手の中から落ちてしまっていた。
デジカメは落とす前に隣にいる鈴村さんの手に渡っていた。
幸せな晴れ晴れとした満面の笑みを浮かべる二人の姿に釘づけになっていた。
もっと目に胸に焼きつけたいのに、いつの間にか涙がいっぱいに溜まった瞳から見える視界はぼやけて二人の姿もぼんやりとしか見えなくなっていた。
瞳に溜まった涙が限界を迎えて静かに流れた。
隣から差し出されたハンカチを受け取ると「ほら、二人が来るよ」と優しい声に隣を見上げると、手を取られわたしの掌に鈴村さんの持つ花が乗せられた。
ふいに温かい気持ちに包まれて溢れる涙をぎゅっと絞り出すように一度目を閉じ涙を流し切ると、クリアになった視界に今自分の大好きな人の笑顔が映る。
「心ちゃん! ありがとう!」
目の前に来た加奈さんの声に「おめでとう!」と祝福の声と共に手に握る花を空高く二人の頭上から降り注ぐようにと投げた。
加奈さんは目を真っ赤に潤ませながらもそれでも笑っている。
修ちゃんは涙腺の壊れたわたしの顔を見ていつのもわたしを馬鹿にするような笑顔を見せた。でもいつもよりも数倍も優しい。
「いい挙式だったね」
鈴村さんに手渡されたハンカチを胸に「うん」と答えると瞳に残った最後の一滴がポタリと地面に落ちた。
一人で参加した二次会は、座席指定だった。
わたしは加奈さん友達の席に入れてもらい友達は事前に加奈さんからわたしのことを聞いていたようで、気を遣って積極的に話しかけてくれた。
二次会では定番のビンゴゲーム。
わたしはビンゴゲームでビンゴしたことはもちろんないし、二次会で景品を当てたことも一度もない。
結構、場数だけはふんでるんだけどな……。
この日も最初から三連続でわたしのビンゴカードに穴が開くことはなかった。
うん、いつも通り。
でもなんと、奇跡が起きた。
三連続ではずれたあと、穴の数が最少で一直線にビンゴした。
驚きに硬直していると、両隣の加奈さんの友達がわたしの背中をバンバンと叩いて「はいはい!! こころちゃんがビンゴ!!」と興奮気味にわたしの代わりに手を上げた。
大きな拍手に囲まれ二人がいる会場の一番前まで恥ずかしさに俯きながら歩く。
司会者に「自己紹介と新郎新婦に一言どうぞ」とマイクを渡され頭の中が真っ白になる。
「あ、秋元心です。修司さんとは……幼馴染です」
幼馴染ですの言葉を最後に沈黙すると司会者のフォローが入る。
何年来の付き合いだとか、子供の頃の修ちゃんはどんな子だったかという司会者の質問に答えていった。
そして最後に「二人は理想のカップルです。末永くお幸せに」と伝えると、完全にお酒に酔った修ちゃんが「こころ~俺はいつまでもおまえのお兄ちゃんだからな~」と言って泣いた。
司会者にマイクを返すと白い封筒を持った加奈さんがわたしの元へやってきた。
「心ちゃんが一番にビンゴしてくれて、本当に嬉しいよ」
にっこりほほ笑むと「はい、これ。一等賞の景品」と言って封筒を手渡してくれた。
ビンゴはもちろん、懸賞やクジでも空くじしか引いたことのないわたしが一等賞の景品を手に入れてしまった。
大袈裟かもしれないけど封筒を手にした手が震える。
運を使い果たしてしまったかもしれない、どうしようという考えが一瞬頭をよぎり無意識に顔が引きつる。
そんなわたしの思考をお見通なのか加奈さんがわたしの手を握った。
「これからはきっと、もっともっといいことがあるよ!」
表情をくずして全開の笑みを見せるドレス姿の加奈さんは、綺麗だけどとても可愛らしく見えた。
なんて幸せそうにほほ笑むのだろう。
たくさんの人に祝福され幸せの絶頂にいる加奈さんの説得力のある一言に、わたしの表情も自然と笑顔になった。
あぁ、単純。
自分の席に戻り加奈さんの友達に「おめでとう」と声をかけられ笑顔で応えると大事に手にした景品をバッグにしまった。
二次会を終え外に出ると真冬の夜の肌に刺さるような冷たい風に凍える。
マフラーを首から口元まで覆うようにぐるぐると巻きつけて手にはコートのポケットに入れておいた手袋をつけて。
一目散に向かう先は、わたしを待つあの人のもと。




