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光 -ひかり-  作者: 美波
第六章 長い夜
42/65

第42話 もっと積もればいい

 仕事納めの日は同じ。

 最終日は定時で帰れると言う鈴村さんと会うことになった。


 今日の天気予報は雪。

 朝からどんよりとした重い雪雲が広がっているようには見えたけど、なかなか降り出さなかった。

 夕方頃から予報通りやっと降り出した雪は細かくてみぞれのようで雪とは言えなかった。


「ハワイに?」

「そうそう、3日前から」


 食事を済ませて、食後のコーヒーを飲んでいる時だった。

 今日は居酒屋ではなくカジュアルな雰囲気のイタリアンのお店だった。


「一緒に行かないの?」

「この歳で家族と一緒に旅行っていうのも……女の子だったら行くのかなぁ?」

「わたしだったら行くなぁ~いいなぁ」


 鈴村さんの家族は一足先に休みを取って鈴村さんを除いた全員でハワイ旅行に出かけているらしい。

 お正月は混むし料金も高いから年末に行って年が明ける前に帰ってくるみたい。


「お家で一人で大丈夫?」

「子供じゃないよ」

「それは失礼しました」


 笑いながらコーヒーカップを手に取って一口口につけるとその苦さに驚いた。

 そうだ、砂糖を入れていなかった。

 わたしの表情を見て察した鈴村さんが「はい」と言って砂糖の入った器を手渡してくれた。

 たったこれだけのことで頬が緩んで幸せを感じてしまうなんて病気みたい。

 甘いコーヒーが飲みたくて、角砂糖を3つ入れた。


「そういえばさ、クリスマスに大橋さんと山岸さんが早瀬さんに会うって話したよね?」

「あぁ、うん」

「早瀬さん、また会社の同僚連れてきたらしいよ?」

「え、そうなの? 誰だろう……」

「ほんとに何も知らないんだね」

「うん、あんま話さないからね」

「会話しないの?」

「会話はするけど……心ちゃんの話とか、その大橋さんたちとの話はしたことないや」

「女同士は何でも話すんだけどな~」

「そこはやっぱ、男女で違うよね」


 わたしが「もしこの縁をきっかけに大橋さんと山岸さんのどっちかが、早瀬さんや同僚の人とうまくいったら報告する」と言うと「あぁ、うん。ありがとう」と少し困ったように笑った。


「あれ? 知りたくない?」

「そんなことないけど……聞いてもどうしたらいいものか」

「どうするって……恋の相談をし合ってみたり」

「それはないかなぁ」

「一緒に4人や6人で会ったりできるよ?」

「そうだね」

「……なんだか、温度差を感じる」

「はは……いや、別に仲が悪いわけではないんだけど……ホラ、余計なこととか話されると嫌だし」

「そういえば早瀬さんに鈴村さんのこと色々聞いたよ?」

「ほら! そういうのがさ」


 鈴村さんは「特に早瀬は話を大袈裟に脚色するから嫌だ」と言って嘆いている。


「何聞いたっけなぁ~?」

「思い出さなくてもいいよ。俺のことは直接俺に聞いてね」

「はーい。……でも。あんまり、会わない方がいい……かな?」


 「そんなに会うこともないけど」と付け加えると「何が?」と鈴村さんが首をかしげた。

 ふと、少し無神経かなって思ったんだ。

 知っている人とは言え早瀬さんは男性だし、二人きりじゃなかったとしても自分がいないところで別の人間と自分の話をされているのは嫌だろうなって思ったんだ。


「早瀬さんとあんまり会わない方がいいのかなって」

「そんなの気にしなくてもいいよ、全然」

「じゃあ今度は誘うから来られたら一緒に来て。加奈さんも会いたがってた」

「加奈さん?」

「えっと。早瀬さんの友達で、わたしの幼馴染の婚約者の……」

「あぁ、はいはい」


 加奈さんの存在を理解した鈴村さんは頷くと「いいよ、わかったよ」と言ってほほ笑んだ。

 その後コーヒーのおかわりをして明日からは休みだという気の緩みから長い時間この場に居座って会話を楽しんだ。

 わたしはもっともっと何時間でも一緒に話をしていたかったけれど、鈴村さんが「あ、もうこんな時間」と言って帰ろうかと言った。本当は嫌だったけど頷いて立ち上がった。

 地上から階段を下りて地下に入口があるこのお店からは外の様子は見えなくて、冗談で「どうする? すごい積もってるかもよ」なんて話をしながら店を出た。


 地上に立つと、景色は真っ白だった。

 寒いと言う感覚よりも先に、その景色にただ驚いたて二人揃って言葉を失ってしばらくその場に立ち尽くした。


「すごい、積もってるね。いつの間に……」

「積もってるし降ってるよね」


 慌てて手に持つ傘を差して鈴村さんにかざすと彼が傘の柄を持って二人を傘の中に入れた。


「大丈夫? 帰れる? 送って行こうか」

「大丈夫! 送ってくって…すごい遠回りになっちゃうよ」

「別に歩くのは全然」

「ホントに大丈夫だから」


 駅前のお店から自宅までの距離は、互いに歩いて15分ほどだった。

 ただ、家の位置は逆方向。

 鈴村さんの申し出を断って一歩雪道へと踏み出すと、雪で見えなくなっていた段差に足を取られて「わっ」と言う声と共に片足が雪の中へとのめり込んだ。

 意外と積もっていて深かった。


「やっぱり一緒に……」

「ううん。悪いよ、そんなの……」


 片手を引かれ、再び元の少し高い位置に戻る。


「ごめんね、こんなに積もるとは……」

「あ、謝らないで。わたしも積もるなんて思わなかったし」


 車道を走る車は少なく、時々通り過ぎる車は徐行運転だった。

 わたしたちと同じように積もる雪に驚く店から出てくる客もゆっくりとした足取りで自宅へと帰って行く。

 歩行者もまだ午後10時をまわったところだし、多いように思えた。

 気がつけば無言で呆然と雪を眺めていた。

 ふと隣の鈴村さんを見上げると指で頬を撫でるようにしてかきながら、じっと何かを考えているようだった。


「タクシー呼ぼうか?」

「え?」

「時間かかるかもしんないけど、タクシーなら雪道でも走るし」

「鈴村さんは?」

「俺は歩いて帰るよ」

「じゃ、じゃあわたしも一緒に歩くよ」

「一緒には歩いて帰れないからタクシー呼ぶって言ってるんだよ?」

「……」


 やっぱり、こんな状況でもまだ帰りたくない、もう少し一緒にいたいって思った。

 本当は一緒に歩いて帰りたい。でも送ってもらうのは悪いなって思うし……自分がなんだか駄々をこねはじめた子供のようで恥ずかしくなったけど正直な気持ちだった。

 こんな時に、もっともっと雪が降ってしまえと思っている自分がいる。

 タクシーも走れないくらい雪が降ったら、帰られなくなって一緒にいられるのにって。

 「寒いからそこのコンビニ行こう」と言って手を取られ引かれる。

 冷え切って冷たくなった手に、冷えていてもわたしよりわずかに温かい手の体温が伝わってなんだか堪らない気持ちになった。


「もっと、一緒にいたいよ」


 頭の中に浮かんだ言葉は、同時に言葉になって声に発していた。

 ゆっくりと半歩前を歩く鈴村さんが振り返った。

 言ってしまった言葉は取り消せなくてわたしは目を泳がせながら再び言葉を発した。


「……とか言う女、嫌いになる?」


 鈴村さんは瞬きをすると薄く開いた唇をぎゅっと閉じてほほ笑んだ。


「嫌いにはならないけど、心ちゃんにしては大胆な発言に驚いた」


 大胆、そう言われて自分の発言が堪らなく恥ずかしくなった。

 もっと一緒にいたい、それは帰りたくないということで。


「あ、あのっ。へ、へんな意味では、なく……」

「変?」

「あ、いや、い、いやらしい……意味ではなっ、なく……」

「いやらしい……」

「だ、だから違うって……っ」


 寒くて、たぶん鼻の頭は赤くて、そこに恥ずかしさも加わって顔全体を真っ赤にして動揺するわたしを見て鈴村さんは俯いて肩を揺らすと、次第に堪えなくなった笑いが声になって発せられた。

 わ、笑うところだろうか……。

 笑う鈴村さんをじっと見つめているとそれに気づいた彼がゆっくりと口を開いた。


「家、来る?」


 まわりの音が一瞬何も聞こえなくなって、見開いた瞳をそのままゆっくりと目の前の相手に向けた。

 「今日、そういえば誰もいないんだった」と言って繋がった手に僅かに力が込められたのを感じた。



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