第49話 初対面
四人の予定を合わせるのは難しいかと思ったけど、一日だけぴたっと四人の予定が合う日があった。
休日の午後のひと時。
落ち着いた雰囲気のゆったりとしたソファでくつろげるカフェで、修ちゃんと加奈さんに鈴村さんを紹介した。
修ちゃんは最初ちょっぴり緊張した面持ちでぎこちない笑顔を見せていた。
加奈さんは鈴村さんに興味津々で、歳が同じだと言うこともあってすぐに二人は打ち解けリラックスした雰囲気で会話をしていた。
鈴村さんは初対面の二人を前にしてもいつも通り、わたしと接する時とほとんど変わらない態度で加奈さんからの質問にも言葉を選びながら丁寧に答えていた。
それなのに、全員と面識があるわたしがたぶん一番、挙動不審だった。
だって……
「ちょっと修司? どうしちゃったの、黙っちゃって」
「え、あぁ、うん」
「ごめんね、鈴村君。この人勝手に心ちゃんの父親気取ってるから今たぶん鈴村君の登場に気持ちの整理に必死なの」
「なんだよ、それは……」
鈴村さんが修ちゃんに向かって「心ちゃんとは幼馴染なんですよね」と話しかけるとやっと自然な笑顔を見せほほ笑んだ。
その様子にわたしはビクリと身体を震わした。
わたしは肝心なことを忘れていたんだ。
修ちゃんとは幼馴染で、わたしが物心がつく前から修ちゃんはわたしのことを知っていて……
もっと言うとわたしの生きてきた28年間のことを色々知っているわけで……
「心ちゃってどんな子だったんですか」
鈴村さんの修ちゃんへ向けた質問に手に汗を握る。
お願い修ちゃん、お願いだから変なことだけは言わないで……!
昨晩寝る前に今日のシュミレーションをした時、今の鈴村さんの質問を想定して修ちゃんとのたくさんの思い出を振り返ってみたけれど、今思うと恥ずかしいマヌケな思い出しか浮かばなかったんだ。
修ちゃんは鈴村さんの質問に「どんな子だったと思う?」と質問で返した。
視線を感じて隣を振り向くと鈴村さんと目が合った。
引きつった笑顔を見せると、鈴村さんは小さく頷き再び目の前に座る修ちゃんに目を向けると「今とあまり変わっていないのかなって思います」と言った。
「ピンポン、大正解」
「えっ、どういうこと!?」
「心はちょっと黙ってようか。俺は今鈴村君と話してるんだ」
「なっ……」
修ちゃんの見せた得意気な笑顔が不気味だ。
「心は昔から行動も地味だし何をやるにしても不器用だからいいところって人になかなか伝わらないんだけど……どうして心なの?」
鈴村さんはすぐには答えず、一呼吸おいてからゆっくりとした口調で言った。
「そういうところがいいところだと思います。地味で不器用で人に伝わらなくても卑屈にならず変わらず自分らしくいられる人ってなかなかいませんよね」
「……うん、そっか!」
なんて質問するの修ちゃん! と思う暇もなく返された鈴村さんの言葉が胸に染みる。
『優しくて健気でいつも一生懸命で、それを周りに認められなくても卑屈になったりしないで……なんて綺麗な心をしている人なんだろうって思った』。
ふと以前鈴村さんが言ってくれた言葉を思い出した。
自身を持って前を向けばいいって言ってくれた。
前を向くと加奈さんがストローを手に穏やかな表情でグラスを見つめている。
目が合うと唇を噛んで無言のまま目一杯の笑顔を見せてくれた。
「昔さ、心が大好きなアニメのキャラクターがいてそれはもう本気で将来結婚したいと俺に目を輝かせて言うほどに」
修ちゃんに黙っていなさいと言われ何も話すことが出来ないわたしは内心ビクビクしながら話を聞いた。
「俺心に言ったんだよね。毎日太陽に向かって投げキッスをすればその想いがいつか届くって」
加奈さんが隣で「しょうもな!」と声を上げて笑った。
わたしはその話をされてもイマイチピンとこなかった。
記憶に残らないくらい幼かった頃の話だろう。
「そしたらさ、毎日のように一生懸命熱いキスを空に向けて投げてたよ」
「嘘だ! ひどい嘘つかないでよぉ!!」
「ほんとだって、これマジ」
思わず声を上げて反論してしまった。
隣で鈴村さんは片手で顔を覆って大爆笑。
加奈さんは「可愛い!」と声を上げテーブルをバンバンと叩いた。
「他にもいっぱいあるけど……俺の数々の可愛い嘘も簡単に信じて騙されてくれたなぁ」
「修ちゃんのアホ……」
「人間学ぶからね。大人になるにつれてさすがにこんな簡単な嘘にはひっかからなくなったけど、それでも何かずっと頼りなかったんだよね」
「頼りないって……」
「いつか悪い人間、まぁ男なんだけど。そういうのに出会って、俺のつくような可愛い嘘じゃなくて……人が変わってしまうくらい傷つくような嘘にひっかかるんじゃないかって」
修ちゃんの視線が鈴村さんに向けられているのが分かる。
鈴村さんの表情は見えないけれど、黙って修ちゃんの話を聞いている。
「でも、それも必要かなって思った。傷ついても人は立ち直るものだし、学んで成長して行くには必要なことじゃんね。いつものんびりぼんやりして頼りない心も、ちょっとはマシになるかなって」
修ちゃんはわたしと一瞬視線を合わせると、照れくさそうにテーブルの上へと視線を落とした。
「でもやっぱさ。心に会うとまぁ、心はこのままでいいんじゃないかな~って思って。気がついたら28にもなっちゃってて。もうこのままでいいだろって。歳の割に驚くほど色々なことに関して無知だけど…心らしいかなって」
色々なことに無知というのは、恋愛に関してのことが大半だろう。
わたしは自然と頬が緩んだ。
だって、わたしはずっと修ちゃんが好きだったんだもん。その修ちゃんを前に、わたしは今好きな人と並んでいる。
修ちゃんはわたしたちに交互に目を向けながら言った。
「だから、出会ったのが鈴村君みたいな人でよかったよ。でもそのおかげで、心は残念ながら一生天然のままなんだろうけどね」
修ちゃんは照れを隠すように鈴村さんから視線をはずすと「ほんとに俺、心のオヤジみたいじゃん!」と加奈さんに言うと加奈さんは笑った。
二人で笑い合って楽しそう。
一生天然って……褒められていないことだけは確かだ。でも、今のその言葉はいつもと違ってなんだか嬉しかった。
隣の鈴村さんを見上げると楽しそうに笑い合う二人をじっと見ていた。
そしてゆっくりと口を開くと一言呟いた。
「心ちゃんの幼馴染が、佐橋さんみたいな人でよかったです」と。
修ちゃんは「え? そう?」と軽く返事をすると「トイレ行ってくる」と言って席を立った。
その後トイレから戻った修ちゃんを含め四人で、修ちゃんと加奈さんの挙式や今検討中らしい新婚旅行の話で盛り上がった。
当日をお楽しみにということで挙式については詳しいことは教えてもらえなかったけど、幸せそうにほほ笑む二人を見ると当日がとても楽しみになった。
修ちゃんと加奈さんと別れ二人きりになると手を繋いでブラブラと街を歩いた。
歩きながらの会話で鈴村さんが「もしかして結構長いこと佐橋さんのこと好きだったの?」とわたしに聞いた。
わたしはただ頷いた。はっきりとした期間は聞かれなかったし答えなかった。
ないな、と思いながらも「妬く?」と思い切って聞いてみたら予想通り首を横に振った。
「やっぱり、よかったなって思う。彼が幼馴染で、ずっと片思いをしてくれて」
その一言で信じられないほどに長い片思いだったけど、無駄じゃなかったんだってそう思えた。
鈴村さんは「あ、なんかごめんね? 悪いこと言っちゃったよね」と謝ったけれど、わたしも首を横に振った。
わたしの28年間、無駄なことなんて一つもない。
この人に出会うための28年間だったと思えば、わたしは中身の薄いこの28年間も好きになれる。
嫌いだった自分も、やっと好きになれそうな気がする。
「挙式、楽しみだね」
見上げた瞳に映る愛しい人の姿に自然と全開の笑みがこぼれる。
繋いだ手をぎゅっと力いっぱい握りしめて「うん!!」と子供のように元気いっぱいの返事をした。




